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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》
34/148

34. 再びゴブリンの巣へ

 西門で、いつも通りの衛兵の人に軽く挨拶を交わす。こう何日も雨が降り続いていれば、役目を全うされるのも大変なことだろう。その真面目な仕事ぶりに感心しながら、シグレはいつも以上に深く衛兵の人に頭を下げて別れた。

 門を通過した先の庇の下でカグヤに傘を返し、雨具のコートを上から羽織る。カグヤもまた、傘を〈インベントリ〉に収納してから手早く着替えてみせた。

 門からある程度離れない限りは大丈夫だろうが、門という境界が気持ちの切り替え所である。何となくもやもやした部分が残る心の裡を忘れ、ここから先はいつ襲われてもおかしくないのだと、シグレは改めて気を引き締めた。


「魔物はなるべく回避する方針で宜しいですか?」

「はい、採掘が目的ですしね」

「判りました。黒鉄も、そのつもりでお願い」

『心得た』


 シグレの《気配探知》と、黒鉄の察知力。両方を駆使すれば〈ゴブリンの巣〉までに遭遇しうる魔物を、回避して進むのは難しいことではないだろう。

 街道の近くであれば魔物は然程多くはないようだし、ウリッゴは遭遇したからといって必ずしも襲いかかってくるような魔物ではない。


「〈迷宮地〉までは、どのぐらいの距離なのですか?」

「そうですね……歩いて30分といった所でしょうか」


 シグレはあまり、歩くのが速いほうではない。それは単に慣れていないからだ。

 先日はユウジがシグレに合わせた速度で歩いてくれて、その時に掛かった時間がちょうど30分ぐらいだったのを覚えている。カグヤが歩く速度はシグレと変わらない程度のようだから、やはり到着までに掛かる時間もまた同じぐらいだろう。


「晴れていれば、もう少し早く着けそうな気がするのですけれどね」

「生憎の雨ですからねえ……」


 石畳で舗装された街道とは異なり、門を出れば街道も普通の土面である。荷馬車の車輪に踏み固められているせいか、泥濘(ぬかる)むわけではないのが救いだけれど。それでも、雨の中での移動というのは時間を取られるものだ。

 歩き始めて少し経つと、《気配探知》に魔物の反応が掛かり始める。黒鉄も気付いているようで、気配のある方向を注視しているようだ。雨で視界が悪いせいか魔物の姿は見確かめられないが、避けて通るに越したことはないだろう。


「少し、街道を右に逸れながら歩きますね」

「あ、はい」


 街道をそのまま歩いても、反応されない距離ではあると思えたが。一応、充分な安全マージンを取る意味も込めて、少しだけ迂回するようにルートを取る。

 移動しながら《千里眼》で確認すると、果たしてその魔物はウリッゴであった。襲ってくる可能性は低いだろうし、襲われても何とかなるだろうが。そもそも、この雨の中でわざわざ戦ったりするのが面倒だった。


「もしかして、シグレさんは〈斥候〉さんなのですか?」

「えっと―――そうですね。〈斥候〉も持っています」

「そうなんですか……。私の店で杖と弓を買っておられたようでしたので、てっきり魔法職と射手を兼ねた天恵なのかと思っていました」


 射手の部分は間違っているが、魔法職の部分は合っている。

 自分の天恵について説明したい所だけれど、口頭で説明するには少し難しい。


「……カグヤ。宜しければ、私のステータスを見てみて頂けませんか?」

「はい、それぐらいは勿論構いませんが……」


 そう勧めながら、シグレも視界内にカグヤのステータスを表示してみる。

 戦闘職は『〈侍〉Lv.3』、そして生産職は『〈鍛冶職人〉Lv.22』。さすがというべきか、生産職のレベルがかなりの突出具合を誇っている。同時に、以前「冒険者はついでみたいなもの」と言っていたカグヤの台詞が、裏付けられる戦闘職のレベルでもあった。


「な、な、なんですか、この天恵の多さ……!?」


 驚きを顔いっぱいに露わにする彼女の表情を目の当たりにして、思わずシグレの顔が綻ぶ。シグレの天恵を見た人が、一様に驚いてみせるのはいつものことだけれど。カグヤほど、それを一杯に表現してくれる人は初めてだった。


「杖は〈伝承術師〉のスペルに、弓は〈巫覡術師〉のスペルに使います。〈斥候〉が付いてるだけの魔法職と認識して頂くのが、良いかもしれませんね」

「こんな法外な魔法職の人なんて、そうそう居ないですよ……」


 半ば呆れたような口調になりながら、カエデさんは小声でそう漏らす。

 それは全くその通りだったので、シグレも苦笑するしか無かった。




    ◇




 途中で襲われることも無く、ちょうど30分後には〈ゴブリンの巣〉へ到着することができた。

 昨日来たときには洞窟の前に立っていた歩哨の姿も、今日は見られない。洞窟の中に足を踏み入れてみても《気配探知》に掛かる反応はなく、やはり思った通り今朝の時点ではまだ、殆どゴブリンの数も補充されていない様子が窺えた。


『我にも、ゴブリンの気配は感じられぬ』


 黒鉄の言葉にも裏付けられ、シグレはすぐにコートを脱いで〈インベントリ〉に収納する。隣でカグヤも同じくコートを脱いでいた。

 現時点では魔物の気配は無くても、〈ゴブリンの巣〉の巣の全長がかなり広いことを昨日の探索でシグレは充分に理解している。昨日の掃討からまだ半日ちょっとしか経っていないとはいえ、多少は新たに〝湧いた〟ゴブリンも居るだろう。必要に応じて殲滅しながら進む必要がありそうだ。


「《発光》のスペルを掛けますが、何に灯りを付けるのが良いでしょうね?」


 昨日はユウジの盾の前面に掛けたが、今日は一体何に掛ければ良いだろうか。

 シグレが訊ねると、カグヤは少し悩んでみせた。


「……では、私の刀の『鞘』にお願いします。刀自体に掛けてしまうと、視界を邪魔することがありそうですので」

「なるほど、承知しました」


 カグヤはすらりと、腰に付けた鞘から刀身を手元に抜いてみせる。彼女の身の丈には分不相応な長さの刀に思えていただけに、何の苦もなくそれを抜いてみせた彼女の所作の淀みなさに、シグレは軽く感心を覚えた。

 言われた通り、カグヤの腰に残されてた『鞘』に《発光》のスペルを行使する。鞘は洞窟内を照らす明るい光を湛えるが、彼女の視界を邪魔することはないようだ。

 そういえば、ファンタジー小説などに登場する鉱夫などは、腰にカンテラを吊るしていたりする。そういう意味でも、腰に吊るしている『鞘』を照明にするというのは、案外悪くないチョイスなのかもしれない。


「良ければ、少し時間を置いてシグレさんの方でも、何かを照明にしておいて下さい。急に灯りが消えたりすると、結構困ってしまいますので」

「そうですね、了解です」


 昨日はユウジからランタンを借りていたが、今日は自分の分の照明も用意しなければならない。カグヤはおそらく自前の照明を持っているだろうから、望めば貸してくれるだろうけれど。確かに彼女の言う通り『少し時間を置いて』から自分の方でも別に用意すれば、一度にスペルの効果が消えてしまうことも無いだろうから、そうするのが賢明なことのように思えた。


「鉱床はどの辺にあるのでしょうか?」

「最初の鉱床までは一本道です。途中で戦闘が無ければ、到着にも然程掛からないと思います」


 昨日は矢鱈と戦闘する羽目になったために、洞窟内を歩くのにも矢鱈と時間が掛かったが。この《気配探知》に対する反応の閑散状態から察するに、今日はおそらく大丈夫だろう。

 ゴブリン達のドロップで獲得した鉱石類は、今もシグレの〈ストレージ〉の中に大量に貯まっている。カグヤと共に今日掘り出す分も合わせれば相当な数に達するだろうから、〈鍛冶職人〉としてはシグレの遙かに高みを往く彼女に教わりながら、生産者としての最初の一歩を踏み出してみるのも良いかもしれない。


「まだ〈鍛冶職人〉の生産に手を出したことがないのですが。宜しければ今度、自分に〈鍛冶〉を少し教えて頂けませんか?」

「あ……はい! 私で宜しければ、もちろん構いません」


 不躾な頼みにも、カグヤは嫌な顔ひとつせず、嬉しそうにそう応えてくれる。

 その時の事を思うと、既に今の時点からシグレは楽しみで仕方なかった。

お読み下さり、ありがとうございます。


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文字数(空白・改行含む):3373字

文字数(空白・改行含まない):3242字

行数:95

400字詰め原稿用紙:約9枚

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