36. 採掘
最初の鉱床に掛けた時間は、20分程だっただろうか。カグヤから受け取ったピッケルのお陰でシグレはかなりの速度で鉱床の表面を削ることができたし、カグヤはそのシグレの倍以上のスピードで掘っていたように思う。露出している鉱床面自体はかなり広かったにも関わらず、お陰で時間はそれほど掛からなかった。
〈ゴブリンの巣〉の中を進み、鉱床に着く度に黒鉄に警戒を任せ、二人で並んでピッケル片手に作業に没頭する。作業自体は単純でやや退屈な物ではあったけれど、隣のカグヤと何気ない会話を愉しむことができるという意味では、楽しい時間を過ごすことができた。
途中でゴブリンと遭遇することは、二度あった。一度目はゴブリン・ウォリアーが1体で、二度目はゴブリン・ワーカーが2体。シグレにとってもカグヤにとっても格上の魔物ではあったが、黒鉄も居てくれることで数の優位はこちら側にあり、それほど対処に苦労する事は無かった。
カグヤの戦闘職である〈侍〉は、攻防のバランスが取れた天恵であるようだ。魔物と対峙し、じっくりと向き合いながら。いざ攻撃を加えようとしてきた魔物の挙動を、機先を制した素早い一閃が捕える。時には敢えて魔物に攻撃を打たせた上で躱し、それにより生じた隙に強烈な一撃を加える。
盾で敵の攻撃をいなし、カウンターを加えるユウジの戦い方に似ている部分もあるが、一方では全然違っているとも思う。歩法と剣技で圧倒し、力強い筈の魔物を手玉に取るような戦い方は、見ていて目を奪われるほどに優雅であった。
無論、防御やカウンターに特化しているわけでもないようで、シグレが《捕縛》や《金縛り》で魔物の動きを封じれば、瞬く間に目で追い切れないほどの連斬を叩き込み、魔物に致命傷を与えてみせる。魔物を斬り伏せた後の残心や、刀に付着したゴブリンの血糊を戦闘後に拭う動作までも含めて、カグヤは稚い体躯でありながら紛うことなく〈侍〉であるのだと、一連の所作を彼女の背で眺めたシグレは正しく理解した。
「……あ、あまり見られると、恥ずかしいのですが」
二度目の戦闘の後、ゴブリン・ワーカーをあっさり沈めたカグヤの剣技に見惚れていると、彼女にそんな風に怒られてしまったりもした。
彼女の戦闘には、華があり、見る者の心を引きつけるものがある。暗い洞窟の中であっても、発光体に照らされて舞う鮮やかな桜色を纏った彼女は、どうしても目で追ってしまうのだ。
「カグヤは可愛いのに、格好いいですよね」
「なっ……!? そ、そういう心を乱すようなこと、言わないで下さい!」
他意のある発言では無かったのだけれど、また怒られてしまった。
〈ゴブリンの巣〉内にある鉱床の数は4箇所。うち最初の1箇所以外では鉄の他に銅も採ることができ、最も最深部の鉱床ではキアヒ鉱石というものも採ることが出来た。暗い黄色みを帯びた石で、手に持ってみるとサイズの割にはやや軽いような印象を受ける。カグヤが言うには、少なくとも〈鍛冶〉では使うことがない鉱石なのだそうだ。
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キアヒ鉱石(1個)/品質29
海に近い鉱床で掘れることがある鉱石。
粉末化して薬品・霊薬・調理の材料などに用いる。
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鉱石が薬や料理の素材……。人の口に入るようなものの材料に、鉱石を使うというのは正直違和感が凄いのだけれど。案外、そういうものなのだろうか。
最後の鉱床を掘り終わった後、カグヤは自分が掘った分のキアヒ鉱石を、総てシグレに譲ってくれた。
「自分では全く使わない鉱石ですから」
「……それなら、商会などに売却されてはいかがでしょう?」
「いえ、その……どう考えても、今日は鉱床の半分以上を私が掘っちゃってますから。少し鉱石をお譲りでもしないと、さすがに悪い気がしますので……」
掘るのが遅い自分が悪いのだから、そんなことは全く気にしなくてもいいのだが。そう告げるカグヤの気持ちも多少判らないでも無かったので、好意に甘えて素直に受け取ることにした。
受け取った以上は、何れかの生産で素材を有効活用したい所だけれど。どの生産職にも手を付けられていないシグレには、まだまだ先の話になりそうだ。
◇
『―――主人』
採掘も終わり、談笑しながら洞窟内の帰路を辿る最中。不意に、警戒感を孕んだ声が黒鉄から発せられたのは、そんな時だった。
黒鉄が言いたいことは声色ですぐに理解出来る。シグレはすぐに歩みと言葉を発するのを止めて、隣を歩くカグヤの歩みもまた制する。
「何体?」
『1体だ。だが、強そうに思える』
静かに息を殺しながらゆっくりと進み、シグレの《気配探知》が反応する距離にまで詰める。探知範囲内に捕えたことで、《気配探知》と同じだけの探索範囲を持つ《千里眼》をすぐに迷宮路沿いに飛ばす。
そこには、昨日見たこともない屈強なゴブリンが1体だけで立っていた。ただ何をするでもなく、虚空を見つめて佇んでいる。《魔物鑑定》に拠れば、それはゴブリン・ジェネラルという名前の魔物であるらしく。
「―――レベル14、か」
昨日戦ったゴブリンのレベルは、労働者が4、戦士が6、射手が7、そしてボス扱いだった戦長と呪術師がどちらも8だった筈だ。
それなのに、突如降って湧いたように帰り道に現れた将軍のレベルは14なのだというのだから、突出しすぎているようにも思える。こちらはシグレのレベルが2で、カグヤと黒鉄のレベルが3なのだから、全員分合わせても倍近い差が開いていることになる。
「……レベル14の敵が居るのですか?」
漏れていたシグレの呟きを聞いたからだろう。カグヤもまた、危機感を露わにした表情で、そう訊いてくる。
「はい。この先にレベル14の、ゴブリン・ジェネラルという魔物が1体居ます」
「ジェネラル……。どのような得物を持っていますか?」
「両手剣のように大きな剣を、片手で持っています。もう片方の手には、大きめの盾を持っているようです。黒ずんだ金属製の鎧を身につけていますね」
言葉にしてみて、それはまるでユウジのような格好だなとシグレは思った。大きな体格に巨大な剣と盾。そして漂う風格までもが似ているような気がする。
もしユウジに近い強さも持っているなら、おそらくまともに戦っても勝ち目はない。だが幸い、鎧が重そうなだけに足は遅そうな印象を受ける。
『主人、どうする?』
「逃げよう。討伐の依頼も受けていないし、無理をする必要が無い」
『だが、逃げるにもどうする? この先は一本道だ』
黒鉄の言う通り、この先の帰り道に分岐などはなく、どう考えても遭遇は避けられないだろう。ただ、洞窟の中はそれなりに幅もあるから、すれ違うこと自体は難しくない。
「カグヤ」
「は、はい!」
「自分と黒鉄が先に出て、魔物の意識を逸らします。カグヤは魔物の横を通って、先に逃げて下さい」
至極真っ当な提案をしたつもりだったのだけれど。カグヤはまるで、絶望するかのような表情で目を剥いてシグレのことを見つめ返してきた。
そのあまりの表情に、自分の言葉が足りていなかったことを認識する。
「すみません、説明が足りていませんでした。自分は〝羽持ち〟です。例え魔物に殺されたとしても問題ありません。―――ですから先に、カグヤが逃げて下さい」
「そ……そんなことは、知っています!」
小さな声で、けれど怒りを孕んだ強い口調で。カグヤはそう言い返す。
知っていたのは、おそらくカエデに聞いていたのだろう。けれど、知っているのであればなぜ、彼女が怒っているのかシグレには理解できなかった。
「私も一緒に戦います!」
「……カグヤ」
「戦うったら、戦います!!」
「聞き分けて下さい、カグヤ」
先程までは怒りを露わにしながらも声を抑えていたカグヤだったけれど、最後に叫ぶように発せられた声は、洞窟の中に強い音量を伴って響いた。
『主人!』
「判ってる。カグヤ、魔物がこちらに来ます」
「―――あ! わ、私のせい、で」
「いえ、却って好都合です。黒鉄、自分が先に出るから、ほんの少しだけ遅らせて黒鉄も続いて欲しい」
『心得た』
こちらに何かある。相手がそう警戒して居るぐらいの方が、却ってやりやすいということもある。シグレは先に走り、洞窟の曲がり角から飛び出す。
シグレの姿を視認したゴブリン・ジェネラルが、敵意を剥き出しにした雄叫びの声を上げた。びりびりと肌に鼓膜に響いて来るその怒声が、却って程よく緊張感を高めてくれる。
「集え、星辰が刹那の瞬き―――《目眩まし》!」
ごく短い詠唱と共に、星術師のスペル《目眩まし》を行使する。
シグレの空いている片手から、一瞬の強烈な輝きが生まれ―――ゴブリン・ジェネラルの目を灼く。視力を奪われたゴブリンは、今度は先程とは異なる弱々しい雄叫びを上げ、大きく状態を仰け反らせる。
そのゴブリンの巨躯の喉に、続けて飛び出していた黒鉄の牙が突き刺さった。
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