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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《冒険者の日々》

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21. 豪腕の〈重戦士〉ユウジ

「ユウジだ、よろしく。天恵は〈重戦士〉を選んでいる」

「シグレです、よろしくお願いします」


 差し出された手を、シグレはすぐに握り返す。

 それはいかにも男性的な頼りがいのありそうな大きな手で、シグレは少しだけ恥じ入るような気持ちになると同時に、憧れめいた気持ちを抱いた。握られた手は少し痛かったが、自分もできればこうでありたいと思う。

 クローネさんに紹介された冒険者は、壮齢の冒険者だった。歳はおそらく、現実換算であれば三十を少し越えたぐらいだろうか。背はシグレより数センチ高い程度だが、痩せっぽちの自分とは体格がまるで違う。〈重戦士〉という天恵をそのまま絵にしたかのような、力強さを思わせる男性だった。


「クローネさんからは、〝羽持ち〟の回復職をご希望と伺いましたが?」

「おう、あんたが―――シグレが引き受けてくれると思っていいのかね?」

「申し訳ありませんが、まだ引き受けるとまでは……。とりあえず詳しいお話を伺いたいという程度ですね。話を聞いた後に決めるのでも構いませんか?」

「ああ、それは勿論構わない。ただ少し話が長くなるかもしれないからな……先ずは何か、飲み物でも注文してきたらどうだ?」


 確かに、ゆっくり話を聞くためにも飲み物ぐらいは欲しい所だ。

 テーブルから離れて、マスターに珈琲を注文する。安い割にかなり味も風味も良かったので、カエデと一緒に飲んだあの時にすっかり気に入ってしまった。提供される食事は泊まっている宿の方が味は上な気がするが、珈琲だけで言えばギルド備え付けの店舗の割に、まだここよりも優れている店をシグレはまだ知らない。

 ユウジさんの向かいに座ると、ほどなく注文した珈琲が運ばれてきた。


「一応、シグレのギルドカードを見せて貰っても構わないか? 〝羽持ち〟であることを確認しておきたいんだが」

「ええ、自分も天恵の説明をせずに済むので、そのほうが有難いです」


 先程〈インベントリ〉に収納したばかりのギルドカードを手渡す。

 ほぅ、とユウジさんは静かな驚きを表情と共に示してみせた。


「これは凄いな……。まさか魔法職を全部揃えたヤツが居るとはね」

「代わりにレベルはまだ1なのですけれどね……。そういえばレベルの指定は無かったようですが、自分でも構わないのでしょうか?」

「ああ、構わない。こう言うと気を悪くするかも知れないが……治療魔法さえ使ってくれるのであれば、戦闘は俺ひとりでも構わないぐらいなんだ。だからレベルは1でも別に構わない、が―――」


 歯切れの悪い台詞に、シグレはただ沈黙して耳を傾ける。


「ちょっと魔物の数が多い所に行こうと思ってね。敵の正面には俺が立つが、だからといって必ずしも後衛を護ってやれるとは限らない。道も入り組んでいるから、後方から敵が来る恐れだってある。だから〝羽持ち〟を捜していたんだが……」

「ひとつ訊きますが、ユウジさんも〝プレイヤー〟なのですよね?」

「ああ、それは勿論だとも。名前で何となく判るだろう?」


 確かに、ユウジという名前は判りやすく『日本人』を連想させる。

 候補が多そうなので、どういった漢字で書く名前なのかまでは判らないが。


「魔物自体はそれほど強いわけじゃないが、数に押されれば全滅も充分に有り得る。だからNPCを連れて行くわけにはいかなくてな」

「なるほど。その気持ちは、良く判ります」


 危険だと判っている場所には、NPCは連れて行けない。

 この世界のNPCは、使い捨てにしていいような人達ではない。こちらの世界に来てまだ四日目とはいえ、色んな人と会話を交わしたことで、シグレはそれを絶対的なことだと理解している。

 良くも悪くも、プレイヤーである自分たちには危機感がない。戦闘を経験した今だからこそ言えるが、少なくとも(殺されたら死ぬ)という意識は、実戦の最中であっても全くのゼロだった。痛みを厭う気持ちはあるから、死にたくないという気持ち自体はそれなりにあるが、あくまでもその程度の危機感でしかない。


「済まないが、できれば敬語はやめてくれないか。俺のほうだけ気安く話しちまうのは、何か悪い気がする」

「……すみません、自分はこれが地でして。崩して話すのは却って難しいのです」

「む、そうか……なら仕方ないか。だが、せめて〝ユウジさん〟という呼び方だけでも辞めてくれないか? 俺の方が年上とは言っても、さん付けにされるのは抵抗がある」

「判りました、それぐらいなら。ユウジ、と呼び捨てにすれば良いですか?」

「ああ、それで構わない」


 年長者を呼び捨てにするのは少々抵抗があるが、相手が望むのだから良しということにしよう。

 実際、自分のような若輩に呼び捨てにされても、嫌な素振りは全く見られない。


「話が少し逸れたが―――どうだろう、シグレは死ぬリスクがある所にある場所には行きたくないと思うほうか? もしそうなら、誘っておいて何だが詳しい話をするまでもなく止めた方がいいと思うが」

「む、そうですね……自分は三日前にこの世界に〝参加した〟ばかりなので、まだ〝死んだ〟経験が無いのですよね。だから、死にたくないと言うよりは―――1回ぐらいは、死を体験しておきたい気持ちが有ったりしますね」

「ははっ、寧ろ『体験しておきたい』ときたか。俺にとっては都合がいいが」


 先に死んで迷惑を掛けるのは少し嫌なので、自分から死に急ぐつもりはさすがに無いが。真面目にやった上での死なら、問題無く受け入れる程度の心積もりはある。

 それに、前回のカエデとの狩りのように、安定している狩りもそれはそれで楽しくはあるのだが。一方ではゲーム好きの血が騒ぐのか、生死のリスクの伴うような狩りをしてみたいという気持ちもあったりするのだ。


「ところで、その『魔物の数が多い所』というのは、具体的にはどういった場所なのでしょう? 街から遠いのですか?」

「いや、案外近場だな。街の西門を出て20分ぐらい歩いた先にある〈ゴブリンの巣〉に行こうと思う。崖に開かれた横穴から進入する洞窟エリアで、中には言うまでもなくゴブリンがわんさか居る。じめじめとはしているだろうが、洞窟内に入れば濡れずに済むから、今日みたいな雨の日には悪くない場所だ」


 ゴブリンか。ファンタジーものとしては定番ではある。

 雑魚モンスターというイメージが強いが、巣ともなれば確かにかなりの数が生息しているのだろう。数に任せて来られれば相当な脅威となることは想像に容易く、リスクが伴う狩場であることも頷ける。

 中に入ってしまえば雨に直接濡れずに済むというのはとても有難い。二日前から長雨が降り続いている以上、洞窟内の湿っぽさは結構酷いことになっていそうではあるが。それでもフィールドで濡れながら魔物を狩るよりは、ずっとマシだろう。


「シグレは〈迷宮地〉というのは知っているか?」

「……いえ、存じません。初めて聞く単語です」

「なら、それについても説明しておこう。〈迷宮地〉というのは、いわゆる『ダンジョン』のことを示す単語だと思ってくれていい。フィールドとは異なり魔物の総数・密度ともに高く、危険性の高いエリアだ。そのぶんフィールドを歩き回って敵を捜すより、狩り自体の効率は良いが」

「〈ゴブリンの巣〉は、〈迷宮地〉のひとつなのですね?」

「その通りだ。そして〈迷宮地〉には、一般的な魔物が生息するフィールドと決定的に異なる点が2つある。ひとつは自然に『宝箱』が湧くことだ。何日か経過する毎に湧くらしいから、他の冒険者が暫く狩りに来ていなければ、それだけ多くの宝箱が〈迷宮地〉の中にはあると思っていい」

「ほう」


 それは、とても魅力的なことだと思えた。

 やはりダンジョン物には、宝箱は欠かせないだろう。自然と中身が入った宝箱が湧く、というのはいかにもゲームらしい不自然なことにも思えるが。その辺は気にしたら負けなんだろうな。


「もうひとつは『魔物』自体も時間経過で湧くことだ。一般的なフィールドとは異なり、〈迷宮地〉の魔物には生息数に際限が無い。冒険者が長らく来ないで居ると、魔物は〈迷宮地〉の中で密度を増し続け、やがては地上のフィールドへ溢れ出すことになる」

「……もしかして、今回の〈ゴブリンの巣〉は?」

「既に魔物が外まで溢れ出している。位置が街道から近いせいで、最近になって荷馬車が襲われる被害が数回発生した。これを受けてギルドには一昨日から〈ゴブリンの巣〉の掃討依頼が貼り出されているが、生憎の雨のせいでギルド自体に冒険者があまり寄りついておらず、依頼を受けたヤツは皆無という話だ。―――だが、荷馬車を走らせる商人が、雨だからといって街道の利用を止めたりする筈も無い。早急に対処しなければ、被害が拡大することは充分に予想される」


 確かに、街から街へ荷を運ぶ行商人などの人からすれば、雨などというのは慣れていて足を止める理由にはならないだろう。寧ろ、雨が降ったからといってギルドに顔を出す人が極端に減る、冒険者のほうが異常なのだ。

 被害が出ているのであれば、解決を手伝うのは吝かではない。名も知らぬ行商人の人が殺められたからといって、別に心が痛むというわけでもないが。自分たちの行動で被害を抑えることができるのなら、その為の努力ぐらいは冒険者として率先しても良い範囲だろう。

 依頼が出ているというのであれば、ギルドから報酬も出るのだろうし。狩りの効率が良いのであればドロップによる稼ぎも期待できるだろう。


「理解しました。自分で良ければ、協力させて下さい」

「おお、有難い。是非よろしく頼む」


 今一度、今度はシグレのほうから手を差し出し、握手を交わす。

 ユウジからパーティの参加要請が来たので、すぐに受諾した。


「ただ、自分のHP量は見ての通りの酷さです。狩りを始めた直後にあっさり殺されたりして、迷惑を掛けたら申し訳ない」

「なあに、その時はシグレの事は忘れてソロ狩りに切り替えるさ。ポーション類はそれなりに持ち歩いてるし、無理すればソロでもやれないことはないからな」


 ソロでも〈迷宮地〉で狩りが出来るというのは、かなり凄いのではないか。

 そう思って、意識してユウジのステータスを視界内に表示させてみると、そこには真っ先に『〈重戦士〉Lv.19』という文字が躍っていた。


(……ヤバい、寄生になりそうな気がする)


 このレベルの人を相手に、レベル1の自分で一体何の手伝いができるというのだろうか。シグレの脳内に、ちらりと『パワーレベリング』という嫌な単語がよぎる。

 協力を申し出てしまったことを、早くもシグレは後悔しそうになっていた。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4388字

文字数(空白・改行含まない):4254字

行数:99

400字詰め原稿用紙:約11枚

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