75. 炎纏
「……なんだか、ちょっと拍子抜けかも」
地下迷宮での二戦目。最初の小部屋を左に折れた西側の先、大部屋での骸骨集団との戦闘を終えたあとに、カエデはふとそんな言葉を漏らしてみせた。
別に敵が弱いというわけではない。部屋に詰める、計11体にも及ぶスケルトン・ウォリアーとアーチャーの群れは、数が数だけあって本来であれば苦戦は免れ得ないものであっただろう。その戦闘をカエデが思わず拍子抜けしてしまう程に苦もなく終えることができてしまったのは、偏にユウジの戦力の高さに拠るものだった。
ユウジは体格やレベルの割に戦い方は堅実そのものを好む所があり、敵にダメージを与える手段をカウンターである《応撃》に頼ることで、他の能動的な攻撃スキルを敵の増援が来襲した場合などの緊急時用に温存する部分が有るのだが。八咫から贈られてくる魔物の位置情報により敵の増援が来ないと判っていれば、ユウジはMPやクールタイムを惜しむことなく高火力のスキルを初手から打ち込むことができる。
範囲攻撃スキルを含めた先手攻撃で敵のタゲの大部分を自分に向けてしまえば、あとはユウジの繰り出す《応撃》の嵐が敵集団を壊滅に追い込むまでには、それほど時間は必要ではなかった。シグレもユーリも、そしてカエデも。ただユウジのサポートに徹していれば、戦闘は終わってしまうのである。
「済まんな、大半の敵をこっちで貰っちまって」
「んーん。ちょっと脇の敵を貰うだけでいいし、私は楽できて助かってるかなー」
「俺としては、それだけで充分助かってるんだがな。カエデが居てくれるお陰で、魔物に囲まれる心配が無いから盾が使い易い」
ユウジ《応撃》は、あくまでも盾を使うなどして魔物の攻撃を防いだり、回避したりしなければ発動しない。それを考えると、確かにカエデが隣で魔物の一面だけでも補ってくれることで、随分と戦いやすくなる部分もあるのだろう。
「個人的にはもう少しお前さん達のレベルが上がってくれると、行ける場所が色々と拡がりそうで有難いんだがな」
「ですが、ユウジ程の腕であれば、自分たちよりもっとレベルが高い冒険者と組む機会も多いのではないですか?」
「そうは言うがな……。シグレは周囲に〝羽持ち〟の知り合いが多いから、あまりそうは思わんのかもしれんが。知り合いの冒険者連中の大半は、当たり前だが『死んだらそれまで』だ。シグレなら、そういう奴らを危険度が高い場所へ連れて行けるか?」
「それは―――」
まず無理だろうな、とシグレにも思えた。
こちらの世界―――〈イヴェリナ〉に住まう人々は、現実世界でシグレの知るような人達と何一つ変わらない、掛け替えの無い存在だ。おそらくは二度三度と会って会話を交わし、食事や狩りの一時でも一緒に行えば……もうその頃には、こちらの世界で知り合った誰もを、危険な場所へ連れて行くようなことはできなくなってしまうだろう。
「行きたい場所は結構あるんだがな。街から少し離れた辺りにも〈迷宮地〉が幾つかあることは、ソロの探索で既に確認してあるし。……だが、さすがにレベル20前後の魔物が相手となると、ソロではある程度囲まれたらもう耐えきれずに押し負けてしまう」
「囲まれなければ戦えるだけでも、充分凄いですけどね」
そのぐらいのレベルの戦闘になると、一体どのような光景が繰り広げられることになるのだろうか。
見てみたい気持ちは少なからずシグレの中にも湧くが、自分がそれに着いていけるレベルに達する機会が来ることは期待できないような気がして、内心でシグレは苦笑しながらユウジの話に耳を傾けていた。
「ま、とりあえずはココで一体でも多くの魔物を倒して、お前さん達の経験値を稼ぐとしたい所だな。―――ん?」
「……? どうされました?」
「いや。地図の北側に着けられた、このマークは何だ?」
ユウジに言われて、シグレもすぐに地図を近いのうちに広域展開すると。八咫から届けられた情報により記された北側の大部屋には、レイス5体の集団が部屋の中に居ることに加えて、白い菱形のようなマークが2つ記されていた。
「地図を記入した本人に、直接訊いてみた方が早そうですね」
そう告げてから、シグレはすぐにパーティ用の念話で八咫の名前を呼ぶ。
『―――はい、大旦那様』
『ごめん、いま話しても大丈夫?』
『問題有りません。何か御用でしょうか?』
念話に応じた八咫に、シグレが地図に記されたマークについて訊ねると。
八咫もすぐに『ああ―――』と、得心したような言葉と共に答えてくれた。
『申し訳ありません、先にお伝えしておくべきでした。それは、我が調査しました折に視認しました、宝箱の所在を示した印です』
『―――ほう。お前さんは、箱の位置まで教えてくれるのか?』
『はい。見て判る情報は、そちらに総てお伝え致しますので』
八咫の言葉に、ユウジが隣で感嘆したように頷く。
そういえばここも〈迷宮地〉の中だから、以前探索した〈ゴブリンの巣〉同様、ダンジョンの中に宝箱が湧いたりすることが有ることを、すっかり失念してしまっていた。
『ありがとう、八咫。訊ねたかったことはそれだけだから』
『承知致しました。姐様や大旦那様方も、頑張って下さいませ』
その言葉と共に、八咫からの言葉は途切れる。
すると、隣の部屋に宝箱が2つか。―――避けて通る理由など、もちろんあろう筈も無かった。
「しかしレイスが5体というのは、少々厄介だな……」
「だねー。できればもうちょっと個体数が少ないものから相手にしたかったかな」
「内容はレイス・ウォリアーが4体と、レイス・マジシャンが1体のようですね。レイス・ウォリアーの武器は様々で、片手剣と両手剣、あとメイス装備がそれぞれ1体ずつと……確か〝ハルバード〟と言うのでしょうか? 長柄の穂先に斧のような部分が付いた武器を持っているのも1体居ますね」
《千里眼》を駆使して先の部屋のレイス集団を視認しながら、その装備の仔細を皆に伝えていく。同じ名前の魔物同士でも、結構装備が極端に違ったりする辺りがなかなか面白い。
長柄武器は迷宮内では扱いが難しそうにも思えるけれど、相手は大部屋に陣取って居るから、おそらくは何の躊躇もなくそれを振り回してくることだろう。
「こっちの武器は通じないんだよね? ……ウォリアー4体を、正面に立ち塞がるだけで上手く足止めできるかなあ?」
「あ、そのことですが―――。昨日、ちょうど良い秘術を手に入れまして」
「ほう?」
説明するよりは、まず先に見せた方が早いだろう。
消費MPが多いのが難点なのだが、戦闘中でなければ見せるぐらいの余裕はある。
「名も無き万象の荒ぶる力よ、炎熱となりて彼の武器へと宿れ―――《炎纏》!」
どんなスペルであるのかは、《炎纏》のスペルを修得する際に読んだ写本に記されているから、シグレも把握はしていたが。実際にその効果を目にするのは初めてである。
詠唱を終えてスペル名をシグレが紡いだ瞬間に、ユウジの持つ剣の刀身部から勢い良く炎が吹き出てきて、その巨大な刀身が盛んに燃える炎の中へすっぽりと包み込まれてしまった。
「こいつは凄い……。名前の通り、武器に炎を纏わせるスペルか」
「《炎纏》を掛けた所で、剣自体がレイスに命中するようになるわけでは無いのですが。術者の魔法攻撃力依存の魔法ダメージを与えることができるようになるようなので、少しはダメージが通るようになるかと思います。消費MPがちょっとキツいのが難点ですが……ユーリにも昨晩覚えて貰いましたので、なんとか二人共に掛け続けることはできると思います」
「確かに、相手に手傷を負わせられるようになるだけでも大分有難い。ダメージさえ与えられれば俺はタゲを取ることができるし、カエデも《威嚇》でタゲが取れるしな」
「……へえ、炎自体は私達が触っても熱くないんだねー」
ユウジの剣に宿っている炎に、カエデが手を翳しながらそう告げる。
攻撃スペルが自分自身や、同じパーティの仲間にダメージを与えることはない。それが判った上での行動だろうけれど、目の前で燃え盛る炎の中に躊躇無く片手を突っ込むカエデの勇気にも感嘆するばかりだ。
「あ、武器の攻撃力は関係ないし、なるべく軽い武器にしたほうがいいのかな? 閉所戦闘用に一応レイピアも持ってるから、そっちに変えることもできるけど」
「そうですね。武器自体は敵の身体を擦り抜けますし、空振っても自分の体勢が崩れたりしないような、軽くて扱いやすい武器の方が良いと思います」
「なら俺も、この間のゴブリン狩りで拾った粗悪品のショートソードにでも装備を変えるとしよう……。どうせ攻撃力が関係ないのなら、こんなものでも構わんだろう。盾も役立たずだろうし、収納しておくか」
各々の攻撃手段さえあれば、厄介な相手にも充分に対処することは可能だろう。
昨日はあっさりと斬り倒されてしまったが―――今日こそは、頼もしい仲間達と共にその雪辱を晴らしたい所だ。
お読み下さり、ありがとうございました。
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