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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》
30/148

30. 我関せず

「何それ!? ずーるーいー! シグレだけでそんな楽しそうなことして!」

「すみません」


 子供っぽく声を荒げて拗ねてみせるカエデに、シグレは苦笑しながらも素直に謝る。カエデのことだし、もしかしたら拗ねたりするかもしれないな―――なんてことを少し思っていたりもしたものだから。予想以上に子供っぽい拗ね方をする彼女の仕草を見て、つい頬が緩んでしまう。

 ユウジとギルドで食事をして別れた後、カエデから念話で誘われて。シグレ達は今日も貸切の露天風呂を利用しに来ていた。雨に濡れたことと、戦闘に明け暮れたことで身体にはかなりの疲労が溜まっていたらしく、熱い湯がとても心地良い。こちらの世界に来てからと言うもの、カエデに誘われて毎晩温泉に入ることは、シグレにとってのひとつの楽しみになっていた。


(……目に毒なのは、未だに慣れないけれど)


 入湯中はともかく、脱衣所を利用する際と、湯に入る前に身体を洗う際には、カエデの身体はしばしばタオルで覆い隠されてはいない瞬間がある。ちらちらと視界の端に映る同年代の女性の躰は、どうしても精神衛生上に良いものとは言えなかった。

 ましてや、今日は一緒に来た相手がカエデひとりではないだけに、その毒性もより抗い難い量となってシグレの理性を蝕んでくる。いっそユウジと別れる前に誘ってくれれば、是非彼にも一緒にこの苦難を味わわせたのだが……。


「最近は、あの〈迷宮地〉から溢れ出したゴブリン達に、荷馬車が襲われる被害も出ていると聞いていましたから……。シグレさん達がそれを解決して下さったというのは、私共としても大変有難いですね」

「あ、私もそれ聞きました。鍛冶ギルドの知り合いがゴブリンの巣の近くで鉱石を掘った帰りに、街道の辺りをうろついているゴブリンの集団を見たって」

「それは―――うちに所属する商人に、被害が出る前に解決して下さって、本当に良かったです。西門先の街道は、私共の所でも良く使いますから……」


 そう話しているのは〈バロック商会〉の副代表であるゼミスさんと、武具の店『鉄華』の店長であるカグヤさんの二人だった。大人の女性ならではの色香を持つゼミスさんと、子供同然にしか見えない―――但し、年齢はおそらく49歳の―――カグヤさんが隣り合って湯を楽しんでいた。

 カエデから念話で誘われた時には、そんなことは一言も言っていなかったというのに。いざ誘われて浴場の前にまで来ると、そこにはカエデ以外にこの二人も一緒に来ていたのだった。ゼミスさんから「別にご一緒しても構いませんよね?」と先制攻撃で言われてしまえば、シグレも最早抵抗の言葉を紡ぎ出すことは出来ず……。こちらはこちらで黒鉄を伴っているだけに、分が悪かった。

 ちなみに黒鉄はいまシグレ達が漬かっている温泉の脇で、深くて大きめのタライのようなものに身を浸している。召喚獣を温泉の湯に直接入らせるのは不可であると、浴場の店員さんに言われてしまったからだ。ただ、召喚獣を伴って浴場を利用しに来る人自体は案外居るらしく、あちらも対応に慣れていて、こうして黒鉄が湯に入るためのタライを貸し出してくれたわけだけれど。


「〈迷宮地〉かー……私も行きたかったなあ。まだ行ったことないんだよね、どうしても厳しそうな印象があって。魔物が凄い数出るんでしょう?」

「……そうですね。確かに、凄い数のゴブリンと戦うことになりました。ユウジと黒鉄が居なければ、自分ひとりでは間違い無く何も出来なかったでしょうね」

『我もまた、単独は何もできぬ。共に戦うとはそういうことだろう』


 どこか〝我関せず〟と行った様子で、じっと黙って湯を堪能しているかに思われた黒鉄だったけれど。案外こちらの話にはちゃんと耳を傾けているらしく、そんな風に言葉を挟んでくれた。


「黒鉄はいいこと言うねー。今度はお姉さんと一緒にも狩りに行こうよ。私が一緒なら〈騎士〉のスキルでシグレを護れるから、黒鉄もやりやすいと思うよ?」

『我は主人と共に戦うのみ。主人がそうするのなら、無論我も伴う』

「んふふ、楽しみー」


 露店の風呂から身を乗り出すようにしながら、タライの中で目を閉じている黒鉄の毛並みをカエデは優しく撫でる。その姿を後ろから見る立場としては、タオルの裾が気になって仕方が無いのでやめて頂きたい。


「そういえば私、ゴブリンってまだ狩ったことがないのですが。一体どのようなものをドロップするんですか?」

「えっと、そうですね。主に武器と鉱石でしょうか」

「おお……。それは〈鍛冶職人〉としては、気になる所ですね」


 そういえば、カグヤさんは店まで構えるほどの鍛冶師であるのだから。この辺の素材は、当然にとっての専門分野と言ってもいい。興味を持つのも尤もな話だ。


「ゴブリンの巣の中には、鉱床もありましたよ。鉄鉱石が採れます」

「―――おお!? そ、そこで取った素材とか、持ってたりしますか!?」

「持っていますよ。お見せしますか?」

「是非! ……あ、でも、温泉で鉱物を出すのはちょっと問題がありますよね」


 確かに、温泉に鉄の組み合わせというのは、いかにも酸化しそうである。


「良ければ、シグレさんをフレンドに登録してもいいでしょうか? そうすれば〈インベントリ〉間でやり取りができますし」

「ああ、なるほど。もちろん構いません」


 彼女の言う通り、取り出すことなく〈インベントリ〉間で直接やり取りをすれば何の問題も無いだろう。シグレはすぐに快諾し、彼女から届いた要請をすぐに承諾する。まだこちらの世界に来て四日目だというのに、フレンドが凄い勢いで増えて行ってる気もするが。

 〈インベントリ〉から、鉱床の内容を調べる際に1個だけ掘った鉱石をカグヤさんに転送する。彼女はそれを見て、何か思案している様子だった。


「思った以上に、鉱石の質が悪いですね」

「確か、品質は30ぐらいでしたか。そのレベルでは使い物になりませんか?」

「いえ、そんなことはないです。質の悪い鉱石であれば、それが問題にならない用途に使用すれば良いだけですので、使い物にならないということは無いですね」


 寧ろ、質の良い金属を使ってしまうとコストが上がりすぎてしまい、結果として客に提示する対価も多くを求めなければならず、却って困ったことになる場合もあるのだそうだ。


「質の悪い素材から、充分な質の物品を作り出す。それが鍛冶師の理想であり、己の技術を鍛える上での目標でもあるんです」


 そう告げるカグヤさんの目は、正しく職人の目をしているように見えた。

 彼女はきっと、誠実な良い鍛冶師であるのだろう。まだカグヤさんついて、あまりよく知らないで居るシグレにも、それはよく判るような気がした。


「それに鉱石の質が悪いというのは、決してデメリットばかりでもないんです。質が悪い鉱床は、それだけ多くの鉱石を容易に掘り出すことができる傾向がありますから」

「―――ほう、そうなのですか?」

「はい。質の良い鉱床は逆に取れ高が著しく悪かったりしますから、そのぶん値段が跳ね上がったりしちゃいますね」


 なればこそ、質の高い素材を徒に用いることはコストを跳ね上げてしまう。

 質の良い素材も、質の悪い素材も。どちらも鍛冶師にとっては、己の生業を全うしていく上で切り離せない大事な素材であるのだそうだ。


「……ちなみに、その鉱床の位置って覚えてらっしゃいます?」

「あ、はい。それは大丈夫ですね。自分は〈斥候〉のスキルで《地図製作》を有しておりますので、ゴブリンの巣の地図や鉱床の位置は、正確に把握しておりますが」


 ゴブリン・シャーマンの討伐後に、残党の掃討と宝箱の探索を兼ねて、シグレ達は〈ゴブリンの巣〉の中を隈無く歩き回った。その為、洞窟内の地図は総ての道が完璧に記録されているし、後から発見した鉱床の位置も総て記録してある。


「え、えっと……我儘を申し上げていることは百も承知なのですが。宜しければその鉱床の位置、お教え頂くわけにはいきませんでしょうか……?」

「あ、はい。そのぐらいは勿論、構いませんが」

「―――あ、ありがとうございます! このお礼は必ず!」


 シグレの手を取り、ぶんぶんと振って喜びを表現するカグヤさんに。却ってシグレのほうが戸惑わさせられる。 情報を教えて案内することぐらい、別に大した手間でも無いのに。


「ただ、案内するのであれば早い内のほうがいいかもしれませんね。一通りのゴブリンは掃討したとはいえ、〈迷宮地〉の魔物は時間経過で増加すると聞きましたから。ゴブリン狩りではなく鉱床が目的と言うことであれば、魔物が増えるとそれだけ面倒も嵩むかもしれません」

「では、シグレさんのご都合が宜しいようでしたら、明日の朝から早速行ってみるというのでは如何でしょう? 朝の内にいけば、それほど魔物も増えていないと思いますし」

「自分は構いませんが、お店は大丈夫なのですか?」

「問題有りません、お休みにしますから!」


 武具店が、そんな気軽に休みを取ってしまって良いのだろうか。

 そうも一瞬思ったが。朝の内から行くのであれば、魔物さえ少なければ昼には帰ってくることができるだろう。丸一日閉めるというのでなければ、それほど問題にはならないかもしれない。


「カエデも一緒に行きますか? あまり戦闘は無いかも知れませんが」


 折角カグヤさんも行くのだし。そう思って誘ってみたのだけれど、シグレの言葉にカエデは「う」と言葉を詰まらせて、渋い顔をしてみせた。


「行きたくはあるんだけどね……」

「明日はカエデは、うちの商会の護衛をしてもらう約束になっておりますので」

「ゼミスさんの所で、護衛ですか。行商の護衛役か何かですか?」


 先約が入っているのであれば、残念だけれど仕方ない。

 多少は復活しているゴブリンも居るだろうし、カエデが同行してくれるなら安心だったのだけれど。


「うちの経営している店の中で、料理に使うための山菜を取りに行きたいという所がありまして。それほど危険は無いと思いますが、一応カエデに護衛を依頼したんです。〈騎士〉である彼女が同行してくれれば、安心ですからね」

「なるほど、山菜ですか。いいですね」


 確かに、そういう護衛などに盾役のカエデは最も適任だろう。山菜採りの護衛というのも、いかにも〝ゲーム〟らしい護衛依頼ではなく、この世界の生活に密接した感じで楽しそうだ。

 この時期の山菜と言うと何だろうか。もう4月も終わりに近いから、蕗の薹には少々遅すぎる気がする。そろそろ春よりも初夏の印象が強い山菜、例えば(わらび)などが採れ始める時期だろうか。


(こちらの世界に〝それ〟があるなら、だけれど)


 現実の世界では見ることのない植物や動物が溢れている世界なのだから、現実と同様の物がこちらにあるのかどうかは全く見当も付かない。とはいえ、山菜の類というのは概ねシグレにとって好物でもあり、食指を動かされるものがあった。


「その山菜を扱うお店、宜しければ今度教えて頂けませんか?」

「あら―――食事のお誘いですか? なかなかお上手ですのね」


 にこっと、微笑みながらそう返されてしまって、思わず戸惑う。

 そんな下心を抱いての提案では全く無かったのだけれど―――そのことはゼミスさんにとっても承知していることなのだろう。くすくすと彼女は口許を隠しながら、上品に笑ってみせる。ああ、からかわれたのか……。


「と、ところで! 明日はどこで待ち合わせをしましょう!」


 軽い落胆を覚えている所に、急に身を乗り出すようにしてカグヤさんがそう訊いてくる。いくらタオルを巻いているからといって、急に目の前のすぐ近くに少女(※年上)の躰が迫ってきて、半ば無意識的にシグレは上体ごと顔を後ろに引いていた。


「そ、そうですね……。宜しければ冒険者ギルドで待ち合わせでも構いませんか? ギルドカードを窓口に預けてあるので、先に回収しないと討伐記録が残せないのですよね」

「……ん? カードを窓口に預けてあるって……それって」

「ゴブリン討伐の評価で、ランクが間違い無く上がるだろうと言われまして」


 今日〈迷宮地〉の探索で最終的に討伐したゴブリンの数は、ワーカーが61体、ウォリアーが40体、アーチャーが22体。そしてウォーチーフが3体にシャーマンが1体である。

 ゴブリン・ワーカーの討伐は〈六等冒険者〉の常設依頼であり、ゴブリン・ウォリアーとアーチャーは〈准五等冒険者〉の常設依頼である。どちらも〈准六等冒険者〉の時点ではシグレにとって格上の依頼であり、ユウジと一緒の達成であるとはいえ、討伐数の多さも相俟ってギルドからはかなり高く評価されたようだ。

 さらには街道までゴブリンが溢れ出していたことで、別口で『ゴブリンの巣の掃討依頼』という緊急依頼も出されていた。受諾条件が〈四等冒険者〉以上と、高めに設定されているこの依頼をユウジは事前に引き受けており、彼に伴って依頼を達成したシグレにもこの評価は加わった。

 具体的な報酬額と評価の算定は明日までに済ませておくとのことだったので、本日の所はギルドカードを窓口に預けただけで、まだ依頼達成の報酬を受け取ってはいない。現時点でシグレがギルドから得たものと言えば、宝箱から手に入れた宝石を窓口で売却換金した分の5,200gitaだけである。


「ま、待って。私と一緒の狩りで、確か〈准六等冒険者〉に上がってたよね?」

「はい。ですので今回のは〈六等冒険者〉に上がるのだと思います」


 ぴしっと、シグレの目の前の二人の少女の表情が硬直する。

 静かな、一瞬だけの妙な間が開いてから。


「ランク追い付かれた!?」

「ランク抜かれた!?」


 カエデとカグヤさんの叫びが、それぞれ風呂の中に景気よく木霊する。

 そんな中でさえ相変わらず黒鉄は、風呂の脇で『我関せず』を貫いていた。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):5719字

文字数(空白・改行含まない):5530字

行数:138

400字詰め原稿用紙:約14枚

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