50. お値段以上
ベリーポーションの作成には、結構な時間を必要とした。
生産作業自体は慣れれば慣れるほどに高速化できたし、素材をゆっくり溶かすことを考慮しても、それほど時間が掛かるわけではないのだが。10本作る度に《固定化》のスペルを使う必要が生じるため、どうしても長いMP回復待ちの休息時間が付いて回ってしまうのだ。
とはいえ、それだけの手間を掛ける価値があるものが作れてしまわけだから、文句などあろう筈も無かった。それに、これがシグレひとりであれば回復を待つ時間など、淋しく苦痛なだけであっただろうけれど。ユーリが一緒に居てくれるお陰で、手の空く時間さえ歓談と共に楽しむことができるのは有難かった。
ユーリは口数が少ないようだし、言葉の端を省く癖があることもあって、会話自体を厭っていそうな印象をシグレは抱いてもいたのだけれど。それが誤解であることは、程なくシグレにも理解出来た。
一緒に時間を過ごすうちに、ユーリは色んな話を聞かせてくれた。それは生産の話であったり、植栽地の話であったり、秘術師や伝承術師としての話であったりした。シグレ自身、自分から色々なことを話すよりも他人の話に耳を傾けている方が好きであることもあり、ゆっくりとした語調で語られるユーリの話を聞いているのは、とても楽しい時間だった。
『……シグレと居ると、なんだか話しすぎてしまう』
不意に、ユーリはそんなことも口にしてみせる。
どうやら気付けば多弁になってしまっているというのは、ユーリ自身にとっても意外なことであるらしい。
『ユーリの話を聞いているのは、好きですよ』
『……そう言ってくれるのは、嬉しいけれど、恥ずかしい……』
両手でぎゅっと押さえつけるように、フードを深く被り直すユーリの仕草が。あまりに可愛らしくて、思わずシグレの口からは笑みが漏れ出てしまう。
すると、その微かな笑みを鋭敏に察知したユーリが、じとっと責めるような視線を向けてくるものだから。それがまた可愛らしくて、とうとうシグレは笑みを忍ばせていることができなくなり、くくっと堪えきれない声が確かな声として漏れてしまった。
『シグレは酷い……。人を笑うなんて、いけないこと』
『すみません、ユーリ』
『……でも、そういう所も嫌いじゃない。私の知ってる羽持ちの人も、いつもそうやって笑い声を零して、私のことを馬鹿にしてみせた……』
懐かしむように、遠くを見つめるユーリの視線。
何度かユーリの話の途中に出て来た、ユーリの知り合いである〝羽持ち〟の人。その人のことを口にするとき、いつもユーリはとても遠い場所を眺めるかのように中空へと飛ぶ。
その人は、ユーリを置いて遠い場所へ行ってしまったのだろうか。プレイヤーに死が訪れないこの世界に於いて、まさか死別ということは無いだろうが。遠くへ足を伸ばしたその人に置いて行かれたのだとしたなら、例え仕方の無い別れであるのだとしても、とても可愛そうだなとシグレはしみじみと思った。
◇
「え? ……うぇえええええ!? う、嘘ぉっ……」
武具の店『鉄華』。薄暗い店内に驚愕するカグヤの声が響き渡る。
その声を聞きながら(さすが良い反応してくれるなあ)と笑顔で思った。
『……さすがカグヤ、期待以上のリアクション』
隣のユーリからも、そんな台詞が念話で聞こえてきたりする。
カグヤとはまだパーティを組んだままだから、そちらでも念話は使えるだろうに。カグヤが何も反応しない所を見るに、敢えてシグレだけに向けてその念話を呟いている当たり、ユーリにも案外意地悪な所があるんだなあと思ったりもした。
「わ、ホントにシグレさんの銘が入ってる……」
続いてカグヤは、実はこれらのポーションを製作したのがシグレではなく、隣のユーリではないかと考えたらしい。彼女がそう考えるのも無理ないことだろう。何しろ、正真正銘シグレは今日初めて〈錬金〉に手を出したレベルの初心者であるのだから。
しかし、ポーションの詳細を〝見れ〟ば、そこには制作者の名が記される。シグレの名前を確かにそこに確かめたことで、カグヤは訝しげにこちらへ視線を向けてきた。
「自分でも異常性は判るので、無理に置いてくれとは言いませんが……」
「い、いえっ!? 是非置かせて下さい! これを断るなんてとんでもない!」
「……そ、そうですか」
狼狽しつつも強い口調で言葉を返すカグヤに気圧されて、思わずシグレのほうがたじろぐ。
シグレがカグヤの〈インベントリ〉に直接送った、ベリーポーション200本。それを見つめながら銭勘定を思案するカグヤの目は、商売人のそれであるかのように見える。あまり商売っ気が無い店だと思っていただけに、カグヤが見せるそうした表情の一端に、シグレは新鮮な驚きを覚えた。
「あ、あの……それで。このベリーポーション、一体幾らでお店に並べれば良いでしょうか?」
「値段については、自分では相場が判らないので……。一応、生産しながらユーリとその辺の相談はしまして、今回は1本3,000gitaぐらいで扱って頂けると有難いな、と考えておりますが」
「もしもコレを3,000gitaで並べたりしたら……。翌日にはシグレさんは、この街の〈錬金術師〉から一発で恨まれるようになっちゃうと思いますが」
「……え?」
それはさすがに、言い過ぎだろう。
そう思ったのだが、カグヤの目は冗談を言っているものではなかった。
「私も売る側としては専門ではないので、いち消費者としてしかポーションの相場は存じませんが……。このランクのですと、大体1本あたり4,200から4,800gitaぐらいが相場だと思いますが」
「えっと……一応、ユーリからは相場は3,500ぐらいと聞いたのですが」
「それは市場価格ではなく、業者が買い取る値段だと思いますが」
「……そうなのですか?」
シグレが問うと、隣のユーリは『うん』と応えた。
『ごめんなさい、先に言えばよかった。具体的な金額は私もそっちしか判らない』
「ああ、なるほど……」
ユーリは生産者であり、供給する側である。その彼女が理解している相場というのであれば、確かにお店などに卸売する額の方であるのも道理だろう。
「では、実際に店に並べる販売価格はカグヤに任せるとしまして。もし売れたら、自分が1本毎に3,000gitaを受け取るというのではいかがでしょう?」
カグヤの店はポーションの店ではなく、武具店である。
専門では無い店に押しつけようと言うのだから、相場より安い3,000gitaでカグヤに対して売るのは、それほどおかしい値段設定ではないはずだ。
「さすがに安すぎます。では、3,400で私が買い取るのではどうでしょう?」
「それは高すぎです。カグヤの好意に甘えて、武具店でポーションを扱わせようとしているのはこちらなのですから……。3,100ではどうでしょう?」
「シグレさんのポーションを店に、というのは元々私が言い出したことなので、シグレさんが気になさることではないです。で、では……3,300gitaで! これ以上はびた一文負かりません!」
『……二人とも、交渉として何かがおかしい』
売り手と買い手の値段交渉が、互いの主張をぶつけ合い、落としどころを探り合う形となること自体は別に珍しくもないだろうが。売る側が安く、買う側が高く値をつけようとするそれは、確かにユーリに突っ込まれる通り、何かがおかしいような気もした。
「……判りました。では、間を取って3,200ではいかがでしょう。カグヤには採取の際にもかなり世話になっていますから、少しはお礼をさせて頂きたいのです」
「ぐ……。ず、狡いです。シグレさんにそんな風に言われたら拒めないのに」
はあっ、とカグヤは大きな溜息をひとつ吐く。
「では、有難く単価3,200gitaで買い取ります。……ちなみに私は多分、これをお店に1本4,300gitaぐらいで並べてしまいますが、構いませんか?」
少し申し訳なさそうな口調で、カグヤはそう訊いてくる。
もちろん扱って貰う以上、幾らで売ろうとそれはカグヤの自由だ。すぐにシグレからも了承の意志を伝えた。
「あと、申し訳ありませんが200本分の代金を一度にお支払いすると、あまりお店の運営資金に余裕が無くなってしまうので……。今回の所は、100本だけを買い取らせて下さい」
「……自分は別に、後から売れた分だけ頂くのでも構わないですが?」
「いえ、ここは譲れません。売れた分だけ報酬を払い、余ったら生産者に押しつけ返す―――そういった委託販売というのは、商い側にとっての都合が著しく優先された形態ですから、このレベルの高額な品に対して安易に行って良いことではありません。今後とも良い関係を築くためにも、ここは誠実に、無理なく買い切れる分だけを買い取りたいのですが」
カグヤには、カグヤなりの店主としての矜持というものがあるのだろう。
シグレだって、それを無視してまで彼女に押しつけるようなことは望まない。
「判りました、では100本だけ。残りの100本は……折角初めて作った品ですし、見知った前衛の友人にでもプレゼントして回ろうと思います」
「あ、それはいいですねー。きっとカエデも喜ぶと思いますよ? 盾役の彼女には、こういう一度に回復できる効果の高いポーションはとても有用ですから」
「そうですね、カエデにも喜んで貰えると嬉しいです。……宜しければカグヤも、30個ほど貰っては下さいませんか?」
「……えっ?」
前衛の友人、というのはもちろんカグヤも含めて口にしたつもりだったのだけれど。シグレのその提案は意外だったらしく、カグヤは目をぱちくりとさせながら、暫し硬直してみせた。
「―――だ、ダメですっ! シグレさんからのプレゼントを断るというのには、すっごく抵抗がありますが……このポーションの回復量は、私の最大HPに対して効果が高すぎます。さすがに勿体なくて、受け取れませんよ……」
「別に、そのままお店での販売品に回しても結構なのですが」
「い、嫌ですよ。そういう、男性からのプレゼントを質に売るみたいなの……」
別に、他意があっての言葉ではなかったのだが。
そう言われてみると……少々浅慮に過ぎる提案だったことに気付き、勧めた側であるシグレも内心で深く自省せざるを得なかった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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