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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》

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31. 新しい依頼票

 〈イヴェリナ〉には今日も雨が降り続く。

 さすがにこれだけ雨が続いていれば、今日に限って止んでいるなどと期待する方がおかしいというもので。部屋の中にまで響く微かな雨音で目を覚ましても、シグレは特に何も思わなかった。ただ(今日も移動が面倒そうだなあ)とぼんやり思っただけである。


『おはよう、主人』

「黒鉄、おはよう。昨日はだいぶ濡れちゃったけれど、体調はどう?」

『問題無い。あの程度の雨脚なら、些細なものだ』


 フード付のコートを着ていたシグレやユウジと違い、黒鉄は街道を移動する最中は当然雨晒しである。しかし、さすがは〝魔犬〟と言うべきか、その程度でどうにかなるほど柔な身体はしていないようだ。

 昨晩、宿から借りた毛布二枚を器用に使い、黒鉄はシグレのベッドの脇に自分用の寝床を作っていた。別に冷たい床の上に寝床を作ったりせずとも、ベッドがもうひとつある部屋を借りたり、あるいはシグレのベッドの中で眠ってくれても良かったのだが。そこは主従である建前上、黒鉄は頑として譲ってくれなかったのだ。

 ペットと一緒に眠るようなのことには、少し憧れもあったので。シグレとしては正直残念でもある。


『昨晩は、雨で冷えた身体を風呂で温めることもできたしな。湯に身を浸すなど、初めての体験であったが……あれは良いものだ』

「気に入った?」

『うむ。願わくば、我も主人達と共に直接浸かることが許されれば、もっと良かったのだが―――さすがにそれは、過分に過ぎる望みというものか』


 黒鉄の言いたいことはシグレにも良く判ったが、確かにそれを望むのは少々難しい部分が多いだろう。

 貸切タイプであるとはいえ、あちらも共同浴場であるのだから、動物が直接湯に入るのを好まない他の利用客というのは少なからず居るだろう。寧ろ、直接湯に浸かるのが禁止とは言え、同じ浴場内に連れて行けるだけ理解があるとさえ思える。

 いっそ、温泉に猿が浸かりに来るのを喜ぶ日本人と同じ感覚で、容認してくれたりすると嬉しいのだけれど。


「温泉付の一戸建てでも買えるぐらい、お金を稼ぐしかないねえ」

『ふふ。夢のある話だな―――我も案外、そういうのは嫌いではない』


 冗談として言った言葉は、案外黒鉄には気に入られたらしい。

 言うまでもなく、少なくともまだまだ宿代を気にしているようなレベルの冒険者が口にするには、夢物語に過ぎる話だった。




    ◇




 カグヤさんとの約束の時間は朝の8時。シグレが黒鉄を伴って冒険者ギルドに到着したのは、朝の7時を少し過ぎた頃だった。

 ギルドカードの受け取りや報酬の受け取りに時間が掛かることもあるかもしれない。そうなった場合にカグヤさんを待たせるのも悪いと思い、少し早めに宿を出たのである。朝食さえ取り終わってしまえば他に宿ですることも無かったから、という部分も少なからずあるが。


「あら、シグレさん」

「おはようございます、クローネさん」


 相変わらず、朝から昼に掛けての時間帯は窓口を担当しているようで、こちらの姿を見確かめるとすぐにクローネさんは笑顔を綻ばせてくれる。

 冒険者ギルドの中には昨日までよりも来ている人の数は多少増えているように見えたけれど、さすがにこの時間だとまだまだ暇しているらしい。先日と同様に、クローネさんはマグカップの中に入った熱そうな湯気を湛えるお茶を啜っている所だった。


「そちらは使い魔ですか? そういえば〈召喚術師〉の天恵もお持ちでしたね」

「はい、昨日から力を貸して貰っています。黒鉄(クロガネ)と言います」


 クローネさんは黒鉄の姿を見て、そう訊いてくる。

 床に立つ黒鉄が、挨拶代わりに軽く目を細めた。


「ギルドカードを昨日の夜に、こちらへ預けているのですが」

「昨日の夜ですね? 承知しました、少々お待ち下さいな」

「はい、掲示板を見ていますね」


 この手続きも二回目である。意外と時間が掛からないのは前回で判っているため、シグレは掲示板に向かうと手早く〈六等冒険者〉の依頼票を回収していく。

 今までのランクとは異なり〈六等冒険者〉からは『常設』依頼の他に、『指定納品』と『指定討伐』の依頼票が増えているようで、思わず無意識に1枚回収しようとしてしまったにも関わらず、常設依頼のように何枚も依頼票が重なっているわけではないのでびっくりしたりする。


(確か、受諾時は窓口で手続きが必要なのだったか)


 常設依頼のように、討伐してきた後に依頼を『受けたことにする』というやり方が通じない。自由度が制限される分、常設依頼に比べると正直ちょっと面倒そうに思えた。

 試しに幾つか内容を見てみたりすると、クラーダ商会から『陽抗石25個の納品』依頼が出ていたり、馬車ギルドから『モアチード5個の納品』といった依頼が出ていたりするようだ。つまり、依頼者名が常設依頼とは異なり『冒険者ギルド』から出されているものではない。

 依頼者だって複数の冒険者から、達成後に『依頼を受けます』と言われても困るだろう。25個しか必要でない素材を、3人が持ってきたら50個は無用に余ってしまう。そういった受諾状態の衝突を避けるために、これらの依頼は事前に受諾手続きをしなければならないのだろう。

 中には、キポンズ村なる所から『村の周囲で多くなり過ぎたウリッゴを20~50匹程度討伐』という依頼なんかも出ていたりする。どうやら依頼者はこの街、〈陽都ホミス〉の中だけには限られないらしい。依頼票によれば、この都市から徒歩でも四半日ほどで到着できる距離にあるそうだ。


(……今回は、なかなか呼ばれないな?)


 前回は依頼票をちょっと見ているだけで、すぐに窓口に呼ばれてしまったから。今回も同じような感じで、すぐにクローネさんに呼び戻されることになるとばかり思っていたのだけれど。

 気になってギルドの窓口のほうを少し見てみると、クローネさんは何か書類に向かって作業をしているようで、忙しそうな様子だった。この分だと、もう少し掛かるのかもしれない。

 暇つぶし半分に、今回ランクが上がってもまだ格上であろう〈准五等冒険者〉の依頼票なんかもチェックしてみたりする。別にまだ受けられないランクの依頼票だからと言って、読んだりしてはいけない決まりもないだろう。種別が『常設依頼』のものは、1枚ずつ拝借してみたりもする。

 軽く見てみた感じだと〈准五等冒険者〉になることで、今度は『馬車護衛』と『仲介』という種類の依頼が登場してくるらしい。『馬車護衛』は文字通りの内容の依頼で、ここ〈陽都ホミス〉から別の大都市への商隊などに護衛として就く依頼のようだ。食事が支給されるし、襲われない限りは御者台や馬車の中でゆっくりしていることができるらしいが、あくまでも片道切符の依頼である。この街に戻ってきたい場合には復路の依頼を捜して受けるか、あるいは自力で帰還する必要があるようだ。

 もう1つの『仲介』という種別の依頼票には、そもそも依頼票に詳細が書かれていない。大雑把な内容程度は書かれているものもあるが、どの依頼票も『詳しくは依頼人に聞け』という記述で一致している。報酬額さえ掛かれていないものも少なくなく、本当に冒険者ギルドとしては依頼を『仲介』するだけであるようだ。詳しくは依頼人に聞き、報酬も依頼人と直接交渉せよということなのだろう。


(一体、どういう依頼なんだろうな?)


 やってみたいかどうかはともかく、書かれていても本当に大雑把な内容だけであるものだから、どういう内容であるのか詳細について興味が湧いたりもする。

 例えば、依頼人名に貴族の家名が記され、簡潔に『失せ物探索』とだけ内容が掛かれている依頼票。一体どういうものを冒険者に捜させたいのだろうか―――。

 そこに、何かしらの〝物語〟があるうような気がして。シグレの好奇心には、少なからず刺激させられるものがあった。


『―――主人、主人』

「あ、ごめん。黒鉄、何かな?」

『窓口の方が呼んでいるようだが』


 つい考え事などをし始めてしまうと、没頭してしまうのはシグレの悪い癖である。黒鉄の言う通り、聞こえてくるクローネさんの声に慌てて返事を返しながら、シグレは窓口の方へと向かった。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):3396字

文字数(空白・改行含まない):3281字

行数:79

400字詰め原稿用紙:約9枚

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