74. 大鴉召喚
(ユーリには《魔犬召喚》のスペルが無い……。ということは、やっぱり最初からスロットに登録されているスペルというのは、ランダムなのか)
ユーリの話を聞き、シグレは内心でそんなことを思う。
シグレの場合には《魔犬召喚》と《大鴉召喚》、どちらのスペルも最初から所持していたから、使い魔にする対象は自由に選ぶことができた。使い魔にできる数は限られているから、両方を使い魔にすることはできないこともあり、『魔犬』と『大鴉』という名前から召喚獣を想像し、なんとなく強そうに思えた『魔犬』のほうをシグレは選んだのだ。
その選択は全く後悔していない。『魔犬』である黒鉄は、シグレが期待していた何倍もの働きをしてくれているので、不満などあろう筈も無かった。けれど、一方でもう片方の―――『大鴉』がどんな召喚獣であるのか、興味が無いわけでもなかった。
別に使い魔として契約せずとも、召喚すること自体は可能ではあるのだが……。使い魔として契約しなければ召喚獣は言葉を喋ることができないようなので、その本質を知ることは難しいと思えたのだ。
「……我が望みに応え、深き常夜の森より出でよ―――《大鴉召喚》!」
その『大鴉』が、今まさにユーリのスペルによって目の前で召喚されようとしていた。詠唱時間が『5秒』と固定されているからだろうか。喋るのが苦手なユーリの口からも、スペルの詠唱文が淀みない声で発せられると。ユーリの目の前に光の粒子が集まり、一匹の鳥類のシルエットを形成していき―――やがて光が解けて収まると、そこには真っ黒な羽を揃えた一羽の鴉が残された。
『大鴉』という名前から、可能性のひとつとして考えてはいたが。果たしてシグレの目の前に具現したその鴉は、別名をオオガラスと呼ばれることで知られる、ワタリガラスに近しいものであるように見えた。目立つ光沢を湛えたその身体は、それを示す判りやすい特徴でもある。
但し、背の高さだけで70cm弱はありそうに見えるから、全長で言えば90cmは超えているだろう。ワタリガラスの中での大きめの個体よりも、更に一回りか二回りは大きいように思えるから、やはり似てはいるが別種と考えた方が良いのかもしれない。
『……シグレ。名前を、決めて』
「えっ」
他人事と思って、その光景を眺めていたわけではないが。ユーリからそう唐突に話を振られて、シグレは思わず戸惑う。
「さすがに、それはユーリが決めた方が……」
『……私の使い魔は、シグレの使い魔でもある。なら、私のご主人様であるシグレが決めるべき』
そんな無茶苦茶な―――とは思うものの。そう告げるユーリの言葉には、珍しく有無を言わせない明確な意志が見えるようで。
結局はシグレのほうが、折れるしかないのだった。
「じゃあ……。八咫、とかどうかな?」
鴉というと、やはり最初に頭に浮かぶのは八咫烏である。シグレの目の前に居る召喚獣は、生憎と伝承にある〝八咫烏〟のように三本足というわけではないけれど。元々〝八咫〟という語は、単にその大きさのあまりを表するだけの意味のものであるから、別に名前として用いるのにおかしいということも無いだろう。
「……ん。お前の名前は、八咫。使い魔として契約する。……よろしくね?」
大鴉の鋭い瞳がユーリを見つめたあと、シグレを見据える。
その反応を見ながら、黒鉄と初めて契約したときのことを、シグレは懐かしい気持ちと共に内心で思い返していた。
『名を有難く頂戴します。我の名は、八咫。頂いた名に恥じぬだけの働きを以て、使い魔としての契約に報いることに致しましょう。……皆様の名をお伺いしても?』
「……私は、ユーリ。こっちが、私のご主人様の、シグレ」
「俺はユウジだ。よろしくな」
「カエデです。よろしくね、八咫さん」
『ユーリ姐様に、シグレ大旦那様―――。ユウジ様とカエデ様ですね。ありがとうございます、しかと覚えさせて頂きました』
「大旦那様って……」
時代劇でもなければ、今時なかなか耳にしない呼び方だけれど。
シグレのことを『主人』と呼ぶ黒鉄のことといい、召喚獣というのは必ずこういった堅くて少し古めかしい話し方を好むものなのだろうか。
「それで、八咫に訊きたいんだが。お前さんには何ができるんだ?」
『そうですね―――戦力を、と期待なさって召喚されたのでしたら申し訳無いですが。正直を申し上げて直接的な戦闘はあまり得意ではありませんね。幾つかの術を扱うことが可能ですが、敵を殺傷させる物は少ないですので』
「ふうん、鴉さんは魔法職なんだね。じゃあさ、得意なことは何?」
『隠形です。魔物に気付かれずに探索して調査を行うことが、我の最も得意とする所です。―――ちょうど〈迷宮地〉にて召喚頂きましたようですし、姐様の許可さえ頂けますなら、単独行動で一通り調べて参りますが』
ユウジとカエデの問いにそれぞれ答える八咫の言葉を聞いて、シグレは小さくない感心を覚える。〈召喚術師〉のスペルというのは、戦力になる味方を召喚するためのものだと思っていたが。八咫の言う〝調査〟のような、戦闘外の支援を目的とする召喚獣というのもあるのか。
八咫に許可を問われたユーリは、答えずにシグレのほうを振り向く。ユーリの使い魔なのだし、できればユーリの意志で判断した方が良いと思うのだが……。ユーリの目に真っ直ぐ見据えられると、突っぱねるようなことは出来なかった。
「いいんじゃないかな? 八咫の能力を、見てみたいし」
「……ん。じゃあ八咫、お願い」
『畏まりました。この階の地図を埋め終わり次第、また合流致します。皆様はどうぞ気にせず探索を続けられて下さいませ』
言うや否や、暗闇の中に姿を掻き消すかのように八咫の姿は見えなくなる。
暗視能力を有しているシグレにさえ、いつの間に居なくなったのかまるで判らなかった辺り、隠形が得意というのは確かであるようだ。
◇
「なるほど、こいつは凄いな……」
ユウジが呻るその言葉には、シグレも完全に同意だった。
地下迷宮に入って廊下を暫く進み、最初の部屋がもう少しという距離にまで近づく頃には。パーティ機能を介して八咫から地図情報が届けられ、目前に迫った最初の部屋と、それから隣接する三方向の部屋の詳細をシグレ達はしっかりと把握することができた。
正確な部屋のサイズと魔物の大まかな位置、更にはその種類と個体数といった情報までもが克明に記されて届く地図は、こうして実際に閲覧が可能になると何とも頼もしい。敵の配置図さえ判れば、先日の〈ゴブリンの巣〉での狩りの時のように、戦闘中に後続の魔物が次々と参戦してくる―――といった面倒な事態も充分に予見することが出来、あとはこちらで適切に魔物を誘導したりすることで増援を回避することも可能だろう。
「戦闘に参加するだけが使い魔としての支援ではない、ということですね……」
「だねー。とりあえず最初の部屋に4体居るみたいだけど、どうする?」
「一応《千里眼》で確認しますので、少々お待ちを」
目前に迫った最初の小部屋は、既に余裕で《気配探知》の範囲内であり、八咫によって届けられた個体数の情報が合っていることは確認できている。《千里眼》を飛ばして視認すると、そこには情報通りにスケルトンのウォリアーが2体とアーチャーが1体、ゾンビドッグが1体存在していた。
「魔物の構成は八咫の情報の通りで、間違い有りません」
「了解。シグレやユーリに矢が届くと怖い。まずは射手を先に倒すか?」
「私の《庇護》でシグレもユーリも護れるから、連射力にも乏しい射手はそんなに怖くないと思うよ?」
「おっと、そうだったな―――。俺がスケルトン・ウォリアー2体を持とう。カエデは《威嚇》で射手と犬のタゲを取って貰えるか?」
「ん、了解。なら最初に《突撃》で犬に突っ込む」
屈強な前衛が二人も居てくれるお陰で、その二人で魔物の分担の話が済めばそれだけで大凡の作戦というのは出来てしまうから楽だった。後衛であるシグレとユーリはただ、状況に応じて自分の判断で戦況を支援するだけだ。
ユウジとカエデが魔物に向かって掛けだしたのを見て、シグレもそれを早足で追いかけながら杖を高く掲げる。
「輝ける万象の礎たる力よ、彼の武器へと宿りその真威を閃け―――《理力付与》!」
ユウジの持つ巨大な片手剣に《理力付与》のスペルを掛ける。隣でユーリもまた全く同じ詠唱呪文を口にして、カエデの武器に《理力付与》のスペルを掛けているのが見えた。
今回は主に、ユウジを支援するのがシグレの担当であり、カエデをユーリが担当するということで事前に打ち合わせ済である。―――とはいえシグレもユーリもスペルの幅が広く、打てる選択肢は状況に応じて様々であり、事前に取り決めている内容はそれだけだったりもするのだが。
「―――《破魔矢》!」
「―――《衝撃波》!」
すぐに武器を弓に持ち替えて、シグレはアンデッド相手に最大の火力を発揮するであろう《破魔矢》を、ユウジが担当するスケルトンの一体に撃ち込む。
ユウジの主な攻撃手段は、盾によって魔物の攻撃を受け止めることで発動する、《応撃》スキルによる高速反撃である。魔物の戦力を削ぐという意味では《捕縛》のほうが優秀なのだが、敵の行動を阻害することでその攻撃機会が減れば、それだけ反撃のチャンスも奪われることになるのが難点だ。
対する隣のユーリは《衝撃波》のスペルを行使し、カエデの目の前のゾンビドッグを弾き飛ばしていた。ノックバックにより大勢を崩したゾンビドッグの体躯に、《理力付与》によって強化されたカエデの槍が深々と突き刺さると、それだけでゾンビドッグのHPバーは7割近くも奪われることになった。
「―――《軽傷治癒》!」
「―――《軽傷治癒》!」
その状況から判断し、すぐに続けたスペルの発動によるシグレとユーリの唱和がピタリと重なった。
HPが残り3割程度であれば、威力が高めの火力スペルを2発も打ち込めば確実に倒すことができる。アンデッドに対して威力が高く、スペルの行使と共に敵に即時命中し、回避することができないスペル。―――となると、最も確実なのは治療スペルを打ち込むことで、攻撃に転化させることだ。
シグレとユーリのスペルを受けて、ゾンビドッグが光の粒子へと姿を変える。それを見たカエデはすぐに、対象をスケルトン・アーチャーに変えて再び《突撃》を実行する。
6体以上の敵と対峙してさえ、難なく全員を相手取ることができるユウジにとっては、元よりたった2体に過ぎないスケルトンなど敵では無い。カエデもまた、金属鎧を着けているにも拘わらず見せる機敏な《突撃》により接敵してさえしまえば、もはや弓を構えることさえ自由にできない射手など敵では無かった。
お読み下さり、ありがとうございました。
昨日、予約投稿を設定するのをすっかり失念しておりました……。すみません。
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行数:104
400字詰め原稿用紙:約11枚




