73. 地下宮殿、再び
翌日。いつも通りの定刻である朝6時に目を覚ましたシグレは、階下でいつも通りに美味しい朝食を堪能したあと、ユーリを伴って宿を7時前には出た。待ち合わせの時間は特に決めているわけではないが、カエデもユウジも、こことは別の宿でおそらく全く同じ時間に起き、同じように過ごしているはずである。そのことを思うと、なんだか少しだけ不思議なことであるようにも思えた。
ただ、総てがいつも通りというわけではない。いまシグレの隣には、ユーリは居ても黒鉄は居なかった。昨晩、湯に浸かりながらカグヤと武器に関する仔細を詰めたときに、早速明日にでも鍛冶場へ黒鉄を伴って製作に着手したいと要請されたからだ。
明日はカエデ殿もユウジ殿も居るし、我が居なくても問題無かろう―――とは昨晩の黒鉄の弁であり、そういった事情もあって今朝は黒鉄と宿の前で別れた。今日一日はカグヤと共に同行して過ごすことだろう。
最近ではユーリと共に居ることにもすっかり慣れてしまった自分が居るが、黒鉄が居るのもまた当然のようになってしまっていて。自身の足下近くを見下ろす度に毛並みのいい黒鉄の姿を見確かめることができないのは、少しだけ淋しいような気もした。
「―――よう!」
まだ速すぎる時間帯のせいか、人影もまばらな大聖堂までの道のりをぼうっとしながら歩いていると。不意に、聞き馴染んだ声が掛けられてきたことに気付く。
「おはようございます、ユウジ」
「……おはよう」
「二人とも早いな。まだ7時になったばかりだぞ?」
「その言葉、そのままお返ししますよ」
隣のユーリと共に一礼して迎え、ユウジと同行する。
歩幅が小さく、歩くのが遅いユーリに合わせて、ユウジも歩速を緩めてくれた。
「折角ですし、パーティに勧誘して貰って構いませんか?」
「今のところ地下宮殿の経験者はお前さんだけだ。そっちから勧誘してくれ」
レベル的な差も相当にあるのだから、ユウジがリーダーを務めた方が適任だと思ったのだけれど。逆にユウジからそう言われてしまい、シグレのほうから勧誘要請を送ると。すぐに受諾され、パーティのリストにユウジの名が加わった。
「とうとう、レベル20の大台ですか。おめでとうございます」
「おう、一昨日ぐらいに上がってなあ……。やっぱり単一天恵だと成長早いな」
目の前に踊る『〈重戦士〉Lv.20』の文字。
最近は採取や生産に精を出していたからある程度仕方の無い部分でもあるのだろうが、これだけレベル差があるにも拘わらず、まだ引き離されてしまう現状にはシグレも苦笑するほかない。
「シグレは相変わらずか」
「経験バー的には、まだレベル2に上がったばかりも同然ですね。……生産の方はあと1・2回ほどベリーポーションを量産すればレベルも上がりそうですが」
「……前回、シグレから貰ったポーションをソロの時に試しに使ってみてなあ。HPが一気に全快したときにゃ、さすがに目を丸くしたぜ……」
以前作ったベリーポーションを押しつけたとき、ユウジはその回復量とかを一切チェックせずに受け取ってくれたのを覚えている。
効果に気付いたあと、ユウジがどういう反応をするのか楽しみだったけれど。驚かせることができたのなら、ある意味成功と言っていいだろう。
「ふふっ。驚いて貰えたなら、ユーリに教わって頑張った甲斐がありました」
「地味にお前、性格悪いよな……。良かったらまた頼むぜ。あのクラスの回復量が出るポーションがあると、安定性がかなり違って来てなあ。無論、金は払う」
「生産自体にお金が掛かるわけではないので、代金は別に。どちらかといえばお金よりも、採取か〈地下宮殿〉に付き合って下さった方が有難いですね」
「なんだ、そんなことでいいのか? そりゃ勿論構わんが」
自由に使って良いと言われているとはいえ、あの回復量が異常なポーションは、ユーリにレシピを教わり、ユーリから提供された《固定化》のスペルにより成されたものである。現物こそ違いなくシグレの手によって作られた物であっても、そこにシグレ自身の努力や研究の跡があるわけではない。
あまり積極的に金稼ぎに利用する気にはならないし、けれど無駄にするには惜しすぎる一品ではある。ただ同然で渡すぐらいのほうが正直シグレにとっても気楽でいられるし、ましてユウジと共にこの世界を楽しめる機会が増えるのであれば、実際そのほうが得難い報酬ではあった。
◇
大聖堂の入り口でユウジと少し話をしていると、僅かに遅れてカエデが合流したことでパーティの人数は4人になった。
階段を下りた先、地下宮殿の前に詰める昨日と同じ衛兵の人達に挨拶すると。確かグロウツさんとラバンさんという名前の二人は、どちらも一瞬だけ驚きを露わにし、けれどすぐに歓迎の意を示してくれた。
カエデもユウジも昨日のうちに司教のライズさんから地下宮殿への進入許可を得ていてくれたので、ギルドカードを見せるだけで衛兵の方もすぐに通行を了承してくれた。
『……迷宮に入ったら、少し時間を貰ってもいい?』
ユウジとカエデが、門の前で鎧を身につけるのを待っている傍らで、ユーリがそんな風にパーティ念話で訊いてくる。
その理由は判らないが、もちろん中に入って多少待つぐらいなら全く構わない。ユーリの言葉はすぐに全員から了承された。
「……あれ? 今日は金属鎧なんですか?」
鎧に着替え終わったカエデの姿を見て、シグレは率直な疑問をぶつける。
「一応、ダンジョンでは金属鎧がメインかな。フィールドと違って狭いことが多いから、どうせそんなに走り回ったりはできないだろうしね」
「なるほど……」
「元々〈騎士〉にしても〈槍士〉にしても、重装備向きの天恵だったりするしね。……とはいえ、一応《突撃》とかもするし、ユウジほど重い鎧でもないんだけど」
「俺のは完全に防御主体だからなあ……」
確かに、全身を隙間無く覆うユウジの鎧に比べると、カエデの身につけている鎧は金属で覆われている部分が限定されていて軽そうには見える。
しかし、普通の軽装であるシグレから見れば、どちらも『重そう』という一点に於いては印象が変わらず、前衛の人は大変だなあ……と内心で思うばかりであった。
「しかし、案外バランスのいいパーティだったりしそうだな」
「それはそうかも。正直、この四人なら負ける気がしないかなー」
〈重戦士〉の天恵を持つユウジと、〈騎士〉と〈槍士〉の天恵を持つカグヤは、どちらも攻防共に優れる頼もしい前衛である。カエデは敵のタゲを固定化するスキルを有するし、ユウジは攻撃した敵のタゲを自分に向けるスキルを有する。二人が居れば、それだけでパーティ全体の安定度は飛躍的に向上することだろう。
対する後衛のシグレと、そしてシグレと同じような天恵へと再設定したばかりのユーリは、魔法職の天恵を大量に抱えることでMP回復力に極めて優れる利点を持つ。二人ともレベルが未熟であるため、ひとつひとつの効果自体は弱いものの、攻撃・回復・補助のスペルを総て行使できることは確かな強みとなる筈だ。
「火力はもう少しあってもいいぐらいか。カグヤって嬢ちゃんが確か〈侍〉だったか? ここに居てくれたら楽そうなんだが……」
「カグヤは羽を持たないから―――だったら尚更、シグレが無事にアイテムを手に入れられるよう、私達が積極的に手伝うべきじゃないかな?」
「ははっ、違いない」
本音を言えば、カグヤを連れてきたい気持ちはあった。
けれどその為にはまず、彼女の安全が保障されなければならない。
「頑張りましょう。ライズさんに聞いた話では、貢献度は人数割りになるらしいですから。人数が多い分だけ、沢山の魔物を狩る必要がありますしね」
「了解! 地下二階への階段が見つかれば、下りるのもいいかもねー」
「状況次第ではアリかもしれんな。強力な魔物の方が貢献度は稼げるらしいし」
『……私も、頑張る』
思い思いの意志を抱きながら、衛兵の二人が開いてくれた厳めしい門を潜る。
背後で門を閉められて暗くなる前に、すぐに《発光》のスペルを用いてユウジの盾に照明効果を付与することも忘れない。隣ではユーリもまた自分の杖に《発光》のスペルを掛けて、先端部に光を灯していた。
《気配探知》にはまだ反応が無いようだ。地下宮殿の最初の部屋に辿り着くまでには、そこそこ長めの廊下が続いているが、その間に魔物と遭遇することは無さそうに思える。おそらくは衛兵の方が昨日話していた〝魔物避け〟が効果を発揮しているのだろう。
「―――それで、ユーリ嬢ちゃんは何をするつもりだ?」
衛兵の人達が背後で門を完全に閉めたのを確認してから、ユーリに対してユウジがそう問いかける。
迷宮に入ったら少し時間を、と告げたユーリの目的を他の誰もまだ知らされてはいないのだから当然の疑問と言えるだろう。
『……昨日、私も〈召喚術師〉の天恵を取得した』
「ああ、なるほど―――。使い魔を召喚するつもりだな?」
『うん』
ユウジに頷いて応えたあと、ユーリはシグレのほうへと振り向く。
『……私には黒鉄みたいな〝魔犬〟を召喚するスペルというのは無かった。代わりに《大鴉召喚》というのがあるから、そちらを使い魔にしようと思う。……構わない?』
「勿論です。自分に訊かなくても、ユーリの好きにしていいんですよ?」
『……それは駄目。シグレは、私のご主人様だから』
淡々と告げるユーリの言葉が、けれど仄かな熱を持って心に響く。
ユーリの言葉に対し、戸惑いの表情ばかりを浮かべるシグレのことを。脇でにやにやと愉快そうな笑みを浮かべながらカエデとユウジが眺める視線に気付いて、尚更シグレは何とも言えない気持ちにもなった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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