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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》
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27. ゴブリンの呪術師

 ユウジと黒鉄の後を早く追いかけたい気持ちをぐっと抑えながら、シグレは先に駆けていった彼らの後をゆっくりと追いかける。最低限の敵愾心(ヘイト)を集める前に姿を見せれば、ゴブリン・シャーマンの最初の矛先はシグレに向かうかもしれない。そんなことがあっては、おそらく真っ先にシャーマンに向かって突撃していったであろう黒鉄に対して申し訳が立たない。


(何とかしなければいけないな……)


 この世界に来る前、キャラクターを作った段階では、どうせソロでの活動が中心になるとばかり思っていたから。魔法職ばかりを選ぶのも、そのせいで身体能力が劣るのも、自分しか困らないから全く構わないと思っていたけれど。

 気付けば、誰かと一緒の狩りばかりをやっている気がする。そして黒鉄が居てくれる以上、今後シグレが単独で狩りをする機会もおそらく無いだろう。それを思うと―――耐久力に致命的な難を抱えている自分の能力を、今更ながら少々恨めしくも思えた。……完全に自業自得ではあるのだが。

 カエデに頼れば問題は無いだろうが、いつもそうするわけにもいかない。カエデは嫌とは言わないだろうけれど、だからといって、それを彼女に甘えて良い理由にしてはいけない。何か、自分の短所を補えるような対策を、この世界で見つけること。それがシグレにとっての当面の課題となりそうだ。


(……今は、自分にできる戦い方をするしかない)


 考えるのは後だ。《千里眼》で敵のゴブリン・シャーマンに黒鉄が接敵したのを確認してから、シグレも敵と視線が交錯する位置にまで前に出る。

 さすがに敵も良い反応力と動きをしているのか、黒鉄も今までのように不意打ちと同時に喉笛を噛み千切るような、致命傷を負わせることは出来なかったようだけれど。敵のシャーマンは黒鉄相手に精一杯といった様子であり、敵愾心を集めるのに充分な仕事はしてくれているみたいだった。


「魔力を支配する〝銀〟よ、彼の魔物を捕えよ―――《捕縛》!」


 ならば、敵の動きを封じて黒鉄を補助してやれば良い。ゴブリン・シャーマンの周囲に現れた銀のロープが、その身体を絡め取ろうとする―――が、シャーマンの身体に触れると同時に銀のロープは瞬時に消滅してしまう。どうやらスペルに抵抗されてしまったようだ。さすがは相手もシャーマンだけあって魔法抵抗力は高いらしい。

 だが、抵抗されても新たなスペルを続ければ良いだけのこと。引き出しの多さに掛けてはシグレは最良の天恵を有していると言ってもいい。


「彼の者の罪穢(つみけがれ)、然るべく報いを以て糺し給え―――《金縛り》!」


 〈巫覡術師〉のスペルである《金縛り》が、今度はシャーマンの抵抗を破ってその身体に『麻痺』の状態異常を与える。立っていることさえできなくなり、痺れた身体ごとその場に倒れ伏したゴブリンなど、もはや黒鉄にとって醜い餌食でしかない。

 麻痺していると声も出せなくなるのだろうか。断末魔を挙げることさえ適わずに、シャーマンのHPバーはあっという間に削り落とされた。速やかに黒鉄がユウジの援護に回り、彼を取り囲む5体のゴブリンに対する攻撃に転じれば、もうそれだけで大勢は決したようなものだった。


「輝ける万象の礎たる力よ、()の武器へと宿りその真威を(ひら)け―――《理力付与》!』


 40のMPを消費しても、回復スペルを使える程度には自分のMPが残ることを確認してから。シグレは《理力付与》を行使し、ユウジの装備している片手剣の攻撃力を引き上げる。

 さすがにゴブリン・ウォーチーフ3体を含む、5体を一度に相手取るのは厳しかったのか、ユウジのHPはじりじりと減少の様子を見せていたが。武器の攻撃力が上がったことで与ダメージが増加し、結果として戦闘前に掛けた《生命吸収》の効率も向上する。黒鉄の援護を得たことも相俟って、ユウジのHPバーは逆に回復へと転じた。

 防御に専念していても、ゴブリンの攻撃を盾で防ぐことに成功すれば、即座にユウジからは《応撃》によるカウンターの一撃が飛ぶ。身体に剣が叩き込まれる度に、ゴブリン達はユウジを無視することができず、彼から意識を逸らすことができなくなる。その背後から闇討ちのように黒鉄が噛み付き、ゴブリン達を1体ずつ確実に葬っていく。

 戦闘前に掛けた《生命吸収》の効果時間は10分。シグレはいつでも掛け直すことができるように準備していたのだが―――その効果の消滅が確認されるよりも、総てのゴブリンが光の屑となって消滅するほうが早かった。




    ◇




「案外、楽に勝てたな」

「増援が来なかったのが、良かったですね」


 ユウジの言葉に、〈インベントリ〉を確認しながらシグレは答える。今までの敵とは異なり、ウォーチーフやシャーマンのゴブリンはなかなか質の良い装備品や鉱石類を落としてくれたようだ。

 シャーマンの装備していた、髑髏が付いた悪趣味な杖などがドロップしていないか、実はちょっぴり期待していたのだけれど。残念ながらそちらは手に入らなかったようだ。実際に使うかどうかはともかく、ああいう変哲な民芸品のような物品は案外嫌いではない。


「秘術書が俺の方に来てるな。これはシグレにやろう」


 シグレの〈インベントリ〉に、ユウジから『封印された秘術書』が1個送られてくる。


「秘術書―――ですか?」

「……シグレは〈秘術師〉の天恵も持っているだろう?」


 思わず問い返したシグレに、「おいおい、何言ってんだ」と言わんばかりの視線を送ってくるユウジ。

 〈秘術師〉の天恵は確かに持っているが……。あの職業(クラス)のことは、シグレ自身にも良く判っていないというのが正直な所だった。


「ユウジは〈秘術師〉のクラスがどういうものなのか、知っているのですか?」

「知り合いが天恵を持っているから、一応はな。……どうやら、〈秘術師〉について何も知らないで居るようだが、一度ぐらいはそのクラスの施設を訪ねておいた方がいいぞ?」

「そうですね……」


 何しろ、戦闘職と生産職の数が多すぎるだけに。どの天恵の施設から訪ねたものか、シグレ自身でも決めあぐねている所があったのだけれど。折角『秘術書』というものも貰ったのだし、近いうちに不明な部分が多い〈秘術師〉の詳細について教えて貰いに行くことにしよう。


『―――主人』

「うん? 敵が来た?」

『違う。そうではなく―――あちらにあるのは、宝箱ではないか?』


 そう告げる黒鉄が示す方を見てみると。《発光》しているユウジの盾の光を受けて金色に輝く、いかにもな『宝箱』がそこにはあった。子供ぐらいなら入れそうなサイズがあり、金色をあしらえた意匠の豪華さも相俟って、中身はとても期待できそうな気がする。


「金色の宝箱は、必ず〈迷宮地〉ではボスの付近に1つだけある。どうやらさっきのシャーマンが、この巣のボスだったと考えて間違い無いようだな」

「なるほど、そういうものなのですね」


 ボスの報酬だと考えると、尚更中身には期待できそうな気がする。

 金色の宝箱の傍にまで寄り、刺激しないよう気をつけながら静かに《罠感知》のスキルを行使して調べてみる。シグレにとっては初めての作業であったが、スキルがリードしてくれることもあり、どうすればいいのかは感覚的に理解することが出来た。


「……罠があるようですね」

「金宝箱には大抵罠があるからな」

「……鍵も掛かっているようです」

「金宝箱で、鍵が掛かってないのは見たことが無いな」


 人が真面目に作業しているというのに。茶々を入れるかのように、すぐ横でユウジはうんうんと頷いてみせる。


「宝箱の罠と限って、普段はどうしてるんです?」

「〈インベントリ〉に入れてあるハンマーで、殴り壊している」

「………………わーお」


 何というパワープレイ。シグレは軽く呆れるが、とはいえ〈斥候〉などの罠や鍵に対処できる天恵を有している者が同行していない限りは、そうせざるを得ないというのが正直な所なのだろう。

 何しろ、罠があると判っていても、宝箱を目前にしてそれを開けずに帰れるかと言われれば。……大抵の人は無理だろう。


「いつも通りに、俺がハンマーで怖そうか?」

『いや、力任せなら我が対処した方が、被害が軽微で済む』


 ユウジと黒鉄が率先して立候補してくれるけれど、シグレはすぐに頭を振る。


「自分にやらせて下さい。何事も慣れですから」

「そうか……。ま、折角天恵があるんだしな」

「作業に集中するので、ユウジは離れていて下さい。敵が来たら対処をお願いします。黒鉄も離れた場所で、ゴブリンの警戒をお願い」

『……心得た』


 多少納得していない部分もあるようだが、黒鉄は素直に従ってくれる。

 ユウジと黒鉄が、シグレから充分な距離を置いてくれたのを確認してから。いざ気合を入れて、シグレは宝箱の方へと向き直った。




 ―――のだが。


「………………」


 宝箱を前にして、シグレの手が止まる。

 気付けば、結構な手汗を掻いてしまっていた。


『……ごめん、ユウジ。やっぱり開けるのお願いしていいですか?』


 力のない、弱々しい声でも伝わるように。念話でユウジにそう呼びかける。


『そりゃ構わんが、どうした?』

『作業するための道具を、持ってなかった……』


 多くのゲームで『シーフズツール』などの名称で呼ばれる、罠や鍵を解除するための道具。盗賊などが扱うその道具を、シグレは持っていなかった。おそらく〈盗賊〉の天恵を選んでいれば初期装備品として付いてきたのだろうけれど……シグレの天恵である〈斥候〉の本分はあくまでも偵察であり、こうした作業ではない。おそらく別途購入したりする必要があるのだろう。

 いくら必要な天恵があり、スキルがあるとはいえ、適切な道具が無ければ箱を前にしても何ひとつできることはない。

 ……自分のあまりの迂闊さに、シグレは殆ど泣きそうな気分になっていた。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4102字

文字数(空白・改行含まない):3946字

行数:116

400字詰め原稿用紙:約10枚

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