45. 錬金ギルド
街に戻ったシグレ達は、まず冒険者ギルドに向かう。シグレが採取する傍で、ギルドに張り出されている常設依頼品を採取していたカグヤの、納品処理を行うためだ。
元々ランクが上がってもおかしくないぐらいには、ギルドの仕事をこなしていたのだろう。幾つかの常設依頼を達成したことで、カグヤのランクはすぐに〈六等冒険者〉へ引き上げられることになったようだ。
「ふふふ、シグレさんに追い付きましたよー!」
嬉しそうにそう報告してくれるカグヤを見て、シグレもまた嬉しい気持ちにさせられる。
パーティの場合はひとりが受注ランクを満たしてさえいれば、全員で依頼を受注して向き合うことができるため、別にランクに差が付いていても問題が無いと言えば無いのだが。
それでも、こちらの世界で得た折角の同じ冒険者の知り合いが、自分と同じランクであるというのは単純に喜ばしいことでもあった。
ギルドの二階『バンガード』で三人一緒に昼食を取った後、店に戻るカグヤをギルドの前で見送る。そうしてから、ユーリと共にシグレは錬金ギルドへ向かった。
錬金ギルドはカグヤが言っていた通り冒険者ギルドから然程離れておらず、ユーリと共に歩いている内に程なく辿り着いた。
煉瓦造りの瀟洒な建物。小洒落た雰囲気自体は悪くないし、シグレも嫌いではないのだが。石造りのいかにも剛健といった風格を漂わせる冒険者ギルドに比べると、その印象は対照的なものにも思えた。
『……入りましょう?』
何となく建物の前で立ち止まってしまっていたが、ユーリの声に背中を押されてドアを開く。
錬金ギルドに入ってすぐの部屋は、簡素な作りになっていた。カウンターがひとつに、奥の部屋へと続く扉がひとつ。カウンターの脇には二階に上がる階段が備え付けられている。
ドアベルの音に反応して、カウンターの人はすぐにこちらに気付いたようだ。ふさふさの白髪と、同じく白い髭を湛えた男性で、かなり歳を召しているように思える。けれど背筋がぴんと伸びていて姿勢がとても良いせいか、老齢に特有の衰えのようなものは、その男性からは殆ど見て取ることができなかった。
シグレが一礼すると、あちらもすぐに穏和そうな笑みを浮かべて応えてくれる。
「ようこそ、錬金ギルドへ。そちらの君は初めてだね?」
「……ワフスさん、お邪魔します」
「うん、ユーリ君もいらっしゃい」
ワフスさんと呼ばれた老齢の男性にとって、ユーリは殆ど孫同然の年齢なのだろう。ユーリがぺこりと頭を下げると、老齢の男性は慈しむように目を細めた。
「初めまして、シグレと言います。ご推察通り初めて〈錬金術師〉の生産に、手を伸ばしてみようと思いまして」
「そうかね、我々も新しい人はもちろん歓迎する。……但し、生産に従事するためには天恵が必要だ。《解析》のスペルで、シグレ君の天恵を見せて貰うけれど、構わないかい?」
「問題有りません。ギルドカードもあるので、そちらもお見せしますか?」
「ああ、冒険者だったらスペルを掛けるまでもなく、そちらのほうが早いね。見せて貰ってもいいかい」
〈インベントリ〉を経由させて〈ストレージ〉からギルドカードを取り出し、ワフスさんに提示する。
誰に見せた場合でもそうであるので、もう見慣れた反応ではあるけれど。案の定、ワスフさんもシグレの天恵欄を見て驚きの表情を露わにしてみせた。
「恵まれているのか、いないのか……。なかなか苦労しそうですな」
「折角ですので、楽しみたいと思っております」
「そうかね。だが、そういう気構えで挑めるのなら、これもまた君にとっては良い天恵なのだろう」
シグレの隣に居るユーリは、これをシグレ自身が望んで選んだ天恵だと知っているだろうけれど。それを常に説明して、広め回る必要も無いだろう。シグレはただ、背中を押す言葉を投げてくれたワスフさんに、感謝の意を忘れなければ良いだけのことだ。
「この部屋の奥は工房になっている。24時間いつでも利用できるけれど、基本的には有料になるね。ただ、シグレ君のように初めて錬金ギルドを利用する人は、サービスで一週間分だけ無料の利用ができることになっている。今日からの開始で構わないかい?」
「……それは、有難い。是非お願いします。登録料などは掛からないのですか?」
「うん、登録に際してお金とかは別に要らないよ。ただ代わりに、暇な時があれば冒険者ギルドと同じように、そこに依頼の掲示板があるから受けてくれると嬉しいね」
ワフスさんの指さす方を見ると、確かに部屋の一角に壁掛けタイプの掲示板が設置されていた。
冒険者ギルドのものに比べると小さいし、貼られている依頼票も随分と少ないようだ。
「判りました。常設依頼などもあるのでしょうか? 受注にランクの制限などは?」
「冒険者ギルドで言う『常設依頼』のようなものははないね。欲しい人が居るから依頼票が貼られる形になる。依頼の受注にランクの制限は無い……というよりも、生産職のギルドにはランク自体が無いけれど、依頼を受けるときはそのまま工房の中ですぐに作って提出して貰うことになる」
その場で作らないといけないのか。それなら確かに、自分がこなせないような依頼を受けても意味が無い。
「……ん? ということは、材料も揃ってないといけないわけですか?」
「うん、シグレ君は理解が早くて助かるね。君の言う通り、依頼を受けるときはその場で作って貰うことになるから、予め材料を揃えて持ってきておかないといけない。だから君みたいな〝羽持ち〟の冒険者だと、少しやりやすいことになるね」
羽持ちの冒険者―――つまり、シグレ達のようなプレイヤーは〈ストレージ〉を有している。ワフスさんはそのことを言っているのだろう。
羽持ちであれば、自分の持っている材料は基本的に〈ストレージ〉の中に総て収納することになる。つまり、依頼票を眺めた後に自宅や宿へ必要な材料を採りに行く手間が省くことができるわけだ。
「依頼を受けた後、生産する段階で失敗するなどして、材料が足りなくなったときにはキャンセルすることも有りそうですが。そうした場合にペナルティなどはありますか?」
「無いよ。だから、手持ちの材料でできるかもしれないと思うなら、少し自分には難しそうな難易度の依頼でも取り敢えず受けて挑戦してみてもいい。依頼が達成できそうにないときは、この窓口に依頼票を返してくれれば、また貼り直すだけだからね。大した手間でもないし、遠慮しなくていい」
「なるほど……。理解しました、説明ありがとうございます」
「これが私の仕事だからね。判らない所が出たら、いつでも窓口に訊きに来なさい。―――ああ、ちなみに二階は書庫になっている。先人のレシピなどが収めてあるから、暇な時には読みに来るのもいいだろう。工房の利用権がある時なら、書庫も自由に利用できる。本の貸し出しはできないけれど、中で自由に読んで、必要があれば書き写してくれて構わない」
「ありがとうございます。是非近いうちに利用してみることにします」
「うん。難易度が低い本は、ちゃんと一箇所に纏めてある。まずはその辺から手を付けてみるといいだろうね」
わざわざ初心者向けの本を纏めてくれているのは、とても有難い。無料の期間期間があることといい、初心者に対してはかなり手厚いサポートが行われているようだ。
「ちなみに、シグレ君は今日、何を作ろうと思っているのかね?」
「ヒールベリーを沢山取ってきましたので、『ベリーポーション』というものを作ってみたいと思っています。初心者向けの生産物だと聞きましたので……」
「うん、錬金初心者が最初に手を付ける、代表的なものだね。初心者の人は、工房の設備などに慣れるまでの間は窓口の人―――つまり、私などに傍で見ていて貰うよう頼むこともできる。けれど、それは君には不要かな?」
ワフスさんが、ちらりとユーリのほうを見る。
ユーリもすぐに、こくんと首肯してそれに応えた。
「……シグレは、私が教える」
「うん、ユーリ君なら間違い無いね。彼女はとても手慣れているから、判らないことは何でも訊いてみるといい。―――それじゃ、ギルドカードに利用権を記録させて貰うよ。無料の利用期間は、六日後の終日まで。工房や書庫を利用するときには、窓口にギルドカードを提示してくれればいい」
「利用期間の購入は、本来は幾ら必要なのでしょう?」
「1週間毎に300gitaだね。長期間利用するのなら、纏めて先払いしてくれてもいい。あと、ベリーポーションの瓶は自分で準備しているかね? もし準備がないのなら、ここで販売しているから買っていくといい。霊薬用の瓶は1つ当たり5gitaになる」
……言われてみれば、瓶のことなんて全く考えても居なかったけれど。液体を作る以上は、小分けにする容器というのは絶対に必要だ。
1つ当たり5gitaというのは、かなり安い金額であるようにも思えるが。ギルド全体で大量に製作することで、コストを下げていたりでもするのだろうか。
「ヒールベリー200個分ですと、幾つぐらい瓶が必要でしょうか?」
「果実の大きさや、薄める度合いにもよるので一概には言えないが……。ひとまず果実と同じ200瓶ぶんぐらい買っておくのがいいと思うね。足りなければ買い足せばいいし、もし多少余ってもシグレ君なら保管には困らないだろう」
「なるほど……。では、200瓶下さい」
〈インベントリ〉から〝意識〟して1,000gitaを取り出し、ワフスさんに支払う。
同じく、ワフスさんの〈インベントリ〉から取り出されたのだろう。カウンターの上に突如として結構なサイズの木箱が2つ取り出され、思わずシグレは面食らう。
木箱を開封してみると、中には1箱ごとにギッチリと100個ずつの小瓶が収められていた。
(……200って、こうしてみると多いんだなあ)
オンラインRPGでは、回復アイテムを100や200持ち歩くことなんて、さほど珍しくもないだろう。
しかし、これらの小瓶の数をいざ目の当たりにして。いまから、この瓶の中身を総て埋めなければならないのかと思うと。作業に着手し始める前から、シグレは軽い疲労感を覚えずにはいられなかった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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