60. ペルテバル大聖堂
〈ペルテバル大聖堂〉はシグレが滞在する〈陽都ホミス〉の、ちょうど中央に位置している。
晴れてさえいれば街のどこからでも視認可能な位置にある、小高い丘の上に建てられた建物群。5~6階建てぐらいの、幾つかの巨大な建物が連なっているように見えるそれを、シグレはただ漠然と(王宮のようなものだろう)と考えていたのだが。それは半分正解であり、半分は間違いであったようだ。
システムで用意されている街のマップ上で見ると、〈ホミス王宮〉と〈ペルテバル大聖堂〉は殆ど同じ場所へ位置しているように見える。つまり、あの建物群のうちの幾つかが大聖堂であり、幾つかが王宮であるということなのだろう。
シグレの泊まる宿も街の中心部に程近い場所にあるため、緩やかな坂道を少し登っていけば、やがてすぐにそれらの建物群に辿り着く。色合いの統一された建物群はどれも似通ったものに見えて、一体どれが大聖堂なのかシグレには見分けが付かなかった。
「やあ、旅人さん。〈グレアパル〉に何か御用事かな?」
おのぼりさんのように壮大な建物をキョロキョロと眺めていたシグレを見て、街に不慣れな旅人だと察したのだろう。近くを通りがかった衛兵の人が、気さくに声を掛けてきてくれた。
「すみません。大聖堂に行きたいのですが、どちら行けばいいのでしょうか?」
「大聖堂なら、こっちではなく右側奥に見える方の建物だね。建物の中へ勝手に入ろうとしても、誰も咎めないようであればそれが大聖堂さ。王宮のほうだとすぐに怒られるだろうからね」
「……なるほど」
顎を引っかける促すような仕草をしてから、すぐに歩き出した衛兵の人を慌ててシグレ達も追いかける。
どうやら大聖堂のほうまで先導してくれるらしい。おそらくは、これも衛兵の人にとっては職務の一環でもあるのだろう。
「今日は大聖堂に何の用事だい?」
「自分は〝羽持ち〟ですので、それ関連で色々と訪ねたいことがありまして」
「ああ―――なるほどね。旅人かと思ったが、羽持ちの冒険者さんだったわけか。道理で、いかにもこの辺のことを何も知らないって様子で、建物を見回していたわけだ」
衛兵の人の言葉に、シグレは苦笑する。
羽持ちであるということは、イコール〝プレイヤー〟であるということに等しいのだから。こちらの世界に慣れて居ない人が大聖堂を訪ねれば、同じように建物の入口で戸惑うことも多いだろう。
「付いたよ。門から入って暫く進んだ辺りに、修道士や神官の方々が多く集まっている広間がある。〝羽持ち〟特有の用事で訪ねたのであれば、司教様に直接相談した方がいいから―――神官の人達に頼んで、司教様に面会を申し出るといい。ギルドカードを持ってるなら、見せて自分が〝羽持ち〟であることを示した方が話が早いだろうね」
「なるほど、承知しました。色々とありがとうございます」
「なんの。これが僕の仕事だからね」
軽く手を振って離れていく衛兵の人を、一礼してから見送る。
名前ぐらい伺っておけば良かったと、今更になって少し後悔しながら。
◇
大聖堂の中は、その廊下ひとつを取っても天井が高く荘厳な雰囲気を醸し出している。しかし一方では装飾らしいものが一切配置されておらず、華美さと全く無縁の建物である辺りが、いかにも宗教施設らしいなとシグレは思った。
廊下を歩いていると、頭巾のようなものこそ被っていないものの、現実世界の修道服に近い黒い衣装に身を包んだ人達とよくすれ違う。おそらくはこの大聖堂で働いている修道士の方々なのだろう。ロザリオとは少し違っているようだが、十字架が付いたシンプルな銀製の首飾りを付けている人も少なくない。
一方ではいかにも街の人といった風貌の、街中に有り触れた服装のまま立ち入る人の姿、あるいは武器を携えたり鎧を着込んだ冒険者と思わしき人達も間々見られる。一般の方に解放されている施設であることが伺えて、なんだか少しだけシグレはほっとした気持ちになった。
衛兵の人が言っていた通り、廊下を暫く進むとかなり大きな広間に出た。
天井は廊下よりも随分と高く、中央には室内だというのに噴水まであったりする。中には廊下でも何度となくすれ違った、修道士と思わしき人達が20人近くは詰めていて。所々には、修道服とは逆に真っ白な衣装に身を包んだ、徳の高そうな人も数人程度見ることができる。こちらはおそらく、この大聖堂に務める神官の方々だろうか。
近くに居た修道士らしき小さな人が、シグレ達の姿を見つけて駆け寄ってくる。
「〈ペルテバル大聖堂〉にようこそおいで下さいました。本日はどのような御用でしょうか?」
修道士の子は、現実換算で11か12歳ぐらいと思われる、まだまだ小さな男の子であった。
顔立ちや体躯が幼い割に、はきはきと歯切れ良い口調で丁寧にそう告げてくるあたり、この務めにも充分に慣れている様子が窺える。
「えっと……。こちらの司教様に、お会いしたいのですが」
衛兵の人に勧められた通り、自分のギルドカードを修道士の人に提示する。
シグレが差し出したそれを見て、修道士の人も何かに納得したように頷いた。
「〈フィアナ様の加護〉をお持ちの冒険者様ですね。少々この場でお待ち頂いても宜しいですか?」
「承知しました。よろしくお願いします」
そういえば〝羽持ち〟とばかり呼んでしまっているが、そんな正式名称を冒険者ギルドで聞いたことがある気がする。
修道士の人は近くに居た神官と思わしき人に二言三言会話した後、どこか部屋の奥側に行ってしまった。
代わりにその神官の人が、ゆっくりとシグレの近くに歩み寄り、小さく頭を下げて挨拶する。
「こちらで神官を務めております、メルフェディアと申します」
「自分はシグレと申します。こちらはユーリと、使い魔の黒鉄です」
「……こんにちは」
「はい、こんにちは。ようこそいらっしゃって下さいました」
隣のユーリが小さく挨拶すると、メルフェディアと名乗った女性は改めてユーリへもう一度頭を下げた。
「先程、キーニから〝主の加護〟をお持ちと伺っておりますが。お二人とも加護をお持ちなのでしょうか?」
キーニというのは、おそらく先程の修道士の男性だろう。
また、〈フィアナの加護〉は神官の方からすれば〝主の加護〟となるらしい。この大聖堂で祀っている対象が〝フィアナ〟という名の神様なのだろうか。
「いえ、〝羽持ち〟は自分のほうだけですね」
「これは失礼致しました。……お手間を掛けて申し訳ありませんが、いま一度シグレ様のギルドカードをお見せ頂きましても宜しいでしょうか?」
「もちろんです、どうぞ」
〈インベントリ〉から取り出し、メルフェディアさんに手渡す。
先程の修道士の人は〝羽持ち〟であること以外、特に確認しなかったようだが。メルフェディアさんは最初に羽の有無を確認したあとも、そこに記されている内容をちゃんと検分し―――すぐに「まあ……!」と驚きを露わにした声を上げてみせた。
天恵欄を見る度に誰からもそういった反応が返されてくるので、シグレとしてはもう慣れたものだが。メルフェディアさんはいかにも興味津々といった様子を隠しもせず、まじまじとこちらを見つめてくる。
「苦労なさっておられるのですね……。では、本日は天恵の変更にいらっしゃったということでしょうか? あ、カードはお返し致しますね」
「ありがとうございます。間違ってはいませんが―――自分の天恵を変えたいのではなく、そちらのユーリの天恵をお願いしたいと思いまして」
「なるほど……。加護をお持ちの冒険者に従属なさる方の天恵もまた、主に縋れば変更することができる、と聞いたことがあります。私も詳しくはありませんが……司教様ならばご存じでしょう。早速、司教様のお部屋へご案内したい所なのですが―――」
メルフェディアさんが、気まずそうに言葉尻を濁す。
「……何か、不都合でも?」
「いえ、その……。司教様は朝方のこの時間、不在にしていることが多いのです。ですので、司教様がいらっしゃるかどうかキーニが確認しに行ってくれたのですが、どうもまだ不在のようでして……」
そういえば、大聖堂で司教を担当するスタッフの人は、同時にこの〝リバーステイル・オンライン〟の世界へ新しく参加するプレイヤーのキャラクター作成補助も担当するという話だったのを覚えている。
キャラクター作成には結構な時間が掛かる。比較的スムーズに天恵や外見を設定したシグレであってもそうだったのだから、おそらく通常であればもっと掛かるだろう。それを考えれば、まだ朝早いうちから訪ねてきてしまったのは失敗だったかもしれない。
「司教様がお戻りになられましたら、キーニから念話で私のほうへ連絡が来ることになっていますので。宜しければ暫くの間、大聖堂の中を私がご案内さしあげても宜しいでしょうか? ―――失礼ながら、シグレ様はまだこちらの大聖堂に不慣れでいらっしゃるご様子。今後ご利用頂くことも考えますと、今のうちに詳しくなっておかれるのも宜しいかと存じますが」
「ああ―――願ってもないことです。是非、よろしくお願い致します」
シグレとしても〈聖職者〉の天恵を有している以上、今回のユーリの件が済んだとしても、大聖堂を利用する機会というのはそれなりに有るだろう。
しかし、知識が無い場所を歩くというのは何かと落ち着かないものだ。待ち時間の消化を兼ねて案内までして頂けるというメルフェディアさんの申し出は、シグレにとって大変に有難いものだった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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