表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《創り手の快楽》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/148

57. 不意打ち

「色々とお世話になりました。すみません、急に呼び出したりして」

「んーん、いいよいいよ。別に予定があったわけでもないしね」

「そうですよ、水くさいです。困ったことがあれば、いつでも呼んで下さいね?」


 冒険者ギルドの前で別れる際に。シグレの言葉に応じるカエデとカグヤの二人の温かな返答を、とても嬉しく感じながら。このまま『鉄華』に行くという二人と、ユーリと共に見送った。

 朝一番からのシグレの呼び出し。しかもただ漠然と助けを求めたそれに、嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれる相手の、何と有難いことだろうか。出会った傍からずっと、二人には沢山のものばかりを貰ってしまっている気がする。いつか遠くない内に、その恩に報いることができればいいのだが。


「この後は、どうしましょう? 何か行きたい所はありますか?」


 折角〝一緒に居る〟と約束したのだから。特に予定も無い今日は、せめてユーリの傍に居よう。そう思いシグレが訊ねると、ユーリは少し考える素振りを見せてから。


『……錬金ギルドに行きたい』


 そう、答えてみせた。


「生産ですか? 昨日沢山手伝って頂きましたし、良ければ今日は自分が手伝わせて頂きますが」

『……ううん、そうじゃない。ワフスさんにお礼を言いたいの』


 ワフスさんというのは、確か錬金ギルドにいた老齢の男性だっただろうか。

 話によれば、過去にひとりぼっちになって意気消沈していた頃、何かとユーリはワフスさんの世話になっていたのだそうだ。ともすれば自棄になって良くない方向に心が傾いてしまいそうな危うい時期のユーリを、ユミコさんと出会った切欠でもあった〈錬金〉に縛り付けることで、その心が幾許かの修復を終えることができるその日まで、ただ優しく見守ってくれたのだという。


「それは、ちゃんとお礼を申し上げなければいけないですね」

『うん。……あと、もう心配要らないって、ちゃんと言わないと』


 ……たまに思うのだが。この、ユーリの自分に対する信頼は、一体どこから来ているのだろうか。

 ユーリの信用を得られるような何かをしたような覚えが全く無いだけに、シグレにはそれが不思議でならなかった。ユミコさんが嘗て残した言葉の通り、自分を〝羽持ち〟というだけで信用してくれているにしては、ちょっと行き過ぎなようにも思うのだけれど。


「……シグレ、行こ?」


 シグレの右手が、隣に居たユーリの手によってぎゅっと握りしめられる。

 理由は見当もつかないけれど。ユーリの信用を得られていること自体は、とても嬉しいものだと思えた。彼女のその信頼を、可能な限り裏切らずに傍に居てあげたいと思う。




 ユーリと手を繋ぎながら、訪ねた錬金ギルド。今日も窓口に居たワスフさんは、ユーリの話に暫く聞き入った後、やがて満足げに頷いてみせた。

 ユーリの話を聞いてもワスフさんが特に驚いたりしなかったことに、シグレのほうが少し驚かさせられたりもしたのだけれど。思えば、ワスフさんは登録の際に差し出したときにギルドカードを見ているから、〈銀術師〉であり〝羽持ち〟でもあるシグレに対しては、既にこの終着点が想像出来ていたのかもしれない。

 今にして思い返せば……シグレのギルドカードを見た後にワスフさんが漏らした『なかなか苦労しそうですな』という台詞にも。そういった含蓄が籠められていた気がしなくもなかった。


「シグレ君。ユーリ君のことを、よろしくお願いしますよ」

「……自分に、できる限りのことは」


 いかにも人が良さそうな見た目に反し、以外と侮れない人なのかもしれないが。ユーリが心を開いているのだから、悪い人ではないのだろう。

 気安く約束できるものでもないが。ワスフさんから託されるように告げられたその言葉に、シグレもまた精一杯の返事で応えた。


「……ワスフさん。お願いがあるの」

「うん。何だい?」

「シグレと契約したことで、レベルが1に戻ってしまったから……。普段、私から霊薬を売っている人達には、今後は丁重に断って欲しいの」


 確か、以前に見たユーリの〈錬金術師〉レベルは20であった筈だ。

 そのレベルになれば、定期的に霊薬を渡している相手というのもそれなりに居るのだろう。ユーリの言葉にワスフさんは一瞬だけ渋い顔を見せたが、すぐに頷いてくれていた。


「作れなくなってしまったのだから、仕方が無いね。うん、今後は断っておくとしよう。……だが、次回に渡す予定だった分はどうするかい?」

「……そのぐらいなら備蓄がある。いま、纏めて渡してもいい?」

「うん、預かろう」


 ユーリが〈インベントリ〉から次々と取り出さていく霊薬の小瓶が、ギルドのカウンター上に所狭しと並べられていく。

 合計数は、おそらく100本ぐらいになるのではないだろうか。ユーリの助力を得て作った、シグレのベリーポーションでさえ、1本当たり3,200gitaという高額になったのだ。だとするなら、これらのユーリが作った大量の霊薬であれば、一体いかほどになるのか―――とても想像できない。




    ◇




 錬金ギルドを出た後、ユーリは次に『シグレの泊まっている宿へ行きたい』と望んだ。更に二言目には、いま泊まっている宿を引き払い、シグレと同じ部屋に泊まりたいとさえ言ってきた。

 さすがに、この言葉にはシグレも困ってしまった。一緒に居るとは約束したものの、さすがに男である自分とユーリとが、同じ部屋で共に寝泊まりするというのは障りがあるのではないだろうか。

 そう思い、シグレは何とかそれは良くないというニュアンスの言葉でユーリを諭そうと試みるのだが。


『……シグレは、一緒に居てくれるって、言った』


 結局、ユーリにそう言われてしまうと。シグレとしても、最早それ以上には何も彼女に言えなくなってしまうのだった。


『ユミコとは同じベッドで眠っていた。……シグレとも、そうする』

「さ、さすがに……それは勘弁して下さい。色々と障りがありすぎます」

『……そう? シグレがそう言うなら、そうする』


 同じベッドで同衾というのは、さすがにマズいにも程がある。そう思って拒否すると、こちらは案外簡単にユーリも引いてくれた。

 譲れるものと、譲れないものを分ける一線が、彼女の中に明確に有るのかもしれない。何にしても、納得して貰えたことにシグレはほっと安堵の息を吐いた。


「ユーリは、今後も〈錬金〉は続けるんですよね?」

『……もちろん。こんな楽しいことを、辞めるつもりはない』


 育んできた技術を一気に失ったことで、少なからず心配していたのだけれど。

 どうやらユーリの錬金に対する熱意は、些かも冷めたりはしていないようだ。


『レベルが1に戻ったから、今の私に作れる物はいっぱい減ってしまったけれど……。構わない。どうせ、すぐに前までのレベルにまでは戻れると思う』

「おお、頼もしい発言です。凄い自信ですね?」

『これは別に、自信というわけではない。……ただ、判る、というだけ』

「判る……ですか?」


 隣を歩くユーリが、こくりと頷く。


『創り手の快楽を、一度知ってしまったからには―――もう、それから逃れることはできない。レベルが1になって、技術を総て失ってしまっても。今までで培った知識と、今までに体感してしまった快楽は残っている。新しい素材と生産法を追い求め、より優れた物を造り、あるいは全く新しい物を創る。その楽しさを一度知ってしまえば、もう、逃れることはできない』

「……そう、ですか。それはまた、怖いですね」

『ん、生産って怖いの。楽しすぎて、止められなくなるの』


 くすくすと、可笑しそうに声を漏らすユーリの笑顔に。傍で見ているだけで、シグレもまた嬉しい気持ちにさせられてしまう。

 折角、自分も生産職のレベルは1なのだから。すぐに離されてしまうとしても、今暫くはユーリの隣で、彼女と共にその快楽に浸ってみるのも悪くないかもしれない。




 シグレの泊まる宿に着き、女将さんにユーリのことを紹介する。

 ユーリのことをどう紹介するものか、正直迷ったのだけれど。特に何と説明するまでもなく、女将さんは好意的に解釈してくれたようだった。……もちろん、その解釈は大幅に間違ってあるのは否めないのだけれど、特にユーリは嫌そうな顔をしていなかったので。シグレとしても、別に訂正はしなかった。


「ベッドが2つある部屋と、大きいベッドが1つだけある部屋。両方とも空きがあるけれど、どっちにするかい?」

「……大きいベッ」

「すみません、空いていましたらベッドが3つある部屋にしたいのですが?」


 ユーリが何か言っていた気がするけれど、聞こえなかったことにしよう。うん。


「ああ、使い魔の子に使わせたいんだね? 3つの部屋も空いてるよ」

「ええ。ではそちらでお願いします」


 黒鉄にはいつも部屋の床で寝かせてしまっている。これは黒鉄自信が望んだことでもあるし、毛布も多めに貰っているので寒くは無いのかもしれないが。

 自分の為に尽くしてくれている相手にする扱いではないだろうと、前々から何とかしたいと思ってはいたのだ。ちょうど部屋を移動する機会なのだし、この際に黒鉄にもベッドを使わせてあげたかった。

 女将さんも旦那さんも、使い魔に理解があるのか、そういうのを嫌がる人達ではない。それが今は判っているからだろうか、後ろにいる黒鉄も今度は特に反対することは無かった。


「じゃあ、こっちが新しい鍵になるよ。四階の突き当たりの部屋だね」

「ありがとうございます。では、いま使っていたほうの部屋の鍵はお返しします」

「……鍵を返すのは、荷物を移動した後で構わないよ?」

「部屋に置いてある荷物は、黒鉄用にお借りしている毛布2枚だけです。他に私物は置いていませんので、大丈夫ですよ」


 女将さんに鍵を返して、新しい鍵を受け取る。

 この宿屋が四階建てであることは知っていた。今までよりも一階分上の景色が見られるのを嬉しく思い、シグレはその光景に早くも思いを馳せる。

 シグレは、この街の景色が好きだった。毎朝起きた後に、窓から眺めるこの街の景色が好きだった。今までよりもより広く見えるであろうその光景が、既に楽しみでならない。

 些か心躍る気持ちで階段を上っていると、ユーリもそれを楽しみに思っているのだろうか。シグレの後ろを歩いていた筈のユーリが、宿の狭い階段をものともせず、軽やかな足取りと共にシグレの脇を擦り抜けて先に上がっていく。


「……ユーリ?」


 そのまま先に階段を駆け上がり、部屋まで行くのかと思われたユーリが。けれどシグレの目の前で立ち止まり、こちらを見つめていた。

 ユーリと、全く同じ高さで目線が重なったので、思わずシグレはどきりとする。二段分の段差が、二人の身長差をちょうど補っていた。普段はフードに隠されていてあまり見えない彼女の顔が、今ははっきりと見ることができる。

 ごく近い距離で、その瞳にまっすぐ見据えられて。

 シグレは何故か思考ごと彼女に奪われてしまったかのように、立ち竦む。


「ユー……」


 彼女の名前を呼ぼうとしたその言葉は、最後まで紡げなかった。

 同じ高さから重ねられてきた、ユーリの唇が。言葉ごと封じ込めてしまう。

 たっぷり数秒の間があって。ようやく唇が離れてから。


「ありがとう、シグレ」


 今日一番の弾んだ声色と共に。そう言って、ユーリは微笑み掛けてくれた。




                - 3章《創り手の快楽》了

 

 

お読み下さり、ありがとうございました。


-

文字数(空白・改行含む):4756字

文字数(空白・改行含まない):4535字

行数:148

400字詰め原稿用紙:約12枚

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ