64. 地下宮殿の許可
「―――っと、済まないね。僕のほうばかり語ってしまって」
「いえ。なかなか興味深く、考えさせられるお話でした」
そう答えたのは、シグレの正直な気持ちでもあった。
この世界を、散々ゲームとは思えないと繰り返し実感しながらも。まだ心の深い場所に一線を引いて、これは作られた仮想のものであるのだ、と割り切っている部分もどこかにあったからだ。
その感情を驕りと判ずるのは行き過ぎかも知れないが。どこかで〝プレイヤー〟である自分を特別視していた感は否めない気がする。だが、元々この世界に居た人達も、異邦人同然である自分も。そこに根を張れば、等しく集団を構成する一個人であるという認識は、必要なものだと改めて思った。
「それなら良かった。―――さて、そちらのユーリさんには、いま少し時間が必要なようだ。今度はシグレさんから何か言いたいことがあれば、何でも言ってくれて構わないが?」
隣のユーリを見ると、いつの間に拝借したのか、司教さんが先程幾つかの天恵を打ち消す際に使用したペンを拝借していて。リストと睨めっこしながら、幾つかの天恵を丸で囲う作業をしていた。
既に八つの天恵に丸が加えられていることから察するに、シグレが有している魔法職は総て取得するつもりなのだろう。なるべく同じ天恵で揃えたいとユーリから聞かされていたし、それについてはシグレも承知している。すると、迷っている部分は〝銀梢〟では取得できない〈銀術師〉と、あとは複数人が被って取得しても意味が薄そうな〈斥候〉について悩んでいるといった所だろうか。
「では、自分からは幾つか質問をさせて頂きたいのですが。まず最初に、先程メルフェディアさんから案内を受けている最中に、この大聖堂の地下に〈迷宮地〉があると聞きまして」
「〈ペルテバル地下宮殿〉だね。最近は宮殿に入ろうという冒険者が減っているせいで、だいぶ中の魔物が増殖してしまっているのが気がかりだったりするのだけれど……。シグレさんが、それに立候補してくれるということでいいのかな?」
「それは、話を詳しく聞いてみないとなんとも言えませんが……。利用して良いのでしたら、利用したいとは思っています。アクセスの良さは魅力ですし、地下なら涼しそうですから夏場も利用し易そうで」
「ははっ、正直だね。僕は入ったことがないけれど、確かに―――夏場に〝涼〟を求める場所としては、いいかもしれない。何しろ、あそこは〝出る〟からね」
「……ああ、やっぱり〝そっち系〟の場所ですか」
大聖堂の地下という辺りで、ある程度予想はしていたけれど。
別にそっち系の〝涼〟が欲しいわけでは無いのだけれどな……。
「出現する魔物はアンデッド系に偏っているね。悪魔や精霊のような、違った系統の魔物も多少は出るみたいだけれど。許可が必要なようなら、失礼ながら少しシグレさんのギルドカードを少し貸して貰っても構わないかな?」
「―――あ、はい。勿論です、どうぞ」
シグレが差し出したギルドカードの内容を改めて、天恵欄を見て驚いたのだろう、一瞬だけライズさんの表情が硬直する。
数秒の間があってから。そのあとライズさんは、くつくつと忍び笑いのような形で堪えきれなかった笑みを漏らしてみせた。
「いや、これは失礼。―――ルインが前に言っていたのは、君かあ」
ルインというのは、シグレのキャラクター作成を担当してくれた深見さんの、ゲーム内での名前である。
一体どういう風に自分が深見さんの口から話されていたのか判らず、ライズさんが漏らしたその言葉に、どういう言葉や表情を返していいのか、いまいちシグレには判らなかった。
「戦闘職と生産職の両方で、天恵を10種類取得した男性が居ると聞いていてね。一体どんな破天荒な人なのだろう、と思っていたけれど。……生憎と、僕が抱いていたイメージとは、シグレさんは掛け離れているなあ」
「……喜んで、いいのかどうか……」
「ふふ、済まないね。思っていたよりも、ずっと誠実そうな青年だったので、一応褒め言葉と解釈して貰えると有難いね。―――ああ、〈ペルテバル地下宮殿〉の進入許可は発行しよう。シグレさんの天恵なら問題無いだろう」
そう言ってから、ライズさんはギルドカードを右手に持って、少し何かを念じるかのような仕草をしてみせたあと。カードをシグレのほうへと返してくれた。
「進入許可はカードに記録しました。ここの地下に居る衛兵の人に、カードを見せれば問題無く通ることができると思います」
「ありがとうございます。……先程の言い分から察しますに、天恵次第では戦闘が難しくなるような場所なのですか?」
「レイスやスペクターといった、いわゆる亡霊系の魔物が出るからね。近接職の天恵しか持たないような人だと、物理攻撃が通じないから苦労は免れ得ないだろう。攻撃スペルなら問題無く通じるから、魔法職ばかりを積んでいるシグレさんの場合は全く問題無いね」
「なるほど……」
物理攻撃が通じない相手、か。
カエデにしてもユウジにしても、カグヤにしてもそうだが、近接系の職業だけを取得している冒険者というのは、知己を得ている例だけで考えても案外多い。攻撃が通じない敵というのは、確かに厄介だろう。
「先程も少し言ったけれど、おそらく〈ペルテバル地下宮殿〉の中は魔物がかなり増殖した状態にあると思う。シグレさんは、〈迷宮地〉に挑んだ経験はあるかい?」
「一応、先日〈ゴブリンの巣〉に行ったことがありますね」
「ああ、あれを対処してくれたのは君かあ……。街道にゴブリンが出るほどに増殖していたと聞いているし、中はかなりの数のゴブリンが居たんじゃないかい? よく殲滅できたものだ」
「……確かに、凄い数が居ましたね。ただ、その時はレベル19の〈重戦士〉の方に誘われて同行しただけですので。殆ど仲間の実力だけを頼りに、戦ったようなものです」
間違い無く事実である。
レベルも相手の方が格上であったし、ユウジが居なければ、黒鉄が居てくれたとしてもゴブリン2~3体相手でさえ苦戦することは必死だったろう。……もちろん、それ以上の数を相手にした場合の結果は考えるまでもない。
「ゴブリンの巣は、狭い割に沸きがかなり多いからね……。ここの地下も魔物がかなり増えた状態にはあるだろうけれど、〈ペルテバル地下宮殿〉はかなり広大な〈迷宮地〉だから、さすがにそこまでは多くないと思う」
「そうですか……。それなら少しは安心できそうです。ゴブリン並の数を相手にするのは、自分にはそう考えても無理そうですので。ちなみに魔物のレベルはどの程度なのでしょう?」
「地下一階なら4から6ぐらいだね。シグレさんにもちょうどいいぐらいかもしれない。……ただ、数がかなり増えてるから、地下二階の魔物も一階まで多少溢れてしまっていると思う。確か二階だと、8から14ぐらいまでは出るのだったかな」
「14、ですか―――」
忘れもしない。〈ゴブリンの巣〉でシグレを一撃の下に葬り去ってくれた、大変強力な魔物であるゴブリン・ジェネラル。あの魔物のレベルが、ちょうど14だった。
あれと同格の魔物が、少ないながらも出る可能性があるとなると。かなり油断できない〈迷宮地〉であることは間違い無いようだ。
「ちなみに〈ペルテバル地下宮殿〉で死ぬと、どこに戻されるのでしょうか?」
「地下宮殿に入る門の前だね。望むならすぐにでも再挑戦することも出来なくはないかな。但し、知ってるかもしれないけれど多少のデスペナルティがあってね。もし死んでしまうと、およそ一時間ぐらいの間は獲得経験値が9割減の状態になってしまう」
「一応、知り合いから聞いたことはありますが……。デスペナは、本当にそれだけなのですか? ちょっと軽すぎるように思えるのですが」
「本当にそれだけだよ。敢えて言うなら〝痛い思いをする〟こともデスペナのひとつとは言えるかもしれないけれどね。―――ま、再挑戦するのであれば少し休憩を挟んでからのほうがいい。午後であれば僕も割と暇しているから、来てくれればお茶と茶菓ぐらいは出すよ?」
忙しくしているのかと思ったら、案外そうでもないらしい。スタッフの方が忙しなくするのは、あくまでも新しいプレイヤーを迎える午前中だけということか。
それはそれで、なかなか魅力的な話ではある。確か深見さんから最初に聞いた話の中では、〈リバーステイル・オンライン〉は開始から五年近く経っていると言っていた気がするから。その間にライズさんが経験した話などを、色々と伺ってみるのも面白いかもしれない。
「では、もし死んだら有難くお世話になるかもしれません。―――なるべくお世話にならないで済むように、気をつけたい所ではありますが」
「ふふ、では僕は少しだけ魔物を応援してしまおうかなあ。〝羽持ち〟の人としか話せない話題というのもあるから、お客さんは歓迎なんだよねえ」
「………」
おそらく〝魔物を応援〟というキーワードに反応してだろうか。ライズさんの隣に立つメルフェディアさんが、またも話を聞きながら露骨に眉を顰めている。
さっきから思ってたけど、ライズさんって〝司教〟という立場を有している割には、結構明け透けというか、直截な言い方をする所があるように思う。
無論、そういう部分も含めてシグレとしては嫌いではないのだが。ただ、横にいるメルフェディアさんの表情がちらちらと視界に入ってしまうことだけは……少し怖いなとシグレには思えた。
お読み下さり、ありがとうございました。
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