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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《創り手の快楽》

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43. 植栽地

 同じ道を帰るよりも、別の道を帰った方が新しい発見があっていいですよ。そう告げるカグヤの言葉に従い、帰りは折角なので渓流を渡って逆側、つまり〈フェロン〉の側に渡ることにした。

 それなりに上流まで来たからか、この辺りは橋が架かっていた辺りに比べれば水深も浅いようだ。適当な飛び石がある場所を見つけて、カグヤと共に渓流の逆側へと渡る。季節は殆ど初夏の彩りであるとはいえ、水温はまだまだ冷たいようだったから、うっかり落ちたりしないよう細心の注意を払った。

 渓流沿いよりも少し内側にまで入り込んだ辺りを、林道のほうへと下っていく。渓流沿いとは違って踏みしめられた小径もないから、道なき道を行くという感じで歩くのは少し大変な箇所もあったが。冒険者としての今後のことも思えば、こうした悪路での移動にも少し慣れておく必要があるのだろう。


「そういえば、この渓流は都市の境でもあるんですよね? 勝手に渡ったりして大丈夫だったんでしょうか?」

「え? ―――あ、はい。問題無いです。橋に居たあの衛兵さん達は別に、川を渡る人を(あらた)めたり、取り締まるために居るわけではないですから」

「……では、何の為に?」

「山賊に橋を落とされないよう、見張っているんですよ」


 数年前に一度、そういったことがあったらしい。〈ホミス〉と〈フェロン〉は互いの交易関係が厚く、橋を落とされ交易を封じられただけで、互いの都市が擁する商会にかなりの被害が出たそうだ。

 山地の森林都市である〈フェロン〉は、周囲都市との交易路を二つしか持たない。しかも、片方は内陸部へ通じる道であるから、大多数の交易品は海に面した都市である〈ホミス〉を経由して入ってくる。それだけに、橋が落とされて交易が経たれると〈フェロン〉の人達が大いに困ったのは勿論、〈ホミス〉と〈フェロン〉の間で品を遣り取りする商会には大打撃が出た。

 幸い、〈ホミス〉と〈フェロン〉を繋ぐ交易路に橋は1箇所だけしかない為、以降は対策として互いの都市から多少の手勢を出して守衛に当たらせているのだそうだ。


「あ、またヒールベリーですね」

「これ以上要らなくなると、沢山見つかる気がしますね」


 川を渡った先から林道への帰路で、シグレ達がヒールベリーの低木を見かけたのはこれで4箇所目であった。〈インベントリ〉には既に230個入っているのでこれ以上採取する気にはなれないが、位置情報を地図に記録できるという意味ではそれなりに有難くはある。


「……ん?」


 ふと、視界の中に何かの違和感を覚える。

 それがどうしてであるのかは、自分でもすぐには判らない。


「……シグレさん、どうされました?」

「あ、いえ……。何でしょう、ね」


 目を凝らして良く見てみるが、やっぱり何なのか良く判らない。

 けれど、いま自分の眼前に広がっている広葉樹林の一部の光景に、不思議と妙な違和感のようなものを覚えずにはいられない。


「……すみません、少しあちらに近寄ってもいいですか?」

「あ、はい。それはもちろん構いませんが……」


 その方向を指さし、カグヤの同意を得る。

 違和感を覚えた領域へ歩み寄り、近くでその光景を目の当たりにすることで。ようやく、シグレは自分が感じた違和感の正体を理解することができた。


(……この区画には、人の手が入っているな)


 新緑が溢れる自然な光景の中に、ぼんやりと浮かぶ〝不自然〟さ。例えばこの一角だけ、広葉樹の種類こそ様々ではあっても、それらの樹木に絡みついている(つる)植物の種類が、不思議と限定されていたりする。

 また、蔓植物が光合成をしやすいようにという配慮からか、樹木自体の枝葉にも意図して剪枝されたかのような形跡があった。


「……あの、シグレさん。一体どうされたのですか?」


 けれど、カグヤはそれを目にしても特に何とも思わなかったらしい。

 緑ばかりが溢れる樹林の景色など、得てして人の目にはどこを見ても同じように見えるものだろう。カグヤがそれに気付かないのも、無理ないことだとも思えた。


「この辺りは、誰かが意図的に環境を形成した痕跡があります」

「……? どういうことですか?」

「おそらくは、その辺の樹木に絡まっている特定の蔓植物を、意図的に茂り増やそうとしているのではないかと」


 肝心のその蔓植物は枝葉が少々乏しい他には、見た目だけからは特に周囲に比して違和感を覚えられる要素はない。シグレは〝意識〟して、詳細を得ようと試みてみる。



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 エピレフ/品質48


  山中の奥地にのみ茂る、希少なつる草。

  根の部分を錬金の材料に用いる。

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(本来の生育環境は、山中の奥地か……)


 ここも樹林環境自体はそれなりに深いが、奥地と呼ぶには程遠い。

 おそらくは、奥地でしか取れないものをより手軽に採取できるように、ここに生育環境を整えようとしているということだろうか。


「―――あなたは、〈斥候〉持ち?」


 不意に、背後のほうから消え入りそうなほどの小さな声で話しかけられて、シグレは驚きながら振り返る。

 隣で同時に振り返ったカグヤが、反射的に腰に差した刀の柄に手を掛けていたが、彼女も抜くとまでには至らなかったようだ。


「確かに、自分は〈斥候〉の天恵を有していますが」

「……なるほど、だから」


 そこに立つ少女は、自らの手に持っていた杖を消し去る。

 武器を〈インベントリ〉に仕舞ったその行為は、シグレ達に対する敵意がないという証明の意味を込めてのものだろう。

 シグレもそれに応じて、自らの持つ杖を〈インベントリ〉に収納した。


「……これでも一応、人払いはしていた」


 人払い。それは、スペルか何かでということだろうか。

 言葉から察するに、〈斥候〉相手には効果を期待できないものであるようだが。

 少女の背はかなり低く、カグヤと同じぐらいだろうか。灰色のローブを深く被っていて、少女の顔はよく見ることができない。ただ、フードの左右端から零れ出ている銀色のお下げ髪が、彼女の髪の色を教えてくれていた。


「何度か……冒険者ギルドで見た顔ですね?」


 警戒を緩めたカグヤが、少女にそう問う。

 彼女のフードが頷くように、微かに縦に揺れた。


「……ユーリ、よろしく」


 素っ気なく告げられた、ひとつの単語。

 どうやらそれが、少女の名前であるらしい。


「よろしくお願いします。自分はシグレです」

「カグヤです。よろしく、ユーリさん」

「この植栽地は、あなたが手入れをなさっているのですね?」


 シグレに問われて、ユーリはすぐに頷きで答えた。

 樹林の土地自体は当然ユーリのものではないのだろうが、彼女が手入れを行っている区画であるなら、それは植栽地と呼んでも間違いではないだろう。


「……育成の、実験中なの」


 説明に乏しい端的な口調は、彼女の癖であるのだろうか。

 実験中であるというのは、シグレにも理解することができた。


「拝見した感じですと〝エピレフ〟の育成自体には成功しているようですが、質のほうはいまいち伸び悩んでいるみたいですね?」

「……! あなたは、頭がいい」


 少女は、驚いたようにシグレの顔を見つめてくる。

 彼女の視線が自分に向けられたことで、初めてシグレは彼女の顔や表情を少しだけ見ることができた。


「……ふたりは、パーティ?」

「あ、はい。一応組んでいますよー」

「入れて」


 言葉が端的すぎるので、それが『パーティに入れて』という意味だとは、シグレもカグヤもすぐには理解できなかった。

 今回はシグレがカグヤを勧誘したパーティなので、勧誘操作はシグレのほうからしか出来ない。カグヤがこくんと頷いて了承の意を示したのを確認してから、シグレは〝意識〟してユーリを勧誘する。


『……有難い。喋るのは苦手なの』


 パーティの加入要請がユーリに承諾されると、すぐにパーティを対象とした念話がシグレとカグヤに届いてきた。


「なるほど、念話で話したかったのですね」

『……うん。誘ってくれてありがとう、シグレ』


 別にパーティに加入していなくても、相手の名前が判っていれば念話は送ることができる。しかし、その場合には送信の対象がひとりだけだから、シグレとカグヤの二人と同時に会話するのは少し難しい。

 パーティに加入すれば全体に対して一度に念話を届けることができるから、その為にわざわざ入ってくれたわけだ。


『……改めて。私はユーリ、よろしく。天恵は〈伝承術師〉と〈秘術師〉』

「ああ、では自分の先輩ですね」

『あなたも? ステータスを見てもいい?』


 パーティに加入している以上、既にステータスは自由に見ることができる状態にあるわけだが。それを律儀に訊いてくる辺りには好感が持てた。


「もちろんです。こちらも拝見しても?」

『……自分だけダメだなんて、私は言わない』


 やや回りくどいが、それは了承の言葉だろう。

 ステータスを見てみると、自己紹介通りユーリの天恵は〈伝承術師〉と〈秘術師〉だった。レベルは6と、少なくともシグレやカグヤよりはずっと高い。

 更に生産職は〈錬金術師〉であり、こちらのレベルは20と極めて高い値を示していた。カグヤの〈鍛冶職人〉レベルである22には少し劣るが、それでも店まで持つカグヤと並べるほどに高いレベルであるのは間違い無いだろう。


「れっ、錬金術師が20レベル!? ……お、お友達になりたい!」

『……凄い。鍛冶が22レベルも……』


 二人は二人で、互いのレベルの高さに驚いているようだ。

 カグヤが言うには専業の〈鍛冶職人〉をしていると、同業者と接することばかりが増えてしまい、他の生産職の人と知り合う機会というのは滅多に無くなってしまう物であるらしい。

 また、それはユーリにとっても同じであるらしく。カグヤがそう説明してくれる言葉節のひとつひとつに、ユーリは『うんうん』と念話と共にしきりに頷いて同意を示していた。


『……ふたりを、フレンドに登録しても、いい……?』


 自分はついでだろうけれど、それでももちろん大歓迎だ。

 シグレもカグヤも、彼女の念話に対してすぐに了承の意を示す。やがて視界内に表示されたフレンド登録の要請ウィンドウを、シグレもすぐに承諾して応えた。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4344字

文字数(空白・改行含まない):4130字

行数:152

400字詰め原稿用紙:約11枚

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