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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《創り手の快楽》

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42. 大量採取

 渓流沿いを歩きながら、道中でカグヤに植物素材についてひとつひとつを教わる。「あまり詳しくは無いので……」としばしば口にした彼女は、その謙遜とは裏腹に深い知識を持って、何も知らないシグレに丁寧に説明してくれた。

 コナミント、リブシン、コナーダ草。クレオンにプルーム。

 『渓流沿いは素材の宝庫』だと少し前に告げた彼女の台詞は誇張でも何でも無いのだなと、シグレは改めて理解する。カグヤに教えられ、勧められるままに採取しているけれど……こんなに採りすぎて良いのだろうか。扱える生産職の天恵自体は問題無くとも、これらの素材をちゃんと使い切れる自信は正直シグレにも無かった。


「使い切れなかったら、売れば良いんですよ」


 しかし、カグヤは簡単にそう言ってのける。

 素材は森などに分け入らなければ手に入らない物であるから、不足してから改めて調達に行くようではどうしても手間になってしまう。多少無駄にするのは覚悟の上で、多め多めに採っておくのは至って普通のことであるそうだ。

 植物素材はどれも、摘み取った時点で【時間経過で品質劣化|(中)】が付着してしまう。稀に(小)の物もあるが、いずれにしても劣化が始まることには変わりない。

 手間を掛けてひとつひとつ《防腐》のスペルを掛けてから、〈インベントリ〉に収納していく。幸い、環境が良いのが植物素材の品質値はどれも80~95前後と、かなり高い値を持っている。《防腐》がどれほどの効果を発揮してくれるのかは判らないが、品質が50辺りを下回ったら大人しく売りに出して他人に譲った方が、素材を無駄にせずに済むかもしれない。


(しかし、いよいよこれで生産を避けるわけにはいかなくなったな)


 時間で悪くなる素材を大量に手にしてしまった以上、可能なら今日の午後にでも。遅くとも明日の内には、生産職の施設を訪ねなければならないだろう。

 ……何だかんだで後回しにしてしまっていた自覚もあるし、そろそろ頃合い的にも悪くない。幸い、先日の〈迷宮地〉掃討の報酬で生活費に対する心配は全くと言って良いほど無くなっている。

 植物素材の説明を見る限りでは、その用途は殆どが〈薬師〉か〈錬金術師〉に限られ、時折〈調理師〉にも使えると言った所だろうか。取り敢えずはカグヤから聞いたベリーポーションのこともあるし、錬金ギルドを訪ねてみるのが良さそうだ。


「あ! シグレさん、ありましたよ!」


 カグヤの声に振り向くと、視線の先の一帯には沢山の果実を付けた灌木が幾つも並んでいた。

 新緑の中に浮かぶ橙の果実は、目立っていて判りやすい。鮮やかで美味しそうな果実をひとつもぎ取り、〝意識〟して詳細を知ろうとしてみる。



--------------------------------------------------

 ヒールベリー(1個)/品質92


  【時間経過で品質劣化|(中)】

  酸味の強い果実。特に初夏頃に豊富に採れる。

  主に薬や錬金、調理の材料などに用いる。

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 品質値も充分過ぎるぐらいに高い値が付いているようだ。これなら求めている相手にも、きっと満足して貰えるだろう。


「あまり小さい実は、採らない方がいいかもしれません」

「おっと、了解です」


 充分な大きさに熟れている果実だけを吟味し、《防腐》して〈インベントリ〉に収納する。

 試しにひとつ囓ってみると、かなり酸っぱいが瑞々しくてなかなか美味しい。舌につくほろ苦さもある辺りは、少しグレープフルーツに似ているような気がする。果実の大きさは比べるまでもなく、それよりもずっと小さいが。

 渓流沿いを歩いていると、それ以降はヒールベリーを付けた灌木が結構な頻度で見られるようになった。ある程度は上流のほうでないと生育環境として不適なのか……あるいは林道に近い場所は、既に他人によって取り尽くされていたのかも知れない。


「ジャムにするという話でしたが、幾つぐらい渡せばいいものでしょうね……?」


 旬に合致しているせいか1本の木から採取できるヒールベリーの量も多く、採ろうと思えば幾らでも回収していくことはできそうだけれど。幾ら安価での買取りであろうとは思っても、あまり大量に押しつけすぎれば相手も困るだろう。

 どの程度の按配が良いのか、その加減が判らず。〈インベントリ〉の中でスタック数を1つずつ増やしていくヒールベリーのアイコンを長めながら、シグレは少々困ってしまう。


「そうですねえ……。お話を聞く限りだと、シグレさん以外の人にも話を振っている気がしますから。30個も納品すれば、充分ではないでしょうか?」

「……う、採りすぎてしまったかもしれませんね」

「シグレさん、いま幾つ収穫されました?」

「110個ぐらいですね」


 〈インベントリ〉には最大で40枠までアイテムを収納することができるが、1つの枠には100個までしかアイテムをスタックすることができない。その為、ヒールベリーを示すアイコンは既に2枠目に達していた。


「納品分とは別に、200個ぐらいは採取したほうがいいと思いますよ?」

「そ、そんなにですか?」

「今日か明日には錬金ギルドに行かれるのですよね? でしたら多すぎて困ることは滅多にありませんし、仮に余っても適当な人に押しつければいいと思います」


 錬金ギルドに居るような人なら、誰だって喜んで受け取るに違いない。そのようにカグヤは教えてくれた。

 確かに自分が使える類の材料であれば、渡される困ることも無いだろうか。


「それに、シグレさんはただでさえ天恵が多すぎて、レベルが上がりにくいんですから。沢山採取して、沢山生産するぐらいの方がいいと思いますよ?」

「……ごもっともです」


 正論過ぎてぐうの音も出ない。レベル上げにあまり頓着しないシグレ自身よりも、カグヤのほうがずっと真面目に自分のことを考えてくれているような気がした。




    ◇




 納品分の30個を含めて、合計でヒールベリー230個。その数を採り終わるまでには、結局40分ぐらい時間が掛かってしまった。

 採取して〈インベントリ〉に入れるだけであれば楽なのだが、《防腐》のスペルをいちいち掛けるのがかなり手間なのだ。詠唱は必要ないスペルだし、聖職者のスペルだから使うために杖などを取り出す必要も無いのだが……それでも、1個1個にスペル名を口にして行使していくというのは、正直かなり面倒な作業だった。


(せめて、範囲対象であれば良かったのだけれど……)


 《防腐》のスペル効果対象はアイテム単品であるので、纏めて複数個に掛けるような使い方が出来ないのだ。

 レベル1から扱えるスペルなので、多少の不便は仕方の無い所ではあるのだろうけれど……。


「シグレさん、終わりました?」


 暫くシグレから離れていたカグヤが、いつしか近くに戻ってきていた。

 彼女の問いに、シグレも頷いて答える。


「すみません、お待たせしてしまって」

「いえ、気にしないで下さい。私もギルドの納品物を採取したりしましたから」


 ここで採れるものは〈鍛冶職人〉専門であるカグヤにとって不要な素材ばかりだろうけれど、渓流沿いで採れる植物素材にはギルドの依頼票で見かける名前のものが幾つもあった。

 自分の採取に長時間付き合わせたようで、正直かなり申し訳なかったのだけれど。カグヤなりに自分の稼ぎを得てくれていたのであれば、そのほうがシグレも嬉しかった。


「あと、こちらをどうぞ。ベリーポーションを作成の際に使って下さい」


 そう告げるカグヤから、直接シグレの〈インベントリ〉内に何かのアイテムが送られてくる。

 〈インベントリ〉内に増えた縦長の皮袋のようなアイコンを〝意識〟して調べてみると、どうやらこの川から採水した水を詰めた袋であるようだった。



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 水袋 - ミヒル渓流水(20個)/品質101-102


  【時間経過で品質劣化|(小)】

  ミヒル渓谷を流れる谷川の水。

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「折角ですので、待っている間にもう少しだけ上流に行って採ってきました。ポーションを作るのでしたら、水の品質も大事ですから」

「それは……何から何まで、すみません」


 漠然と、ヒールベリーだけあれば作れる物とばかり考えていたシグレは、自分の浅慮さに恥じ入る気持ちになりながらカグヤに礼を告げた。

 囓ってみてあれだけ酸っぱい果実なのだ。確かに、単に果実を絞ればできるというわけでも無いのだろう。


「代わりに……と言ってしまうと、少し狡いかもしれないのですが。ちょっとお願い事があるのですが、いいでしょうか?」

「あ、はい。何でしょう?」

「もしベリーポーションを作っても、シグレさんって自分では使わないと思うんです。もし宜しければ、うちのお店で売りませんか?」


 カグヤの言う通り、そもそも『1発攻撃を喰らったらアウト』であるシグレには、元々HPを回復させるポーションというのは無縁なものでもある。

 製作するのはいいのだが、そういえば製作した後のことは何も考えていなかった自分の愚かさを、再びシグレは恥じ入ることになった。


「……宜しければ、是非。すみません、何から何まで」

「いえー。うちは冒険者のお客さん多いですから、消耗品の類なんかもいつか扱いたいなって、前からそんな風に思っていたりはしたんです」


 そういえば、ギルドの窓口でも薬品の瓶が幾つか並べられ、売られていたような気がする。

 冒険者が利用するような施設では、回復アイテムというのは本来誰にとっても必要なものだろうし。扱うには手頃な商品なのかもしれない。


「ですが、自分はまだポーション類をひとつも作ったことがない初心者です。おそらく、大した物はできませんよ?」

「大丈夫ですよー。ベリーポーションはあんまり日持ちしないですが、代わりに普通のポーションに比べて相場がかなり安いんです。冒険者にとっては負担が少なくて扱いやすい一品ですから、質が悪くてもよく売れるんですよ」

「なるほど、そうなのですか」


 ポーションに加工しても、やっぱり品質の自然低下は避けられないらしい。

 それは少々残念ではあったけれど、売れ行きが良いのはいいことだ。カグヤにとって迷惑にならないのであれば、自分としても願ってもないことだった。


「宜しくお願いします。もし作れたら、その時に連絡しますね」

「はい、お待ちしていますね」


 考えてみれば、作る前から生産品の提供先を得ることができるというのは、素人の職人としては過分に恵まれすぎた幸運であるのかもしれない。

 今回の採取行もそうだけれど、カグヤには何から何まで本当に世話になってしまっている気がする……。近いうちに何か、ちゃんとした形でお礼をしたほうが良さそうだ。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4592字

文字数(空白・改行含まない):4396字

行数:135

400字詰め原稿用紙:約11枚

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