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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《涼を求めて》

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69. 恩義の礼

『―――なんとも情けないことです。簡単にやられてしまいました』


 折角の黒鉄の奮戦を脇目に、レイスの両手剣士にあっさり斬り屠られるという失態を犯したシグレは。黒鉄と共に地下宮殿の前で自動復活を終えたあと、大聖堂の廊下まで戻った後にカグヤとの念話でそう伝えた。

 シグレと黒鉄が〝死に戻り〟により突然目の前に現われたのを見て、衛兵の人が真っ先に「元凶はレイスか?」と訊いてきたことから察するに、どうもレイスは地下1階の鬼門となる魔物であるようだ。


『あまり無茶はなさらないで下さいね……。例え〝羽持ち〟であっても、死なないだけで痛みを感じないわけではないのですから』

『……すみません』


 魔物に倒されても、それはそれで会話のネタになるかとも考えていたシグレではあったが。カグヤから返されてきたその言葉が、思いのほか真摯な語調を帯びていることを察し、己の浅慮を恥じた。

 彼女が、自分のことを心配してくれているのだと。そのことが伝わってくるだけに、申し訳ない気持ちが急速に膨れあがってくる。


『カグヤは〈ペルテバル地下宮殿〉に来られたことはあるのでしょうか?』

『……いえ、ありませんね。大聖堂の地下に〈迷宮地〉があること自体、いまシグレさんから教えて頂いて初めて知りました』

『そうなのですか……』


 なんとなく気まずくなって話題転換の為に振った質問だったのだが。この地で店まで構えているカグヤにさえ、〈ペルテバル地下宮殿〉というのは知られていない場所であるのか。

 司教のライズさんも衛兵の人も、最近はあまり中に入る人が居ないと言っていたが。それは単に、一般に認知されていないというのが最大の原因なのではないだろうか。


『近いうちに、地下宮殿のほうはまた探索されるのですか?』

『はい。こちらの勝手が通じない魔物というのは厄介ですが……近場で戦えるのは大変良い機会です。もう何度か戦った上でこちらの手札を試して、ちゃんと対策できるようにしたいと思っています』

『では、宜しければ次の機会には、是非私も同行させて頂けませんか?』

『……それは』


 カグヤに言われ、シグレは躊躇う。

 前回カグヤを危険な目に逢わせてしまったのは、〈迷宮地〉の危険性を正しく認識できていなかったシグレのせいだ。―――少なくともシグレ自身では、そのように考えていた。

 結果的にはちゃんと彼女を護ることができたからまだ良かったが。同じ轍を繰り返していれば、いつか後悔する羽目になるのは明らかだ。〝羽持ち〟であるシグレがひとりで犯す失敗とは異なり、カグヤに何かあればそれは取り返しの付かないことになることを意味するのだから。

 カグヤと共に戦うこと、それ自体は大変魅力的な誘いであるとは思いながらも、同時に彼女を無用な危険に晒したくないと思う心もまたシグレの中にはある。


『……やはり、私ではお役に立てないでしょうか』


 シグレはただ、自分自身の無力さから彼女の同道を躊躇ったに過ぎないのだが。

 返事を渋ったシグレの反応を、カグヤは別の意味で解釈したらしく。淋しそうな声で、カグヤはそう漏らした。


『それは違います。自分は一度、カグヤの〈侍〉としての技の冴えを見ていますから、そのように考えることは有り得ません。そうではなく……ただ、これは自分の我儘のようなもので』

『わ、我儘……ですか?』

『今のままでは、自分はカグヤを護ることもできずにあっさり倒されてしまって、随分と情けない姿を晒すことになってしまうでしょうからね。暫くは経験と修練とを積んで―――もう少し、カグヤの前で格好付けられるようになりましたら、是非ご一緒させて下さい』


 掛け替えの無い命であるカグヤが、魔物に傷つけられる所は見たくない。

 職業柄、シグレがカグヤの後ろに立つことは避けようが無いが。せめて後衛なりに、魔物から安易に倒されることなく、彼女を適切に援護し護れる自分で無ければならない。情けない醜態を晒し得るような自分のままで彼女を伴うのは、何より自分自身で許すことができない。


『シグレさんは、今のままでも充分に格好良いですよ?』

『……そんなことを言ってくれるのは、多分カグヤだけだと思います』


 思い返すに、本当に彼女の前では情けない自分ばかりを見せてしまっているような気がする。慰めは有難いが、さすがにシグレも苦笑する他ない。

 願わくば、彼女の前でもう少し胸を張れる自分で有りたいものだ。


『そういえば、カグヤにひとつお願いしたいことがあるのですが』

『あ、はい。何でしょう? 私にできることでしたら、何でも言って下さいね』

『ありがとうございます。銀の武器をひとつ、カグヤに作成をお願いできないかと思いまして。自分が使うのではなく、黒鉄用なのですが―――』


 戦闘前に急造の銀の武器を黒鉄用に拵えたこと。銀の武器が多少なりにも霊体であるレイスに対して有効であったことなどを、カグヤに伝えると。彼女は興味深そうにその話に聞き入ってみせた。


『銀で武器を作って欲しい、と。そう注文される冒険者の方は、うちの店でも時折いらっしゃいますね……』

『そうした時には、どのようになさっているのですか?』

『普段、金や銀は武器で扱うものではないので、もし材料の銀鉱石などを手に入れたとしても知人の〈錬金術師〉に売り払っているんです。地金に精錬するのは〈鍛冶師〉ではなく〈錬金術師〉でも可能な作業ですし、熔融よりも錬金の方が純度も高いものを得やすいようですから』

『……つまり、手元に銀を保有してはいない、ということですか?』

『はい。そもそも貴金属というのは〈細工師〉や〈導具職人〉の領分ですし……。ですので偶に注文を受けた場合には、逆にその知人から地金を買い付ける形で使用しています。純銀ではさすがに強度に問題がありますので、大抵は銅を割り金として混ぜることになりますね』


 やはり武器として用いるのならば、合金にするほうが無難ではあるのだろう。

 しかし、シグレが作った懐剣では、レイスに対してそれほど有用なダメージは与えられなかったように思う。もしもその原因が、銀の純度に拠るものであるのなら―――ことレイス相手の武器と割り切って限って考えるのであれば、武器としての体裁よりも、純度を優先してみるのも面白いかもしれない。


『黒鉄用に試しに一本、なるべく純銀に近い懐剣を、とお願いしたら。引き受けて頂くことはできますか?』

『そりゃ、シグレさんがやれと仰るなら断ったりしませんけど……。純銀に近い状態で作るとなりますと、たぶん懐剣の形をしているだけで然程威力は高くないものになると思いますよ? それにきっと、お値段のほうもかなり……』

『カグヤとユーリのお陰でそちらは大分余裕がありますし、大丈夫だと思います。……30万以内には収まりますよね?』


 カグヤに売却したベリーポーションの売上は、結局あれから特に使い途も思い浮かばなかったために、そっくりそのまま残っている。なのでその範囲内であれば、別に今回のことで使ってしまっても全く構わない。


『幾ら何でも、懐剣サイズですしそこまでは……。ですが、3万ぐらいの出費は覚悟しておいて下さいね』

『判りました。詳しい話は、黒鉄も交えてしたいと思いますので……今日の風呂の際にでも、少し話を詰める感じで構いませんでしょうか?』

『そうですね、私も犬用の武器というのは作るのが初めてですので。長さや重心、あとは咥える部分の形状などについても、黒鉄さんにお話を伺いたい所です』

『黒鉄にもその旨伝えておきます。ではまた、今夜にでも』

『はい。お会いできるのを楽しみにしていますね』




 ―――確かに、犬用の武器を手がける〈鍛冶師〉なんて殆ど居ないのだろうな。

 念話を終えた後になって、シグレはしみじみとそう思う。考えてみれば、店まで構えるような熟練の〈鍛冶師〉にお願いするには、銀のことも含めて随分と不躾な注文をしてしまったっように思う。

 にも拘わらず。それを不快感ひとつ露わにせず、快諾してくれるカグヤの存在が。いかに有難いものであるのか、今更になって改めてシグレは思い知る気がした。


『……主人、カグヤ殿と話は付いたのか?』

「うん、大丈夫。一応武器に関しての詳しい話は、今夜風呂の時に黒鉄も交えて話そうって事になったから。何かカグヤに言うことがあるなら、それまでに考えておくといいかも」

『そのことなのだがな、主人。いっそこの際、普通の武器も一緒に誂えてしまって構わんだろうか?』


 普通の武器、というと。

 要するにそれは、銀製で無い武器を意味するのだろう。


『いや、実際に咥えて使ってみると、ああいった武器というのもなかなか悪くない気がしてな……。斬るのに適した形状のものと、相手に突き刺すのに適した形状のものなど、幾つかの武器を試してみたい気がする』

「なるほど……。うん、勿論それは構わないよ。幸いお金には余裕があるし、黒鉄が試したい分だけ何本かお願いしてみるのもいいんじゃないかな」

『有難い。どうしても我に可能な攻撃のパターンというのが限られるからな……。色々と試してみたい欲求がある。それに、あまり噛み付きたくない魔物、というのもあるし……』


 それはおそらく、戦闘後に『屍肉に牙を立てるのは気持ちの良い物では無い』と言っていた、ゾンビドッグのことを言っているのだろう。

 確かに、見るからに腐っている肉に歯を立てるというのは……なんとも想像するだけでぞっとする話だ。


『了解。まずは今夜、カグヤに色々と相談してみよう? こういうのは本職の人に話を聞きながら考えた方が良さそうだしね』

『うむ、承知した』


 更にカグヤに幾つもお願いや相談をすることになってしまうから、彼女に色々と負担ばかり掛けてしまうことを申し訳なくも思う。

 そればかりではない。採掘の折にピッケルを貰ったことから始まり、渓流での採取に付き合って貰ったこと、ユーリ関連で色々と相談に乗って貰ったこと、作成したベリーポーションを彼女の店に買い取って貰ったこと……。考えてみれば、最近は本当にカグヤに対して世話になりっぱなしな気がする。

 近いうちに改めて、様々な恩義に対して報いるべきであるように思う。お金はあるのだし、何か彼女にプレゼントして喜ばれるようなものでも、街で探してみるのもいいかもしれない。


 ―――そこまで考えてから。

 ふと、シグレは司教のライズさんから貰ったあと〈インベントリ〉に収納していた、貢献度に対して求めることが可能な褒賞のリストを取り出して眺めてみる。

 あるいは何か、リストの中にカグヤに喜んで貰えそうなアイテムがあれば。彼女の手によって作られた武器と共に、礼として渡せそうなアイテムを狙って、暫くは地下に籠ってみるのもいいかもしれない。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4460字

文字数(空白・改行含まない):4322字

行数:103

400字詰め原稿用紙:約11枚

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