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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《涼を求めて》

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76. 雪辱戦

 ユウジとカエデが、まだ距離があるこの先の大部屋に向かって掛けだしたのを見て、シグレとユーリは追いかけながらすぐにスペルの詠唱を開始する。

 《炎纏》の持続時間は60秒と決して長くはないが、武器に効果を付与するスペルで戦闘の機先を掴むことは出来ない。少々勿体なくはあるが、敵がこちらに反応する前に掛けておくのがベストだろう。

 60秒しか持続しないにも拘わらず、消費されるMP量もまた60である。シグレにとっても3割以上のMPを消費するこのスペルはそれなりの負担であるし、まだレベル1のユーリにとってはより重い負担となることだろう。それでも詠唱時間もあれば再使用時間もあるのだから、カエデの分はユーリに任せるしかない。


「名も無き万象の荒ぶる力よ、炎熱となりて彼の武器へと宿れ―――《炎纏》!」


 シグレとユーリの詠唱がほぼ同時に重なり、行使されたスペルがユウジが先程持ち替えた質の悪いショートソードの刀身と、カエデの持つレイピアの細身の刀身へ、勢い良く迸る炎を纏わせる。

 燃え盛る二振りの剣は、暗い地下宮殿の中では大層目立つ。また、カエデのほうは然程でもないのだが、歩く度にユウジが身につけている金属鎧が立てる音は、閉ざされた静かな〈迷宮地〉の中では殊更判りやすい音となって響く。

 当然、先方に視認できるレイスの集団がこちらへ気付くまでには然程の時間も掛からない。敵に向かって小走りしている現状では、それはもうガチャガチャと判りやすい騒音を立てているから、もとより魔物の不意などつけよう筈も無かった。


「魔力を支配する〝銀〟よ、彼の魔物を捕えよ―――《捕縛》!」


 敵がこちらを認識したのを察して、シグレはすぐに戦闘を制するべく最初の行動を取る。昨日はレイス・ウォリアーにあっさりと斬られてしまった《捕縛》のスペルで、今度こそ絡め取り雪辱を果たそう―――というわけではない。狙うのは思い思いの武器を携える4体の戦士に護られた、杖を構える術者のほうだ。

 レイス・ウォリアーは4体中3体が刃物を有している。この3体相手に今一度の《捕縛》を試みようとも、ユウジの言葉通りであるなら再び斬られて霧散させられてしまうことになるのは判りきっている。しかし、鈍器であるメイスを携えるレイス・ウォリアーになら。あるいは、その奥で杖を構えているレイス・マジシャンが相手であれば、充分に通じる余地はあるかもしれない。特に、レイス・マジシャンはこちらのスペルに対抗してアクションを起こるようなスキル自体を所持していない可能性があるため、決して分が悪い賭けでも無いと思ったのだ。

 そうしたシグレの考えは、どうやら正しかったようだ。レイス・マジシャンを取り囲むように突如現われた銀のロープに、かの術者はあっさりと絡め取られてしまう。それも都合良く、杖を取り落とす形で縛られてくれたから、これで攻撃スペルなどが飛んでくる危険性は随分と抑えることができただろう。


(……杖が必要でないスペルもあるし、油断はできないが)


 スペルを使う為には必ず詠唱が―――詠唱時間が0であるスペルであったとしても、少なくとも行使の際にスペルの名称だけは必ず実際に口にする必要がある。

 しかし、逆に言えば言葉さえ発することができれば、おそらくスペルは発動が可能である。試したことはないが、縛り戒められていてもスペルを行使可能であることは充分に考えられるから、上手く《捕縛》出来たからといえ、レイス・マジシャンはまだまだ戦力外になったとは言い難いものがあった。


「集え、星辰が刹那の瞬き……! 《目眩まし》!」


 シグレに続けてスペルを行使したのは、隣のユーリである。シグレの背後で彼女が高く掲げた杖の先端部が、〈迷宮地〉の暗闇を劈く鋭い閃光を生み出し、一瞬だけ世界を真っ白に染め上げた。

 最後尾のユーリに対しては、最も近い場所に居たシグレも、前を走るユウジとカエデも、全員が背を背けていたから味方にはそれほど影響を及ぼさない。しかし暗順応しきった視界の中で、まるで稲光のような強光を直視した魔物達に対して効果は絶大であり、向き合うレイス・ウォリアーの4体全員が、そして後ろで銀のロープに縛られているレイス・マジシャンまでもが、呻き声を上げながらその場で強く怯んでみせた。


(……レイスも普通に、視力でこちらを認識しているんだな)


 考えてみれば、金属鎧の音に反応してこちらを察していることからも、人間同様に聴覚をレイスが備えていることは窺える。ならば視覚などについても同様に、人間と変わらない感覚を有していても不思議ではないのかもしれない。


「―――《破魔矢》!」


 閃光に怯み露骨な隙を晒しているレイス・ウォリアーのうち、ハルバードのようなものを携えている一体に向けて、シグレは即座に切り替えた弓を構えて《破魔矢》のスペルを放つ。


「―――《軽傷治癒》!」


 真っ白な光の尾を引く《破魔矢》の軌跡もまた、暗い地下宮殿の中では判りやすく目を引くものとなる。それを見てシグレの攻撃対象を察したのだろう。ユーリが即時着弾する治療スペル―――もとい、アンデットに対しては強力な攻撃スペルでもある《軽傷治癒》で追随してくれる。

 《破魔矢》と《軽傷治癒》。二つのスペルから殆ど同時にダメージを受けたレイス・ウォリアーは、一瞬でHPバーが蒸発し、光の粒子へと変わった。


(あれ? 意外と柔い―――?)


 先立って戦ったスケルトン・ウォリアーであっても、《破魔矢》と《軽傷治癒》のスペルを同時に受ける程度では、まず倒すことは不可能なのだが。そのスケルトン・ウォリアーよりもレベルが2つも格上であるレイス・ウォリアーのHPが、けれど同様の攻撃で消し飛ばされたのを見て、シグレは強い違和感を覚えた。


『ユーリ。レイスは意外と耐久力が低いのかもしれません―――』

『……私も同じことを思っていた。攻撃スペル重視にする?』

『そうしましょう。狙いは、向かって左側の対象から順に』

『ん、了解……!』


 霊体であるから物理攻撃が効かない。(※けれどレイスの攻撃はこちらに当たる)

 スペルによる拘束や攻撃を、武器で切り裂いて無効化する。


 この2つの能力を有しているだけに、レイス・ウォリアーは近接系を初めとした武器を扱う天恵を有している者にとっても、魔法職の天恵を有している者にとっても、大変に厄介な魔物であることは疑いようも無い。

 しかし、ともすればこの2つの能力は過大に過ぎるものであるようにも思える。レベル6といえばシグレやユーリより格上ではあるが、魔物としては決して高いものではない。何しろ、先日の〈ゴブリンの巣〉で戦ったゴブリン・ウォリアーと同じ数値でしか無いのだから。それと同格と認められる敵にしては、有している能力が強力過ぎるようにしか思えないのだ。


(もしかすると、強力なスキルを有しているだけで……。案外、能力自体は平凡なのかもしれないな)


 便利なスキルばかり揃えていて、HPが低く、案外あっさり倒せたりとか―――。

 ……そう考えると。レイスって、ある意味ではシグレ自身に似ているような気もしてしまう辺りが、少し妙な気分だった。


『……ごめんなさい、シグレ。弓を貸して』

『判りました』


 ユーリの念話に答えて、〈インベントリ〉に入っている丸木弓をユーリのほうへ転送する。〝意識〟するだけで済むことだから、戦闘の最中であっても手間は掛からない。


「―――《軽傷治癒》!」

「―――《破魔矢》!」


 シグレが《軽傷治癒》をレイス・ウォリアーに撃ち込むのに少し遅れて、弓を構えたユーリから《破魔矢》が放たれる。ちょうど先程とは、互いに逆のスペルを唱え合う形になっていた。


「破ッ!」


 先程の念話を聞いていたからだろう。カエデはあえて自分から最も近い、一番左のレイス・ウォリアーではなく、その右隣の対象に狙いを定めて軽快にレイピアを振るう。

 レイピアによる刺突や斬撃はレイスを擦り抜けるが、その軌道が触れる度に《炎纏》は確実にレイスのHPバーを削り落としていく。一撃一撃のダメージは小さいが、目を奪われるような鮮やかな手並みで、早業のように絶え間なく蓄積されていくダメージが1体分のHPを丸々削りきったのは、シグレとユーリのスペルにより一番左のレイス・ウォリアーが倒されるのと殆ど変わらないタイミングだった。


『おいおい、俺の分の得物も残しといてくれよ!』


 ユーリの《目眩まし》の効果により魔物全員が足を止めてしまったために、魔物と接敵するまでの移動距離が伸びたことで鎧の重さの差が出たのか、カエデに遅れてようやく到着したユウジが言葉とは裏腹に嬉しそうな声でそう漏らす。

 残る1体のレイス・ウォリアーは既に怯みからも回復し万全の状態ではあるようだが、それでもカエデとユウジの二人に取り囲まれては、倒されるのも時間の問題だろう。

 斜め後ろに立つユーリを見ると、彼女もすぐに頷いて応じる。レイス・ウォリアーは二人に任せて、シグレ達は結局もがくばかりで何もしてこなかった、未だロープを解けずにいるレイス・マジシャンに対して杖を向けることにした。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):3785字

文字数(空白・改行含まない):3674字

行数:79

400字詰め原稿用紙:約10枚

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