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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》

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33. 傘の境界

 〈インベントリ〉に収納しておいたコートはまだ多少濡れたままで、着直すのには多少の不快感を伴いそうに思えた。撥水性は確かに良いし、着ていても案外動きやすくて悪い品ではないのだが……。いっそ《浄化》のスペルのように、濡れたコートを乾かすスペルでもあれば便利なのに、などと詮無いことを考えてしまったりもする。

 少し出歩いたりするぐらいであれば、カグヤさんのように傘の方が便利だろう。まして数日続いている今回の長雨のように、しとしととただ静かに降るような雨であれば尚更だ。強い雨や風の中であれば、コートのほうに軍配が上がるのだろうが。


「良かったら、一緒に入って行かれませんか?」

「―――え?」

「この傘、頂き物なのですが男性用でかなり大きくて……私ひとりには無駄に大きすぎますから、宜しければ。といっても、西門を越えるときにはコートに着替えなきゃいけないですけどね」


 西門を越えれば、魔物に遭遇する可能性がある。

 スペルを主体に戦うシグレであればまだ何とかなるかもしれないが、〈侍〉として敵と直接対峙する役割を担うカグヤさんには、傘を持ったまま戦闘をするのはどう考えても無理がある。コートに着替えなければならないのも当然と言えば当然だろう。

 別に傘でもコートでも、どちらでも構わないと言えば構わないが。これから西門まで並び歩くに際し、片方が雨傘を差し、もう片方がコートで濡れながら歩く……という光景は、想像してみると少し変な気もする。それに、誘われた以上断る方が却って失礼だろうか。


「では、自分が柄を持たせて頂いても?」

「シグレさんは背が高いですもんね。お願いしちゃいます」


 それは自分の背が高いのではなく、カグヤさんの背が低いのでは。―――などとは、当然思ってはいても口には出さない。そもそも、シグレの背はユウジよりはずっと低いし、カエデと同程度でしか無いのだから、別に然程高いという部類には入らない筈で。

 そんなシグレの胸の高さ程までしか背がない彼女の小ささの方が、余程突出しているのだけれどな。


「……何か失礼なコトを考えてませんか?」

「気のせいでしょう」


 即答する。実際、別に失礼なことでもない。

 カエデのように背の高い女性にも、その魅力というものは確かにあるが。カグヤさんのように、背が小さい女性というものもまた、男というのは魅力を感じるものなのである。

 カグヤさんから傘を受け取り、その柄を支えて二人でギルドの外に出る。彼女の言う通り和傘の半径は広く、肩を濡らすこともなく自分がゆうに入れるだけの広さがあった。

 コートを着ながら雨に降られるときには、妙に耳に付く生々しい雨音も。こうして傘の上に静かに降り注ぐ分には、それほど不快な音には感じられないのだから不思議だった。寧ろ心地良いノイズとなって、耳の深くに響いて来るかのようにさえ感じる。


「ごめんね、黒鉄さん。一緒に入れれば良かったんだけど」

『気にするな。我の背に合わせるのは、さすがに無理があろう』


 カグヤさんが少しかがむようにして、黒鉄と対話している。

 一緒に傘に入るのはいいが、黒鉄だけが仲間外れになってしまうことだけは、確かにシグレも少々申し訳なく思った。


『それに、男女の逢瀬傘を引き裂くほど、我は無粋ではない』

「逢瀬傘って……」


 そういう関係ではないと、黒鉄も判って言っているだろうに。

 昨日から少し思ってはいたのだけれど、黒鉄って堅そうな語調とは裏腹に、案外冗談とかを好んで口にしている気がする。


「シグレさんみたいな男性だったらいいですよね。あなたとお付き合いする女性は、とても幸せだと思います」

「……自分では、そうは思いませんけどね」

「そうですか? シグレさんは優しいですし、語調や表情が柔らかくて、話していて落ち着きますし。恋人にしたりするには、いい男性だと思うんですけどね。―――顔が、ちょっとぱっとしないのが残念ですが」


 付け足すように口にした彼女の一言が、容易くシグレの胸を貫く。

 ……うん、自分でもある程度判ってはいるけれど。人に言われるとまた新しい痛みがあるよな。


「妹にもよく言われますよ……。顔が老けていて、ぱっとしないって」

「老けている、のですか? シグレさんって、今お幾つなんですか?」


 19です、と危うく言いかけそうになって。

 こちらの世界換算にしないといけないことに気付く。


「確か、38ですね」

「………………38? わ、私の年下だったんですか? それも11歳も差が?」


 シグレの言葉に反応して。軽く濡れてしまうのも厭わず、カグヤさんは大仰に後ろに仰け反りながら驚きを表現してみせる。

 内心でシグレは(あ、やっぱりカグヤさんは49歳なんだ)と思いながら。随分と年上であるにも関わらず、随分と可愛らしい驚き方をしてみせる彼女をみて、不意に笑みが漏れてしまった。


「な、なんで笑うんですか! おばさんだからですか!?」

「……すみません。随分と可愛らしい人だな、と。思ってしまったもので」


 それは嘘偽りないシグレの本心であり、もちろん他意の無い言葉であったが。

 かあっ、と。同じ傘の下で、シグレの顔を見上げるカグヤさんの頬が、瞬時に紅に染まったのを見て。逆にシグレのほうが、びくっと驚かさせられてしまった。


「か、か、か、かわいい、だなんて、そんな! おばさんですよ!」

「……カグヤさんぐらいの年齢の方は、普通そう呼ばないと思うのですが」


 現実換算なら、24.5歳である。

 シグレよりも年上であるのは事実だが、充分過ぎる程に若く、おばさん呼ばわりするのは幾ら何でも無理があるだろう。


「だ、だってですね。鍛冶ギルドの工房で会う男連中は、すぐ私をそう呼んで馬鹿にするんですよ!」

「………」


 ―――それは、あなたに気があるのではないですか?

 喉元まで言葉が出掛かったが、シグレは言わなかった。

 それが、どうしてなのかは判らないが。伝えた方が彼女の慰めになるのではないかと思ったにも関わらず、シグレはそれを伝えなかった。


「それは、男共のほうに見る目が無いのでしょう」


 代わりに、そんなことを半ば無意識のうちに口にしていたりした。


「そ、そうでしょう、か……?」

「そうですよ。カグヤさんの魅力も判らない男など、気になさらないことです」

「………………ぁ、ぅ」


 頬だけでなく、カグヤさんは耳までもが真っ赤に染まっている。

 こんなにも可愛らしい表情を見せる彼女を貶め囃すなど、本当に見る目が無い連中だなと、シグレは名も知らぬ相手に対して心底から思った。

 同時に、この彼女の表情を、他の誰にも見せたくないなと思った。それが独占欲なのだとはシグレ自身でさえ気付かなかったが―――ただ、傘の境界が今だけは有難いなと思った。

 市街には雨の中でも多少の人通りはあるが。雨に煙る視界の中では、他人のことなど気に掛ける者はそうはいない。いま彼女が見せた無防備な表情を、傘に閉ざされた世界の中で、シグレだけが見ていた。


「か、からかわないで下さいよ……」


 そう言って、視線を先に逸らしたのはカグヤさんのほうだった。


「……申し訳ありません」


 からかったつもりはないのだが、シグレは素直に謝る。

 思わず、似合わない気障な台詞を言ってしまったなという自覚は、シグレにもあったからだ。正直、今更ながらに軽く恥ずかしい気持ちも沸いてくる。

 言葉が途絶えて、雨音が刻む細かいノイズ音だけが聞こえる。カグヤさんが何も言わないから、シグレは少なからず申し訳ない気持ちになった。さすがに、まだ出会ってから然程の時間も経っていない自分が言うには、分を越えすぎた失礼な発言だったかもしれないと、後悔してもいた。


「……すみません、怒らせてしまいましたか」

「怒ってはいません! 怒ってはいませんが……」


 ぶつぶつと、何やら聞こえない言葉を念仏のようにカグヤさんは呟く。

 やっぱり怒っているように、シグレには思えた。


 言葉が気まずく途絶えてしまっても、歩みまでもが止まるわけではない。ひとつの傘でゆっくりと歩いていても、やがて雨の中におぼろげに西門が見えてくる。

 驚いたことに、雨の中だというのに幾つかの屋台が店を開いているようだった。おそらくは長雨で何日も営業停止を余儀なくされるのに耐えかねて、強行的に営業を再開したのだろうか。他にライバルが少ないせいか、雨にも関わらず案外客が入っているようなので、あながち悪い選択でもないのかもしれない。


「シグレさん」

「はい」

「お願いがあります」


 ―――来たか、とシグレは思った。

 妹も怒らせたりした後にはよく、こんな風に要求を突きつけてくるのだ。そして、この手の要求は往々にして、自分の失言以上に高くつくものであることをシグレは経験則として理解していた。

 しかし、相手の気分を損ねさせたままで居るというのは、何とも居心地が悪いものなのだ。それを避けられるのであれば、多少の無茶な要求も呑まざるを得ない。


「自分にできることなら、何なりと」


 誠意を持って、そう答える。

 妹と違って、カグヤさんはそれほど無理難題を言うこともないだろう。


「今後は私を〝カグヤ〟って呼んで下さい」

「……それは、呼び捨てで、ということですか?」

「はい。だって、シグレさんはカエデを呼び捨てにしているでしょう?」


 確かに、カエデのことは呼び捨てで呼んでいる。それは、出会って間もない頃にカエデからそう要請されたからだ。

 カグヤさんのことは、腕の立ち、店を構える職人であること。それから年上であることなどもあり、相応の敬意を持ってさん付けて呼んでいたのだが。もちろん、カグヤさん自身がそう望まれるのであれば、シグレは全く構わなかった。


「判りました、カグヤ」


 そう、呼んでみる。


「………………やば。破壊力高いですね、これ」

「……は?」

「何でもありません」


 何の破壊力なのかはよく判らなかったが。白々しくとぼけてみせるカグヤのことを、追求する気にはならなかった。

 とりあえず、機嫌を直してくれただけでも有難いのだ。


「それじゃ、行きましょうシグレさん。門でコートに着替えないとですね」

「判りました。傘もここまでですね」


 少し惜しい気もするが、魔物と戦闘になる可能性もあるから仕方ない。

 カグヤの言葉に返事をして、数秒経ってから。(……ん?)とシグレは違和感を覚えた。


「……もちろん自分のことも、呼び捨てで構わないのですが?」


 自分のことは呼び捨てにさせた癖に、カグヤはシグレを〝さん〟付けで呼んでいたのだ。そりゃ違和感も覚えようというものである。

 あえて口に出すまでもない、当然の要求であるとシグレは思ったのだが。そう告げたシグレの言葉に、カグヤはゆっくりと頭を振って拒否の意を示してみせた。


「なんとなく―――シグレ〝さん〟って感じなんですよね」

「……は?」

「ふふ、いいじゃないですか。行きましょう、シグレさん」


 傘の柄を持つシグレの腕を引いて、カグヤは門へと軽く駆け出す。

 さん付けで呼ばれるのが嫌というわけではないのだけれど。何となく、呼び捨てで呼んで貰えなかったことを、残念に思う気持ちが、シグレの心の裡にはあった。

お読み下さり、ありがとうございました。


離島に出張する事になりましたため、今月20~21日はメッセージや感想の返信ができなくなります。申し訳ありません。

投稿自体は多分普段通りに予約投稿すると思います。


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文字数(空白・改行含む):4674字

文字数(空白・改行含まない):4456字

行数:155

400字詰め原稿用紙:約12枚

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