146. 生産作戦会議・弐
「では霊薬は二人に任せて、他の生産についてを皆にお願いしたいのですが……。何だかすみません、自分が勝手に話を引き受けたばかりに」
そう言って、シグレさんはその場の皆に向けて深々と頭を下げた。
アニストールさんとの話はシグレさんが独断で請けた話であり、その報酬となる品も既にシグレさんの手にある。ここに居る面々はシグレさんに直接助力を求められたアヤメを除けば、皆善意で自分から手伝いを申し出たに過ぎない。
だから、頭を下げるシグレさんの気持ちも判らないでは無いのだが―――。
けれども、カグヤはそんなシグレさんを見て、却って申し訳ない気持ちになった。そもそも、こんな立派な、それも温泉付きの上等なお屋敷に。こうして皆で一緒に住み始めることができているのは、偏にシグレさんのお陰なのである。
また、それに限らず普段からシグレさんに常々お世話になっていることを思えば、僅か十日間ばかりの助力など、然したることでもなかった。
「北門が通行出来ないままじゃ俺も困るし、気にすんな。最近は〈フェロン〉から木材が届かないせいか、木工に使う素材も徐々に値上がりしてきちまってるしなあ……。衛士隊に協力することで、北門の開放も少しばかり早くなるかもしれん」
「……ん。採取行を早く再開できないと、とても困る」
ユウジさんとユーリさんの二人が、どこかばつの悪そうな表情で応える。
シグレさんへの気遣いから発された言葉なのだろうけれど、二人の言葉にカグヤも内心で頷く。事実、その通りの違いない言葉でもあるからだ。
山林の中に位置する都市である〈フェロン〉は、多くの生産職にとって肝要な素材を輸出する都市でもある。薬草素材などを用いる〈錬金術師〉や〈薬師〉にとって重要度が高いのは言うに及ばないし、ユウジさんの言う通り〈木工職人〉にとってもそうだろう。
そして、それは〈鍛冶職人〉であるカグヤも例外では無い。同じ鍛冶ギルドの知人伝手に、鉱石素材のうち〈フェロン〉を産地とする幾つかのものが、市場で既に値上がり始めている話も聞いている。
今はまだ、それほど大きな変化というわけでもないけれど。北門が閉ざされたままの現状が長く続くのは―――たぶん、良くない。
「すみません。事が終わったら、なるべくお礼はしますので」
「いいよいいよ。私達も好きでやってることなんだからさ」
カエデのその言葉にも、カグヤは心の裡で首肯する。
衛士隊の方の支援そのものも吝かではないのだが。結局の所は―――シグレさんが為したいということがあるのなら、それを手伝いたいと。率直にそう思う気持ちが、カグヤの中には強くあるのだ。
そしてきっと、そう思っているのはカエデやカグヤに限った話ではない。
「……ありがとうございます。では早速、調理に関することをカエデにお願いしたいのですが、構いませんか? 初期のレベルでも生産可能な〝携帯糧食〟をお願いしたいのですが」
「ん、了解。確かにあれなら私でも問題無く作れるし……でも、効果あんまり高くないけれどいいの? ステータスひとつを上げる効果があるけれど、大体6から8点ぐらいのブーストで、二桁も上がらないし」
長らく〈調理師〉のレベルを1のまま放置していたカエデは、この家での調理をシノさんと共に引き受けるようになった影響か、最近になってようやく〈調理師〉の生産レベル上げを始めたけれど。そのレベルはまだまだ初歩のものに過ぎない。
作れる物と言えば携帯糧食ぐらいしかないのだと。そのようにカグヤもカエデから聞かされたことがあった。あとは〈調理師〉の天恵があるお陰か普通の料理やお菓子を少し美味しく作れることぐらいで、寧ろそっちのほうが余程メリットがある―――と、そんなふうにカエデが愚痴っていたのは、まだ記憶に新しい。
「料理の効果量が低いのは仕方ないと思います。代わりに効果時間が長いのですよね?」
「うん。6時間ぐらいは持つかな」
〈錬金術師〉の作る霊薬と〈薬師〉の作る薬品、それと〈調理師〉の作る料理などには、いずれも服用することでステータスを増強させる効果を持つ物があり、これを総じて『強壮』効果と呼ぶ。
三種の天恵から作られる物は、それぞれ効果量と効果時間に大きな差異があるのが特徴だった。〈錬金術師〉の作る霊薬は数分から十数分といった、とても短い時間しか効果が持続しない代わりに効果量はかなり高く、逆に〈調理師〉の作る料理は効果自体は乏しい代わりに数時間近い持続時間を持つ。
〈薬師〉の作る薬品はちょうどその中間の性能らしいのだが、これら三種類の強壮アイテムは特に併用した際に真価を発揮するのだと、以前シグレさんは教えてくれた。
[筋力]を増強する効果がある霊薬を複数飲用しても効果は片方しか発揮されないが、[筋力]を上げる霊薬と薬と料理とは、同時にそれぞれが効果を発揮させることができるのだ。携帯糧食の効果自体が低くとも、他の強壮アイテムと積み重なるのだから充分に有用だと言えた。
「携帯糧食というのは、何種類ぐらい同時に効果を得られるものなのでしょう?」
「んー……そこは食料だからねえ。やっぱり、あまり沢山は食べられないと思う。携帯糧食自体はおにぎり1.5個分ぐらいの量だから、無理のない範囲であれば同時に2つぐらい? 男性なら3つでもいけるかな?」
「では一応3種類作って頂けますか。[強靱]と[反応]、あとは[加護]辺りが上がるものが良いのですが」
[強靱]を上げれば魔物からの物理的な攻撃への防御に役立つし、[反応]が上がれば攻撃自体を回避することが容易になる。また、[加護]は毒や麻痺などへの抵抗力に関わるので、上げておけば不足の事態に陥るリスクを減らすことができる。
森に棲む魔物には毒を持っている個体が案外少なくないから、[加護]を上げるのはその為の保険としてだろう。特に蛇や蜘蛛のような姿を模した魔物を見かけたら、まず厄介な毒を持っていると考えて間違い無い。
「ん、作るの自体は構わないよ。保存食だから一ヶ月は日持ちするし、簡単に作れるから50人分を用意するのもそんなに苦じゃ無いし。ただ、どちらかというと食材を市で探すのが大変かなあ……。雨が降ってるせいか、露店市に出てるお店もいつもより少なくなっちゃってるし」
「食材に関しては、ゼミスさんに先程話を通しておきました。バロック商会で用立てられるものであるなら、協力は惜しまないとのことでしたが―――それで何とかなりますか?」
「……ゼミスに?」
不意に、会話に差し挟むように、ユウジさんがそう漏らす。
その言葉に、シグレさんはただ頷くことで答えた。
「あ、それなら全く問題ないかな。携帯糧食なんて〈調理師〉として手習いレベルのレシピだから、食材もいたって普通のものしか使わないし。ゼミスが協力してくれるなら余裕だと思う」
「では、差し当たり各50人分ずつお願いします。余裕があれば何食分か作って頂けるとより有難い所ですね」
「オッケー。じゃあ一応、二食分以上は目標にしてみる」
三種類を二食分用意すると、合計で300食にも達する。気軽に作れる量ではないようにも思うけれど、期限まで10日近くあることを考えれば、それほど大変ということも無いだろうか。
とはいえカエデ一人で作るのだから、それなりに苦労はするだろうけれど……。一気に初歩レベルを脱する為の、カエデの生産レベル上げと割り切れば、役立つのは間違い無い。
「では次に、ナナキに薬を……。霊薬ではなく、〈薬師〉として作る薬品の作成をお願い出来ますか?」
「はい。兄様が命じて下さるのでしたら、ナナキは何でも致しますわ」
シグレさんに話を振られて、ナナキさんが心底嬉しそうな笑顔でそう答える。
ともすれば大仰に聞こえそうなその言葉が。彼女の本心そのままを示したものであることを、今はもうカグヤも知っていた。
「ただ、私も生産のレベルは殆ど上がっておりませんし……少しは作り慣れました霊薬であればともかく、薬品のほうとなりますと、何度か兄様の隣で一緒に作成した程度しか経験もありません。初歩レベルのものしか作れないと思いますが……」
「充分です。一番下級の強壮薬で結構ですので、こちらもある程度纏まった数を揃えたいと思っています。そうですね……ベルもナナキを手伝って頂けますか。効果時間の関係で、薬品は料理以上に数を準備しなければなりませんので」
「判ったわ。幾つ用意すればいいのかしら?」
「料理に合わせて[強靱]・[反応]・[加護]の三種類を高める丸薬を二日分。最も下級の強壮薬だと効果時間は90分ですので、各日に4個ずつと考えて、合計1200個以上を目標にお願いします」
1200という数は膨大に思えるが、薬は材料さえ揃っているならかなりの数量を纏めて作れるので、それほど大変ではないとシグレさんに聞いたことがある。
薬の材料はこと保存の効く物に限れば、シグレさんの〈ストレージ〉の中には膨大な量が詰まっている。今までの採取行の日々で霊薬の素材などと一緒に摘み取り、けれど霊薬素材と違って積極的に消費しなかった為である。
植物素材の大半は、根を残して摘み取れば数日から一週間程度でまた生え揃う為、摘み取らずに残しておく意味は無い。〈ストレージ〉を持たないユーリさんから押しつけられたものも収納されている為か、シグレさんの〈ストレージ〉の中には薬の素材が、ものによっては2,000個以上も蓄えられている。
「承りました。数量は多いですが、ベル様が手伝って下さるのでしたら問題無いと思います」
「うん、お願いします。ベルには申し訳ありませんが、他に少し雑用を頼むこともあると思います。ですが、なるべくナナキを手伝ってあげてください」
「ご主人様の望む儘に」
片足を後ろに引き、スカートの左右の裾を持ち上げるようにしながら、ベルさんはそんな風に答える。
ベルさんは背丈こそカグヤと殆ど変わらない筈であるのに。優美に示したその仕草は、自分などよりも余程洗練された大人の女性であるかのように、カグヤには眩しく見えた。
お読み下さり、ありがとうございました。
ここ暫く口内炎を拗らせておりました。
放っておけば勝手に治るかと思えば、酷くなっていく一方で、最終的にはロキソニンを常用する始末。
まさか口内炎が為に鎮痛剤を飲む羽目になるとは……。
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