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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
〔 tailpiece. 〕

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58. 追いかけて

「やっぱり―――あなたは、こちらの世界でも相変わらずなのね?」

「? 何がでしょう?」

「……いえ、私が悪かったわ。忘れて頂戴」


 彼女が身につけているのは、黒と白のコントラストが明瞭なエプロンドレス。そして頭には勿論、いつも通りのホワイトブリムが着けられている。欠点のない完璧なメイド服ではあるが―――〝ゲーム〟の中であっても些かも変わることのない志乃のその格好を見て、菜々希は呆れ混じりの溜息を漏らした。

 先にキャラ作成を終えて、宿の部屋で待っていた菜々希の前に。少しだけ遅れて、部屋の中に唐突に出現した志乃の姿は、完璧にいつも通りであった。髪の色も顔の形も、服装まで完全にいつもと一緒なのだから。これでは志乃を見ている菜々希のほうが、却って現実か非現実化が判らなくなりそうだ。


「そういうお嬢様は、こちらでも凛々しいお姿です」

「そう? ありがとう。似合っているなら良いのだけれど」


 菜々希が身に纏っているのは、こちらの世界で学校に通う貴族の子女などが身につける、制服に近いデザインの服であるらしい。

 こちらの世界での服飾に関する知識が無かったので。自分を担当した国広という名のスタッフに、菜々希は『学業に勤しむ者が着るような服』とやや曖昧な注文をした結果、彼女に着せられたのがこの服だった。

 着心地は悪くない。あまり身体や精神が緩むようなゆったりとした服が好きではないが、この服を着ていると適度に身が締まる思いがする。


「お嬢様の隣であれば、メイド服の私が連れ歩いてもおかしくはないでしょう」

「割と値段も張る、良い服らしいからね。見た目だけなら、確かにメイドを連れ歩いてもおかしくはないかも。……まずは、この服に負けない程度には、こちらの世界でもお金を稼ぐ所から始めなければならないかしら」

「そうですね……。お金、どうやって稼げば良いのでしょう。生憎と、この手のゲームは触れた機会が殆ど無いものでして」

「そこに簡単な説明書があるから、先ずは読むといいわ。要約すれば、まず最初に『冒険者ギルド』という所に行け、と書いてあるだけだけれど」


 部屋の脇にある小さなテーブル。その上に置かれた封筒を指さしながら、菜々希はそう志乃に告げる。

 先程ひとりで見たときには、1つしか封筒は無かった筈なのだけれど。志乃がキャラクターの製作を終えてこちらに来た今では、テーブルの上には2つの封筒が並んでいた。


「承知致しました。……暫し、お時間を頂いても?」

「いいわよ、ゆっくり読んで頂戴。……どうせ志乃も、職業は10種類ずつ選んだのでしょう?」


 戦闘職と生産職。合計で20クラスを選択していれば、そこに置かれる説明書も20枚超に達している筈である。読むのにも相応の時間が必要となるだろう。


「……いえ、生産職のほうは〈調理師〉のみに致しました」

「あら? そうなの?」

「シグレ様がクラスを10ずつ選ばれるであろう事は、私にも想像出来たのですが。……あまり成長が遅くなり過ぎるよりは、早めに腕が上がって、美味しい料理を提供できる立場になりたかったので」

「む、なるほど……。そういう選択もアリだったかしら……」


 スタッフの人に訊いたわけではないが、兄様がキャラクター作成時にどういったクラスを選ばれたのかは、概ね想像が付いた。可能性を狭めて楽をするよりは、その真逆を地で行き、人より多く必要な努力そのものさえも楽しまれるような人である。

 また、兄様は何かを揃えるようなことが好きだ。最大で10クラスという限界内で一通りを揃えて取れそうなものは、全9種類である魔法職ぐらいしか見当たらなかったので、兄様の戦闘職のうち9つについてはすぐに想像することができた。生産職に至っては全10種類であった為、もはや考えるまでもなく明らかだ。

 だから菜々希は兄様と共に戦う際に有利であるよう、主に近接系を中心に10の戦闘職をチョイスしてキャラクターを作成した。生産職は勿論、兄様と同じであろう10種類総てを迷わず取得した。

 近接職なればこそ、レベル成長が遅すぎて最大HPなどが伸び悩む過度なマルチクラスは、厳しいから止めた方が―――と、スタッフの国広さんに忠告を受けたりもしたが。折角、こちらの世界では何一つハンデを抱えることのない兄様の傍に居られるのだから、その兄様と成長速度の面で差がつくようなことにはしたくなかった。妹である菜々希は、兄様より少し遅れて成長できるぐらいのほうが良い。


「とはいえ、私も戦闘職は取れるだけ取りましたので。早く成長するのは生産の側だけですが」

「そう。……なら、一緒に兄様の後を追うことにしましょうか」

「はい。もう読み終わりましたので、いつでも出られます」




    ◇




 朝食を頂き、翌日分の宿泊費を払ってから宿を出た。

 両方合わせて240gita。こうして払ってみると、最初の所持金の3,000gitaという額が決して多いものではないことが判る。宿には風呂が備え付けられていなかったから浴場は別で探さなければならないし、お風呂を利用する前には着替えを準備しておかなければならない。

 国広さんはサービスといいながらナナキが今身につけている物と似たような服を5着ほど〈インベントリ〉という格納場所にプレゼントしてくれたけれど、下着までは付けてくれなかった。しかし、風呂に入る前には下着の替えだけは絶対に購っておかなければならない。こうしたファンタジー的な世界では下着が安価に手に入るとも限らないし、お金を稼ぐことが最優先事項であることは間違いないようだ。 


「冒険者ギルドの位置は、最初から判っているのですね」


 おそらくは〈マップ〉を開きながら、志乃が。―――いや、シノがそう告げる。先程ナナキも確認したが、主要な施設というものは最初からシステム上の地図に記録された上体にあるらしい。有難いことだ。


「取り敢えず、その冒険者ギルドに行ってみるのでいいかしら?」

「異存ありません、お嬢様」

「……こちらの世界では、そう呼ばなくてもいいのよ?」


 志乃は私に仕えるメイドではあるが。それは兄様が、以前「入院暮らしの自分よりも何かと大変な菜々希を手伝ってやってくれ」と志乃に頼んだ結果である。気心の知れた志乃に付き合って貰えるのは有難いが、何もゲームの中まで誠実に主従であろうとしなくても良いのだが。


「正直を申し上げて……。今からお嬢様との接し方を、こちらの世界でだけ変えるというほうが、却って難しいように思いますので」

「そう。シノがそう言うなら、別にいいのだけれど」

「……ただ、ひとつだけお願いしたいことがございます」

「判ってるわ。兄様と合流したら、それ以降は好きになさい。元々あなたは兄様のメイドであって、私のメイドではないのだから」


 兄様に対して、ずっと恩を返したいと思っている志乃。

 けれど、入院生活にすっかり慣れてしまっている兄様に対して、志乃ができることは限られている。だからこそ、兄様の勧めに従って菜々希に仕えてくれているわけだけれど。

 志乃が本当は、菜々希にではなく兄様に直接奉仕したい気持ちを持っていることは、考えるまでもなく明らかだった。―――ならばせめて、こちらの世界だけでも。その希望を叶えてあげたいとは、私だって思っているのだ。


「感謝致します、お嬢様」

「……感謝と言うならば、寧ろ普段から面倒を掛けている志乃に、私がしなければならないでしょうね」

「滅相もありません。当然のことでございます」


 志乃は、分を弁えすぎている。

 それは美徳であり、けれど菜々希にとっては少し気に入らない部分でもあるが。


「……そういえば、キャラクターを作ります際に。私は別の方が担当されましたが、お嬢様を担当されたスタッフの方は、あの〝国広様〟なのですよね?」

「ええ。あなたが手配した写真と、ゲームの中でも全く同じ見た目だったわ」

「お嬢様から見て。国広様は―――どう、でしたか?」


 志乃が訊かんとしていることは判る。

 判るが、少し回答が難しかった。


「……何だか、毒気を抜かれる相手だったわ」

「と、申しますと?」

「背もお子様なら、顔も童顔。話し方まで子供じみた部分が多くて……正直、離していて憎めるような相手じゃなかったのよ。しかも、それが素と見えるわ」

「……お嬢様にそこまで言わせるとは、相当なのでしょうね」

「会ったら直接言ってやりたい文句の一言や二言や三言や四言は、あったのですけれどね。なんかもう……毒気を抜かれて、そういうこと言えるような相手じゃなかったわ」


 キツい言葉のひとつもぶつければ、泣いてしまいそうな稚い相手だった。社会人として通用するのかどうか疑わしく思えるほどなのだが、あれでカピノス社の開発チームに属する正規スタッフであるというのだから恐ろしい。

 言いたい言葉は数多有れど、相手を泣かせるようなことは菜々希にはできなかった。そんなことをすれば、後ほど兄様からどのような叱責を頂戴するか判らない。……兄様は少々、幼い相手に対して甘すぎる部分もあるから。


「私は近接職を中心に選んだけれど。志乃は、どういった戦闘職を選んだの?」


 システム的な補助が働くのか、冒険者ギルドに行こうと決めてしまえば、地図と睨めっこしなくても街並みをどう進めば良いのかは自然と理解することができた。

 その補助に従いながら、ナナキより1歩だけ遅れた位置を歩くシノにそう問いかける。


「私は、補佐系のクラスをメインに選ばせて頂きました。矢面となるのも悪くないとは思いましたが、お嬢様が近接職は選びそうな気がしましたので。私は私で、影となって時雨様を支えられる役割を担おうかと」

「……なるほど。そういうのも悪くないわね」




 早く兄様と共に行動できるようになりたい。

 折角同じ世界に来たのだから。あちらの世界ではなかなか叶わない分、多くのことを兄様と一緒に成して、一時も離れず傍にありたい。

 キャラクターを作る際、国広さんに頼んで志乃と共に兄様と同じ街でスタートできるように手配して貰ったのだから。同じ街のこの空の下に―――兄様も、どこかで楽しんでいらっしゃるのだろう。

 願わくば、一秒でも早く。兄様に会って、その隣を占有したい。


「……時雨様のキャラクターのお名前は、カタカナで〝シグレ〟だそうですので。念話という機能を利用して連絡を取れば、今すぐにでも合流できるかと思いますが?」

「それはダメよ、志乃。兄様はもうレベル2になっておられるそうだから。せめて私達も兄様と同じレベルになってから、一緒に肩を並べて戦うようにしたいわ。……足手纏いにはなりたくないでしょう」

「しかし、何かと迷惑を掛けてしまう駄目な妹と駄目なメイド―――という属性もあるいは、時雨様にとってより構って頂けるチャンスかもしれませんが」

「う……。ち、ちょっと迷うわね、そういうの」


 明るい陽射しの降り注ぐ中、乙女たちの悩みは尽きない。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4537字

文字数(空白・改行含まない):4383字

行数:114

400字詰め原稿用紙:約11枚

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