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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
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07. 依頼票

 生産職の天恵欄も埋め終わり、用紙を提出した後。クローネさんは「確認のスペルを掛けますので抵抗しないで下さいね?」とシグレに告げて、カウンターの下から小さな一本の杖を取り出した。

 スペルの実行に杖が必要と言うことは、クローネさんは【伝承術師】の天恵持ちなのだろうか。少なくともシグレに初期からセットされている【伝承術師】のスペルは、いずれも発動に杖が必要のようだったが。


「―――《解析》」


 杖の先端が僅かに青く光ったあと、何かの影響がシグレの身体に浸透してくる感覚があった。

 殆ど生理的な反射で抗いそうになる意志を慌てて押し留め、その魔法を受け容れる。

 スペルの名称から察するに、おそらくは相手のステータスや天恵などを調べる類のスペルだろうか。敵にも使えるのであれば初めて会う魔物の特徴理解に役立ちそうなので、今後修得してみるのもいいかもしれない。……修得のためのレベルが足りるなら、だけど。


「疑っていたわけではないのですが―――本当に『戦闘職』も『生産職』も、どちらも記載頂いた通りに10ずつの天恵をお持ちでいらっしゃるんですね。こんな方は私も初めて見ました……」

「どちらも、自分で出来ることが多そうで楽しみですよ」

「ま、前向きですね……。あと職業が魔法職に偏っているのと、全種族中最も精神に素養が偏重する『銀術師』でいらっしゃることが相俟って、肉体面の脆さが顕著になってらっしゃいますね。最大HPが1桁という方も、私初めて見ましたよ……」


 他人のステータスを見たことが無いシグレには、各種能力値の一般標準的な値が、どの程度であるのか判別できないのだが。やはり、HPが『8』というのは極めて少なすぎるものであるらしい。

 最大MPの側は『128』もあるわけだし、自分でもなんとなく察してはいたけれど。


「やはり、このHPだと(あや)ういですかね?」

「大変危険ですね。大人しめの『ピティ』などが相手であっても、攻撃を受ければ一撃か二撃程度で倒されちゃうかも……。HPが『0』未満に減りますと当然ながら死の危険が伴い始めますので、レベルが上がるまではソロは控えた方が良いかもしれませんね」

「ですが私の場合、レベルはそうそう上がらない気が」

「……う、そうでした。ではせめて、ちゃんとした防具を買い揃えるまでの間だけでも、決して無理はしないで下さいね! 死んだらそれまでなんですから……」


 ―――え、死んだらそれまでなのか?

 クローネさんの口調から察するに、死亡した時点でキャラクターをロストでもするのだろうか。

 ある程度、痛い思いをする程度の覚悟なら疾うに出来ていたけれど、さすがに1回死亡するだけでキャラを失うというのは、オンラインゲームとしては厳しすぎるように思える。

 深見さんもゲーム開始前にそれっぽいことには一切言及していなかったし―――このゲームにそうした厳しいルールが課せられているとは、ちょっと考えにくい。後ほど『システムヘルプ』を利用してスタッフの人に詳しい話を聞いてみた方が良さそうだ。

 ちなみにクローネさんの話によると、『ピティ』とはこの街を出てすぐの場所からよく見られる、気性が大人しくて小さな最弱クラスの兎によく似た魔物であるようだ。そんなのにも一撃で倒される可能性があるって……。


「自分も好きこのんで痛い思いをするつもりはありませんし、気をつけます」

「はい、そうなさって下さい。―――そうですね、とりあえずギルドからひとり少し狩りに慣れていらっしゃる方を紹介しますので、本日の所はその方と一緒に近場で狩りを体験してみるというのはいかがでしょう? 武器などを扱うお店も当然ご存じでしょうから、希望すれば案内して頂けると思いますよ」

「おお」


 それは願ってもないことだ。

 何より、シグレにとって全く見知らぬ異邦の地であるこの街に、一度でも狩りを共にした知り合いが増えるというのは有難い。


「是非ともお願いします。……自分のような武器さえまだ持たない初心者が同伴することに、相手の方が気を悪くしないならですが」

「人にもよりますが、冒険者の方々も皆初めは初心者で、誰かしらの先輩冒険者から助力を受けて一人前になった場合が殆どですからね。他にやるべき事があるときであれば別ですが、暇をしている時であればあまり断る方はいらっしゃいません。寧ろ初心者を手助けするのが好きな方というのも居ますので、その辺はあまり気になさらないで大丈夫だと思いますよ。―――では、登録手続きが終わった後にこの場で少々お待ち頂けますか? たぶん二階にいらっしゃると思いますので、事情を話して連れて参ります」

「あ、では自分も同行して構いませんか? 二階も一度見ておきたいですし」


 シグレがそう希望を口にすると、クローネさんは「それもそうですね」と頷いた。


「判りました、では先にギルド登録の作業を完了してしまいましょう。必要事項は総て記入頂きましたし、記入内容に間違いがないこともスペルで確認させて頂きました。あとはシグレさんが冒険者ギルドに所属なさっているという証明の『ギルドカード』と呼ばれるものをお作り致しますので、10分程お待ち頂いても宜しいですか?」

「待つ間、掲示板を眺めていても構いませんか?」

「ええ、勿論です。掲示板には冒険者への皆様の依頼票が貼られておりますが、この中に『受注ランク』という項目があり、これが自分のランクと同じかそれ以下のものに限り受けることができます。ギルド加入直後は『初等冒険者』になりますので、そのランクのものをチェックなさると良いかもしれませんね。初等ランク対象の常設依頼も、おそらく10枚ぐらいは貼り出されていると思います」

「なるほど、ありがとうございます」


 クローネさんにお礼を言ってカウンターから離れ、早速掲示板をチェックしてみる。

 『受注ランク』は必ず依頼票の左上に記載されているようだったので、自分が受けられる『初等冒険者』と記載されている一群を捜すのは容易だった。というか一番奥の掲示板の一番右端に固まっていたので判りやすい。

 すぐ隣の依頼票には受注ランクが『准六等冒険者』と書かれている所を見ると、おそらくはこれが初等の次のランクに当たるのだろう。


(ランクを上げる方法も聞いておくべきだったかな)


 基本的には身の丈に合った依頼をこなしていれば上がると考えて良いのだろうか。別に急いでランクを上げるつもりもないが、この辺は予め把握して置いた方があとあと良いかもしれない。後でクローネさんか、もしくは一緒に組んで狩りをして頂ける方に聞いてみよう。

 掲示板をなんとなく眺めてみた感じだと、依頼票には必ず『受注ランク』と『種別』、『内容』と『期日』、そして『依頼人名』と『報酬』が記載されているようだった。各項目がどの依頼票にも一律して同じ形式で記述されているため、一見して理解し易い。

 シグレが受けられそうな『初等冒険者』の依頼票は全部で11枚あり、種別はいずれも『常設依頼』となっていた。内容はどれも似たり寄ったりといった印象で、『指定した素材を幾つ以上採取してくる』か、もしくは『指定した魔物を何匹以上討伐する』というものばかりだ。

 依頼票には対象となる素材や魔物の分布地図、特徴や見分け方などが記載され、どれも期日はなく依頼人名は『冒険者ギルド』となっている。報酬は規定数の達成で400~600ギータ程度のものが多く、規定数を超過した余剰分もちゃんと報酬に加算して貰えるようだ。

 一日の生活費相場がちょうど400ギータ程度とのことだったから、初等ランクの依頼でも1つ達成すればその日の生活費は満たすことができることになる。もちろん装備の修理や新調などに掛かるコストも考えれば、慣れたら日に2つ以上の達成を目指したり、充分な余剰数を確保しての達成も積極的に狙っていくべきなのだろう。


(一通りメモを取っておきたいな……)


 依頼票を前にしながら、メモを取るためのウィンドウなどを視界内に出せないかどうか意識してみるけれど、残念ながらそういった機能は備わっていないらしく視界内には反応が無い。

 メモ帳と筆記用具などを予め〈インベントリ〉の中に準備しておけば済む話なので、このぐらいは自力で何とかしなさいということなのだろう。何でもシステムに頼れるほど甘やかしてはくれないか。


「もしかして、依頼のメモを取りたいとお考えです?」


 そんなことを思っていた矢先、不意にすぐ隣から話しかけられる。

 声が掛けられた方へ振り向いて、けれど誰も居なくて。一瞬(あれ?)と戸惑ってしまったけれど。くいっ、とシグレのズボンの腰の辺りを左側から軽く引っ張られて、慌てて視線を下ろせばその子は見つかった。

 シグレの胸の辺りまでしか背丈がない、いかにも稚い印象を受ける金色の髪の少女がそこには居た。

 こちらの世界での学生か何かなのだろうか、ちょっとファンタジー寄りな印象も持ち合わせた、ぱりっとした整った衣装を身に纏っている。片手杖を携帯しているところを見ると、この子もシグレと同じ魔法職なのだろうか。


「……いま、一瞬私に気付きませんでしたよね?」

「申し訳ない」


 若干ふくれ気味に愚痴る少女に、素直にシグレは謝る。


「……ところで、確かに『メモを取りたいな』と思ってはいたのですが。私の表情は、そんなに判りやすく出てしまっていましたか?」

「あ、いえいえ。初等の依頼票を真剣にじっと見つめておられるようでしたので、これはもしかしたら依頼票のシステムをご存じない方が、必死に内容を覚えようとしていらっしゃるのかと思ったのです」

「なるほど、これはお見逸れ致しました」

「種別が『常設依頼』になっている依頼票は何枚か重ねるように貼られていますから、興味があるなら上から一枚剥がして持って行っていいのですよ?」

「そうなのですか?」


 少女の言葉通りに、試しにちょうど目の前にあった『セダルムの採取依頼』という依頼票をめくってみると、確かに下に何枚も同じ依頼票が連なっていた。

 何でこれに気付かなかったんだ自分……。


「……これは、お恥ずかしい所をお見せしました」

「あはっ、私も昔は同じことを隣の人に指摘されてちょっと恥ずかしい思いをしたのですよー。なので同じ状態に陥ってる方がいるみたいでしたから、ちょっとした八つ当たりの意趣返しみたいなものです。気を悪くされたらごめんなさいです」

「とんでもない。教えて下さって助かります」


 ペコリと少女に頭を下げられたので、シグレの方からも慌てて頭を下げ返す。

 教えて下さったことに感謝こそすれ、謝られることなど何も無いのに。


「ちなみに依頼の種別が『常設』以外のものは基本的に1枚しか貼られませんので、剥がしたら受付窓口に持って行って手続きをして下さいです。逆にギルドにいつでも貼り出されている『常設』の依頼票は、自分で達成できそうなものは一通り1枚ずつ剥がして携帯しておくのがお勧めです。探索中にそれっぽい素材や魔物を見かけたとき、その場で依頼票を確認できると色々便利ですからねー」

「なるほど……。色々とご指導ありがとうございます、そうしてみます」

「はい、頑張って下さいです」


 シグレが感謝で再び頭を下げると、あちらもぺこりと頭を軽く下げて応えてくれた。

 外見が殆ど子供にしか見えないし、声もどこか幼さを湛えた印象のものだったけれど。色々とギルドでの仕事に慣れているようであったし、もしかしたらシグレが思ったよりはずっと歳を重ねているのかもしれない。こちらの世界の人達は、シグレの感覚でぱっと見て年齢が判らないから困る。

 名前ぐらい伺っておけばよかったかなとも今更ながらに思う。シグレの傍から少し離れた彼女はいま、シグレが見ている欄より二つ隣の、『六等冒険者』の依頼票辺りをチェックしているようだった。

 どうやら自分より2ランク上の先輩らしい。


「シグレさんー」

「あ、はい」


 窓口から呼ぶ声が聞こえて、慌ててクローネさんの方に向かう。

 依頼票は一通り回収したので、名前を知らない彼女の勧め通りストレージに入れておこう。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):5019字

文字数(空白・改行含まない):4872字

行数:104

400字詰め原稿用紙:約13枚

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