24. 狩りの始まり
『つまり、我は主人を護ることに専念していれば良いのか?』
「俺は護って貰う必要は無いし、もしヤバくなってもシグレが居れば治療して貰えるからな。シグレさえ倒されることが無ければ問題無い。だから黒鉄は主人の防護に専念してくれ」
『主人を護るは我の本分、改めて言われるまでもない。力の及ぶ限りは役目を果たすべく尽力しよう』
ユウジと黒鉄は、案外簡単に打ち解け合ったようだ。
黒鉄は何故か妙に古風で堅い話し方をする所があるようだが、ユウジは別に気にしてもいない。寧ろ、無意識に丁寧語で話してしまうシグレよりも話しやすいとさえ思っているかもしれず、案外気さくな会話もできているようだ。
『ウリッゴの肉は旨い。皮の内側、肉の表皮の辺りが我は特に好みだ。全体的に淡泊な中で、あの部分だけは適度な脂身が付いているからな。滴る肉汁を気にせず齧り付くと堪らぬものがある』
「焼くとあんまりその辺の違いが判らなくなるからなあ……。ただ、熱湯を掛けて毛を丁寧に毟れば、ウリッゴは皮まで食べられる。焼くと香ばしい食感があって美味いぞ」
『ほう……。別に我も生肉でなければ嫌というわけでなし、それも些か興味があるな。機会が有れば一度食してみたいものだ』
……ちょっと、気さくに過ぎる会話内容の気もするが、気にしないでおこう。
街道を歩きながら、時折視界の脇の方に映るウリッゴの姿を、二人が―――いや一人と一匹が、捕食者の目で見つめているような気がするが、突っ込んだら負けなんだろうな。うん。
この間、あれだけ乱獲した自分が思うのも何なのだけれど。今更ながらウリッゴがちょっと可愛そうに見えてくる気がした。
『―――主人』
「うん?」
『正面やや左からゴブリンの匂いがする。数は4だ』
シグレの《気配探知》には、まだ何の反応も無い。
匂いだけを頼りに、黒鉄には魔物の存在から個体数まで識別できてしまうのか。しかも雨の中でこれなのだから、晴れていればもっと有効距離は長いのかもしれない。黒鉄が居てくれれば、《気配探知》は要らないのかもしれないな。
『あ奴らは格別に〝臭い〟からな。他の魔物ではこうはいかぬよ』
そうしたシグレの心を察したのか、黒鉄はすぐに補足を入れてくれた。
主人に対する気遣いまでできるとは……完璧な使い魔じゃないか。
『正面の少し左ってことは、位置的に〈迷宮地〉の入口だな。おそらくは洞窟の入り口に歩哨に立っているのだろう』
『歩哨……ですか』
ゴブリン、というと頭が悪そうなイメージがあるから。一部の者を歩哨に立てて、警戒と監視に当たらせるような知能は持ち合わせていないような印象があったのだけれど。
どうやらこの世界のゴブリンは、シグレが思っているほど馬鹿ではないらしい。
『おそらく、射手か戦長が1体は混じっているな』
『……どういうことです?』
『多くのゴブリンに知恵はないが、代わりに明確な上下関係がある。労働者よりは戦士のほうが格が高く、射手や戦長になれば多少の知恵も回る。一部の手勢を歩哨に立たせる程度にはな』
『なるほど……。ちょっと〝視て〟みます』
ようやく《気配探知》に反応する距離まで詰めた辺りで、シグレは《千里眼》で視点を飛ばして様子を伺ってみる。
切り立つ崖の中にぽっかりと開いた洞穴。その入り口に4体のゴブリンが暇そうに立っていた。《魔物鑑定》が教えてくれる情報に拠れば、そのうち半数の2体がゴブリン・ワーカー。あとはゴブリン・ウォリアーとゴブリン・アーチャーが1体ずつのようだ。
魔物のレベルは労働者が4で戦士が6、射手は7である。ゴブリン・ワーカーでさえウリッゴと同じレベルであり、ゴブリンというイメージから雑魚と侮ると痛い目を見ることになりそうだ。シグレは今一度、警戒から気を引き締めた。
『歩哨は労働者が2、戦士1、射手1です』
『……うむ、さすがは我が主人だ』
感心したように黒鉄が目を細める。
あくまでも匂いで数が判るだけであり、黒鉄には詳細の判別はできないらしい。
『黒鉄、射手を頼む。俺では遠距離の魔物を止めるのが難しい。シグレの最大の脅威になり得るから、探索中は常に優先して処理してくれ』
『心得た』
『シグレ、俺の武器に《生命吸収》を頼む。掛かり次第、黒鉄と共に突入するから、タゲを固定した後は好きに援護してくれ』
『承知しました。輝ける万象の礎たる力よ、彼の刃へと宿り魂を喰らい、持てる者の力と為せ―――《生命吸収》!』』
ぼうっと、淡く青い光にユウジの剣が包まれる。
ユウジと黒鉄はその様子を確認することもなく、シグレの詠唱が完了すると同時に掛けだしていた。ユウジは重装備をものともしない程の敏捷性でぬかるんだ雨土を走るが、黒鉄はそれ以上に疾く掛けて一目散にゴブリン・アーチャーへの距離を詰めていく。
歩哨に立っているとは言っても、敵のゴブリン達に警戒の色はない。まして雨に煙る視界の中では、不意に近寄ってくる影があったとしても気付くのは難しいだろう。無警戒の射手の喉笛に、勢いもそのままに黒鉄が食らいつく。部位的な弱点の設定があるのだろうか、ゴブリン・アーチャーは悲鳴を上げることさえ叶わずに、一瞬のうちに光の塵へと姿を変えた。
「うおおおおおおォォォォッ!」
ユウジの怒号が響く。射手が倒されたことで残るゴブリン全員の視線は黒鉄に向いていたが、その怒号に気圧されてか戦士と労働者の1体ずつが、ユウジのほうへと向き直った。
ゴブリン・ウォリアーが両刃の斧をユウジに向けて振り下ろすが、彼のヒーターシールドはそれを易々と受け止め、強く横へと弾き逸らす。大勢を大きく崩したゴブリン・ウォリアーの腹部へと、抉り混むようにユウジの片手剣として有るまじき巨大な剣が叩き込まれ、図体だけはでかいゴブリンの戦士があっさりと倒れ込んだ。
「―――《衝撃波》!」
倒れたと言っても、光の粒子へと変わったわけではなく、まだゴブリン・ウォリアーのHPバーは半分近く残っている。シグレは即座に《衝撃波》のスペルで倒れたゴブリンの図体ごと弾き飛ばす。
《衝撃波》のスペルは何かを射出するのではなく、魔物の身体に直接作用するため、距離が離れていても直ぐに効果があるから使い勝手が良い。身体が重いためか、シグレが思っていたよりもゴブリン・ウォリアーの身体は吹き飛ばなかったが、それでもユウジの邪魔にならない程度には距離を離すことができた。
1体1であれば、ユウジも黒鉄もゴブリン程度では相手にもならないらしい。みるみるうちにゴブリン達のHPバーは削られて消滅し、残る1体も間もなく彼らの餌食となった。
◇
洞窟の中に入り、シグレは雨具のコートを脱いで〈インベントリ〉に収納する。シグレ達から少し離れた位置で、黒鉄がぶるるっと身体を揺すって水気を飛ばしていた。
洞窟内には所々の壁に照明が備えられ、低光量気味ではあるものの思っていたよりは明るかった。一応、一声掛けてからユウジの盾の前面に《発光》のスペルを掛ける。シグレもユウジが火を灯したランタンを受け取った。
「案外、簡単に火が付くのですね?」
魔法でもない限り、案外火を点けるのは難しそうなのだが。
「こっちの世界には〝導具〟というのがあってな。魔法が使えない人間でも便利に使えるものを、作ってくれる職人が居たりするのさ。こうした着火導具なんかは良く市場に出回ってるな」
「なるほど、そんなものが……」
「お前さんも、一応〝導具職人〟なんだがなあ」
苦笑するユウジに釣られて、シグレも思わず苦笑する。
そういえば、そんな生産職の天恵もあった気がした。
『……誰も出てこぬな。無警戒にも程がある』
「ゴブリンってのは、そういう奴らさ」
洞窟の入口で起こった剣戟の音は、いかに雨の中とは言えそれなりに洞窟の中にも響いていたと思われるのだが。中から応援の魔物1体さえ出てこないというのは、さすがに拍子抜けな気がする。
さすがに『巣』というだけのことはあり、シグレの《気配探知》には10体以上の魔物が反応しているが、こちらへ近寄ってくる様子は全く見られなかった。
「ゴブリン共は、身内同士で武器を持って殴り合いすることもあるからな。戦闘音や叫び声程度じゃ、日常茶飯事過ぎて反応する気にもならないらしい」
「なんだかなあ……」
ある程度、応援が続いての連戦となることも覚悟していただけに。レベルが高いだけでやっぱり知性に乏しい相手の生態に、シグレは落胆の色を隠す気にもなれなかった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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