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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
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15. 聡明なゼミス

 バロック商会の中は幾つもの照明が設置されていて、とても明るかった。狩りの前に寄った武具店の『鉄華』が妙に薄暗かっただけに対照的で、フロアの全容はすぐに見通すことができる。手入れが行き届いていて清潔感があり、シグレはすぐにこの商会に対して好印象を抱いた。

 入ってすぐの部屋は然程広くなく、カウンター窓口がひとつあるだけだ。そこには現実換算で30歳ぐらいと思われる眼鏡を掛けた大人の女性が、ひとりで帳簿を付けながら番をしていた。


「―――いらっしゃい、カエデ。今日は素敵な紳士がご同伴なのね?」


 ドアベルの音に反応して顔を上げた窓口の女性が、こちらを見てそう声を掛ける。

 そう言われても、こちらは普通の〈旅人の衣服〉を身につけただけの痩せこけた男である。彼女の言葉が露骨すぎる世辞だと判るだけに、シグレは却って情けない気持ちになって苦笑するほか無かった。


「あは、いいでしょー。今日はウリッゴの素材を買い取って貰える?」

「念話で言っていたやつね。もちろん買い取らせて貰うわ」


 窓口で番をしている商会の女性とは既に見知った仲であるらしい。カエデが気安くそう訊ねると、商会の女性も顔を綻ばせながら頷いて応じた。

 その女性とは既にフレンド登録を交わしているのだろう。カエデは戦利品の素材を実際にカウンターへ取り出して並べることなく、互いのインベントリ間で直接やり取りしたようだ。


「ほほう……」


 感嘆の声が、商会の女性から上がる。

 ウリッゴから回収して来た素材の量が量なので、無理もないことかもしれない。

 暫くの間、女性は俯き加減に何かを調べている様子だった。おそらくは彼女の〈インベントリ〉に移された肉と皮の素材品質などについてチェックしているのだろう。カエデも慣れた様子で、彼女の確認作業が終わるのを待っているようだ。

 良い値で売れるといいな、と思う。生活に余裕さえ出来れば、戦闘職のことについても生産についても色々と調べて見たり試してみたいことはある。あるいは、何もせずにただぶらぶらと歩き回って街の様子を知りながら楽しんで見るのも良いかも知れない。


「―――うん、お待たせしました。量が多いから、ちょっと待たせちゃったわね」

「シグレと二人で頑張っちゃったからねー。全部が無理なら一部買い取りでもいいけど?」

「あら、折角の大量調達の機会を棒に振るなんて商人のすることじゃないわよ。もちろん喜んで買い取るわ。ウリッゴの素材は使い出の割にあまり出回らないし、こちらとしても有難いのよ」


 ウリッゴは決して強い魔物ではないが、単体ではなかなか行動しない習性を持つ。その為、ソロ活動の冒険者からは忌避され、かといって集団で狩るほどの相手でもないためパーティ活動の冒険者からも見向きもされない相手なのだそうで、街のすぐ近場から生息している魔物の割には案外素材が持ち込まれる頻度が高く無いそうだ。

 これだけ大量のウリッゴ素材が持ち込まれるのは商会としても滅多に無いことだと、バロック商会のお姉さんは嬉しそうな笑顔を湛えている。おそらくは彼女の頭の中で、算盤そろばんのようなものが動いているに違いない。


「狩りが終わってすぐ持ってきてくれたのね? 質も良いみたいで助かるわ」

「ま、それぐらいはねー」


 肉は生ものなので品質の劣化が早い。皮は肉ほど足が早いわけではないようだけれど、こちらも時間経過でゆっくりと品質が落ちる素材であるようだから、街に帰って真っ先にここへ売りに来たカエデの判断は正しいものだったのだろう。

 そういえば―――今更ながらに思い出しても遅いのだけれど。シグレが修得している〈聖職者〉のスペルには、確か《防腐》というものがあった。確か、効果は『最大で12時間まで、対象物の腐敗進行速度を大幅に遅らせる』だっただろうか。

 そう、確かキャラメイクを終えた後、自室で解説書を見ながら初めて自分のステータスの詳細を見たときに確認したのだった。あの時、初めて聖職者のスペルに初期登録されているリストを見たときには(絶対戦闘に役に立たないだな)と、そんな風に苦笑気味に思ったものだけれど。

 おそらく『対象物の腐敗進行速度を大幅に遅らせる』とは、即ち品質の劣化速度を抑えることを意味しているのだろうから。そう考えると今回のように、調理素材などの生鮮品を稼ぐときにはなかなか有用なスペルかもしれない。


「そうね……ウリッゴの肉は単価48、生皮は単価85で買い取るわ」


 商会のお姉さんが提示した単価は、街へ帰る際にカエデから聞いた額よりも高い。

 肉が40、皮が70ぐらいで売れるという話だったから、ちょうど2割ほど高い金額を提示されたということだろうか。


「え? いつもより買取値が高くない?」

「そりゃ、これだけ沢山持ち込んでくれる冒険者なんて滅多にいないもの。是非お得意様になって欲しいってこちらから頼みたいぐらいだし、できる限りのサービスぐらいはさせて貰うわ。それに―――」

「……それに?」

「そちらの彼は初めてここに来てくれた冒険者でしょう? だったら彼に少しでも懐の広い所を見せて、こちらの心証を良くして置いた方がいいかと思ってね」


 シグレのほうをちらりと見ながら、彼女はそう告げる。

 そういう魂胆は、あまり直接本人に言わない方が心証が良いことのような気がするのだけれど。けろりと何でも無いことのように包み隠さず口にする彼女に苦笑しながら、一方でそうした彼女の明け透けとした気性の面白さにシグレは好印象を持った。


「全部で10,089だから、端数を切り上げて10,100gita払うわね。―――これだけ大量にウリッゴを狩ったのなら、希少素材も出たでしょう? 良ければ相応に色を付けて買い取らせて貰うけれど?」

「そっちは使う予定があるので、今回は無し。ごめんねゼミスさん」

「あら残念。それなら仕方ないわね」


 実際、ゼミスさんと呼ばれた彼女の指摘通り、シグレ達も少なからずそれらを回収しているわけだけれど。カエデが売らせてくれないのだから仕方が無い。


「えっと―――シグレさん、で良いのよね?」

「あ、はい」


 商会の女性に急に話しかけられて、シグレは一瞬反応が遅れる。


「私は『バロック商会』副代表のゼミスといいます。どうぞ今後ともご贔屓にお願いしますね。宜しければ、シグレさんをフレンド登録しても?」

「願ってもない。こちらこそ、是非よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。こちらへ素材を売りに来られます際には、念話で一報入れて頂ければ私が対応できると思いますので、気軽にご連絡下さいね」


 ただの受付のお姉さんかと思っていたら、商会の副代表だったらしい。意外に偉い人だったとは……気さくな話し方をする人だし、シグレ達よりはずっと年上とはいえ重役を担うにしては随分と若い人だから、全くそんな風には思っていなかった。

 視界内に『ゼミスにフレンド登録を要請されました、許可しますか?』というウィンドウが表示される。すぐにシグレも〝意識〟してそれを承諾した。


「そういえばシグレは凄いよ? ゼミス、シグレの天恵を見てみてよ」

「天恵? いいけれど」


 パーティを組んだ相手のステータスを見ることができるのは、カエデに教わって知っていたけれど。どうやらフレンドに登録した相手のステータスも見ることができるらしい。

 試しにゼミスさんのステータスを表示すべく〝意識〟してみると、確かに表示される。当然のごとくレベル1ではあったけれど、地味に〈召還術師〉の戦闘職を持っていることに少し驚かされた。


「―――なるほど。これは凄い」


 今日一番の驚きの表情をゼミスさんが見せる。

 シグレの天恵欄を見たのであれば、当然の反応かもしれない。


「戦闘にしても生産にしても、なかなか苦労しそうな天恵を持っているみたいだけれど……。生産の天恵がこれだけ揃っているのであれば、シグレさんが狩りから持ち帰ってくれる素材の量は期待しても良さそうね?」

「果たしてご期待に添えるかは……頑張ってはみますが」


 天恵のお陰でドロップの獲得量が増えやすいとは言え、他人よりも圧倒的にレベルの成長が遅いのだから。結果として素材が稼ぎ易いとは限らないのだ。

 今日狩ったウリッゴだってカエデが居てくれたからこその大量戦果であり、ソロではこの半分の戦果も出せるとは思えなかった。


「ゼミスさんに幾つか質問をさせて頂いても?」

「遠慮は無用ですので、何なりと。それと宜しければ〝ゼミス〟と呼び捨てに」

「では自分も呼び捨てにして頂けると嬉しいです。肉と皮を買い取って頂けることから察するに、食材と皮革材料を扱っているのは判るのですが。他にはこちらで、どのような素材を買い取って頂けるのでしょう?」


 突進力の高いウリッゴは、HPの低さが致命的なシグレが狩るには難易度が高い。ソロの場合には足止めとノックバックを多用しながら、もっと足の遅い魔物を狩るほうが賢明だろう。

 そうした魔物を倒したときに、どういう素材が手に入るのかは判らないが。どういったものであれば『バロック商会』に持ち込むことができるのかは、予めある程度把握しておきたい。


「うちで扱っているのは食料品・衣料品・生活用品全般なので、その辺りの生産に用いる素材であれば基本何でも買い取ることが可能ですね。最も注力しているのが食材系でして、これは自前で飲食店や屋台も多く経営しておりますので相場よりも些か高めに買い取ることができると思います」

「なるほど……。食材は足が速いものが多いでしょうから、迷わずここに持ち込むことにします」

「ええ、有難いお話です。その際には必須ではありませんが、できれば〈念話〉で私にご一報下さいませ。それから食材系に次いで、生活品に加工する布や皮革の素材といったものも高く買い取ることができると思います」


 となると、食材と皮革材料を主に落とすウリッゴなどは、まさにこの商会に持ち込むためのような魔物だなと思う。


「では例えば、薬の素材などは?」

「薬品や衛生雑貨などの材料となりますから、生活用品の材料範疇と言えなくもないですが……。他に専門で扱っている商会が幾つかありますので、当商会では扱っておりません。買い取れなくはないのですが、おそらくは冒険者ギルドで売却するのと同程度の値になってしまうかと」


 確かに、言われて見れば『医薬品』などというものは、いかにも独自専門で扱う商会がありそうなものである。

 となると、やはり狩りで獲得できる素材種別ごとに、売るための商会の伝手を複数得ておく必要があるようだ。当面は他の素材のついでにこちらで安く売却するのでも構わないとは思うが、将来的には然るべき適正な伝手を得ておきたい所だ。お金は稼げるに越したことはないのだから。


(冒険者ギルドで、売るために適した商会も教えて貰えたりするだろうか?)


 それとも、安くてもギルドで売れと怒られてしまうだろうか。カエデを紹介して貰うことを初めとしてギルドには世話になっているだけに、もしそう言われてしまうと拒みにくい気がする。

 差し当たり、腐るものでない限りは当面ストレージに溜め込んでしまうのが良いだろうか。品質が劣化しないものについては〈ストレージ〉に幾らでも溜め込んでおくことができるのだから、金に困らない限りは処分を急ぐ必要も無いだろう。

 売却の伝手については、ギルド二階の飲食店などで他の冒険者の人と話す機会があったら、色々と訊いてみるのが良いだろうか。やはり最も頼りになるのは同じ生業の先輩方であろう。自分より何歩も先を行く先輩であるカエデに同行させて貰ったことで、改めてシグレはそう思うようになっていた。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4846字

文字数(空白・改行含まない):4695字

行数:108

400字詰め原稿用紙:約12枚

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