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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《創り手の快楽》

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51. 独占欲

「……さすがに、これをタダで貰うのは抵抗があるんだけど?」


 夜になって、いつも通り浴場の前で待ち合わせたカエデに、シグレが有無を言わせず〈インベントリ〉に直接押しつけた、ベリーポーション50個。

 その詳細を見て、カエデは頬を引きつらせながらそう言った。


「送り返していい?」

「ええ、勿論どうぞ。さらに送り返してしまいますが」

「……ただの不毛なやり取りじゃないの、それ……」


 はあ、と溜息を吐きながらも。最後にはカエデも笑顔でそれを受け取ってくれた。


「何をどう間違ったら、レベル1の生産者がこんなのを作れるの?」

「……自分の実力ではなく、ユーリのお陰ですよ」


 ちら、と。シグレは後ろに立っているユーリのほうを見る。

 どうにもユーリは少し人見知りな所があるらしい。まごまごと落ち着かない様子でシグレの背に立っている彼女を前面に押し出し、カエデに紹介する。


「この子は、ユーリです。自分に〈錬金術師〉の手解きをして下さいまして」

「……ゆ、ユーリです。よろしく」

「カエデです。よろしくね、ユーリ」


 すっ、とカエデから差し出された握手を求める手を。たっぷり数秒間は躊躇いながらも、やがてユーリはしっかりと握り返した。

 多少人見知りな所があっても、カエデが相手であれば何も問題無いだろう。ゲームを始めた当初、当分のソロを覚悟していたシグレを、あっという間に引き込んでくれた彼女の快活な性格。それは、引っ込み思案なユーリが付き合うには、却ってやりやすい相手だと思えた。


『……すまぬ、主人。我は早く風呂に行きたい』


 カエデとユーリ。二人をゆっくりと眺めていたシグレを、けれど隣の黒鉄が急かす。あれ以来、黒鉄はすっかり風呂というものにハマったらしくて、毎日こうしてシグレと共に必ず浴場へは同行していた。何しろ別行動をしていた今日だって、黒鉄からは別れ際に『風呂だけは必ず呼んで貰えると有難い』と釘を刺されていたほどだ。


「黒鉄はホントに風呂が好きだねー」

『うむ。……風呂は良い。できれば直で入りたいものだが』

「あはっ、温泉付の自宅かー。それには沢山お金を稼ぐ必要がありそうだね」


 毎日風呂を共にしたことで、カエデもすっかり黒鉄と打ち解けてしまい、今は黒鉄の頭をこれでもかと撫で回しながら会話していたりする。黒鉄も黒鉄で全く嫌ではないらしく、魔犬という名に相応しいその立派な体躯の後ろで、ぶんぶんと尻尾が左右に揺れていた。


(……温泉付の自宅、ね)


 それが、どれほど高額なものかは判らないが。ユーリから教えて貰った製法を駆使して稼げば、それは決して手の届かない望みではないかもしれないとも思う。黒鉄が自分の為に色々と尽くしてくれているのは充分に理解しているし、それに可能ならば報いたい気持ちもある。

 とはいえ、ユーリ自身が『構わない』と言っているとはいえ、彼女がおそらくは苦労の末に編み出した製法を用いて、彼女ではなく自分がお金を荒稼ぎする。……そういったことは、少し間違っているような気がする、というのも正直な気持ちではあった。カグヤのお店に持ち込んだ分については、予め約束もしていたので仕方が無いと割り切るにしても、それ以外の部分で必要以上に彼女の技術を濫用するのは自分でもちょっとどうかと思うのだ。




    ◇




 新たにユーリという参加者を加えたその日の風呂は、予想もしていなかった問題を生じさせた。

 ユーリが、あまりに様々なことに対して無頓着過ぎるのだ。カエデもカグヤも、普段は男であるシグレが同行するのに際して、様々なことで一定の配慮をしてくれているのだが……ユーリにはそれがない。彼女は脱衣所で、当然のようにシグレの隣で服を脱ぎ、一糸纏わぬ裸となった。

 タオルで身体を隠すこともせず、浴場内でシグレに対して背を向けることさえしない。なるべくユーリのほうを見ないように見ないようにとはシグレも思うのだが、隠す気が一切無い相手の裸を全く見ないでいるというのは、同じ空間に居る以上無理なことだった。


「ユーリさん……! か、隠して! 隠して下さい!」

『……嫌。お風呂は、裸で入るのがあたりまえ』

「そ、それはそうですけど! でも、それじゃマズいんですってばー!」


 カグヤが必死にユーリの身体に大きいタオルを掛けようとするのだが、ユーリはそれを意外なほどの敏捷性であっさりと躱してみせたりもする。

 というか、湯の中だというのにあまりに素早くユーリが逃げるものだから、どれだけシグレが目を逸らそうと視界の中にユーリが幾度となく入ってきてしまう。また、それを追うカグヤのタオルが何度も崩れそうになっていて、シグレにとっては二重の意味で目に毒だった。


「で、女の子の裸が見放題で、シグレ的にはどうなの? 大歓喜?」

「……この状況を喜べる性分なら、苦労しないんですがね」


 生憎と、それほど神経が図太いわけではないので。落ち着けず、折角の湯を楽しめないというのが正直な気持ちではある。

 もちろん、女性の裸が見えることが嬉しくないかと言われれば……それは、嬉しくない筈がないのだが。寧ろ、色々と見えてしまうことによる弊害の方が、今は気になる所だった。

 裸を見られることには慣れているシグレであっても、女性の前で恥ずかしい姿を晒すことにはさすがに抵抗がある。……譲れない部分があるのだ。


「それで―――シグレ的には、どっちの女の子が好みなのかな?」


 ニヤニヤと、嫌らしい笑みを浮かべながらカエデがそう訊いてくる。

 きっとカエデは、現実世界のほうでもそういう話が好きなのだろうな。


「……そういうのは、考えてもいません。現実でも、こちらの世界でも。なんだか考えてはいけないことのような気がしますから」

「別にダメってことは無いと思うんだけどねえ……」

「二人に対して自分が持っているのは大多数の敬意と、あとは親しみだけですよ」


 それは、シグレの正直な気持ちであった。非常に高い生産の技術を持ち、また自分なりの生き方を真っ当に持っている二人に対しては、先ず何よりも強い敬意を抱かずにはいられない。

 もちろん共に過ごした時間の分だけ、親しみ、あるいは友情のような気持ちも持ち合わせてはいるが。少なくともそれは、恋情に類されるものでは無かった。


「でもさ、シグレ」

「はい?」

「ユーリは判らないけどね。カグヤはシグレに対して〝そういう気持ち〟を、少なからず持ってると思うよ?」

「……それは」


 カエデの告げる、カグヤの気持ちについては。シグレ自身にも多少、思い当たる節があった。良くも悪くも、カグヤは自分の思ったことがそのまま表情や仕草、行動に出てしまう方であるから。彼女の隣に居ると、自然とそういったものが伝わってきてしまうのだ。

 何度も(それは自惚れが見せる錯覚だ)と、自分に言い聞かせたりしたのだが。それでも、カグヤの気持ちはシグレの張った防壁を易々と通り抜け、時折伝わってきてしまうことがある。……あるだけに、困っている部分が少なからずあった。

 きっかけはおそらく、ゴブリンの巣でのことだろう。シグレからすれば、羽持ちではない彼女を優先して逃がすというのは、ただ当然のことという意識だったのだが。

 ……された側からすれば、そうではなかったのかもしれない。危険な環境下では人は傍に居る人間に惚れやすくなる、といった話も聞いたことがある。カグヤが何かの間違いで、自分に対して何かの感情を抱いてしまうようなことも、有り得るかもしれないと思えた。


「なるべく、考えないようにしています」

「……そう。でももし、カグヤに告白されでもしたら?」


 カエデが振ったのは、あくまでも〝仮定〟の話だ。

 けれどそれは、充分有り得る未来であるかのように。シグレの心を拉がせ、悩ませた。


「その時は、真面目に考えます。ただ―――」

「……ただ?」

「僕(、)は独占欲が強いので、きっと彼女を困らせてしまうでしょうね」


 シグレは基本的に、欲が薄いほうだ。

 何かを欲しいと思うことは人並みにある。けれど、それを望むことが難しいと判れば、己の裡にある欲求に対して諦めを強いるのは容易いことだ。


 ―――諦めることには慣れている。

 人並みのものを望めないことには、慣れているのだ。


 ただ、稀に。―――本当に稀に、どうしても諦められない類の狂おしい欲求が、自分の心の裡に芽生える瞬間があることをシグレは知っている。

 そうした自分を目の当たりにしたとき。シグレは、己の卑しさと欲深さの本性を見てしまった気がして、酷く悲しい気持ちになり、後になって落ち込んだりするものだが。


「……へえ。いいわね」


 何故か、カエデはそれが大層お気に召したらしい。


「何が良いのですか……。独占欲なんてものは、一種の醜い感情ですよ?」

「―――あら、いいじゃない。その回答は〝男の子〟って感じがして、少なくとも私は割と嫌いじゃないけどね?」


 相手を欲しいと思うのは恋愛の基本なのよ、とカエデは言う。

 けれど、恋をしたことがないシグレにとって、それは理解するには難解に過ぎた〝基本〟であるように思えてならなかった。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):3800字

文字数(空白・改行含まない):3642字

行数:113

400字詰め原稿用紙:約10枚

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