02. キャラクタークリエイト
「ふふ、話が逸れましたね、失礼致しました」
「あまり驚かさないで下さいよ……」
コホン、と深見さんは咳払いをひとつ。
この咳払いが話を切り替えるときの、彼女なりのクセなのかもしれない。
「とはいえ、そういった楽しみ方はあくまでも余禄のようなもの。基本的には一般的な他のVR-MMOと同様に、キャラクターを成長させたりお金を稼いだり、あるいはファンタジー世界での生活そのものに楽しみを見出して頂けますと嬉しいです。―――というわけでキャラメイクのほうに移りましょう。これから時雨くんのキャラクターの『外見』、『戦闘職』と『生産職』、『種族』などを決めて頂こうと思います。あ、それからキャラクターの『名前』もですね」
「設定項目は一般的なゲームと変わらない感じですね。『外見』というのは設定用のツールか何かが備わっているのでしょうか?」
「いえ、基本的には現在のアバターを。つまり、現実の時雨くんの姿格好を基本として、そこから変えたい場所などに適宜変更を加えていく感じになります。例えば髪や肌の色を変えたり、体型を弄ったりできます。ある程度大掛かりな変更も可能ですが、一応性別の変更だけは不可とさせて頂いておりますね」
「なるほど……」
さすがに、おそらく誇張が含まれているとはいえ『もうひとつの人生』とまで深見さんが口にする程のゲームを、わざわざ性別を変えてプレイする気は毛頭無い。
ただ、時雨はいかにも病人といった印象を与える、痩せ細った自分の体躯があまり好きではなかった。だから弄るとするならその辺だろうか、とも考える。……別に拘りがあるわけでなし、このままでも構わないと言えば構わないか。
折角なので少しぐらいは変えてみる方が面白いのだろうか。例えば、入院生活中では出来る筈も無い『髪の色を染める』という行為を、自分の姿格好のままゲームの中でやってみたりとか。
「気に入らない箇所が出て来た場合、ゲームを始めた後に変更することは可能ですか?」
「可能です。ゲーム内に幾つかある各国の中央都市に必ずある『大聖堂』を訪ねて下さい。大聖堂の司教キャラクターはどの都市でも弊社のスタッフが担当しておりますので、そちらに申し出て頂けましたら対応致します。但し、司教は昼の12時ぐらいまでは不在の場合が多いです。これは、いま私が時雨くんのお手伝いをしているのと同様に、新しくゲームに参加される方のキャラメイクに関わっていて午前中には不在の場合があるからですね」
「ということは、深見さんもどこかの都市で大聖堂の司教役を?」
「はい、一箇所で担当しております。『ルイン』という司教を見かけたら私ですので、ゲーム内でも宜しくお願い致しますね。それと名前が判っている相手には、離れていても〝念話〟と呼ばれる個人チャット機能が利用可能ですので、ゲームに関する質問なども12時以降でしたらいつでも訊いて下さい。―――もちろん、口説いて頂いても構いませんよ?」
「……自分よりも、ずっと上手そうな方を口説く度胸は、自分にはないですね」
時雨が正直にそんな弱音を吐くと、深見さんはくすくすと上品に笑った。
大人なひとだな、と思う。もし口説いたりしても、きっと軽くあしらわれてしまうだろう。
「そうそう、ゲーム内の世界観の話なのですが。ファンタジー物としてはありがちですが、人間以外の種族が幾つか登場致します。いわゆるエルフやドワーフなどですね」
「―――ああ、そうか。種族でも外見が変わってきますか?」
「いえ、種族の差別などが殆どなく各種族の血が入り交じっている世界という設定でして、あまり外見には影響しません。人間と殆ど同じ外見でエルフだったりドワーフだったりすることがあります。なのでそれ自体は気にしなくて大丈夫ですね」
「ふむ、なるほど……」
「ただ、種族の血が入り交じっていることで平均寿命が長命種族と均整化されて、どの種族でも……例えば『人間』であっても現実世界のおよそ2倍近い寿命を持つ長命種族になっています。ですので身長などの体型を現実そのままでお使いになるのでしたら、ゲーム中での設定年齢は倍にして頂くほうが良いですね。確か時雨くんの年齢は―――」
「あ、いま19です」
「では、そのままの姿でプレイなさるのでしたら、ゲーム内での設定年齢は『38歳』前後と考えて頂くのが宜しいでしょう」
現実では成人してもいないのに、まさかいきなり中年相応とは。
いや、寿命が倍の世界なら何もおかしくはないのだろうけれど。
「……ちなみに、ゲーム内の世界での成人年齢は幾つなのでしょう?」
「〈イヴェリナ〉の成人年齢はゲーム内基準で16ないし18歳といった所ですので、現実とあまり変わりませんね。もちろん成人した時点での体躯は現実に比べて随分と幼くなってしまいますが。精神面では充分大人ですよ」
「ふむ、どうしようかな……」
ゲーム内でも19歳ということにして、相応に外見を幼くするのもアリではある。
けれど、強いリアリティの伴うゲームに於いて現実のそれと体型を大きく変更しすぎるのは、無用な混乱を生みはしないだろうか。毎日〝現実の自分の身体〟と入れ替わることになるのだから、その度に身体のサイズが変わってしまうというのは、違和感を覚えても無理なさそうなことのように思える。
「そうですね……少々迷いますが、差し当たりこのままでお願いします。何か変えたくなりましたら、ゲーム内でお願いすることにしますので」
「判りました、それでは御用の際には大聖堂にお願いしますね」
深見さんが手元に表示させたウィンドウを操作する。
すると身につけている衣服だけが、入院生活で時雨が愛用している作務衣から、全く別の服装へと一瞬のうちに変化した。黒に近い色を基調にした異国の正服のような衣装で、素材は触感的にウールだろうか。保温性が高そうなので、まだ微妙に寒さの残るこの季節には良いかもしれない。
「ふふっ、時雨くんの服装は私の好みに決めちゃいましたが構いませんか? 時雨くんって男性なのにとても痩せていますから、こういうのが良く似合う気がして」
「……はい、ありがとうございます」
こういうぴしっとした服は好きなので、似合うと言われるのは素直に嬉しいとも思うのだけれど。痩せていると言われるのはあまり嬉しくないほうなので、時雨は少々複雑な心境だった。
(なかなか上等な服だな)
何度か腕を回したりしてみて、実際に身体を動かすことで服の着心地を軽く確かめてみるが、快適そのもののようだ。窮屈でもなく、時雨の身体へ適度にフィットしていて丁度良い。
ゲームへのログインの為に身体のサイズ等を計測された覚えは無いのだけれど、医療補助端末である【カリヨン】には、時雨のパーソナルデータが総て記録されていると考えるべきだろうか。
今更ながらに気付いたが、下半身の感触的におそらく、服を入れ替えた際に下着まで一緒に全く別のものに変わっているようである。システム的な処理での一瞬のこととはいえ、他人の手によって下着まで換えられるというのは何だか変な気分がした。
「今着ている服以外にはこちらで用意しませんので、必要に応じて街の市などで購うようにして下さいね」
「判りました。初期の所持金はゼロからのスタートですか?」
「いえ、最初に3,000gitaが用意されます。ギータというのは〈イヴェリナ〉の世界での共通通貨ですね。えっと―――試しに頭の中で『インベントリ』と『ストレージ』という単語を意識してみて下さい。それでアイテムウィンドウが2つ開くと思います」
「やってみます」
試しに『インベントリ』と念じると、視界の中にウィンドウが1つ開く。
最大で40種類ぐらいまでのアイコンが並びそうな欄の中に、ポーションらしきアイコンが1つだけ〝10〟という所持数を示すと思われる数字とともに表示されていた。また、インベントリ欄の下端部には〝3,000gita〟と所持金の額が書かれている。
続いて『ストレージ』と念じると、こちらは中に入っているものがリスト表示されるタイプであるようだった。アイコン表示ではないのでアイテムの具体的な名前を読み取ることができ、現在は『初心者用ポーション』が20個入っているようだ。
「アイテムの詳細を知りたいと思いながら見つめれば、表示されると思います」
深見さんの指示通りにインベントリのポーションアイコンを見つめてみる。
すると、インベントリウィンドウの脇に詳細を列記するウィンドウが表示された。
------------------------------------------------------------------------------------
初心者用ポーション/品質40
【譲渡不可】【充填】
初心者に配布されるポーション。飲用することで40程度のHPを回復する。
空き瓶を捨てずに残しておくことで、毎朝6時に中身が充填される。
このアイテムは戦闘職のレベルが『6』に達すると失われる。
------------------------------------------------------------------------------------
どうやらインベントリに10個、ストレージに20個ずつそれぞれ入っているポーションは同じものであるようだ。日付の経過が必要とはいえ、中身が勝手に補充されるポーションが30個も支給されるというのは有難い。
レベル6になる前までという制限は、おそらく『そのレベルに達するまでに通常のポーションを自力調達できるようになりなさい』ということなのだろう。
「確認できたようですね? では次にインベントリからアイテムを実際に取り出してみましょう。〈インベントリ〉のウィンドウは消そうと意識すればすぐに見えなくなると思います」
意識してみると、確かにインベントリのウィンドウが視界内から瞬時に消える。
「中に『初心者用ポーション』というのが10本入っていましたね? 〈インベントリ〉のウィンドウは表示させないままで大丈夫ですので、これを1本だけ手に取ることをイメージしてみてください。すると―――」
「―――おおっ」
時雨の右手の中に、すぐに1本だけポーションが現れる。
〈インベントリ〉のウィンドウを再表示してみると、アイコンの数値が『9』に減少している。
今度は試しに、右手に取り出しているポーションを収納するイメージをしてみる。すると右手からアイテムが消滅すると共に〈インベントリ〉のアイコンの数値が『10』に戻った。
「説明する前に収納もできたみたいですね。〈インベントリ〉に入っているアイテムは意識すればすぐに取り出したり、あるいは収納することができます。便利ですが、〈インベントリ〉には100個×40枠までしかアイテムを仕舞うことができないという制限があります。ですので、より多くのアイテムを扱う為には〈ストレージ〉を利用します」
「ストレージ―――倉庫のことですよね?」
「はい、携帯倉庫のようなものとお考え下さい。〈ストレージ〉には上限なく幾らでもアイテムを収納することができますが、〈ストレージ〉に入っているアイテムは直接手の中に出すことができません。取り出すためには〈ストレージ〉から〈インベントリ〉のほうに一旦移し、経由させて下さいね。こちらも意識することで同様に操作が可能ですので」
「やってみました。〝意識〟で操作できるというのは、便利でいいですね」
インベントリのポーション10個をストレージに移すと、ストレージのポーション個数が『30個』に増加する。そこから試しに20個をインベントリに取り出してみる。
ストレージから直接取り出すことは出来ないとはいえ、意識するだけでスムーズに移動が行えるのだから不便は全く感じない。アイテムの具体名などが予めちゃんと把握できていれば、インベントリを経由して戦闘中にストレージからアイテムを引っ張り出すのも別に難しくは無いだろう。
「……ちょっとアイテムの説明に話が逸れちゃいましたね。このゲームは『意識する』ことで大抵の操作が可能です。『ステータス』と念じればステータス画面が表示されますし、『マップ』と念じれば街や地方の地図が表示されます。機能で判らない所があれば『システムヘルプ』と念じれば手が空いているスタッフと念話が通じますので、そちらで訊いてみて下さい」
「判りました、ありがとうございます」
「はい、では脱線しちゃいましたがキャラメイクに戻りましょう。外見は現時点のもので確定して宜しかったですよね?」
深見さんの問いに、時雨は頷いて答える。
「あとで選んだ種族次第では、ちょっと修正するかもしれませんが」
「ふふ、判ります。エルフだと耳をちょっぴり長くしたり、とかですよね」
くすくす、と笑う深見さんにつられて、時雨も口角が上がった。
そこはやっぱり、ファンタジーとしてはありがちだけれど譲れない部分だ。
「それでは次に『戦闘職』を決めましょう。選んだ戦闘職によっては、種族の選択肢が狭まってしまうことがあります。例えば『ドワーフ』は精霊に嫌われる傾向がある為に〈精霊術師〉にはなれなかったり、信仰心を持ち得ない『レニア』という妖精の種族は〈聖職者〉を選べなかったりします」
「種族ではなく、職業を先に選ぶのですか?」
「はい。種族を先に選んでも良いのですが、プレイスタイル上で『戦闘職』を何にするかというのは楽しみ方に直接影響しますからね。種族を先に決めて職業選択の自由を狭めるよりも、先にこちらを選ぶ方が私は良いと考えています。―――もちろんエルフが好きとか、種族の方に拘りがお有りでしたら別ですが」
確かに、それは深見さんの言う通りかもしれない。
折角のファンタジーなのだし、当初はエルフなどの亜人種族を選択してみるのも良いかなと思ったけれど。別に拘りという程のものも無いし、ここは素直に従うことにしよう。
お読み下さり、ありがとうございました。
-
文字数(空白・改行含む):5815字
文字数(空白・改行含まない):5645字
行数:124
400字詰め原稿用紙:約15枚