29. レベルアップ
「じゃあ、お疲れさんっした。悪かったな、かなり時間が掛かっちまって」
「お疲れ様でした。思った以上に洞窟が広かったですからね……仕方ないですよ」
ジョッキの端を軽くぶつけて乾杯をしてから、お互いの疲労と健闘を労い合う。巣穴での掃討を終え、冒険者ギルドに帰還した時には既に19時を回っていた。今朝、シグレがギルドに顔を出したときの時刻は朝の8時よりも前であったはずだから―――ユウジの話を訊き、ゴブリンの巣に出掛け、掃討を終えてこうして帰還する迄の間で、ほぼ半日近い時間を費やしたことになる。
それだけの長時間、身体を動かし続けても平然としていられるというのは、やっぱり〝ゲーム〟である以上、プレイヤーに不都合が無いよう調整してあるからなのだろうけれど。こうしてギルドの二階ですっかり気を緩めてしまうと、今更ながらにどっと疲労感が押し寄せてくる気がした。
冷たいアイスコーヒーが、雨中の帰り道でも冷え切らなかった戦闘の熱を、身体の裡から冷やしてくれる感覚が心地良い。何もアイスコーヒーをジョッキで出さなくとも―――とは、さすがに思わなくもないが。
「黒鉄も、お疲れ様。今日一日、頼り過ぎちゃってごめんな?」
『なに―――頼られるは使い魔の本懐なれば、遠慮は要らぬ』
冒険者の店は二階も含めて黒鉄の出入りを誰も咎めたりはしなかったので、黒鉄はシグレとユウジが差し向かうテーブルそばの床で、店主自ら調理してくれた料理に舌鼓を打っていた。ゴブリンの巣穴からの帰り道に見かけたウリッゴを少しだけ狩り、その肉をそのまま店主に渡して調理を頼んだのだ。
肉を焼き、軽くスパイスを振るだけという至ってシンプルな調理法のようだったけれど、肉が新鮮なこともあってか出来は素晴らしいらしく、黒鉄は大層満足そうに頬張っていた。
「そういえば、済まなかったな。結局あのあとは大したモンも出なかったし……」
「いえ、そんなことはないですよ。宝石類はそこそこのお金になりましたしね。それに、最後に開けた宝箱からは武器だって出たじゃないですか」
「あー……。シグレが絶対に使いそうにない武器だったけどな」
苦笑するユウジを見て、シグレも苦笑せざるを得ない。確かにユウジの言う通り、シグレには絶対に使う機会など無さそうな武器ではあった。
--------------------------------------------------
精強なバトルサイズ/品質50
物理攻撃値:26
〔最大HP+18〕
魔物の肉体ごと刈る巨大な鎌。
取扱いが難しいが、威力自体は高い。
--------------------------------------------------
よりによって『大鎌』である。魔法職ばかりであるシグレにとっては、完全に無用の長物と言ってよかった。なまじ付いているオプションが優秀であるだけに、その悲しさも一入である。
一応、他にも鉱石系を主とした素材や、宝石の類をそれなりに手に入れることができた。宝石はアイテムの詳細を〝意識〟して見てみれば、その評価額を知ることができる。どこで売っても買取額は変わらないので、ギルドの窓口で売却してすぐにお金に変えられたのは有難かった。
「もしもあの大鎌が装備できたら、HPを大きく補えたんですけどね……」
「ま、その辺の運という物は嘆いても仕方ないさ。それに、一応レベルが上がってHPも多少は増えたんだろう?」
「8から12には増えました……本当に〝多少〟しかマシになってませんね」
―――そう、レベルが2に上がったのだ。
ボスを倒した時点で経験値のバーがもう少しという所まで上がっていたから、洞窟内を掃討して回っている最中には、自分でも結構期待していたのだけれど。果たして間もなく、その瞬間は訪れた。
しかしレベルアップを経ても、シグレのHPは僅かに『4』しか増加することは無かった。元々の値が低い能力値という物は、どうやら成長率もまた低いものであるらしく……。寧ろ、却って『この先もHPの自力増加は期待できない』ことを確信させられたことで、レベルアップの喜びと同時に落胆までもを味わうことになってしまった。
レベル1の頃に比べれば、シグレの総ての能力値は1.5倍近くに増えているわけだけれど……。HPに関しては成長した実感が無いのが、正直な所だった。よっぽど弱い魔物が相手であればHPが12あれば、あるいは一撃ぐらいなら耐えられるのだろうか……。
「とはいえ、精神能力値が大きく増えてくれたのは嬉しいですけれどね」
「そっちは凄い増え幅だよなあ……特にMPとか、ヤバいことになってるよな」
「レベルが1つ上がっただけでこれなのだから、凄いですよね。余程消費MPが激しいスペルを使わない限りは、自然回復だけでやっていけそうな気がしますよ」
シグレの知恵は44から66に、魅力は42から63に。そして最大MPのほうは128から192へと増加した。一気に64も増加したことで、消費MPが20のスペルであれば3回分もの余裕を得ることができたことになる。
そして何より、シグレのMP回復率そのものは今回のレベルアップでは変化しなかったものの、最大MPが大きく上がればそれだけ、MPの回復効率も伴って増加することになるのが大きかった。MP回復率が『50』であるシグレは、1分間に最大MPの50%を自然回復させることができる。今までは1分間に64だった回復速度が、最大MPの増加に伴って96にまで膨れあがったのだ。
レベルが上がった後は、消費MPが40と高めの《理力付与》や《生命吸収》といったスペルを、ユウジと黒鉄の両方に常用に近い形で運用しても、何の負担にもならなくなった。他にも補助や攻撃系のスペルを積極的に使っていたにも関わらず、である。
「あのスペルの使い放題っぷりはヤバいよな……。最後の方では、殆どシグレが砲台みたいになってたし」
「すみません、アレ一度はやってみたかったんですよ」
自分でも(さながら固定砲台のようだ)と思っていただけに、ユウジにそう言われてシグレも苦笑いするしかない。
ユウジが砲台みたいだと言っているのは、以前も少しだけ考えていた、初級の攻撃スペル5種類を延々とループさせながら使ってみることを指している。
《衝撃波》、《破魔矢》、《魔力矢》、《霊撃》、《狐火》。この5種類はいずれも詠唱時間が『0秒』であり、再使用時間が『5秒』である。つまり、この5種類のスペルを〝ループ〟させれば、あたかも固定砲台であるかのように、秒間1発ずつの攻撃スペルを連射できることになる。
結果として言えば―――その試みは上手く行った。《破魔矢》を使う為には装備武器を弓に切り替えねばならず、《魔力矢》を使うためには杖を手にする必要がある。ループに応じて装備武器を〝意識〟して切り替える必要が出るため、慣れるまでは少し難しかったけれど。一度慣れてしまえば……やってみた感想としては(結構ヤバいことになる)というのが正直な所だった。
即ち―――まずゴブリンは《衝撃波》でその身体ごと弾き飛ばされる。その直後に《破魔矢》が突き刺さり、更に《魔力矢》が2本突き刺さる。その痛みに呻き声を上げるゴブリンの身体は、追撃の《霊撃》によって更に吹っ飛ばされ、その後には《狐火》によって炎上して―――。
「あれは酷いよなあ……。俺、ゴブリンが可愛そうだと思ったの、初めてだぜ」
「……確かに、自分でもちょっと可愛そうだなとは思いました」
事実、それは殆ど〝ゴブリンいじめ〟の様相を呈していた。スペル一発一発の威力自体はそれほど高く無いだけに、却ってその身体を玩ばれ続けるゴブリンが哀れに思えてしまう。
もちろん、この『初級攻撃スペルのループ』にも弱点はある。ひとつは、幾らMP回復速度が速いシグレであっても、これを実行してしまうと高速でMPを消費してしまうこと。初級攻撃スペルの消費MPはどれも『20』であり、別に高いわけではないが……。秒間およそ1.5ずつMPが回復するのに対し、秒間20ずつMPを消費することになるのだから、これは当然のことである。
そしてもうひとつは、単体にしか効果が無いことである。スペルを連打すると、凄い勢いで他の魔物からも敵愾心を集めてしまうので、敵が複数居る環境下では盾役のサポートが無ければ絶対に行えない。武器の切り替えとスペルの再使用時間の管理の手間もあり、やっている最中には周囲に意識を裂く余裕が全くと言って良いほどに無く、使える状況というのはなかなか限られそうだった。
もちろん、ソロ狩りの時に単体の敵に対して使う分には極めて有用な戦術であるのは間違い無い。今後は黒鉄が居てくれるから、ソロ狩りをする機会というのはもう無いかも知れないが。
「何にしても、今日は楽しかったよ。シグレみたいなタイプの冒険者と組む機会は無かったんで、俺も色々と勉強になった気がする」
「勉強させて頂いたのは、こちらのほうです。今日一日だけでも、本当にユウジから学ばせて貰えることは多かったですから」
「お前さんとの狩りは楽しかった。シグレのことをフレンドに登録しても構わないか? できればまた、近いうちに一緒に組んでどこかに行きたいものだ」
「ええ、願ってもないことです。是非お願いします」
視界内に『ユウジにフレンド登録を要請されました、許可しますか?』というウィンドウが表示される。
もちろん、迷うことなくすぐに許可を〝意識〟した。
「では、これからもよろしく頼む。今度は晴れている日に誘うことにするよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。―――楽しみにしています」
ユウジから差し出された手を、シグレは力強く握り返す。
シグレにとっては、熟練のものにしか思えない冒険者であるユウジ。その彼に、自分が少しでも認めて貰えたことが、堪らなく嬉しかった。
お読み下さり、ありがとうございました。
-
文字数(空白・改行含む):4126字
文字数(空白・改行含まない):4004字
行数:81
400字詰め原稿用紙:約11枚