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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《涼を求めて》

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66. ペルテバル地下宮殿

「冒険者の方がいらっしゃるのは、久々ですよ」


 大聖堂の地下。〈迷宮地〉である〈ペルテバル地下宮殿〉に繋がる入り口に立つ衛兵の人達にシグレが用向きを告げると、壮齢と思わしき片方の衛兵の人がなんだか少し嬉しそうにそう言葉を返してくれた。

 話を聞いてみると、万が一に地下宮殿のほうから魔物が這い出てきた場合に備えてここで衛兵の任を任されてはいるものの、入り口付近に張り巡らせている魔物避けが効果を発揮しているらしく、そうした事態はまだ一度として経験したことは無いらしい。

 つまり、衛兵の人達は延々と何も起こらず客にも乏しい地下への門の前で、ただ歩哨に立ち続けていることになる。……それが地味に淋しい仕事であることはシグレにも想像が付き、シグレという来客を得たことで少し嬉しそうにしている衛兵の方々の反応も、頷けるような気がした。


「一応、規則ですんで。地下の進入許可を検めさせて貰って構いませんかね?」

「もちろんです。ギルドカードに許可を頂いたので、こちらをお見せする形で宜しいでしょうか?」

「ええ、問題ありません。―――っと、こりゃ凄まじい天恵をしてらっしゃいますな」


 ギルドカードを検め見て、衛兵の方々がお決まりの驚きを露わにする。

 予想はしていたので、その反応を見てシグレもただ苦笑いするばかりだ。


「確かに、確認致しました。自分はグロウツ、隣のはラバンと言います。地下宮殿の門はこちら側からしか開きませんので、地下宮殿から出るときはこの入り口の前まで来たら、どちらかに念話を送って下さい。……その際、魔物を門の傍まで連れてくるような真似はなるべく止めて頂きたいものですな」

「承知しました。自分は羽持ちですし、衛兵の方々に迷惑を掛けてまで魔物から逃げる気はありませんので」

「ははっ、なかなか気骨がお有りのようですな。もし〝羽持ち〟の方が地下宮殿内で倒された場合には、いま我々が話しているこの位置で復活することになります。再進入を希望なさるならまた門を開けるのは構いませんが、〝羽持ち〟と言えどあまり無理はなさらんで下さい」

「……覚えておきます。そちらはちょっと、約束できかねますが」


 もし迷宮内に入ってすぐ倒されたりした場合には、多分すぐにでも地下迷宮内に再入場したくなったりもするだろうし。


「はは、まあそうですよな……。それでは、門を開けて宜しいですか? 準備が出来ていないようでしたら、幾らでもお待ちできますが」

「お願いします。準備するようなことも殆どありませんので」


 〈インベントリ〉から杖を取り出し、右手に携える。準備らしい準備と言えばそれぐらいのものだし、隣の黒鉄も既に準備万端のようだ。

 壁を震わせるような鈍く重い音を立てて、鉄製の大きな門が開かれる。シグレと黒鉄がその中に入ったのを確認してから、衛兵の人がゆっくりと門を閉めようとする。


「……灯りはちゃんとお持ちですか? 中は真っ暗ですが」

「自分も使い魔も、暗視が可能なので問題ありません」

「おっと、そいつは失礼しました。頑張って下さい」


 閉まり掛けた門の隙間から、心配そうに掛けてくれる衛兵の方の声に答えると。やがて鉄製の門は完全に閉められ、地下宮殿に繋がる廊下にシグレと黒鉄だけが取り残された。

 廊下は緩やかな下りの傾斜を伴っているが、滑る心配は無さそうだ。星術師のパッシブスキルである《天耀Ⅰ》が与えてくれる暗視能力に助けられながら、シグレと黒鉄はゆっくりと下りの廊下を歩いて行く。


「照明を焚かなければ、魔物に気付かれにくくなったりするかな?」

『どうなのであろうな。そもそもアンデッドというのは、視覚で相手を認識するのだろうか。スケルトンなどには目が無い場合も多いが……』

「……言われてみれば、確かによく判らないね……。斥候のスキルで《隠密》っていう気配を消して行動する為のものがあるけれど。使った方がいいかな?」

『使わぬよりは、使った方が良い。我が主人を見失うことはないし、我も多少であれば隠密行動の真似事も出来よう。……下手に魔物に先手を打たれては、それだけで敗北することも考えられるからな』


 然もあろう。何しろ、シグレが一撃喰らったら終わりなのだ。

 自分の気配を消すことを意識すると、先程まで石製の床を慣らしていたシグレの靴音がすぐに認識できないものになる。《隠密》のスキルが正しく効果を発揮しているということなのだろう。




    ◇




『この廊下の暫く先に反応が3体。確認するから、ちょっと待ってね』


 閉ざされた門を背に、暫し黒鉄と廊下を進んだあと。斥候の《気配探知》スキルによる反応を察知して、シグレは立ち止まり、音を立てないよう念話で黒鉄にそう告げる。

 《千里眼》で視界を飛ばしてみると。この廊下が終わった先、地下宮殿の最初のフロアと思わしき8メートル四方ぐらいの部屋の中央に、両刃の片手剣と小さな盾を構えた骸骨だけの戦士が2体と、黒鉄よりも一回り小さいぐらいの、腐食した肉を纏わせた犬のような魔物を1体確認することができた。どちらも見た目からして明らかにアンデッドである。

 《魔物鑑定》に拠れば、魔物の名前はスケルトン・ウォリアーとゾンビドッグであるらしい。レベルはどちらも4と、この〈迷宮地〉では最も低い部類であるようだ。


『剣と盾を持ったスケルトン・ウォリアーが2体と、ゾンビドッグが1体。レベルはどっちも4みたいだけれど、』

『剣はともかく、我には盾がなかなか厄介そうだ。ゾンビドッグは足が速いかもしれぬし、我はそちらを封じるとしよう。スケルトン2体なら、主人だけでも充分に対処可能だと思うしな』

『……どうかな。期待に添えるように頑張ってはみるけれどね』


 スケルトンが眠った姿は想像し辛いし、初手に《眠りの霧》を打ち込むいつもの戦い方ができないのが地味に痛いように思える。単体を封じるスペルと、ノックバックを中心に戦ってみるしかないか。

 気配を殺したまま距離を詰め、魔物達が存在する部屋の手前まで来る。あちらに気付いた様子は無いようだし、今なら先手を打って何かのスペルを打ち込むぐらいならば充分可能だろう。


『すまぬ、主人。こんな時に何なのだが―――いま不意に思い出したことがあるのだが、少し良いだろうか?』

『うん? なに、黒鉄?』

『主人はカグヤ殿に念話を返さなくて良かったのか?』


 そのことなら、シグレはちゃんと覚えていた。

 覚えていて、敢えて念話より先に地下宮殿に挑んでみようと思ったのだ。


『今回はユーリを待つ間だけの、1時間限定の挑戦だしね。魔物を上手く倒せるにしても、あっさり魔物に倒されちゃうにしても、どうせなら挑戦が終わった後に念話したほうが、カグヤと話すいい話題になるかなと思って』

『……なるほど、得心がいった。では、主人にカグヤ殿へ情けない話をさせないで済むよう、我もせいぜい頑張ってみるとしよう』


 個人的には、あっさり負けてしまう方がカグヤに面白い話題を提供できて、いいんじゃないかとも思っていたりしたのだけれど。黒鉄がそう言うのであれば、シグレとしても頑張らざるを得ない所だ。

 シグレから《生命吸収》のスペルが掛けられたのを確認してから。魔物集団に向かって飛び出した黒鉄に続き、シグレもすぐに飛び出す。まずはスケルトンのうち片方を封じて、1体1に持ち込む必要がある。


「魔力を支配する〝銀〟よ、彼の魔物を捕えよ―――《捕縛》!」


 迫り来る黒鉄の影にか、シグレの詠唱にか。魔物達はようやくこちらを認識したようだが、反応する行動を取る間さえ与えずに、突如顕れた銀のロープがスケルトン・ウォリアーの1体を絡め取る。

 相変わらずの銀術師スペルの成功率の高さに、我ながら感心しつつも。シグレはすぐに次のスペルを行使すべく、杖を〈インベントリ〉に収納し、代わりに弓を取り出して持ち替える。

 片方の行動を上手く封じたなら、次はもう片方のスケルトン・ウォリアーにダメージを与え、戦闘不能に追い込むのが目標になる。そしてシグレは大変都合の良いことに、〝死霊系の魔物に2倍のダメージを与える〟という特殊効果を持った攻撃スペルを有していた。


「―――《破魔矢》!」


 矢を番えることなく引絞った丸木弓の弦に、スペルの行使と共に1本の光る矢が生まれ、番えられる。

 こちらに気づきはしたものの、足は遅いらしく早歩き程度の速度でシグレのほうへと躙り寄るスケルトン・ウォリアーの身体へしっかりと矢先を向け、スペルの矢を撃ち放つ。弓矢を扱う為のスキルが無いからだろう、スケルトンが居る向きとは少し逸れた方向へと矢が射出されるが、攻撃スペルならではの誘導力が働くのか、放たれた矢は機動を修正して違わずにスケルトン・ウォリアーの肋骨へと突き刺さる。

 一撃でスケルトン・ウォリアーのHPバーが5割強は削られた辺り、アンデッド系の魔物に対する《破魔矢》の有用性は、やはり確かなものであるようだ。


(……骨に矢が刺さるというのもシュールな光景だなあ)


 そんなことを思わず考えてしまう程度の余裕が、シグレにはあった。

 ウリッゴに比べればスケルトン・ウォリアーの動きは随分と遅く、距離が離れた位置から戦闘を開始したシグレの元まで辿り着くには、おそらくあと十数秒は掛かるだろう。そして十数秒もの時間があれば、シグレは優に十数発にも及ぶ攻撃スペルを放つことが可能なのである。

 それでも、己の油断と浅慮さが招いた〝死〟を一度経験している以上、シグレもすぐに次のスペルを準備することを忘れない。無難に行けば《衝撃波》のスペルを打ち込むのが、ノックバックで距離も稼げるし最良の選択肢だろう。衝撃波のスペルで与えるのは〝衝撃ダメージ〟と明記されているから、骨だけで構成されたスケルトンに対して、いかにも有用そうな辺りもポイントである。

 しかし、アンデッド・モンスターが相手となると、どうしても試しておきたいことがあるのもまた、シグレの正直な所ではあった。折角余裕があるのだから、今のうちにそれを試しておきたい。


「―――《軽傷治癒》!」


 聖職者のスペルである《軽傷治癒》を、シグレや黒鉄に対してではなく、敢えて魔物であるスケルトン・ウォリアーに対して放つ。聖なる光に包まれ、暗い地下宮殿の中で骸骨の身体がぼうっと白く浮き上がったかと思うと、その一瞬後にはそのHPバーを消し去って物言わぬ骸へ―――もとい、輝く光の粒子へと変化させて消し去った。

 多くのゲームでそうであるように、やはりこちらの世界に於いてもアンデッド・モンスターに対する治療呪文は攻撃スペルと同等の効果を見込むことができるらしい。しかも、どうやら《破魔矢》と同等のダメージを与えたと思われ、その威力もなかなかに侮れないようだ。

 ただ、治療系のスペルは再使用時間が長い……という程ではないにしても、それなりにはある。あまり攻撃の主軸として治療呪文を使っていくと、いざというときに味方の回復ができずに困る状況というのも起こり得る。それを考えると、アンデッド・モンスターが相手であっても、やはり攻撃の主軸は攻撃系のスペルを基点に構成するべきなのだろう。

 実際、ゾンビ・ドッグを相手に文字通りの意味でドッグファイトを開始した黒鉄のHPは、既に3割近く減らされてしまっている。シグレの治療呪文は総て初級のものであるから、その回復量は然程多いというわけでもない。このぐらいHPバーが削られた時点から適切に治療を考え始める必要があるから、やはり治療本来の機会を失うリスクを考えると、治療スペルを攻撃に用いることは好ましくないように思えた。


「―――《小治癒》!」


 聖職者スペルの代わりに、巫覡術師の治療スペルを用いて黒鉄の傷を癒す。

 どうやら戦闘前に黒鉄へ掛けておいた《生命吸収》のスペルが、アンデッド・モンスター相手では効果を発揮していないらしい。黒鉄が思いのほかHPを削られているのは、その辺が理由のようだった。

 アンデッドばかりが相手の〈迷宮地〉というのは、案外勝手が普通の狩場とは違ってくるものなのだな、とシグレは改めて思う。今後もここを利用するつもりなのだから、実戦を通してひとつひとつ知識と経験を積んでいく必要があるようだ。

お読み下さり、ありがとうございます。


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文字数(空白・改行含まない):4910字

行数:104

400字詰め原稿用紙:約13枚

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