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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
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04. 夢路の世界

 白く霞んだ視界が十数秒の間を置いて復旧すると、そこは部屋の中だった。

 見慣れ過ぎた病室とは全く別の風景だ。八畳ほどの部屋の中に、簡素なベッドと小さなテーブルが設置されている。テーブルの上には薄い橙色のクロスが掛けられ、水差しと白いグラスが1つずつ置かれていた。

 壁の小窓を開けてみると、すぐに僅かに冷たい風が入り込んで来た。朝を思わせる、どこからか聞こえてくる鳥達の囀りは、現実ではあまり耳にしない特徴的なメロディを奏でていた。

 窓から頭だけを出しながら外を覗き込むと、そこには辺り一面に明らかに『日本』とは異なる景色が広がっていた。

 煉瓦や石造りの家々が建ち並ぶ街並みに、敷き詰められた石畳の道路。少しだけ遠くに二台連なって停車している馬車なんかも見える。まばらに歩く人々の服装もどこか中世の欧州を想像させるもので、なるほど(ファンタジーの世界だな)とシグレにも直感的に理解出来た。

 真向かいに立っている二階建ての家屋の屋根を少し見下ろすことができるから、おそらく自分がいま居るこの部屋は三階にあるのだろうか。そんなことを考えながら、傍らでふと(いま何時頃なんだろう?)と思う。

 するとシグレの視界の右下に『4月20日 - 07時27分』という時計の表示が現れた。

 すっかり気分がファンタジー色に染まっていた最中、唐突に現れたいかにもゲームといった機械的な表示にシグレは苦笑しながらも、一方では随分便利で気が利くゲームシステムだなと感心する。


 昨日、病室で眠りに就く前の日付も『4月20日』だったから、現実の一日を終えたあと、もう一度ゲーム内で同じ日が来る感じになるのだろうか。

 空を見渡してみれば、キャラメイクを行った〈世界の境界〉というエリアでは何故か存在しなかった太陽も、ちょうど昇り始めの位置にあって。時計に表示されているゲーム内時刻がおおよそ正確であることが伺えた。

 他の『夜』が実装されている大半のVR-MMOでは、昼と夜の舞台の両方を気軽に楽しめるにという配慮からか、およそ1~2時間程度の短いスパンで昼夜が入れ替わるのが常である。それを思うと、あと11時間ぐらい経たないとおそらく夜にならないであろうこの世界というのが、現実に忠実である筈なのに却って奇妙な気もするのがシグレには何だか不思議だった。


(キャラメイクに1時間と少し掛かったってことか)


 本来であれば『朝6時』頃にゲーム内で目を覚ます所から始まると訊いているから、現在時刻が7時半頃なのはそれだけキャラメイクに時間を掛けてしまったからなのだろう。

 通常であれば新しいゲームを始めたとなれば、今すぐに部屋を飛び出してこの世界を目一杯楽しみたくなりそうなものだが。心が無駄に急くことなく、こうしてゆっくり景色を眺めていられる余裕があるのはこのゲームの良い所なのだろう。

 何しろシグレが望むと望まざるとに関わらず、こちらの世界できっちり1日を過ごさなければならないのだ。現実の時間を容赦無く奪い取る他のゲームと違って、気ままにのんびり楽しめるというのは良い。


 飽きもせず、そうして10分は景色を眺め続けていただろうか。毎日毎日を同じ病室ばかりで朝を迎えるシグレにとって、普段と全く異なる景色というのはそれだけで充分に楽しめるものだった。

 視界を部屋の中に戻すと、テーブルに置かれた水差しとグラスの隣に、手紙のような置かれていることに気付く。何だろうと思い、テーブルのすぐ傍にまでゆっくりと歩み寄って封筒を手に取った。


(案外、久しぶりでも何とかなるものだなあ)


 窓からテーブルまでという、ごく僅かな距離。

 きっと殆どの人にとっては何でも無い距離なのだろう。

 けれど、その距離を無意識のうちに歩くことができた自分に対して、シグレは軽い驚きと共に小さくない感動を覚えた。ゆっくりとはいえ、車椅子を使わず自分の『足』で歩いたのは久しぶりだったのだ。

 VR-MMOではリアルの自分と異なる身長に設定すると、歩行などに違和感を覚えたりするという話を良く耳にするけれど。そんな感覚が一切沸かないのは、現実世界の方ではもう何年も歩いていないせいで、感覚の齟齬を感じようが無いせいかもしれない。

 ただ、車椅子で動くときとは違って視線の高さが違っていることだけは、少し慣れが必要な気がした。


(あとで走ったりもしてみるかな)


 歩いたのも久しぶりなら、最後に走ったのなんていつ以来だろう。もしかしたら、小学校高学年での運動会以来かもしれない。深刻すぎる運動不足がちょっと心配だな―――とも思ったが、ゲームの中なのだし、その辺は問題無いようにできているのだろうか。

 つい脇道に考えが逸れてしまうと、没頭してしまうのはシグレの悪い癖である。自分が右手につまんでいる封筒の存在に改めて気付き、ふと我に返ったシグレは思考を慌てて引き戻して手紙を開封する。

 淡い空色の封筒の中には、二十枚あろうかという大量の便せんがぎっちりと詰まっていた。1枚目の冒頭には『リバーステイル・オンライン簡易説明書』と記載されている。


(説明書の内容が多すぎるというのは、あまり感心しないな)


 溜息混じりにそう思いながら、試しに2枚目をちょっとだけ見てみると、次の用紙には『聖職者クラス解説書』と書いてあった。3枚目には『巫覡術師クラス解説書』と書いてあり、どうやら2枚目以降は総て自分が取得したクラスに関する個別の解説書のようだ。

 つまり説明書の枚数が大量に有るのはシグレがクラスを選びすぎたせいであり、どう考えても自業自得である。何しろ戦闘職と生産職を10ずつ取得しているのだから、1職に1枚ずつの簡易な解説書類であっても合計は20枚にも達するのだ。枚数が多すぎることを一瞬でも非難た自分を、シグレは心の中で誰にとも知れず詫びた。

 各職の解説は後回しにして、とりあえず1枚目の書類に目を通す。そこには現在地がランダムに選ばれた〈イヴェリナ〉世界に存在する幾つかの中央都市の1つ、その街中の宿屋の一室であること。中央都市の一般的な宿泊料が1泊200gita程度であること。1日3食分の食費合計で、宿泊と同じぐらいの金額が掛かることなどが書かれていた。

 キャラメイクの時に1度確認しているけれど、改めてもう一度〈インベントリ〉のウィンドウを開いてみるとやはり所持金は『3,000gita』と書かれている。宿泊費と食費でそれぞれ200gitaずつ、1日に合計400gita程度の生活費が掛かることになるから、ただ財産を消費するだけで過ごせば一週間ほどで使い切ってしまう計算になるだろう。

 試しに〈ストレージ〉のウィンドウも開いてみるけれど、中に入っているのはやはりキャラメイクの時にも見た『初心者用ポーション』だけだった。即ち、お金はインベントリに入っているだけで全額であり、初期装備はいまシグレが身につけている服だけである。



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 旅人の衣服/品質40


   物理防御値:2 / 魔法防御値:2

   初心者の初期装備品。防御性能を殆ど持たない衣服。

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 性能を詳しく知りたいと意識しながら自身が身につけている衣服を見つめると、やはり詳細を示すウィンドウが表示された。

 一応僅かにでも防御性能があるだけマシなのかもしれないが、ともかくも初期装備はこの『服』だけなのだ。


 ―――つまり、武器が無い。

 生活するだけでも一週間ほどしか持たない僅かな金額から、さらに武器を購う為の金額も捻出しなければならないわけである。


「あまり余裕は無い感じだな……」


 溜息混じりにそう呟きながらも、シグレの語調には悲しそうな色が含まれない。

 こうした、ゲーム初期特有の金欠感というものが案外嫌いではないのだ。例えばダンジョンRPGなどで、初めてダンジョンに潜る前に初期の僅かな財産で武器を買うべきか防具を買うべきか、はたまた回復アイテムを買うべきか―――そうしたことを悩み迷うというのは、存外楽しかったりするものなのだ。

 そういえばシグレは魔法職がメインなわけだから、案外武器というのは無しでもやれたりするのだろうか?


「……って、そういえば『杖』が要るんだったか」


 キャラメイクの時の深見さんの言葉を思い出す。彼女は魔法職全体の説明の際に『スペルの使用に杖が必要だったり、片手が空いている必要があるクラスが有ったりしますので』と言っていた。

 なので9個ある魔法職の幾つかには、スペルの発動に杖が必要になると理解しておくべきだろう。どのクラスのスペルが使えて、どのクラスのスペルが使えないのか。どうやらこのあと各職の解説もちゃんと読む必要がありそうだ。


 ひとまず『簡易説明書』の続きを読み進めると、幸いちゃんとお金の稼ぎ方についても言及してあった。

 とはいっても所詮は紙一枚だけの内容であるので詳しいことは書いておらず、要約すれば『冒険者ギルドでクエストを受けるのが良い』『詳しくはギルドの受付で聞くといい』という2点だけであった。確かに判りやすいが、もう少しぐらいは詳しく書いてくれても……。

 金策方法の付記として『本気でお金に困ったら大聖堂かシステムヘルプで援助を希望して下さい』と記述されている辺りが、好印象だった。ゲームである以上、それはプレイヤーが楽しめるものでなければいけない。些細な怠慢から財産を失い、金欠が原因で世界を充分に楽しめなくなるようでは本末転倒だろう。そういう意味では『本気で困ったとき』だけとはいえ、配慮する意志を示している運営には好感が持てる。

 一方で、金策をせよと書いてある割に冒険者ギルドの場所や営業時間については一切言及されていない辺りに、運営側としてのプレイヤーに対する厳しさも少なからず垣間見える。これはつまり〝判らないことがあるなら街の人などに聞きなさい〟ということなのだろう。

 何でもかんでも運営側に頼る姿勢というのは、こうしたリアリティのあるゲームではあまり良くないことだ。つくづく良く判っていらっしゃる。


(冒険者ギルド……普通に考えて、9時ぐらいには開くだろうか?)


 まだ8時前なので、道を聞きながら訪ねるにしても少々気が早いかもしれない。ここは先に解説書を一通り読んでしまうことにしよう。

 『簡易説明書』の続きには、視界内に開くことが可能なウィンドウの種類について言及されていた。その最初に挙がっている『ステータス』のウィンドウを、シグレは意識して開いてみる。




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 シグレ/銀術師


   戦闘職Lv.1:聖職者、巫覡術師、秘術師、伝承術師、星術師、

         精霊術師、召喚術師、銀術師、付与術師、斥候

   生産職Lv.1:鍛冶職人、木工職人、縫製職人、皮革職人、細工師

         導具職人、付与術士、錬金術師、薬師、調理師


   最大HP:8 / 最大MP:128


   筋力: 2 強靱: 2 敏捷: 5 反応:12

   知恵:44 意志:21 魅力:42 加護:28

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 身体能力値の低さが大変なことになっていて、精神能力値―――とりわけ[知恵]と[魅力]が逆の意味で大変なことになっている。キャラメイクの折に深見さんも『種族:銀術師』は身体能力値がかなり低いみたいなことを言っていたが、ここまで極端な差が付くものなのだろうか。

 まだ戦闘を経験していなくても、最大HPが8というのが確実にヤバいことだけは容易に想像できた。何しろ1ダメージであっても、8回貰うとアウトである。

 能力値は取得している戦闘職で最大のものが反映されると言っていたが、まさかここまで筋力や強靱が低くなるとは思わなかった。個人的には〈聖職者〉というクラスについては、TRPGなどで良くあるような重たいメイスを振り回して敵を殴打して戦うような、近接戦闘も多少はいけるタイプのイメージがあったのだが。


(とはいえ、長所と短所が顕著なのは、却って戦術を立てやすいとも言えるか)


 敵に殴られたらアウトなのだから。考えるまでもなく『やられる前にやる』が基本戦術としなければならないことは明白だ。少なくとも他にパーティを組んだりするフレンドができない限り、ソロの間はそうした戦い方以外取りようがない。

 ステータスウィンドウを見ながら、ふと各職業の詳細なんかも見れたりするのだろうかと思う。

 試しに『聖職者』の詳細を知りたいと意識してみると、ちゃんとその詳細ウィンドウがステータスと並んで表示された。




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〈聖職者〉Lv.1

  - スペルスロット:4枠

  - パッシブスキル:1種


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《衝撃波》 - 消費20

敵単体に衝撃ダメージを与えて、大きく後方にノックバックさせる。


《軽傷治癒》 - 消費20

味方単体のHPを小回復させる。


《浄化》 - 消費10

対象の人や物に付着した、好ましくない毒性や汚染を取り除く。


《防腐》 - 消費10

最大で12時間まで、対象物の品質の自然低下速度を大幅に遅らせる。


----

《安息Ⅰ》 - パッシブ

魅力+20%、スキル再使用時間-10%、MP回復率+5


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 純回復職なのかと思ったら、意外にも攻撃スペルの持ち合わせも有るようだ。殴られたら負けな戦い方をする以上、ノックバックで距離を稼げそうな攻撃スキルは使い勝手が良さそうだ。

 スペルスロットという記述がされているということは、持ち歩くスペルはおそらくスロット数と同じだけ採用可能な任意選択制なのだろうか。そう思い先程の解説書から〈聖職者〉の用紙に目を通してみると、職業に関連する施設―――例えば〈聖職者〉であれば大聖堂といった施設でスペルの入れ替えが可能だと記載されていた。

 となると、デフォルトでセットされている4つのスペルはおそらくランダムに選出され、セットされたものなのだろう。攻撃と回復のスペルが1つずつ入っているのは嬉しいが、他の2つはちょっと用途が微妙そうな気がする。

 というか《防腐》って明らかに戦闘では役に立たないだろう。《浄化》も毒持ちの敵でも出ない限りは微妙な気がしてならない。……一度早めに、大聖堂などには行った方がいいのかもしれないな。もしかしたら深見さん―――じゃなかった、『ルイン』さんにも会えるかもしれないし。

 ステータス画面で[知恵]と[魅力]がぶっ飛んでる理由にもなんとなく察しが付いた。各職業に備わっているパッシブスキルの『魅力+20%』などの補正が重複しすぎた結果、おそらく[知恵]と[魅力]の2つに、それぞれ+80%~100%近くの高すぎる補正率が掛かっているのだろう。

 スペルの威力面などでかなり期待できそうで、今から初戦闘が楽しみになる。どうせレベルアップが遅くて能力的に取り残されていくのは確定事項なのだから、せめて最初ぐらいは自分のキャラが強いと錯覚してみるのも悪くないかもしれない。

お読み下さり、ありがとうございました。

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文字数(空白・改行含む):6644字

文字数(空白・改行含まない):6373字

行数:143

400字詰め原稿用紙:約16枚

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