16. 初報酬の使い途
冒険者ギルドで討伐報告を済ませると、5,000gitaの報酬金が支払われた。
〈准六等冒険者〉ランクの常設依頼である『ウリッゴ10匹の討伐』。シグレ達は50匹を討伐したので、この依頼1回分に加えて40匹分の余剰討伐報酬が支払われると思っていたが、窓口の方が言うには『合わせて5回分の依頼達成として処理しておきました』とのことらしい。
24時間営業である冒険者ギルドの窓口は3交代のシフト制とのことで、シグレが世話になったクローネさんではなく別の人が達成処理を担当してくれた。色々と心配してくれた彼女に無事依頼の達成が完了できたことを示したいと思っていただけに、少しだけ残念だ。
報酬金額は10匹で1,000gita、1匹の余剰討伐ごとに+100gitaという扱いなので、結果的にはどちらで処理しても報酬そのものが変化するわけではないようだったが。依頼の達成回数はギルドカードのランク査定に直結するため、依頼票に記載された討伐要求の倍数でキリよく達成した場合には、複数回の達成として処理することになっているそうだ。
カエデと共闘での達成とはいえ、成り立ての〈初等冒険者〉に過ぎないシグレにとっては格上の依頼である。討伐系の評価が採取系の依頼より高く見積もられることも相俟ってか、5回分の達成と評価されたことでシグレのギルドランクは即座に〈准六等冒険者〉へと格上げされることになった。
シグレ自身は(えっ)という感じで戸惑い以外に何の感慨も湧かなかったのだが、シグレの代わりに隣でカエデが大層喜んでくれたので、彼女が喜んでくれるのはシグレにとっても素直に嬉しいことだと思うことが出来た。
ランクアップ処理のため、ギルドカードは一度ギルドへ預けることとなった。15分程で終わるそうなので、手続きが完了するまで待っていても良かったのだが、充分な額の報酬を手にしたのだから、少なくとも今日のうちにはもう他の依頼に着手するつもりもない。明日以降にでも、〈准六等冒険者〉の依頼票をチェックするついでに受け取れればそれで構わないだろう。
―――そう、充分なお金を手にしたのだ。
素材の売却益が10,100gita。依頼の5,000と合わせると、合計額は15,100gitaにもなる。二人で分けても7,550gitaずつとなり、武具などを購った残金と合わせるとシグレの所持金はゲーム開始時の3倍近い額になった。
贅沢しなければゆうに3週間は暮らせる額なので、これで色々とやりたいことに時間を費やす余裕ができたことになる。数日程度は狩りを忘れて、他のことに専心してみるのもよいだろう。
まずは各職業の施設を訪ねたりして詳しい説明を受けると共に、スペルのバリエーションを増やすのが優先事項だろうか。あとは街中を歩いてお店などを発掘してみるのも良さそうだし、街の地図に初めから記載されている『陽都図書館』というのも結構気になっている。露店市を歩いて装備品や消耗品を揃えてみるのも良いだろうし、あるいはギルドの二階で無為に時間を潰しながら、適当な人に話しかけて交友を得てみるのもいいかもしれない。―――未知の世界では、やりたいことに事欠かない。
「さて、じゃあお買い物にいこっか?」
「……え?」
冒険者ギルドを出た直後に、隣のカエデから当然のようにそう言われてシグレは思わず首を傾げる。
時刻はまだ16時を回った程度なので、確かに商店でも露店市でも当分は開いているだろうけれど。にしても急な提案だったので、驚いてしまったのだ。
「だってシグレ、私がゲームを始めたときと同じで服はその一着しか持ってないんでしょ? 明日も同じ服を着るつもり?」
「それは―――。えっと、《浄化》とかで何とかなりませんかね?」
「なるかもしれないけれど、じゃあ下着はどうするの? 《浄化》のスペルを掛ければ、明日も同じ下着を穿いてられる?」
「………」
できなくはないが、結構キツい。
着たきり自体には入院生活で慣れている。それでも然程汗をかくことがない入院生活中でさえ、下着だけは毎日変えなければ気持ち悪いものだ。物理的な問題ではなく、精神的な問題と言ってもいい。
《浄化》のスペルを掛ければ汚れは綺麗になるのかもしれない。連続して身につけていても問題無い衛生状態に回復するのかもしれない。だが―――そういう問題ではないのだろう。可能か不可能かの理屈云々以前の問題として、あまり好きこのんでやりたいとは思わない。
「……買いに行きましょう。仰る通り必要です」
「だよね。男の人でも、さすがにその辺は変わらないか」
確かに、この辺のことは男であるシグレよりも、女性の方が敏感な問題だろうか。
とはいえ、自分が潔癖なほうだとは思わないが。男だって下着くらいは毎日変えるのが当たり前なのだ。
カエデに案内された冒険者ギルドから程近い衣料店で、肌着を中心に衣類を買い漁る。
ファンタジーの世界であるにも関わらず、妙に完成度が高い現代っぽいデザインの肌着が多いことを少し訝しくも思ったりしたけれど。この辺はおそらく、プレイヤーである私達が直に身につける肌着などで変なストレスを抱かないで済むよう、運営の人達が配慮してくれているのかもしれない。
値段も上下セットで100gita程度と思いのほか良心的であったので、とりあえず何も考えずに上下5セット分を買い揃えた。どうせストレージに突っ込んでおけば邪魔になるわけでもない。次にお金を稼い際にでも、更にもう少し買い足すとしよう。
肌着はそれでいいのだが、問題は普段着だ。普段着だって一着だけというわけにはいかないし、この際に何着か買い足しておこうと思うのだが。……よく考えてみれば、自分の服を自分で購うという機会自体が久々なもので、店内に陳列されたこうも大量の衣類を前にしてしまうと、何を選んで良い物か途方に暮れてしまった。
(着られれば何でもいいか)
そう思い、ある程度体型を問わず着られそうなゆったりした服を中心に手に取っていると。先程「私も自分の服を見てくるね」といって離れていった筈のカエデが、いつの間にかシグレの隣に戻ってきていて。横から見てすぐに判るほどの、露骨に渋い顔でシグレが手に取った衣服を見つめていた。
「……さすがに、そのチョイスは無いんじゃない?」
「そう、ですかね? 普段自分で服を選ばないもので、どういうのがいいか判らなくて」
シグレの言葉に「は?」とカエデが一瞬硬直する。
その後、にやにやと何やら妙な笑みを浮かべて見せた。
「なぁに、もしかして未だにお母に服を選んで貰ってたりとかー?」
「いえ、父母はどちらも二年前に他界しましたので」
「そ、そうなんだ……」
仮に生きていたとしても、時雨の病室にさえ一度として顔を出してくれなかった父や母が、子供の服を買うなどという保護者らしいことをしてくれたとは思えないが。
「服は妹が買ってくれていました。自分は入院してまして、買いに行けないもので」
「ああ……入院してるなら自分では買わないよね、そりゃ」
「なので、どういう服が自分に似合うかも存じませんし。そもそも今の身長なども妹が把握しているだけで、自分では知らなかったりするんですよね」
「あ、それは良くないね。ならお店の人を呼んで先に計って貰った方が良いかも。……自戒の意味も込めて、服は私のほうで選んであげようか?」
「宜しければ是非。着られれば何でも構いませんので」
何に対する〝自戒〟なのか、いまいち意味が判らなかったが。カエデの申し出自体は素直に有難かったので、お願いすることにした。
カエデに言わせると、いまシグレが着ている服では「ちょっと趣味の良い普通の町の人にしか見えない」とのことである。別にそれでも構わないかとも思うのだが、冒険者なら冒険者らしい服装にすべきなのだろうか。
お店の人に頼んで背丈や胴回りといった身体のサイズを計って貰い―――その数値を見たカエデが妙に口の端を引きつらせていたのはさておくとして―――10数分程度の時間を掛けて、カエデは店内から4着ほどの服を選んでくれた。
どれも比較的落ち着いたデザインと色合いの服で、ローブこそ無いが冒険者や魔術師であることを思わせる印象を持った服だった。店員の方に進められて試着室を利用して身につけてみると、シグレの痩身にも合致するサイズで着心地も良い。
カエデは「この中から気に入ったものだけ買ってみてはどうかな」と言ってくれたけれど、どれも申し分ない着心地であったのでシグレは即座に総てを購入した。全部で1,190gitaぐらいの出費であれば、今の懐状態なら許容範囲だろう。
「それじゃ着替えも手に入れたことだし、お風呂屋さんにでも行かない?」
「風呂、ですか。宿にもお風呂は付いていませんでしたし、確かに是非とも一度利用して、場所を把握しておきたいですね」
「よしきた、250gitaぐらい掛かると思うけどいい?」
「……意外にお金が掛かるのですね? 宿の料金よりも高くつくとは。―――ええ、もちろん構いません。」
「そうなのよねー、だからシグレのお陰で助かるわぁ」
カエデの台詞を聞いて(一体何が助かるのだろう?)とシグレは思う。けれど訝しくは思いつつも、特に訊き返すようなことはしなかったのだが。
その判断の愚かさをシグレが後悔するまでに、然したる時間は掛からなかった。
お読み下さり、ありがとうございました。
-
文字数(空白・改行含む):3892字
文字数(空白・改行含まない):3777字
行数:79
400字詰め原稿用紙:約10枚