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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
8章 - 《聖騎士の忠節》
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147. 生産作戦会議・参

「ベル、その呼び方はやめて下さい……。えっと、残りの四人で衛士隊の方の武具を担当しようと思います。カグヤが〈鍛冶〉でユウジが〈木工〉、シノが〈縫製〉ですね。自分は武具の種別を問わず、付与を施す作業を担当します」


 残りの三人にシグレさんが仕事を割り振っていく。

 この中で最も生産職のレベルが高いのは、やはり店を構えているカグヤなのだけれど。何気にユウジさんも〈木工職人〉を高いレベルで修めている。シノさんも〈調理師〉と〈縫製職人〉の二つの天恵を有している割には、それなりの腕前だ。


「担当自体は妥当だと思います。ですが、日程の余裕から考えて手間が掛かる物を作るのは……。例えば『鎧』などを作るのは、ちょっと厳しいと思いますよ?」


 この三人で担当すれば、それほど時間を掛けずに武具を拵えたとしても、衛士隊の方々へ支給されている装備品よりは随分と良い物を作ることができるだろう。

 しかし、雨期が開けるまでの約10日という期限。それは短いと嘆くほどではないにしても、決して余裕があるとも言えないのだ。

 例えばカグヤであれば、刀を始めとした武器の類であれば作り慣れているので、数打物でも良いのなら10日のうちに100や200は兵器で揃えることもできる。けれど、鎧や甲冑などといった何かと作成に手間が掛かる武具ともなれば、日に1個か2個ぐらいしかカグヤには作ることができない。


「鎧は作りません。先程アニストールさんの格好を見た方は判るかも知れませんが、衛士隊の方が着用する胸甲(きょうこう)のような―――えっと、ああいった鎧を何と言うのでしょう?」

「あれは〝ブレスト・プレート〟ですね」


 その問いに、武具店主の見地からカグヤは即答する。

 腰から首までに掛けての胸部と腹部のみを保護する金属鎧は、重さはそれなりにあるものの身体の動作をあまり阻害することがない。山地での戦闘にも向いているし、そのまま馬にも騎乗することができる。


「アニストールさんが着用されていたブレスト・プレートには、それが衛士隊に支給されているものであることを示す意匠が彫り込まれています。覚えていますか?」

「……そういえば、あった気がします」


 交差させた二本の槍を背景に、描かれる太陽の紋章。確か、そういったものがブレスト・プレートの胸面に彫り込まれていたのを朧気ながら覚えている。

 太陽の紋章は、ここ〈陽都ホミス〉の都市に所属する兵には一般的な紋章として使われている。それに二本の槍を組み合わせた図柄が、この街の衛士隊である身分を示すものということなのだろう。


「カグヤが先程言った通り鎧を作るのは手間でしょうし、まして意匠まで再現しなければならない以上、これを準備するのはかなり大変でしょう。ですので、今回の所は武器だけにしようと思います。……鎧にも付与だけは行うつもりですが」

「付与だけ? どういう意味だ?」

「ええ。アニストールさんにお願いして衛士隊の方が使っている鎧と、あと鎧と同じく意匠が彫り込まれている盾とに関しては、雨期のあいだ一時的に貸して頂くことにしました。これに幾つかの付与だけはさせて頂くつもりでいます」

「なるほど……」


 シグレさんの言葉に、ユウジさんがおもむろに頷く。

 確かに、シグレさんの腕前で付与を施せば、それだけでも胸甲の着用者にかなりの恩恵を与えることができるだろう。


「アニストールさんの話に拠れば、衛士隊50名のうち弓を扱う方がちょうど10名、杖を扱う方が6名いるとのことです。この16名の武器に関しては、ユウジに〈木工〉でお願いしたいのですが」

「それは構わんが。俺の担当はそれだけでいいのか?」

「いえ、残り34名のうち半数以上は槍を武器に使います。ですので、槍の柄部分についてもユウジに作成して頂けたらと」

「判った。なら穂先はカグヤの嬢ちゃんが作るってことだな?」

「ええ。お願い出来ますか、カグヤ」


 シグレさんとユウジさんの二人が、カグヤのほうを見てそう訊ねる。

 もちろん、カグヤはそれに頷いて快諾した。


「承知しました。穂先部だけで良いのでしたら作成にあまり手間も掛かりません。組み立ても私の方でしましょうか?」

「いや、穂先さえ貰えれば組み立ては俺のほうでやろう。俺は槍生産メインで生産レベルを上げてきているから、槍に関しちゃ作り慣れているしな」

「それは、助かります」


 店を構えている以上、槍もそれなりに作ってきてはいるけれど。やはりカグヤは己の本分を〝刀鍛冶〟だと思っているし、それ以外の生産に関しては少なからず不得手な部分もある。

 慣れていると言うのであれば、ユウジさんに任せてしまった方が良い物として出来上がるだろう。


「槍以外の方は全員が長剣を武器に使いますので、そちらの製作もカグヤにはお願いします」

「判りました。出来上がった品には、鍛錬による強化も行って構いませんか?」

「是非お願いします」


 長剣は最も良く売れる武器なので、刀と同じぐらい作り慣れている。

 槍の穂先と長剣だけなら作るのに苦労する事はまず無いので、鍛錬に費やす時間を充分に取ることができるだろう。


「……シグレ様、私は何をすれば良いでしょう? 生憎と私にはお二人のように、衛士隊の方が戦闘に役立てられるような武具が作れるとも思えないのですが」


 どこか申し訳なさそうな表情で、そう漏らすシノさんの言葉。

 〈縫製職人〉は日用する衣類製作などに極めて役立つ天恵ではあるものの、こと防具の製作に関して言えば、どうしても〈鍛冶職人〉や〈皮革職人〉に防御性能で見劣りする印象は否めない部分がある。シノさんが萎縮するのも無理ないことだろう。

 けれどシグレさんは、すぐにかぶりを振ってその懸念を否定してみせた。


「シノにはキルティングのジャケットをお願いしたいのです。ブレスト・プレートの下に着用するような、クロス・アーマーとかギャンベソンとか呼ばれるものですね。確か既に〝エトランゼ〟の店内に、何点か完成品を並べていましたよね?」

「あれでしたら確かに、それなりの数を生産済みではありますが……。良くも悪くも普通の服ですので防御力は殆どありませんし、せいぜい〈衝撃耐性〉と、あとは炎か氷の耐性が幾らか上がる程度のものですよ?」


 布製の防具は防御力こそ低いけれど、織り込む糸の素材によって、比較的容易に特定の攻撃属性に対する耐性を持たせることができる。これは金属製の防具にはなかなかできない特性であり、時には防御力の値以上に大きな力を発揮することがある。

 特に代表的なものが〈衝撃耐性〉や〈刺突耐性〉で、これは比較的廉価な素材だけでも簡単に付けることができる上に、相手を選べば充分に有用だ。尤も、シグレさんが良く行く〈ゴブリンの巣〉や〈ペルテバル地下宮殿〉のように、ゴブリンやスケルトンが武器を構えて襲ってくる場所となると、これよりも〈斬撃耐性〉のほうが有用になるけれど。

 ブレスト・プレートのような固い金属鎧は刺突の攻撃こそ充分に防いでくれるけれど、一方では衝撃などを吸収しにくい面がある。鎧下に着用するクロス・アーマーに〈衝撃耐性〉を持たせるのは、ある程度慣れた冒険者であればよくやっている重ね着の手法でもあった。


「充分です、今回は特に〈衝撃耐性〉と〈氷耐性〉が欲しい。その二つの耐性を持つ品があれば、衛士隊の方に合わせてサイズだけ仕立て直して頂けますか。また、数が足りないようでしたら新規に作って頂きたいのです」

「その程度でしたら、大丈夫だと思いますが……」


 いくら10日間あるとはいえ、服を50着も新規に作るのは難しい。〈縫製〉が門外漢のカグヤにでも、その程度のことは判る。

 けれど、その半数でも仕立て直しだけで済ませられるなら、要領の良いシノさんにとっては然程大変なことでもないだろう。


「……シグレ。教えて欲しいんだが」

「何でしょう?」

「森に溢れてる魔物ってのは、要するに獣系の魔物だろう? シグレが防具に〈衝撃耐性〉を重視するのは俺にも理解出来る。だが―――なぜ〈氷耐性〉が必要になる?」


 そうシグレさんに問う、ユウジさんの疑問は尤もなものだろう。

 カグヤ自身はまだ見たことが無いが、カエデから〈ペルテバル地下宮殿〉の地下二階に登場するハッグという名前の魔女の姿を模した魔物が、氷の吹雪を起こすスペルを行使してこちらを攻撃してくるのだと聞いたことがある。

 そういう魔物と戦う上であれば〈氷耐性〉の防具が役立つ場面も少なくないのだろうけれど。けれど、森に棲む獣系の魔物がスペルを行使してくるとは思えなかった。


「……少し、迂遠な説明になってしまいますが」


 ユウジさんの問いに、シグレさんは静かに頷いてから語り始める。


「アニストールさんが隊長職として所属されている、衛士隊の〝掃討班〟と呼ばれる部隊のことなのですが。実はアニストールさんが指揮されているものとは別に、もうひとつ同様の班があるそうなのです」

「―――ほう?」

「隊長の名前はノックスさんと言うそうで、人数はおよそ七十名。……ですが、この部隊は〈アリム森林地帯〉に於ける魔物との戦闘の中、三十余名の戦死者を出しました」


 およそ七十名中、三十名ちょっとの戦死者。

 それは、部隊が完膚無きまでに壊滅させられたと言ってよい割合だ。


「モルクさん伝手に聞いた話なのですが。どうやらノックスさんの部隊は、今回の森の異変の元凶ではないかと思われる、ボス・モンスターと戦闘を行ったらしいのです」

「……〈迷宮地〉でもないのに、ボスが出るのか」

「その辺について詳しいことは判りませんが。あの森に生息する魔物のレベルは、よほど奥に入っても15程度と聞いています。だというのに、そこに極めて巨大な〝レベル26〟の魔物が居たそうですから―――」

「あー……。そりゃ間違い無い。そいつが元凶だな」


 苦笑しながら、ユウジさんがそう答える。

 確かに、森の中にそこまで桁外れなレベルの魔物が混じっているというのなら。その個体が今回の異変と無関係と考える方が、難しそうだ。


「魔物の名前は〝錆鱗の蛟竜〟というそうです。レベルは先程も言いました通り26。かなり巨大な魔物で、体躯の全長は三十メートル近くもあるとか」

「……は? ま、待て待て。いま蛟竜(こうりゅう)と言ったが、もしかして相手はドラゴンなのか?」


 ―――ドラゴン。

 それは魔物の王とも呼ばれる、絶大な力を持つ魔物だと聞いたことがある。

 鋭い鉤爪はどんなに堅牢な鎧や盾も瞬く間に粉砕し、その巨大な体躯に踏まれれば為す術も無いという。さらに翼を広げれば自由に空を飛ぶことができ、知能もまた極めて高く数多の最上位スペルを行使することができ、その口からは灼熱のブレスまで吐き出すとか。


 もしもそんな魔物が居るのなら、もう〈アリム森林地帯〉は放棄するしかない。

 それどころか、エリアを隣接するこの都市だって無事では済まないだろう。


「いえ、違います。生還したノックスさんの部隊の目撃談に拠れば、どちらかといえば〝大蛇(サーペント)〟のような見た目をしていたそうです」

「サーペント、ってことはヘビか……。それならまあ、何とかなるか……?」

「ただ、まるでドラゴンのように口から氷のブレスを吐くそうですが」

「―――うおぃ!?」


 唐突に声を荒げるユウジさんの様子が少し可笑しくて、不意にカグヤは笑みを零してしまう。

 なるほど。氷のブレスに対抗するために、シグレさんは〈氷耐性〉を―――。


「あ、あれ? 待って下さい、シグレさん。もしかして」

「はい?」

「その。……私達で戦うんですか? その〝錆鱗の蛟竜〟と?」


 元凶かもしれないと思われる、その巨大な魔物。

 戦う意志があればこそ〈氷耐性〉の防具が必要になるのだろう。


「ええ、そのつもりです。……このまま森が封鎖されていては困りますから。元凶となる魔物が居るのだとするなら、排除しなければなりません」

「なるほど……」

「但し、その言い方は正確ではありません。自分たちも無関係であろうと思うわけではありませんし、一緒に戦わせて頂くつもりではありますが。―――今回に関しては、自分たちが主役を務めてはいけないと思うのです」

「……え?」


 シグレさんが告げる言葉の意味が判らなくて、カグヤは思わず首を傾げる。

 すると、シグレさんは小さく微笑んで、それを説明してくれた。


「今回の魔物に、一番苦汁を舐めさせられているのは衛士隊の方々です。ノックスさんの部隊は〝錆鱗の蛟竜〟との戦闘で直接被害を受けていますし、アニストールさんの部隊にも今回増殖した魔物への対処に当たる中で、何人かの戦死者を出しています。それは、間接的に〝錆鱗の蛟竜〟によって受けた被害と言っても良いでしょう」

「……それは、判ります」

「今回、衛士隊を支援する件について、モルクさんは個人的な希望として『可能なら衛士隊に仇を討たせてやって欲しい』と仰いました。森の異変に対処すべく、近いうちに精鋭軍を組織して森に差し向ける計画があるそうですが。可能ならその前に、衛士隊自身に仇を討たせてあげたいと。―――その為に総合的に衛士隊を支援し、彼ら自身の戦力を引き上げることができないか、と」


 静かな語調。

 けれど紡がれる言葉の中には、シグレさんなりの明確な意志が籠められている。


「自分もまた、モルクさんの話を聞き、なるべくそう在るべきだと思ったのです。雪辱は果たされなければなりません。自分たちもお手伝いをするつもりではありますが―――今回〝錆鱗の蛟竜〟を討伐する主役は、あくまでも衛士隊の方でなければならないと。そう、思ったのです」

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):5652字

文字数(空白・改行含まない):5460字

行数:141

400字詰め原稿用紙:約14枚

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