77. 棺の箱
「……武器が素通りするというのは、何とも遣りづらいものだな」
レイス・ウォリアーをカエデと二人がかりであっさりと倒してしまった後、ようやく炎が収まった剣の刀身を見つめながらユウジはそんな風に呟いた。
《炎纏》による支援でダメージ自体を与えることは出来ても、敵の身体に命中させたという実感が伴わないのだから、そういった感想を覚えるのも無理からぬことだと思える。ましてカエデと同じ対象を攻撃していると、素通りするレイスの体内で二人の剣がぶつかってしまうことさえ合ったのだから。
「純銀に近い武器であれば、あるいは普通に命中させることもできるのでは、と思っています。カグヤにお願いして黒鉄用に武器を作って貰っていますので、実用的そうであれば報告しますよ」
「それは有難い。とはいえ、俺用の剣を純銀に近い素材で一振り―――となると、一体幾ら掛かるのかはあまり考えたく無いがな」
「……それは、確かに」
ユウジの持つ剣は、殆ど両手剣と呼んで差し支えないほどのサイズを持つ。その刀身を銀で誂えるとなれば、材料費だけでもかなりの額になるだろう。
「ね! ね! 宝箱のうち、片方が凄いでっかいんだけど!」
ユウジと共に苦笑し合っている最中、カエデの言葉に誘われて近寄ると、部屋の片隅には二つの宝箱が設置されていた。
片方は通常通りのサイズだが、カエデの言う通りもう片方の箱はかなり大きい直方体であり、その幅は明らかに2メートル以上はあろうかとも思える。……もう宝箱と言うよりも、殆ど棺桶にしか見えない。
「……ユウジ、これは」
「ああ、おそらくは棹状武器の類じゃねえかな」
宝箱の大きさは、中に入っている物体に合わせたサイズになる。逆に言えば、箱のサイズが大きい場合には、必ずそれに見合った大きさの内容物が中には収められていると言ってもいい。
槍やポールアクスのような棹状武器が入っている宝箱の場合には、こうした棺桶状のサイズになり得ることは以前ユウジからの話で聞かされて知ってはいたけれど。……こうして実際に目にしてみると、宝箱として認識するには違和感が凄まじい。
「早速、頂き物を使わせて頂きますね」
〈インベントリ〉から、昨日ユウジに貰ったばかりの〝盗賊の七つ道具〟を取り出し、早速宝箱と向き合う。
「おう、無茶はするなよ。カエデ、ユーリ、俺達は少し離れていよう」
「んー……。近くで作業を見てたいんだけど、駄目かな?」
『……私も、シグレの仕事を手伝う』
「ほら、ユーリちゃんもこう言ってるし!」
「シグレが駄目と言わんなら構わんが……。もし宝箱が爆発した場合、そうなると自分の分に加えてシグレの分とユーリの分、三重で痛い目みることになるはカエデのほうだぞ?」
「ぐえっ、そ、そういえばそうだった……」
カエデが小まめに《庇護》のスキルを掛け直してくれていることもあり、シグレとユーリの二人は常にカエデにより護られた状態にある。
シグレやユーリが受けたダメージはカエデに向けてそのまま転化されてしまうため、全員纏めて範囲被害を被れば、文字通りの三重苦を味わうことになるのはカエデのほうだ。
〈騎士〉であるカエデの最大HPはかなり多いが、それでも三倍ダメージというのは彼女にとっても容認できないものであるのだろう。ユウジに言われて、残念そうな表情をしながらカエデはユーリを引っ張って離れていった。
(……小さい箱には、罠も鍵もないな)
試しに蓋を開いてみると、問題無く開いて中身を伺うことができた。
問題は棺桶状の巨大な宝箱のほうだ。こちらには鍵も掛かっているし、《罠感知》のスキルにより厄介な罠が仕掛けられていることも判る。
(まさか本当に爆発系の罠とは……)
言霊とでも言うべきか。噂話をしていたから、本当に出て来てしまった。
もし爆発すれば、箱の中には損傷してしまうようなものも収められているかもしれない。以前の時のように、弓矢が射出するような罠であれば、最終的には鍵ごと力ずくでこじ開けるという最終手段も取れるのだが。
とはいえ罠の構造自体は単純で、幸い解除は容易のようだった。《解錠》スキルが教えてくれる情報を元に、七つ道具から組み替え合鍵を取り出し、合致するような構造に組み替えてから鍵穴に差し込む。元々その為に誂えた鍵であるかのように、捻れば自然な挙動で鍵が開いた音がした。
なかなか重い宝箱の蓋を、開けすぎないよう注意しながら僅かに開き、隙間に金鑢を挟み込んで蓋が閉まりきらない状態で固定する。
「―――《発光》」
宝箱の内側に直接光源を与えれば、隙間からでも中の構造を容易に確認することができた。宝箱の蓋内側にフックのようなものが付いていて、そのまま蓋を開ければ糸状のものが引っ張られるようになっている。これを起点にして爆発部へ連なる仕組みになっているようだ。
金鑢をスライドさせて糸に触れさせ、その逆側から小型のナイフを挿入し、糸を引っ張ってしまわないよう金鑢に当てがうようにしながら刃面で擦るようにしながら切断する。そのあと、少し緊張しながらゆっくりと箱の蓋を開いていくと―――果たして、何事も無く開ききることができた。
「器用なものだな……。〝あっち〟で手慣れているのか?」
「そんなわけないでしょう」
近づきながらユウジが掛けてくる言葉に、シグレも苦笑しながら応じる。
経験はないが、スキルがあるせいだろう。構造を理解したり、対処法を考えたりする必要も殆ど無く、気付けば器用に手先を動かしてしまっていた。
「残念、槍とかじゃないのかあ……」
中身を見て、期待していただけにカエデが残念そうに漏らす。
棺桶状の宝箱の中身は、棹状武器ではなく一張の弓だった。といっても、シグレが《破魔矢》のスペル行使用に所持しているような、小型の安っぽい弓ではない。ロングボウよりも更に巨大でいて、そして上下が非対称である特殊な形状。
「―――これは、和弓か」
ユウジの声にシグレも頷く。弦は片側が外されているが、それでも和弓独特の歪んだフォルム、そして七尺三寸と言われるだけの巨大さは、さして詳しくもないシグレの目から見ても判り易い特徴だった。
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練魔の笛籐/品質90
物理攻撃値:24
〔最大MP+20%〕
〈巫覡術師〉の射弓スペルに強い誘導性を付与。
漆で黒塗りされた弓の所々に、朱色の藤を巻いた弓。
和弓であり、普通に使うなら独自の修練が必要。
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詳しくは知らないが、和弓は他の弓とは全く異なった独自の射ち方が必要なのだとは聞いたことがある。攻撃値はかなり高いようだが、武器として通常使用するのは難しいだろう。……妹のように、現実世界で弓道の経験がある者であれば別かもしれないが。
しかし、〈巫覡術師〉の射弓スペルに誘導性を付与するというのは魅力的な効果であるように思える。元々、攻撃スペルの類はある程度敵に対して誘導性を持つ。弓を扱った経験など全く無いシグレが、《破魔矢》のスペルを扱うことができるのもこの為だ。それが更に強化されるのであるから、かなり適当に射ちだしても後は誘導性で何とかなるのかもしれない。
「ちょうどユーリが弓を持っていませんし、彼女に渡してはどうでしょうか?」
《破魔矢》を行使する度にシグレが弓を貸すわけにもいかないし、どのみち何かしらの弓はユーリにも必要になる。《破魔矢》専用に使うには良品過ぎるような気もしないでもないが、他に弓の使い手が居ない以上は別に問題無いだろう。
「構わんぞ。俺には不要なものだしな」
「ん、私もそれでオッケー」
もちろんユウジかカエデのどちらかが換金した上での分割を望むのであれば、そうするべきだと思っていたけれど。二人ともその辺にはあまり拘っていないのか、すぐに承知してくれた。
『……私は、要らない』
けれど、その提案は当の本人であるユーリによって拒まれる。
「どうして……ですか? ユーリにも弓は必要でしょう?」
『……私はシグレからコレを貰う。だから、その弓はシグレのものにすればいい』
そう言ってユーリが〈インベントリ〉から取り出したのは、先程の戦闘で彼女に貸したままになっていたシグレの丸木弓である。
当たり前だけれど、貸しただけである。少なくともシグレはそのつもりだったし……それに、木製で何の変哲もないショートボウであるそれは、スペルが使えればいいやという程度の気持ちで購った品であり、この一品と引き替えにするにはあまりに価値が無いものなのだが……。
『……それに、その弓は私には大きすぎると思う』
付け加えるように、ユーリはそう告げる。
ユーリの身長はかなり低く、カグヤと同じ程度しかない。彼女から見れば、2メートルを優に超える大きさの弓は、到底扱えない大きさに言えてもおかしくはないだろう。
和弓というものは把持する位置が弓の下方部である為、実際にはユーリの身長でも充分に扱うことは可能だと思うのだが―――しかし、それを和弓について知らないであろうユーリに、大して詳しくもないシグレが説明するのは、少々無理があることのように思えた。
「ユーリちゃんもそう言ってるし、シグレのものにしちゃえば?」
「ですが……」
「シグレの装備もそろそろ、少しずつ良品に切り替えていった方がいいと思うぞ。以前は俺ばっかりいいものを貰っちまったし、この辺でお前さんも少しは懐に入れておけ」
『……うん。シグレの装備が良くなる方が、私も嬉しい』
ユウジにそう言われては、シグレも拒む理由が見当たらない。まして当の本人であるユーリが言うのだから、もう何も言えるはずもなかった。
「……判りました。有難く頂戴します」
いかにも高級品と言った風格を漂わせる一張りを手にしてみると。その威風に釣られてか、シグレ自身も自然と姿勢が良くなるような気がする。
説明を読む限りでは、〈巫覡術師〉の射弓スペルであれば効果が適用されるみたいであるけれど。その『射弓スペル』というのには、他にどのようなものがあるのだろうか。まだ知らないスペルに対する興味は、深まっていくばかりだった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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