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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《涼を求めて》

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70. カウンタースキル

 聴堂でメルフェディアさんと会い、再び訪ねたライズさんの部屋で地下迷宮での敗戦などについて幾許かの会話を交わてから、ユーリを伴って大聖堂を出たあと。『お腹空いた』と訴えるユーリの言葉に従い、シグレ達は冒険者ギルドのほうへと足を運んでゆく。

 毎朝6時に目が覚めるという仕様上、朝食を食べる時間がかなり早めになってしまいがちなこともあり、〈イヴェリナ〉で摂る昼食は12時よりも少し早めになってしまうことが多い。毎朝変わらず提供される美味しい朝食のお陰で、いつもパンは必ずおかわりまでしているのだが。どうしてもパンでは腹持ちがあまり良くないこともあり、昼間では持たないことが多いのだ。

 昼食は大抵、冒険者ギルド二階の『バンガード』で摂る。値段が安い割に充分美味しいし、ここで出される珈琲はなかなかのものだ。シグレにとって不満が無い店であるというのもあるが、他にあまり昼食を摂るような店を知らないというのが、もしかすると一番の理由かもしれなかった。

 試しに冒険者ギルドから程近い飲食店を何度か利用してみたこともあるのだが、値段だけはそれなりに取る割に味の面では『バンガード』よりも劣った店にしか、まだ出会ったことがないのだ。……近場の良い飲食店の情報というのも、そのうち他の冒険者の人などに訊いてみたい所ではある。


「―――よう、シグレ」


 冒険者ギルドに入ってすぐに。

 シグレ達に掛けられてくる聞き慣れた声があった。


「ユウジ。そちらも昼食ですか?」

「いや、幾つかの達成報告ついでに依頼票を見に来ただけだが。シグレ達は飯目的でここに来たワケか……俺も同席して構わんか? ちょうどシグレに用があったんだ」

「それは勿論。でも、用があるなら呼び出してくれても良かったんですが」

「いや、そこまでする程の用でもなくてな……。ま、取り敢えず二階に行こうぜ。飯の話をしたら、何だか急に腹が減ってきた気がする」


 今日もギルド窓口で働いている、少し忙しそうにしているクローネさんを脇目に見ながら。階段を上がって二階の『バンガード』へと入り、カウンターで思い思いのものを注文する。

 一階では、いつもより少し多い冒険者が詰めているように見えたけれど。それとは対照的に『バンガード』は閑散としている様子だった。暑そうな陽射しが入り込んでいる南側を避け、北側の窓側沿いのテーブルを選んでシグレ達は腰掛ける。


「用ってのは他でもなくてな。先日のポーションの礼がしたいんだ」

「なんだ、そんな事ですか……。あれは手習いで作ったものなので、礼なんて別に要らないのですが」

「……明らかに〝手習い〟で作るようなもんじゃ無えよ。それに、あれだけ金銭価値があるようなものを渡されたんじゃ、さすがに何もしないってのも悪くてな。高いものではないが、礼を用意したんで受け取ってくれ」


 目の前のユウジから、何かが自分の〈インベントリ〉宛てに渡されてきたことが判って。シグレはすぐに〈インベントリ〉の中に増えていた、箱状の新しいアイコンを〝意識〟して知ろうとしてみる。




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 盗賊の七つ道具/品質96


  組み替え合鍵、針金、鉄挺棒、ハンマー、釘や楔、油瓶など、

  解錠や罠の解除、構造物の破壊などに必要な道具を集めたもの。

  総称して『七つ道具』と言われるが、実際には八種類以上ある。

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「これは……」

「どうせ、お前のことだ。まだ調達して無かったりするんだろ?」


 言い当てられて、シグレも苦笑して答えるしかない。

 ユウジと共に探索した〈迷宮地〉である〈ゴブリンの巣〉。あの時に宝箱の罠や鍵を解除するための道具の必要性を感じ、調達しようとは思っていたのだが……。

 具体的にどのような道具を調達すればいいのか、そしてどこから購えば良いのかが判らなくて。……確かにユウジの言う通り、まだ何の準備もできてはいなかった。


「シグレのことだ、案外こういう実用品のほうが貰って嬉しいんじゃないかと思ってな。盗賊だと一式揃ったものを簡単にギルドで購入できるらしいが、〈斥候〉や〈忍〉だと時前で揃えなきゃならんので、なかなか面倒らしいし」

「今朝もちょうど〈迷宮地〉に行ってきたばかりですし、大変有難いですが……。本当に貰ってもいいんですか? 品質がかなり高いように見えますし、これだって安くはないのでは?」

「〈盗賊〉の知り合いに頼んで買ってきて貰うように頼んだんだが、ちょうど都合良く盗賊ギルドに良品が入荷されてたらしくてな。お陰で何の苦もなく調達できたし、大して高くも無かった。良かったら貰ってやってくれ。突っ返されても俺のほうが困るよ」


 確かに〈重戦士〉一本であるユウジには、全く無用なものだろう。


「―――有難く、頂戴します。このお礼は必ず」

「礼に礼で返されちゃ、いつまで経っても終わらねえよ……。それより、だ。礼は要らないから、ひとつ訊いてもいいか?」

「……何でしょう?」

「その〈迷宮地〉の話が聞きたい。朝から行ってきた、となるとかなり近場にあるような気がするんだが。生憎と俺は、〈ゴブリンの巣〉以上に近場の〈迷宮地〉など知らん。その辺、是非詳しく聞きたいね」


 熟練の冒険者であるユウジにさえ知られていないとなると……。

 〈ペルテバル地下宮殿〉が閑散としているのは、やはり知名度に問題があるからなのだとしか思えなかった。


「判りました。料理も来たみたいですし、では、食べながらでも」


 ちょうど『バンガード』のマスターと店員が席まで届けてくれた料理を受け取りながら、ユウジにそう告げる。


「おう、頼む。……最近暑くなって来たし、少し遠出が億劫になってきてなあ」

「ユウジは金属鎧ですから、無理もないですよ……。〝涼〟がありますから、夏場にはとても良い〈迷宮地〉であることは保障しますよ?」

「ほほう、それは楽しみだ」


 尤も―――その〝涼〟は、単に涼しいという意味ばかりでもないのだが。

 適度な塩味をベースに手堅い味に纏められた、ホウレン草のパスタに手を付けながら。今朝から大聖堂に行ったことや、司教のライズさんに面会したこと。〈ペルテバル地下宮殿〉の進入許可を貰い、黒鉄と共に試しに行ってみたことなどをユウジに話していく。

 初めて戦ったレイス相手に返り討ちにされたことも含めて話すと。ユウジは何か思う所があったらしく、シグレの話に少し間があってから頷いてみせた。


「その魔物……レイス・ウォリアーだったか。そいつの動きは、シグレのスペルを切り裂くときだけ、妙に所作が素速かったりしなかったか?」

「……速かったですね。両手剣とは思えない速度で振ってましたし」


 シグレが〈捕縛〉のスペルを唱えたときも、〈霊撃〉のスペルを唱えたときも。レイス・ウォリアーはまるで今からどんなスペルが来るか判っていたかのように、信じられない速度で銀のロープや精霊を切り捨てていた。

 しかしレイス・ウォリアーが最後にシグレ自身に対して斬りかかってきたとき。その剣速は、決して速いものではなかった。無論、シグレの身体へと到達した時点では充分な剣速になっていたが、剣というのは遠心力で速度を稼ぐものであるから、少なくともその初動自体は速いものでは無かったのを覚えている。


「ならそれは、魔物のスキルに拠るものだろう。俺も武器は片手剣にしてはかなり重いものを使っているが、スキルによって攻撃を繰り出す場合は、武器の重さに関係なく素速くそれを繰り出すことができるからな」

「スキル、ですか……? スペルを切り裂くスキル、ということですか」

「おそらくは、特定の状況に反応して繰り出されるカウンター的なスキルなんじゃ無いかと俺は思う。例えば俺が《応撃》ってスキルを持っていることは知ってるだろ?」

「ええ、何度も見ましたから」


 重戦士であるユウジが有する《応撃》というスキルは、敵の攻撃を盾で防いだり回避したとき、半自動的に反撃の一撃をその敵に対して叩き込むというものだ。

 常時効果を発揮するパッシブスキルであるので、状況が条件を満たせば何度でも反撃の手は魔物に大して繰り出される。ユウジは両手剣かと見紛うほど大きい片手剣を愛用しているが、スキルによるものであるので《応撃》によって生じる反撃もまた高速で繰り出される。これにより、ユウジは盾で敵の攻撃を受け止めることで魔物の体勢を崩し、即座に重く高威力な武器で反撃を加えることを可能にしているのだ。


「カウンター的なスキルで、こちらのスペルに対処されたとなりますと……。レイス・ウォリアーが相手の場合には、対処されるようなスペルは通じないと考えた方が良さそうですね」

「そうだな。剣で斬られることで効果を消されてしまうようなスペルは、一切通用しないと考えた方が良いだろう。何が通じて、何が通じないのか。予め把握しておくことが重要になるだろうな」

「そうですね……。実際に試すことで覚えるしかないかもしれません」


 スペルの総当たりで調べていくことになるだろうから、おそらくまだ何度も通用しない魔法を斬られては、殺されることになるのだろう。

 殺されること、それ自体に抵抗があるわけではないが。……またカグヤを心配させてしまうかもしれないと思うと、少し痛む心があった。


「折角だし一度、俺と行かないか?」

「ユウジと、ですか? それは有難いですが―――」

「俺の剣はレイスを素通りするかもしれんが、魔物の進路を塞ぐことぐらいならできるかもしれん。対象を足止めできれば、スペルを試せる機会がそれだけ増えるだろう?」


 確かに、それはそうかもしれない。

 ユウジのような大柄な戦士が前に構えていれば、なかなかそれを無視はできないだろう。


「自分としては有難いですが、本当に良いのですか?」

「俺としても、それだけ近場にある〈迷宮地〉であれば一度は行ってみたいしな。ソロで行ける場所でも無さそうだし、シグレが来てくれれば心強い」


 そう言い直してくれるのは、ユウジの優しさだろう。

 こちらこそ、ユウジが来てくれるのであれば、どれほど心強いだろうか。


「ありがとうございます。では是非、よろしくお願い―――」

「―――なになに、シグレどっか行くの?」


 向かい側の席へ座るユウジへ、握手を差し出そうとしたその瞬間に。

 背中のほうから、急に抱き付いてくる何かがあって。席に座ったままのシグレの両肩へと、後ろから何かとても柔らかな感触が不意に包んでくる。

 その感触の正体が何なのか。半ば判るだけに、考えないように思考を振り払う。


「……どう? カグヤやユーリちゃんよりは、あるでしょ?」


 耳元から囁くように、告げられてくるカエデのその言葉で。

 わざと〝あてられている〟事を理解したシグレは、かといってどう言葉を返し、どう振り払えば良いものかも判らないままに。

 力にではなく、別の何かに気圧されるかのように、背後からカエデに抱き竦められたまま身じろぎひとつさえ出来なくなってしまった。

お読み下さり、ありがとうございます。


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文字数(空白・改行含む):4701字

文字数(空白・改行含まない):4540字

行数:115

400字詰め原稿用紙:約12枚

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