41. セダルム
緩やかな上り勾配が続く林道をカグヤと並んで歩く。北門を出て20分ほど経った辺りで、林道は谷川に差し掛かった。
水は澄んでいるが、水深は見た目ではよく判らない。川幅は15メートル強ぐらいと、なかなか大きな川であるような印象を受ける。馬車が走ることを想定しているためか、なかなか剛健な見た目の立派な橋が架けられ、その手前と橋向こうとにそれぞれ2人ずつ橋を守衛している歩哨が立っている。
手前側に立っている衛兵の人は、北門や西門で見かける衛兵の人と全く同じ格好をしているが。橋向こうに立つ衛兵の人達は、それらとは多少違ったデザインと色合いの鎧を身につけているようだ。
「この川が、都市の境を兼ねているんですよ」
訝しく思ったシグレに、カグヤがそう教えてくれた。
つまり、橋向こうの衛兵は先程カグヤが言っていた〈フェロン〉の都市から派遣されている兵なのだろう。管轄が違うから、衛兵の鎧も異なるというわけか。
衛兵の人達に軽く手を挙げて挨拶をしたあと、シグレ達は渓流沿いに上流のほうへと登っていく。林道からは外れることになるが、渓流沿いにもちょっとした小径があるため、苦労する事は無かった。
「これは、もしかして曳舟道ですか?」
「……へ? とうぱす、って何ですか?」
「えっと―――いえ、何でもありません。この道が少し、気になりまして」
どうやら、言葉の意味自体が通じなかったらしい。もしかすると、こちらの世界では実用自体が為されていないのかもしれない。
「渓流沿いは素材の宝庫ですから。通る人も多いですからね」
「……なるほど」
小径が出来ているのは、単にここを通る人がそれなりに居て、踏みしめられて自然と生じたということか。
耳に静かに心地良いせせらぎの音を聴きながら、涼しげな渓流径を歩いて行く。初夏の渓流沿いは新緑が眩しいが、時折そこに山ツツジに似た低木の花が目を引く朱の彩りを加えている。
少し身を屈ませて林縁の植物群落の中を覗き込むと、珍しい藤色の葉を持つ植物が幾つか密集して生えていた。
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セダルム(1個)/品質93
様々な場所で、つる植物に隠れて生える植物。
主に薬品や調理の材料などに用いる。
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「素材……?」
「あ、セダルムですね。見つけるのに少しコツがいるんですよね」
何か、どこかでそんな名前を見たことがある気がする。
確か冒険者ギルドの……初等ランクの、依頼票だっただろうか。
「採取する場合は、根の部分も掘った方が良いのでしょうか?」
「いえ、採るなら土から出ている部分だけで充分ですね。根は使わないので、残した方がまた生えてきて良いと思います」
「なるほど」
指先で茎の根元部分から摘み取ると、素材説明に【時間経過で品質劣化|(中)】の一文が加わった。どうやら摘み取った瞬間から、品質低下が始まるらしい。
「―――《防腐》」
面倒だが、採取する傍から1株ごとに《防腐》のスペルを掛けていく。
《防腐》は聖職者のスペルで、最大で12時間までアイテム1つの品質の低下速度を遅らせることができる。どの程度の効力を持つのかは判らないが、後々売るにしても使うにしても掛けておくに越したことは無いだろう。
「凄いです、品質維持のスペルなども覚えてらっしゃるんですね」
「無駄に種類だけは多いので……たまたまですよ」
「ですが、品質が良い素材を使えば、やっぱりそれだけ効果が高い生産品を作りやすいですから。今回みたいに、植物素材中心に採取するときなんかは、とても便利そうです」
それは確かに、カグヤの言う通りかもしれない。
植物素材なんて、おそらく摘み取ってしまえばどれも品質が急速に劣化していくものばかりだろう。《防腐》は今まで一度として活用したことがないスペルではあるけれど、今日ばかりは遺憾なくその有用性を発揮してくれそうだ。
「今回採りに行くヒールベリーもそうですが、根本を素材として使わない植物は、常に残した方が良いですよ。シグレさんの場合は《斥候》で位置を記録しておくのも楽でしょうから、また来た時に採取が楽になって便利になると思います」
「ふむふむ、そういう地図を作るのは楽しそうで良いですね」
見てみると、採取の際に特に意識したわけでは無いのだが、先程セダルムを回収した位置はしっかりとオートマッピングの地図に記録されているようだ。
〈斥候〉の《地図製作》スキル。勝手に地図ができるだけでも便利すぎるぐらいなのに、随分と気が利くように出来ているものだ。
「……む。すみません、ちょっと」
「はい?」
「魔物の気配がありましたので、一応確認だけさせて下さい」
《気配探知》に反応があった地点へ《千里眼》を飛ばす。
魔物の反応は2つ。ひとつは―――シカのような見た目をした魔物だった。名前は『ガルゼ』と言うらしく、サイズはウリッゴと同程度ぐらいか。渓谷の岩の上でじっとこちらを見据えているようだが……まさか、この距離でこちらが視認できていたりするのだろうか。
もう片方の反応した気配は、少し捜すのに手間取ることになった。反応があった辺りを見回しても、それらしい生物が何も存在しない。―――と思ったら、反応地点にある木の上にその魔物の姿はあった。
名前は『グマ』。色鮮やかな飾り羽を持つ鳥の魔物で、見た目だけならフウチョウに近い。ただサイズが大きく、現実のフウチョウの2~3倍ぐらいはありそうに見える。
「ガルゼと、グマという魔物が居るようですが、ご存じですか?」
視点を《千里眼》から引き戻し、隣のカグヤを見ながらそう訊ねると、彼女はすぐに頷いて答えてくれた。
「ガルゼは臆病な魔物ですので、襲ってくることはまず無いと思います。今回は無視して大丈夫だと思いますよ」
「なるほど、了解です」
「お肉が結構美味しいらしいので……黒鉄さんと一緒に来たときには、自由に狩らせてあげると喜ぶかもしれませんね」
黒鉄は普段、宿などで提供される料理はそれほど沢山食べたりしないのだが、ウリッゴなどの魔物を相手にするときだけは、嬉々として好き勝手に狩り、生肉のまま幾らでも食べる。
確かに、肉が美味しい魔物と聞けば喜んで齧り付きそうだ。
「ガルゼは襲ってくることはありませんが、繁殖力が強いので、それなりに狩らないと森の中で数を増やしすぎることがあります。なので、報酬は安いですが一応ギルドの常設依頼で討伐が出ていると思いますよ」
「ふむふむ……。増えすぎると、何か問題があるのですか?」
「ガルゼを食料にする、別の肉食の魔物の数が増えます。そして森の肉食の魔物には獰猛なものが多いので……増えすぎるとちょっと面倒なことになりますね。あと、数が増えすぎると魔物避けされている林道の方にまで出てくる個体も出て来ちゃったりして、飛び出したガルゼが馬車とぶつかったりします」
「……それは、危なっかしいですね」
動物の飛び出し、事故の元―――か。
現実でもよく有りそうな話だ。
「グマも、自分からは人を襲ったりはしませんが……逆に、人間に襲われたりした場合には、甲高い声を上げて周囲に『森の侵入者』の存在を伝えます。これに危険な魔物が寄せられて集まってくることがあります」
「……なるほど、相手にしないほうが良さそうです」
「ただ、グマの『飾り羽』や『砂嚢石』は貴重な素材として、とっても高いお値段で取引されるので……自信があるときは、狩るのも良いかもしれません。すぐに逃げちゃうので、遠距離攻撃で上手く落とさないといけませんが」
面倒な相手に限って、良い素材を持っているわけだ。
「今日の所は、無視しましょう」
「あは、そうですよねー」
幸い、シグレには遠距離で攻撃できて〝必ず命中する〟スペルが幾つかある。その辺を活用すれば、狩れないこともないだろうか。
―――とはいえ、それもユウジのような、頼りになり過ぎる仲間が同行してくれている時に限る。鳴き声で周囲の魔物を集められたら、同時に何体を相手にする羽目になるのか判ったものではない。
無視して渓流沿いの道を歩いていると、《気配探知》にはどんどん魔物が引っかかり始めるようになる。その殆どは先程の『ガルゼ』であり、それ以外の魔物も逐一カグヤに訊いてみる感じだと、どれも特に人を積極的に襲う魔物ではないようだ。
あくまでも今回は採取が目的、黒鉄も連れてきていないし戦闘は無いに越したことはない。獰猛な魔物が近くに居ないのは有難いのだが……。
生態をよく知りもしないのに判別するのは早計かも知れないが、いち動物として捉えた場合《気配探知》に引っかかるガルゼの個体数は、少々多すぎる気がするように思えるのが、少しだけシグレには気に掛かる。
もしかすると既にこの辺りのエリアは、カグヤの言う『数の増えすぎた状態』であるのかもしれない。
お読み下さり、ありがとうございました。
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