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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》
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26. 粗悪な鉄

 ユウジの戦いを見ていると盾というのは存外攻撃的な『武器』なのだなと思う。

 ゴブリンのワーカーやウォリアー達は剣や棍棒、片刃や両刃の斧といった思い思いの武器をそれぞれ携えているが、いずれも遠心力に任せて振りかぶる武器であることには変わりはない。ユウジの盾に受け止められると、遠心力によって攻撃者本来が持つ筋力以上の力で振り下ろされていた武器は、それだけ大きな衝撃となって防御者であるユウジと攻撃者であるゴブリンに返る。身体全体で盾を使うようにして受け止めるユウジは、例え大な両手斧の一撃を受け止めてもビクともしないが、攻撃者のゴブリンは衝撃を腕だけで支えなければならない。

 結果として、ユウジに攻撃を防がれたゴブリンは大きな硬直を晒すことになり、時には武器を落とすことさえある。ユウジは敵の攻撃を回避したり防いだりしたとき、即座に反撃を加える《応撃》のパッシブスキルを有しているから、その隙は決して見逃されることが無い。繰り出される反撃の一撃が大きくゴブリンのHPを奪う度、それを見ているシグレは感嘆せずにはいられなかった。

 完成された、熟練の戦士の戦いがそこにはある。いかにも重量がありそうなプレートメイルを着込んでいるにも関わらず、ユウジの動きはそれに制約されているようには全く見えない。厳めしい金属の鎧も含めて、総てが彼の肉体であるかのようにさえ思えた。


「断続的に来てくれると楽でいいな」

「そうですね、いつもこうだと良いのですが」


 あれ以来、大規模なゴブリンの集団との戦闘には至っておらず、多くても6~8体ぐらいしか一度に相手をせずに済んでいる。

 もちろん、それでも黒鉄も含めたこちらの人数の2倍以上であり、普通に考えれば充分『多い』と言えるのだが。ユウジはその程度の人数の相手であれば軽々とこなしてみせる。厄介なゴブリン・アーチャーも2体ぐらいまでであれば、黒鉄が動きを封じて1発も射たせることもなく抑え込んでくれた。


『―――む』

「うん? どうしたの、黒鉄」

『主人。先程の戦闘中、レベルが2に上がったようだ』

「おお、おめでとう!」


 案の定、黒鉄にあっさりレベルで抜かれてしまったわけだけれど。そんなことは関係無しに、シグレはただ自分のことのように―――あるいじゃ自分のこと以上に、嬉しかった。黒鉄は最初、どこか複雑そうに恐縮していたけれど、やがては素直に喜んでくれた。


『主人を差し置いて栄誉に預かるのは心苦しいが、これで一層戦えると思えば悪くもない。自分が攻撃した敵から敵愾心(ヘイト)を集める、《牽制攻撃》というパッシブスキルも覚えたようだ』

「へえ、何だか俺の得意分野みたいなスキルだな?」

『うむ、おそらくはユウジ殿と共に戦わせて貰ったお陰で、学び得ることができたスキルなのだろう。感謝を申し上げねばな』


 洞窟内に立っていたゴブリンから通算すれば、もう50匹以上を討伐しているだろうか。数もさることながら魔物自体のレベルも高いので、獲得できている経験点も多いのだろう。極端に獲得量が制限される筈のシグレの経験値も、いつしか随分と貯まっているようだ。

 〈インベントリ〉の中を確認してみると、かなりの数のアイコンが増えていて驚かされる。ゴブリンのドロップ品には銅や鉄製の武器・防具の類が多く、種類が豊富であるようだ。粗悪品のものも多いようだが、得れば多少のお金にはなるかもしれない。とりあえず〈インベントリ〉が埋まらないように〈ストレージ〉のほうへと移していく。

 他には結構な数の鉱石類が手に入っており、幾つかの精錬された地金(インゴット)も手に入っていた。ゴブリン・ワーカーという敵は一体何の労働者(ワーカー)なのだろう、とは地味にずっと思っていたのだけれど。もしかすると、いわゆる〝炭鉱夫〟のようなものなのだろうか。石炭などもあるようだし……そういえば先程の武器の中にはツルハシのようなものもあった。それなら洞窟の中が妙に広いのも、頷ける気がする。


「……あ」


 とか思っていると、洞窟の岩肌の中に明らかに他とは違った部分を見つけた。

 黒から銀灰の色の綺麗な層が露出しており、明らかに何か有用な鉱物が集まっていることが素人目にも何となく察することができる。明らかに『掘られた』と思わしき形跡もあり、もしかしてこれが鉱床なのだろうか。


「磁鉄鉱と赤鉄鉱の層……か? 生憎と詳しくは無いので判らんが」

「自分も、何となく有用そうな鉱物がある、という程度しか判らないですね……」


 試しに先程〈ストレージ〉に仕舞った、ゴブリン・ワーカーのドロップ品と思わしきツルハシを取り出し、出っ張った部分を抉り取り、その物品の詳細を知ろうと〝意識〟してみる。



--------------------------------------------------

 鉄鉱石(1個)/品質29


  精錬することで鉄の地金を得られる鉱石。

  精錬は〈鍛冶職人〉か〈錬金術師〉が行う。

--------------------------------------------------



「鉄鉱石ですね。品質がかなり残念みたいですが……」

「どうする? 掘りたいならここで休憩しても構わないが?」


 ギルドカードを見たことで、シグレの生産職も把握しているからだろう。ユウジはすぐにそう提案してきてくれる。

 素材はあって困るものではない。例えそれが低質なものであれ〈ストレージ〉に入れておけば邪魔になるわけでもない。ユウジの提案に一瞬シグレは迷う―――が、然程の時を於かずに頭を振って否定した。


「討伐ドロップでも手に入るようなので、別に構いません」

「そうか。まあ、帰りもここを通るだろうしな。その時に掘りたいようなら、言ってくれれば待つぐらいは全く構わんぞ」

「ありがとうございます、戦果に乏しければお願いするかもしれませんね」


 実際には、鉱石も現時点で結構な量が手に入っている。ましてこの先も狩りを続けると成れば、乏しい戦果しか得られないとはとても思えないが。

 掘るのでも狩るのでも鉱石が得られるのなら、他のドロップ品も手に入る狩りの方が良い。ギルドに討伐依頼が出ているという話だったし、個体数に応じた報奨金もおそらく手に入れることができるだろうし。


「そういえば、ユウジは鍛冶職人ではないんですね? 似合いそうなのに」


 鍛冶師といえば、がたいが良い男の職業というイメージがある。

 しかし、ユウジが取得している生産職は〈木工職人〉だった。


「|あっち(、、、)で、DIYとか好きなんでなあ。気付いたら選んじまってた」

「ああ、なるほど。それはそれでユウジに似合いそうですね」

「ただ、どうせなら現実でやる機会が無さそうな〈鍛冶職人〉にすれば良かったかもしれんとは、自分でもちょっと思っていたりはするな」


 苦笑しながら、ユウジはそう答える。

 確かに、製鉄や金属加工なんてものは、専門の職業に就いていない限りは触れる機会も無いだろうし、それはそれで気持ちが理解出来る気がした。


「シグレみたいな天恵の選び方もアリだったかもしれんな。楽しそうだ」

「きっとレベルは全然上がらないでしょうけれどね」

「なに、それも含めて楽しむぐらいの気持ちでいればいいさ」


 当にシグレも、そう思っているから。ユウジが自分の思っている通りの気持ちと同じことを口にしてくれたのが、何だかシグレには嬉しかった。

 折角、今回で素材が結構貯まりそうなのだし、まだ雨の日が続くようなら、生産職の施設を訪ねてみるのも悪くないだろうか。手に入る鉱石素材の質が低いのは少し残念だけれど、素人が最初に扱う素材としては案外そのほうが向いているかもしれない。下手な加工技術で素材を扱って駄目にしても、心も懐も痛まずに済むだろうし。


『歓談中に申し訳ないが、主人―――』

「敵?」

『うむ、敵数は6』


 すぐに《千里眼》を活用して洞窟の先を見通すと、そこには今までに戦った個体とは風格の異なったゴブリン達が集まっていた。

 その内の二体はゴブリン・ウォリアーだが、他の4体が違う。《魔物鑑定》が教えてくれる内容によれば、ゴブリン・ウォーチーフが3体に、ゴブリン・シャーマンが1体のようだ。戦長(ウォーチーフ)呪術師(シャーマン)ともにレベルは8と高く、今までの敵とは文字通り『格』が違うようだ。


「ウォリアーが2、ウォーチーフが3、シャーマンが1です」

「む……なかなか厄介な構成だな。レベルが高い魔物は、もう少しバラけてくれると有難かったのだが」

『そ奴らが、この巣に集うゴブリン共のボスなのかもしれんな』


 言われてみれば、骸骨のついた杖を持つゴブリン・シャーマンには、群れを統括する長として相応しいだけの風格を備えているようにも見える。

 この集団が〈迷宮地〉のボスということであれば、レベルが高い個体が集まっているのにも頷ける気がした。


「遠距離攻撃を持つのはシャーマンだけだ。黒鉄に頼めるか?」

『無論だ。我は主人の脅威を最優先に排除する』

「あとのウォリアーとウォーチーフの5体は、なんとか俺が抱えよう。少々厳しいが、シグレの援護があれば何とかなるだろう。タゲは俺らで抑えるから、シグレも普通に戦ってくれ」

「判りました。途中で増援が来た場合には?」


 《気配探知》には、ボス集団と思わしき気配の他にもまだまだ沢山の反応がある。途中で乱入される可能性も決して低くはない。


「遠距離攻撃を持たない奴らなら、俺が抱えて継続する。アーチャーやシャーマンといった、遠距離系のゴブリンが増援に来て、黒鉄が捌けなくなったときは―――シグレ、《眠りの霧》の再使用時間(クールタイム)は何秒だ?」

「20秒です。使っても宜しいのですか?」

「使ってくれ。《眠りの霧》は成功率が低いスペルだが、集団に対して使えばほぼ間違い無く何体かを脱落させることができる。使用後は全力で20秒間逃げるぞ」

「―――ああ、なるほど」


 睡眠状態に陥った敵は、攻撃すると案外簡単に目を覚ましてしまうが。攻撃しない限りは、自然に目を覚ますまでかなり長時間の睡眠状態が継続する。

 《眠りの霧》を打ち込み、20秒間全力で逃げて、逃げた先で追いかけてきた相手に再び《眠りの霧》を使う。撤退しながら個体数を減らし、適当な所で応戦に転じれば良い。やや卑怯な遣り方ではあるが、なるほど有用な戦術に思えた。

 ユウジは重い鎧など苦もなく走れることは既に何度も見て確認しているし、黒鉄は疾さに掛けてはこの中でも飛び抜けて高い。問題は身体能力値が飛び抜けて低い、シグレの足の遅さだが―――。


「俺が殿(しんがり)を務めて、敵をノックバックさせながら逃げる。それならシグレの足でも全く問題無いだろう」

「……なるほど、頼りにしています」


 目的はゴブリン共を振り切ることではない。眠らせた個体から距離を離しつつ、《眠りの霧》の再使用時間を稼ぐことである。『敵を弾き飛ばす』攻撃スキルを何種類も持つユウジに抑えて貰いながらであれば、確かに大丈夫そうだ。


「判りました、ではそれでいきましょう」

「よし、いつも通り《生命吸収》が掛かり次第に突撃しよう。シャーマンのほうは任せたぜ、黒鉄」

『心得た。喉笛を噛み千切ってくれよう』


 敵集団の位置と動きを確認しながら距離を詰め、その曲がり角までシグレ達はゆっくりと移動する。

 付与術師のスペル《生命吸収》が掛かると同時に、ユウジと黒鉄が駆け出した。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4763字

文字数(空白・改行含まない):4602字

行数:120

400字詰め原稿用紙:約12枚

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