65. 嫌いじゃない
「では、許可の件はこれでいいかな。シグレさんは先程〝幾つか質問を〟と言っていたし、僕に訊きたい話はひとつだけではないのだろう?」
「ありがとうございます。次にお訊ねしたいのは、スペルスロットを増やす許可を得る方法についてなのですが」
「それは〈聖職者〉についての質問と判断して構わないね? 他の魔法職に関しては、僕からスロット拡張の許可を出したりできるわけではないから」
ライズさんの言葉に、シグレは頷いて応える。
「少し、先程の話とも被るけれどね。シグレさんも持っている、冒険者ギルドから発行されているギルドカードには、今まで討伐した総ての魔物や達成した総ての依頼の履歴が記録されていることは、知っているかな?」
「一応ギルド登録時に説明を受けましたので、存じてはいます」
「依頼の達成処理をした際には、冒険者ギルドの人間からシグレさんのカードへ、仕事達成に関する〝評価点〟というのも刻まれる。この評価点は受注ランクが高い依頼ほど、危険度が高い仕事ほど高い点数が与えられる傾向にあって……。この評価点の合計が一定のラインを超えると、冒険者ギルドでのランクが上がるわけだね」
何度かランクアップを経験しているので、これもシグレには判る。
けれど、どうしてライズさんは急に冒険者ギルドのシステムについての講釈を始めたのだろう?
「うん、なんでこんな説明を今更? ―――という顔をしているね」
「う……。自分は顔に、そんな判りやすく出ますかね?」
「いや、出てないね。でもシグレさんはちょっと、カマ掛けに弱いかなあ」
くつくつと、愉快そうにライズさんは笑ってみせる。
何だか……以前にも、こんな風なことあった気がするな。
「ま、話を戻すと、要はそれと同様のシステムが大聖堂にもあると言うことだね。大聖堂から依頼が出るわけではないけれど、アンデッドや悪魔系の魔物を討伐してくれれば〝貢献度〟のようなものが蓄積される」
「……つまり、然るべき魔物を倒してその貢献度というものを貯めれば、報酬としてスペルスロットを増やして頂けるということでしょうか?」
「うん、話が早くて助かるよ。冒険者ギルドと違って、魔物討伐に対して大聖堂は報奨金を支払ったりすることはできないけれど。代わりに、それ以外の報酬を渡す形で貢献に報いる用意がある。〈聖職者〉であればスペルスロットを拡張したりできるし、あるいは天恵を問わず物品報酬などで報いたりすることができる。聖水やスクロールといった消耗品、素材、あとはマジックアイテムの類なども大聖堂には多数保管されているからね」
お金ではなく、物品での報酬か。
生活費に困っている頃であれば難色を示した所かもしれないが。ユーリに教えて貰った生産法とスペルのお陰で当面現金には困ることも無さそうだし、却って好都合かもしれないと思えた。
「スペルスロットの拡張だと、4枠から5枠へ増やすのに250、5枠から6枠に増やすのに600ポイントぐらい必要になるかな。物品報酬を希望するなら、リストがあるから渡すことができる」
「では一応、リストは頂けると有難いです。現在獲得している貢献度を確認するには、ライズさんにカードを提示して訊ねれば良いのでしょうか?」
「いや、カードを手に持って〝意識〟して貰えば大丈夫だね」
試しに、地下宮殿の進入許可を記録して貰った後、一度〈インベントリ〉に仕舞ったギルドカードを取り出し、意識してみる。
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大聖堂貢献度
総獲得値 - 0 pts
未使用 - 0 pts
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意識することで、シグレの視界に表示された貢献度のウィンドウには。判ってはいたけれど、まだ1ポイントも貯まっていない。
今まで倒した魔物と言えば、ウリッゴとゴブリン系ぐらいのもので。アンデッドや悪魔系の魔物を倒したことは無い筈だから、当然と言えば当然だろう。
「リストはこれだね、渡しておこう。貢献度は地下1階の魔物なら、倒す度に1ポイントずつ増えると考えていいと思う」
「つまり、地下2階以降であれば変わってくるのでしょうか?」
ライズさんから受け取ったリストは、A4サイズぐらいの用紙で4枚程の束だった。すぐに目を通すのは難しいだろうけれど、こういうリストを眺めて目標を定める作業は得てして楽しいものである。
後で部屋に戻ったときの楽しみにでもしようと考え、受け取ったそれをシグレは〈インベントリ〉の中へと仕舞いながら、ライズさんに質問を返した。
「魔物のレベルに応じてポイントが増える仕組みになってるから、地下2階以降では討伐する敵によって多少差が出てくるだろうね。……ああ、そうそう。大事な話をひとつしておきたいんだけれど、もし地下で旧王家の遺品を見つけることがあれば、回収して持ち帰ってくれると有難いかな」
「……旧王家の遺品、ですか?」
「えっと……これを見てくれるかな」
〈インベントリ〉から取り出したのだろう。ライズさんの手に、懐剣ぐらいの小さな1本の短刀が突然顕れる。
ライズさんから渡されて、その短刀をしげしげと見てみると。鞘に、特徴のある意匠が彫り込まれていることにシグレは気付いた。
長弓の弦に、一度に番えられた4本の火矢。生憎とどういった意図を示すものであるのかは見当も付かないが、おそらくは鞘に彫り込まれたこの意匠こそが、旧王家の遺品であることを示す紋章ということだろうか。
シグレがライズさんのほうを見ると、すぐにライズさんも頷いて肯定してくれる。
「その紋章がある品を見つけたら、僕の所に持ってきて欲しい。僕からか、王家からになるかは判らないけれど、多少の謝礼ぐらいは出ると思うから」
「判りました。覚えておきます」
「質問は以上かな? 時間はあるから、他にも何かあれば遠慮せず訊いてくれて構わないけれど」
「いえ、大丈夫です。それにユーリのほうも済んだようですから」
いつしか隣のユーリが顔を上げて、いまはシグレのほうを見つめている。
天恵のリストと向き合うのが終わったのは、答えが決まったからだろう。
「ああ、ではユーリさんの天恵書き換えに取り掛かりましょうか。……申し訳ありませんが、一時間と少々ほどユーリさんのことをお借りして構いませんか?」
「案外時間が掛かるのですね……。ええ、もちろんです」
「……特に何をするわけでもない、のにね」
過去に一度、天恵の書き換えを体験しているからだろう。ユーリがそんな風に漏らすのを聞いて、ライズさんが苦笑してみせる。
「申し訳ありませんが、ここではできないことですので……。まずはユーリさんを〈世界の境界〉という別のエリアにお連れしたあと、天恵の変更を行うことになります」
「ああ―――」
その単語に、シグレは覚えがあった。
キャラクターを作成する際に、まず最初にシグレが招かれたゲーム内のエリア。一面に拡がった大地があるだけで、他には全く何も存在しない場所。ただ、空と地平線とだけがとても近く見える場所のことだ。
「どうされますか? この部屋や、あるいは大聖堂内のいずこかで時間を潰されてもかまいませんし、あるいは暫く離れていても構いません。終わりましたらシグレさんに念話を送りますので」
「では―――折角ですので、少しソロで地下に挑んでみようかと」
一時間あれば街に戻って別の何かをすることもできるが。折角大聖堂に居て、この地下すぐに〈迷宮地〉があるのだから、まずは一度挑戦してみるのも楽しそうだ。
敵の密度がどの程度のものかも判らないし、もしかしたら地下に入るなり複数体の魔物に囲まれて、即殺される―――といったことも有るのかもしれないが。痛みを恐れる気持ちはそれほど無いし、デスペナだって有って無いようなものだ。
「判りました、頑張って下さいね」
「はい、自分なりに頑張ってみようと思います」
多少の無理は承知でも、できる限りを試してみたい。
一礼してライズさんの部屋を出てから。まだ知らない〈迷宮地〉に思いを馳せ、その期待に震える心と向き合う。
『―――やれやれ、ようやく我も出番が回ってきたか』
「あはは……。ごめんね、黒鉄。長らく退屈させてしまって」
大聖堂を訊ねてからの、メルフェディアさんの案内と、ライズさんとの会話。
その行程に黒鉄は付き添いながらも、文句のひとつも言わないでくれたけれど。きっと退屈しているのだろうなとは、シグレもずっと思っていて。黒鉄を付き合わせてしまったことを、申し訳なくも思っていたのだ。
『なに、勝手に付いてきたのは我の方であるからな。主人が気に病むようなことではない。それに―――これから戦いの場に挑むとあれば、それだけで同行してきただけの甲斐があったというものだ』
「黒鉄は戦うのが好きだねえ」
『我のような魔犬というのは、得てしてそういうモノだからな。……それに、そう言う割に主人も別に戦いは嫌いでは無かろう?』
「ん、嫌いじゃないね。特に油断するとあっさり負けちゃうような、緊張感がある戦いっていうのは、殊更嫌いじゃない。……そのせいで誰かに迷惑を掛けるのは嫌だけれどね」
この間、ゴブリン・ジェネラルの一撃に殺められたときには、久々に心の底から〝悔しい〟と思ったものだけれど。
そうした悔しい思いをすることも含めて、戦うという行為は嫌いじゃない。勝つことも負けることも、多くの感情を心の裡に呼び起こすけれど、そうした実感に感じ入ることができるということが、総じてシグレは嫌いではなかった。
『ならば、たまにはソロというのも良かろう。我は主人の使い魔であるのだから、別に気兼ねして貰うような必要も無いしな』
「あはは……ごめんね黒鉄。ソロだと、きっと沢山死んでしまうと思うけれど」
『なに、その主人をいかにして護るか苦心しながら戦うというのも、なかなか味があって面白いと思い始めたばかりだからな』
実際、嬉しそうな声色を纏わせながら黒鉄はそう口にする。
聴堂を抜けて廊下を歩き、大聖堂の地下へ向かう階段の前に差し掛かると。シグレを差し置いて、嬉々として階段を駆け下りていく黒鉄の後ろ姿からは、いかにも戦いに身を投じる瞬間を待ち侘びている様子が窺えた。
お読み下さり、ありがとうございました。
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