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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《創り手の快楽》

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47. とっておきの秘術

 ベリーポーションを1個完成させたことで、自分の〈錬金術師〉としての天恵を改めて確認し、さっそく量産作業に―――と考えたシグレを、引き留めたのは作り方を隣で教えてくれたユーリだった。


『……少し、休憩しよ?』


 作業自体に難しい部分は無かったし、別に疲労のようなものを感じてはいなかったのだが。ユーリが妙に強く休憩を勧めてくるため、シグレはすぐに折れて彼女の提案に頷く。

 ユーリに勧められて、工房の窓際近くにあるソファーなどが設置された休憩スペースに座ると。ユーリがポットからお茶を注いで、シグレの前の机に置いてくれた。


「ありがとう」

『……ううん、このぐらいは』


 注がれたばかりのお茶は意外な程に冷えていて、口に付けた瞬間シグレは僅かに驚かされる。

 ポットの中に氷か何かが入れてあったのか、あるいはポット自体に中身を冷やす何かが備わっているのか。それは判らないが、冷たいお茶を一口飲み込むと、身体と心に張り詰めていたものが、緩りと解けていくような感覚があった。

 どうやら疲労こそしていなくとも、初めて取り組んだ作業と言うことで、思いのほか緊張してしまっていたようだ。ユーリはそれを見越して休憩を勧めたのだろうか。だとするなら、彼女の慧眼には畏れ入る。


『……少し、シグレも念話で話して貰ってもいい?』


 すると、ユーリは意外なことを口にした。

 念話で話を―――ということは、何か工房に居る他の二人に聴かれたくない話でもあるのだろうか。


『判りました、何でしょう?』

『……作業を再開する前に、シグレにこの本を読んで欲しい』


 そう告げたあと、ユーリからシグレの〈インベントリ〉に、1冊の本が直接送られてきた。


『―――これは?』

『私の、とっておきの秘術(まほう)


 にこりと、ユーリはあどけない笑みを浮かべる。


『……これは秘術書の写本。約束通り、シグレにまず1冊渡したいと思う。私には少し扱いが難しい。……でも、シグレになら、きっと扱うことができると思う』


 交換協定を組んだ以上、受け取りを拒否する気持ちはないし、スペルをまだ1つも修得していない〈秘術〉を新たに修得できるのは有難いことでもあるが。


(しかし、どうして今なのだろう?)


 訝しい気持ちからシグレがユーリのほうを見遣ると、彼女にもシグレの疑問が理解出来たのだろう。ユーリは微かに微笑んで答えてくれた。


『……その写本に記された秘術は、今回のシグレの生産にとても有用』

『生産に有用、ですか』


 戦闘ではなく、生産に使う為の秘術。そういうスペルもあるのだろうかと、一瞬思うけれど。考えてみればシグレが採取品の品質を保つ為に使用していた《防腐》だって、似たようなものである。

 確かに、生産作業に活用できるスペルなのであれば、大量に生産を行う今のタイミングで受け取らなければ意味が無い。どうやら彼女が休憩を強く勧めた真意はそこにあるようだ。


『ありがとうございます、早速読んでみます』

『うん。読み終わったら、教えて。……私も少し、そこで生産作業をしている』

『判りました。読み終わったら念話で声を掛けますね』


 ユーリから受け取った写本は、軽くて薄い。ページ数は20か30かといった程度と思われ、このぐらいなら然程の時間を掛けることもなく読むことができそうだ。

 表紙に記された文字は、形だけで言えばルーン文字のそれに近く、何が書かれているのかは勿論さっぱり判らない―――かに思えたのだが。視線を文字に沿って這わせると、自然とそこに何が綴られているのかが理解出来る。〈秘術師〉の天恵が、秘術書の理解を可能にさせているのだろう。


(―――〝固定化〟、か)


 記された文字を理解した後に表紙を開くと、当然本の中にはその文字がぎっしりと詰め込まれている。

 文字をひとつ読んでいく度に、そこに記されている意味が判る。表音文字であるルーン文字とは異なり、どうやらここに記されているのは表意文字に類されるものであるようだ。

 1文字1文字をゆっくり目で追うと、なんだか知りもしない中国語の文字を漢字の意味だけを頼りに読むのに近い感覚が伴うが。ある程度のスピードで連続して文字を読んでいくと、すんなりと意味を理解することができた。




    ◇




 読み終わった後に、シグレは軽く伸びをする。

 ページ数こそ少ないものの、文字ひとつひとつにそれなりの意味が籠められているせいか、内容としてはなかなかの分量であったように思う。

 本の序盤はスペルの説明に始まり、そのあとはスペルの用例、最後は注意事項で締めくくられていた。―――つまり、この写本には『スペルの使い方』というものは一切記されていない。

 にも関わらず、読み終わった今となっては。シグレには疑いようのない感覚で、そのスペルを〝理解〟できている自信が伴っていた。



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〈秘術師〉Lv.2

  - スペルスロット:4枠

  - パッシブスキル:1種


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《固定化》 - 消費160

アイテム1個の品質値を固定し、永久に自然変動しないようにする。

固定化されたアイテムを素材利用する場合、品質値は0扱いになる。


----

《叡智の火Ⅰ》 - パッシブ

知恵+20%、MP回復率+5、秘術書の利用が可能


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 自分の〈秘術師〉としてのステータスを確認すると、案の定スペルスロットには《固定化》が新しく追加されていた。

 《固定化》は触れているアイテムひとつの品質値を、その名前の通りに固定させてしまうスペルである。このスペルを掛けたアイテムは、品質値が一切自然変動しなくなる。

 例えば【時間経過で品質劣化】などの要素を持っていたとしても、その影響を一切受けなくなるのだ。消費MPは160と馬鹿みたいに高いが、永久に持続することも含め、その効果の有用性を思えばこれは致し方無い所だろう。

 但し、注意点が2つ。1つは、あくまでも『自然変動』から免れるようにするだけのスペルであること。自然ではない変化―――即ち、外的要因などによる変化や、あるいは使用時に『品質値を一定量消費する』ことで効果を発揮する類のアイテムには効果が無いらしい。こうしたものは〈導具〉に多いことも、写本の中には記されていた。

 また、もう1つの重要な注意点として、このスペルは『素材には使用できない』ことがある。……正確には、使うこと自体ができないわけではないのだが、このスペルで品質を固定した素材は、そこから先の加工に極めて不向きになってしまう。

 例えば、ヒールベリーに《固定化》のスペルを掛ければ、その品質値は永久に下がらなくなる。しかし、この《固定化》された素材を加工してベリーポーションを作る場合、この素材の品質値は『0』であるものとして扱われることになるらしい。当然、品質0の素材から作った完成品の出来など、考えるまでもなく明らかだ。

 つまりこのスペルは、基本的に完成品に対して使用するものなのだ。今回の場合、素材であるヒールベリーに掛けても意味は無いが、〈錬金〉を施して加工し終わった後のベリーポーションに使う分には、大きな意味がある。

 渓流沿いで採取している際に、カグヤは言っていた。『ベリーポーションは日持ちしないが、その代わりに普通のポーションに比べて相場がかなり安い』と。

 つまり、ベリーポーションは品質が勝手に下がるから安いわけだ。使いたいときには品質が目減りしていて、充分な効果を発揮しないかもしれないポーション―――その頼りなさを思えば、冒険者からの評価が低くなり、価格が安くなるのも道理というものだろう。

 ―――だとするなら。『品質が勝手に下がらない』ベリーポーションであれば、その価値は。おそらく他のポーション類と比しても劣るものではないのかもしれない。


「……《固定化》」


 工房の中に響かないよう、声を抑えながらスペルの名を呟く。

 シグレのMPが192から32へと一気に消耗される。



--------------------------------------------------

 ベリーポーション(1個)/品質61


  【品質固定化 - このアイテムは品質が自然に変化しない】

  ヒールベリーを主要素材として作成した霊薬。

  飲用することで91程度のHPを回復する。

  錬金術師〝シグレ〟の製作品。

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 先程、本を読む前にシグレが初めて作った手習いの一品。

 そのベリーポーションが、価値を大きく変化させたような気がした。

お読み下さり、ありがとうございました。


1週間前頃にも書きましたが、本日の夜~明日の夜ぐらいまで、出張で帰宅できなくなります。

こちらにアクセスできるかは、ちょっと判りません。メッセージや感想の返信、誤字指摘への対応などが行えなくなる場合もあると思いますが、何卒ご容赦頂けましたら。


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文字数(空白・改行含む):3748字

文字数(空白・改行含まない):3573字

行数:114

400字詰め原稿用紙:約9枚

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