22. 先人の知
「この雨では、西門の露店にも期待はできないだろう」
ギルドを出る前に、そう告げたユウジの言葉は正しかったようだ。西門の近くまで来ても、先日の賑わいが嘘であるかのように人影はまばらにしか目にすることができない。屋台など出店されていよう筈も無く、ユウジの指摘通りに予め食事と飲料水の調達を済ませてきたのは正解だったようだ。
食事も飲み水も、ギルド二階のお店で頼めば、手際良くマスターが準備を済ませてくれた。考えてみれば、あちらは正しく『冒険者の為の店』であるのだから、そういう要望にも慣れたものなのだろう。数分と待たないうちに外でも食べやすいサンドイッチを拵え、同時に水の入った革袋を準備してくれた。
サンドイッチとだけ言うと軽食そうなイメージを伴うが。中に挟まれたのが炒め焼きにされたカツレツやハンバーグなどであり、特に何も指定されずとも充分に腹に溜まりそうな具材をチョイスしてくる辺りは、冒険者という肉体労働者向けの店ならではなのかもしれなかった。
『早く止んで欲しいものだな』
『そうですね……やはり、雨の中では少し物寂しいですから』
ユウジとの会話はパーティの念話機能で行っている。あまり勢いのある雨で無いとは言え、雨音という雑音が常に有る環境下では、念話のほうがよく聞こえるから会話がやりやすい。
―――雨の中を往く街の人達は皆早足で、急に街全体が無感情で冷たい街になったようにさえ見える。
もちろん、それは錯覚に過ぎないのだろう。今回はもう西門の前でやるべき準備もないから、そのまま二人が門のほうへと向かうと。三日前の時と同じ衛兵の人がシグレ達の姿を認めて、にかっと屈託無い笑みを浮かべてみせた。
「雨の中お疲れ様です、狩りに出るのですね?」
「ああ、近場の〈ゴブリンの巣〉に行ってくる。被害も出てるらしいしな」
「私共も把握しております、昨日も交易商人の馬車が一台襲われました。冒険者の方がその被害を食い止めて下さるというのなら、有難い。―――ですが、どうぞ無理はなさらず」
ユウジと共に衛兵の方へ自主的にギルドカードを提示すると、あちらも雨の中での従事が大変であろうに、温かい言葉を掛けてくれるのが嬉しかった。
頑張らなければならない、と改めて思う。
「いつも通り、門を出た所で着替えさせて貰っても構わないか?」
「ええ、勿論構いません。自由にお使い下さい」
門を通過した先の庇の下で、ユウジは鎧を手際良く身につけていく。
鈍色に輝く、重そうなプレートアーマー。それを全身に着込んだ姿は、筋骨隆々とした肉体も相俟って、正しく〈重戦士〉を彷彿とさせた。
自分で改造を施したのか、衛兵の人達が着ているものほど完全なスーツアーマーというわけではなく、肘などの関節部を初めとした幾つかの箇所は革製であったり、あるいは頭部を初めとして全く防護されていない部分もあったりする。この辺は機能面との兼ね合いで、おそらくユウジなりに試行錯誤した結果なのだろう。
片手には、大きなヒーターシールド。そしてもう片手には、両手武器かと見紛うばかりの大きな両刃の剣。重そうな鎧を着込んだ上で、さらにそれらの得物を軽々と持ち上げるその姿は、後衛の魔法職であるシグレからすれば途方もなく頼もしい姿でもあった。
◇
『済まないが、移動中にシグレの修得スペルを一通り確認しておきたい。暫くの間、魔物に対する警戒は任せて構わないか?』
『ええ、それは勿論。〈斥候〉の仕事ですので』
パーティを組んだ相手のステータスは自由に見ることができるが、ステータスやクラス詳細のウィンドウを展開していれば、それだけ視界が埋まって不自由になる。シグレもまたユウジのステータスウィンドウを確認していたが、《気配探知》スキルを備える〈斥候〉のシグレであれば、視界が塞がっていても魔物が近くにくれば察知できる可能性が高い。
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《渾身撃・改三》
重戦士Lv.1/消費MP:0
再使用時間:4秒
敵単体に全力攻撃を行い、強力なダメージを与えると共に弾き飛ばす。
攻撃対象に強い敵愾心を植え付け、無視できないようにする。
〔Lv. 6:+攻撃威力の追加〕
〔Lv.11:+再使用時間の短縮〕
〔Lv.16:+再使用時間の短縮〕
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《二連撃・改三》
重戦士Lv.1/消費MP:1
再使用時間:6秒
敵単体に一瞬で二連続攻撃を叩き込む。
攻撃対象に強い敵愾心を植え付け、無視できないようにする。
〔Lv. 7:+消費MPの軽減〕
〔Lv.13:+消費MPの軽減〕
〔Lv.19:+消費MPの軽減〕
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《破砕撃・改二》
重戦士Lv.2/消費MP:6
再使用時間:10秒
敵単体に防御力を無視した一撃を叩き込む。
〔Lv. 8:+消費MPの軽減〕
〔Lv.14:+消費MPの軽減〕
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《乱撃・改二》
重戦士Lv.3/消費MP:8
再使用時間:10秒
周囲の総ての敵に、それぞれ一撃ずつ攻撃を浴びせる。
攻撃対象に強い敵愾心を植え付け、無視できないようにする。
〔Lv. 9:+消費MPの軽減〕
〔Lv.15:+消費MPの軽減〕
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《三連撃・改》
重戦士Lv.8/消費MP:21
再使用時間:12秒
敵単体に一瞬で三連続攻撃を叩き込む。
攻撃対象に強い敵愾心を植え付け、無視できないようにする。
〔Lv.15:+消費MPの軽減〕
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《烈破》
重戦士Lv.11/消費MP:60
再使用時間:120秒
視界内の総ての敵に遠距離の衝撃ダメージを与え、弾き飛ばす。
攻撃対象に強い敵愾心を植え付け、無視できないようにする。
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《轟乱撃》
重戦士Lv.15/消費MP:80
再使用時間:300秒
周囲の総ての敵に複数回の攻撃を浴びせて、弾き飛ばす。
攻撃対象に強い敵愾心を植え付け、無視できないようにする。
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《四連撃》
重戦士Lv.18/消費MP:60
再使用時間:18秒
敵単体に一瞬で四連続攻撃を叩き込む。
攻撃対象に強い敵愾心を植え付け、無視できないようにする。
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(純粋な攻撃スキルだけでも、8種類もあるのか……)
他にも、短時間だけ自分の能力値を強化する《奮迅》などの自己強化系スキル、敵の攻撃を回避したり盾で防いだとき即座に反撃を加える《応撃》といった常時発動スキルも充実している。
総てのスキルを合わせると、その総数は20以上にも達するのではないだろうか。シングルクラスとはいえ、レベルが19ともなると扱えるスキルも充分な多さを備えているようだ。
『〈重戦士〉というのは、敵を殴ることでタゲを固定するのですね?』
〝タゲ〟とは、つまり敵の攻撃対象のことである。〈重戦士〉の攻撃スキルには、どれも攻撃対象に敵愾心を植え付ける効果が付加されているようだ。
『その通りだ。1度でも俺が攻撃を加えた相手なら、もう後衛のシグレにタゲが漏れる心配は無いと思っていい。基本的にはまず俺が前に出て、《乱撃》で敵全員のタゲを固定する。シグレが敵に攻撃するのは、俺がタゲを取った後にして貰いたいんだが』
『判りました、気をつけることにします』
つまり、先手を打って《眠りの霧》を使ったりするのは厳禁ということか。
〈騎士〉であるカエデのように問答無用で敵の気を自分に引きつけたり、あるいはダメージを肩代わりしたりするわけではないから。自分の方を狙われないようにする為には、後衛のシグレ自身が注意を払う必要がある。
『そういえば、範囲スペルというのは味方も巻き込むのでしょうか?』
接敵し、タゲを固定した後に《眠りの霧》を使えば、おそらく効果範囲内にユウジも巻き込んでしまうことになる。《眠りの霧》は敵を纏めて睡眠状態にできる便利なスペルだが、範囲がそれなりに広いのでユウジだけを上手く効果範囲から外すような使い方は難しいだろう。
だが、ユウジに訊けば何でも知っていそうな気がして、思わずそう訊ねてしまったが。さすがに魔法に関することは、〈重戦士〉一筋である彼にとっては門外漢というものだろう。
『いや、敵に向けて使うような魔法は味方を巻き込まない。攻撃魔法であれば、範囲内に俺が入っていてもダメージは敵にだけしか与えられることはないし、《眠りの霧》で俺が眠ったりすることはない。だから遠慮無く範囲魔法は使ってくれて構わないぞ』
―――門外漢である筈なのだが。
さすがは歴戦の冒険者といった所なのだろう。パーティを組んだ経験が多いのか、ユウジは他職のことについてもよく知っているようだ。
『ただ、《眠りの霧》は使わない方がいいな。睡眠などで意識を一度失った敵は、タゲや敵愾心がリセットされてしまう。目を覚ましたとき、俺でなくシグレを狙うかもしれん』
『む……なるほど、それも気をつけましょう』
となると、敵の意識を失わせずに無力化する類の魔法。銀術師の《捕縛》や巫覡術師の《金縛り》といったスペルを主軸に活用していくのが良さそうだ。
『シグレは《発光》のスペルが使えるようだな。洞窟内に入ったら照明代わりに使うので、このスペルで俺の盾の前面を光るようにして欲しい。代わりに俺のランタンを貸すから、シグレはそれを持っていてくれ。』
『自分は暗視能力を持っていますので、灯りは不要ですが?』
シグレの戦闘職のひとつ、星術師のパッシブスキル《天耀Ⅰ》には、漏れなく暗視能力が付いてくる。宿で眠る時に部屋の灯りを落としても、シグレには見ようと思えば室内の総てを把握することができた。
『《発光》のスペルは10分経つと急に消えるからな。急に灯りが無くなると、シグレは困らなくても俺が困る。なので悪いがランタンを持っていてくれ。戦闘が始まったら地面にでも置いていてくれればいい』
『なるほど、承知しました』
『あと、戦闘が始まったときには先ず《生命吸収》を俺に掛けてくれるとありがたい。いちいちダメージを食らった後に回復魔法を俺に掛けるより、そのほうがシグレも楽だと思う』
《生命吸収》は〈付与術師〉のスペルで、味方単体が持っている武器に10分間の生命吸収効果を付与する。敵に与えたダメージの一部を自分のHPとして吸収できるようになるから、確かに火力の高いユウジには治療魔法を逐一掛けるより、そちらのほうが楽だろう。
『一緒に《理力付与》も掛けましょうか?』
『余裕があれば頼みたいが、MPが厳しいのではないか?』
《理力付与》も同じく〈付与術師〉のスペルで、こちらは単純に武器攻撃力を上げるというもの。今回、シグレの役割はあくまでも回復と補助であり、敵にダメージを与える役割がユウジ任せになるのは疑いようもない。掛けておけば有用であるのは確実だろう。
しかし、《生命吸収》も《理力付与》も、消費MPは40である。戦闘開始直後に両方を使えば、シグレのMPが一気に6割以上も削られることになる。いくらMPの自然回復速度が速いとはいえ、確かに併用するのは難しいか。
『……確かに、仰る通りですね。余裕がある時だけ使うことにします』
『それで充分だ。《生命吸収》を貰うだけでも、俺はかなり戦いやすくなるしな』
正直、自ら望んで10職選んだにも関わらず、シグレ自身ではまだ自分に『出来ること』を把握し切れていない部分が多い。だからこうして戦闘や各職のことに熟知したユウジからアドバイスを貰えるのは、シグレにとっても大変勉強になった。
(これだけでも、協力を申し出た甲斐があったな)
謙遜でなく、そう思う。
この人が話してくれることは、自分に取って学び得る物が多い。できれば今後も、色々と学ばせて貰いたいものだ。
『他に何か、自分がすべきことはありますか?』
『そうだな―――基本的にはシグレの好きに行動してくれて構わないと思う。あとは実際に共に戦ってみながら、適宜調整していく方がいいだろう』
確かに、実際にユウジの背中で戦ってみないことには、判らない部分も多い。
『ああ、最後にひとつだけいいか? 気になったことがあったんだが』
『何でしょう?』
『シグレは折角〈召喚術師〉の天恵を選択しているのに、そっちは使わないのか? ちゃんと活用しなければ勿体ないと思うのだが』
お読み下さり、ありがとうございます。
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文字数(空白・改行含まない):4917字
行数:176
400字詰め原稿用紙:約13枚




