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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》

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32. 桜色の〈侍〉カグヤ

「長らくお待たせしてしまって、すみません」

「いえ、このぐらいでしたら何も問題ありませんが……何かあったのですか?」


 妙に慌てた様子を傍から見てしまっただけに、シグレはそう訊いてみる。

 クローネさんはどこか付かれた調子で、はあと小さく溜息を漏らしてみせた。


「すみません、昨日シグレさんを担当した者が、報酬の計算を少し間違っているようでしたので……。ちょっと再計算に手間取ってしまいました」

「……なるほど」


 人の手で処理しているのだから、そういうこともあるだろう。

 もちろん、他人のミスに巻き込まれたクローネさんには可愛そうだけれど。


「それでは、こちらが緊急依頼と常設依頼の達成報酬、及び更新されたギルドカードになりますので、どうぞお受け取り下さい。カードのほうは今一度、記載されていますランクをご確認下さいね」


 カードには〈六等冒険者〉と刻まれ、ランクが上がっていることが判る。

 しかし、支払われた報酬額の方はぱっと見ではよく判らなかった。じゃらじゃらと銀貨の枚数が妙に多く……合計で幾らなのか見当も付かない。判ることと言えば、その中に金貨と思われる色味の貨幣が1枚含まれていることぐらいだ。


「これ、報酬って全部でどのぐらいの金額なのですか?」


 〈インベントリ〉に貨幣を収納しながら、クローネさんにそう訪ねる。

 元々持っていた所持金額を引いて、自分で算出してもいいのだけれど。


「合計で19,415gitaですね。緊急依頼の報酬が18,000gitaで、常設の討伐依頼の報酬が20,830gitaになります。ですので、合わせて38,830を同行された方と折半にする形になりますね」

「な、なるほど……」


 再計算で何度も確認したからだろう、クローネさんは淀みなく金額の詳細を説明してくれた。

 思いのほか報酬額が高くて、シグレはちょっと驚かされてしまう。

 だとすると、この1枚混じった金貨が10,000gita金貨ということになるのだろうか。無くなるわけでもないのに、何だか〈インベントリ〉に収納するのがちょっと惜しいような気もした。

 合計の金額を聞いて、即座に(生活費だと一ヶ月半分だな)と考えてしまった自分が少し悲しくもあるけれど。ともあれ、これで一層生活には余裕が出来たことになる。今度は長雨が降り続いたとしても、無理に依頼をこなしたりして働く必要は無いのだろう。


(―――いや、違うか)


 昨日の経緯を振り返り、内心で苦笑する。今回だって別に、生活費が困窮したから働いたというわけではなく、ただ雨の日が続いて行き場のない〝やる気〟のようなものが溢れていたが故に、自然とギルドに足が運んでしまっただけのことだろうから。結局、また今回みたいな長雨の日が続いても、自分はギルドに来てしまったりするんだろうな。

 こちらの世界には五体満足な身体があり、何でも自分の望むままにできる自由もある。たかだが雨程度の抑圧で、毎日楽しみにしている〝夢の世界〟での行動が制限されるはずもないのだ。


「そういえば、本日も治療スペルが扱える人を求めておられる冒険者の方などもおられます。もし宜しければご紹介させて頂きますが、如何致しましょうか?」

「……すみません、本日は先約がありますので」

「そうですか……それは残念です」


 回復職が引っ張りだこなのは、多くのオンラインゲームに似て、こちらの世界でも同じようなものなのだろうか。だとするならパーティを捜しやすく、新しく他の冒険者と面識を得たりするのも容易かもしれない。

 とはいえ、シグレの場合は出来ることが多すぎるせいか、自らを『回復職』だとすることには、ちょっと抵抗を覚えたりもするのだが。


「では、手続きありがとうございました。連れとギルドで待ち合わせをしておりますので、暫くは依頼票の辺りで時間を潰させて頂きますね」

「はい、どうぞごゆっくりと。もし常設依頼以外で受けたい依頼票があれば、窓口まで持ってきて下さいね」


 後ろに並んでいる人が居るようだったので、クローネさんに軽く一礼だけしてから、すぐに脇に逸れて窓口を次の人に譲る。これで用事も済んだし、あとはカグヤさんをゆっくりと待っていればいい。

 ギルドの依頼掲示板に程近い位置に佇みながら、シグレは不意に考え込む。急に増えてしまったお金は、一体どうしたものだろうか。

 もちろん生活費としてゆっくり消化するのでも構わないのだろうけれど、冒険者としてはやはり装備の充実化などにある程度の投資をするべきなのかもしれないとも思う。これが装備品の性能がそのまま魔物に対する力として直結するかのような、近接職であれば悩まずに済むのかもしれないが……。

 シグレの場合は、例えば杖を金属製に変えたからと言って攻撃力が上がるわけでもないし、防御力の高い鎧などを購ったからと言って生存力がそれほど高まるとも思えなかった。HPは所詮、12しかない。防御力があろうと無かろうと、大抵の魔物には一発でやられてしまうとしか思えなかった。


(そういえば、魔法の道具っていうのは、どこで買えるんだろう?)


 杖を鉄製にしても意味は無いだろうが、例えばスペルでの攻撃にボーナスが得られるような、そういう杖を販売している店というのがあるかもしれない。シグレが扱えるような初級スペルの威力は低いが、手数だけなら出そうと思えばかなり発揮できるのは昨日の狩りで実証済だ。

 一発一発のスペルの威力を少しでも底上げしてくれる杖などがあれば、シグレにとってはかなり有用性が高いのは間違い無いだろう。


(あるいは、オプションが付与された装備品を購入できる場所があれば……?)


 シグレが〈迷宮地〉で獲得した大鎌。あれには確か〔最大HP+18〕のオプション効果が付随していた。もちろん大鎌に付いている分には、武器がシグレに扱えよう筈も無く無意味であるが。それと同じオプションが付いた杖、あるいは防具や装身具などがあれば、シグレにとっては大変に価値が高い。

 そういった品々の取扱いがある店があれば、いちど行ってみて自分にこの先何が必要なのかを改めて確認しておきたい所だ。雨の中、色々と街を歩き回るのは億劫ではあるが、場所が判れば是非とも訪ねてみたい。

 窓口のクローネさんに後で訊いてみようか。あるいはカエデやユウジに訊いてみるのが良いだろうか。

 ―――シグレがそんなことを考えていると。ちょうどギルドの入口に、昨日よりもやや赤みが強く色濃い桜色の衣装を身に纏い、大きな和傘を携えたカグヤさんの姿を見ることができた。

 約束した8時までには、まだ30分以上時間があるのだが。どうやら彼女は約束した時間よりも早めに来るタイプであるらしい。すぐにシグレは歩み寄り、彼女に声を掛けた。


「おはようございます、カグヤさん」

「わっ―――。お、おはようございます、シグレさん。お早いんですね」

「自分は元々ギルドに手続きする用事がありましたからね。―――その言葉はそのまま、カグヤさんの方にお返し致しますよ」


 カグヤさんの手元から、持っていた和傘が消滅する。〈インベントリ〉に仕舞ったのだろう。カグヤさんは今日も和装を身に纏っているだけに、和傘の組み合わせはよく似合っていたので少し残念だ。

 和傘は洋傘とは逆に、頭の方を上にして立てておかなければ自然と傘が開いてしまうため、隅に立て掛けておくと場所を取ったり、壁を濡らしたりしてしまう。そういう意味でも〈インベントリ〉に入れておけるというのは、便利そうだった。


(ちゃんと、こちらの世界にも〝傘〟は有るのだな)


 雨具と言えば、こちらの世界では右も左もフード付のコートである。それだけに彼女が持っている和傘を目にしたことで、改めてシグレはそう思った。

 フードを深く被ってはいても、雨に直接打たれる感覚というのはあまり好きにはなれない。あとでカグヤさんに購入した場所を訊いて、自分も傘を一本購入しておきたい所だ。


「すみません、私朝ご飯をまだ食べていなかったりしますので……。少し二階に寄らせて頂いても構いませんでしょうか?」

「……ああ、なるほど。それで早めにいらっしゃったのですね。ええ、勿論自分は構いません」

「ありがとうございます。自分ひとりの朝食って、作るのが面倒でして……」


 シグレの場合は宿に泊まっているから、朝食はそちらで作って貰うことができるが。カグヤさんの場合は自分の店を構えているのだから、おそらくはそちらで寝泊まりしているのだろう。だとするなら、わざわざ自分の分だけ朝食を作ったりするのは面倒と感じるのも無理がないように思える。

 ギルドの窓口脇の階段を上り『バンガード』の店内に入ると、思ったよりも客が入っていてシグレは軽く驚かされた。―――案外、雨で暇している冒険者が多いのかもしれない。

 カウンターでカグヤさんはメニューを見ながら迷っている様子だったので、シグレは先に珈琲だけを注文し、手近な席に腰を下ろす。程なくして、注文した珈琲が席にまで届けられた。

 やがてカグヤさんも注文を終えたらしく、シグレの対面の席に腰を下ろした。数分程度の間を置いて運ばれてきた料理は、パンプキンベースと思われる香りを漂わせるスープと、焼きたてのクロックムッシュ。―――つまり、パンとパンの間にハムとチーズを挟み、フライパンなどで焼いたものであった。


(……朝食は、普通に洋食なのだな)


 そう思い、シグレは表情には出さないよう努めながら、内心で軽く苦笑する。クロックムッシュは元々、フランス発祥の朝食である。カグヤさんは今日も桜色の上衣に紺色の袴という格好なので、それを頬張る姿がちょっぴり可愛らしいおかしさを伴って見えてしまうのも致し方無いことだろう。


「……何か、失礼なコトを考えていませんか?」

「気のせいでしょう」


 迷わず即答する。

 女性の口から時折飛び出してくる、こうした鋭すぎる質問や指摘に対して、変に慌てるのは愚策である。妹との応酬で培った処世術は、今日も別の世界でちゃんと役に立っていた。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4158字

文字数(空白・改行含まない):4028字

行数:93

400字詰め原稿用紙:約11枚

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