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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
8章 - 《聖騎士の忠節》
145/148

145. 生産作戦会議・壱

「別に手伝うのは吝かで無いが……。のう、旦那様よ」

「はい?」

「お人好しも程々にせぬと、そのうち痛い目を見るぞ?」


 溜息混じりに、そう告げるアヤメの言葉には、カグヤもまた内心で密かに首肯せざるを得ない所ではあった。いかにアニストールさんが困っていたからとはいえ、こんな大仕事を簡単に引き受けてしまうのだから。

 とはいえ、引き留めることをしなかったカグヤもまた同罪である。人の善いシグレさんのことを、彼の魅力のひとつであると理解しているが故に。引き留めるよりは、力になりたいと思ってしまったのだ。


 広いリビングの室内には、いまこの家に居住している全員が集まり、さらにアヤメもシグレさんに呼び出されて混じっている。

 〈聖騎士〉であるアニストールさんから引き受けた一件は、日数的な余裕があまり無いこともあり、すぐにでも全員で取り掛からなければならない。シグレさんはおそらく他の皆が作った装備品への付与作業で掛かりきりになり、霊薬の作成には手が回らないことになるだろうから、高レベルの〈錬金術師〉であるアヤメが手伝ってくれるのであれば力強い。


「ただ、手伝うは構わぬが。予め肝要な所については、はっきり訊いておきたい」

「はい。何でしょう?」

「―――旦那様はわらわへの見返りに、何をして下さるのじゃ?」


 アヤメはカグヤ以上に〝商人〟としての矜持を持っている。

 助力に対してアヤメが見返りを求めるのは、ある意味で当然のことでもあった。


「一応、お礼として二つ考えています。ひとつはアニストールさんから謝礼として預かった〝満月の宝珠〟を用いることで、今後は宜しければアヤメにも森林での採取行へ安全に同行して頂くことが可能になります」

「む……。確かに、それは魅力的な報酬じゃの」


 満月の宝珠は、既にシグレさんの〈インベントリ〉の中へと収められている。スコーネ卿の紹介ということもあってか、シグレさんを信用したアニストールさんは報酬を先払いで預けたのちに帰られたからだ。

 更にアニストールさんは北門が封鎖されている中でも通行が可能なよう、便宜を図ることを約束しても下さった。門を護る衛兵の人達は、アニストールさんが指揮する部隊とは全く別の所属であるそうだけれど、同じ衛士隊として口利きをするぐらいは造作もないことであるらしい。

 勿論、封鎖されている門の先に出るのだから、通い慣れた森とはいえ今までの採取行よりも何倍も危険な場所になっていることだろうけれど。アヤメには満月の宝珠があり、カグヤには今も薬指で淡く光っているこの指輪がある。少なくとも命の危険は無い筈だった。


「新鮮な素材を得る機会というのは、わらわも喉から手が出るほど欲しい。正直、それだけでも充分な報酬ではあると思うが……一応、もうひとつの報酬というのを、訊いても良いかの?」

「はい。とはいえ、こちらはまだ完全とは言えないのですが……。〝聖水〟の作り方について概ね見当が付きましたので、そのレシピをお渡ししようかと」

「―――せ、聖水じゃと!?」


 驚きのあまりにか、少し上ずった声でアヤメがそう問い返した。

 霊薬というものはその種類を問わず、飲用して初めて服用者に効果を示すのが普通である。けれど一般的に〝聖水〟と呼ばれる霊薬だけは例外で、これは対象とする相手の身体に霊薬を振り掛けることで効果を発揮するのだ。

 薬を飲用するというのは戦闘の最中で行うのは案外難しいし、一瓶ずつの内容量は大したものでなくとも、低級の霊薬などを連続して飲用していれば地味に辛くなってくる。

 その点、聖水は身体に振り掛けるだけで良いから、怪我を負った相手に近くの味方が治療効果のある聖水を振り掛けてやるといったことも出来る。相手が鎧などを着用していても全く問題無いし、それに聖水は効果を発揮した後すぐに揮発するから、連続で使用しても全く障りが生じないという点でも優れている。


 利点が多い良い物なのだが、しかし聖水はその入手性に大きな難があるのが困りものだった。何しろ聖水を作成するためのレシピは一般に広まってはおらず、霊薬店で購ったり錬金ギルドに生産を依頼することができないのだ。

 主要都市の大聖堂などで時折販売されはするのだが、取扱量が多くない上に販売も不定期的であるため、安定して手に入れるのは難しい。その上、勤めている修道士の方などが霊薬を作る技術に長けているわけではないからなのか、大聖堂で購入出来る聖水は概ねHP回復量が60から80程度と、下級ポーションの中でも中程度の効果しか持たない物ばかり。しかも強気の高値販売なので始末に負えない。

 稀に市場に回復量が120を超える、中級ポーション相当の聖水が出回ることも無いわけではないのだが。こういった品というのは〈迷宮地〉の宝箱から偶然に得られたものである。安定して手に入れることなど、望むべくも無かった。


「ま、待て待て……。いかに旦那様の言とはいえ、さすがに容易には信じられぬ。もし試作品などが既にあるのであれば、わらわに見せてくれぬか。頼む」

「ええ。もちろん準備してあります」


 そう言いながら、シグレさんがユーリさんのほうをちらりと一瞥すると。ユーリさんもその意を察してか、小さく頷き応えて。

 それからお二人ともが、それぞれに〈インベントリ〉の中から一本ずつの霊薬を取り出し、アヤメのほうへと差し出してみせた。




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 ベリーポーション(1個)/品質149


  【品質固定化 - このアイテムは品質が自然に変化しない】

  ヒールベリーを主要素材として作成した霊薬。

  薬液を浴びせた対象のHPを最大で279程度回復する。


  錬金術師〝シグレ〟の製作品。

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 リフルポーション(1個)/品質170


  唐梛の枝葉を主要素材として作成した霊薬。

  薬液を浴びせた対象のHPを最大で510程度回復する。


  錬金術師〝ユーリ〟の製作品。

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 見てみれば、霊薬の名称こそ普段シグレさんやユーリさんが作っておられるものと変わらないが。その詳細には、確かに『薬液を浴びせた対象』への効果として言及されているのが見て取れる。

 回復量もまた、並々の聖水とは一線も二線も画さんという値を示している。もしもこの霊薬が市場に出れば相当な高値を付けるであろうことは、霊薬の相場に明るくないカグヤにさえ容易に想像出来ることだった。


「自分の作った側は、まだ中級相当ですが。ユーリ程の腕があれば、上級相当の聖水を作成するのも可能です」

「……アヤメの〈錬金〉レベルなら、たぶんもっと凄いのも作れる筈」

「な、何と……」


 わなわなと小さく震える手で、シグレさんの手から霊薬を受け取るアヤメ。

 かたや霊薬店の主、かたや武具店の主として、アヤメとはそれなりに長い付き合いをしてきているカグヤではあるけれど。彼女がそれほどに狼狽している姿というのは、カグヤにとっても初めて目にするものだった。


「あー……。うむ、承知した。これほどの物を示されては最早何も言えぬ。どのような協力でも惜しまぬ故、わらわのことは好きに使うが良い」

「助かります。この後にでも作り方はお教えしますので、ユーリと一緒に聖水の量産作業をお願いできましたら嬉しいです。是非とも衛士隊の方に、充分な量を持たせて差し上げたいので」

「あい判った。聖水だけで良いのか? 通常の霊薬や強壮系なども、必要であれば作るが」

「そちらは既に充分な量の在庫がありますので、聖水だけで大丈夫です。一応、開業の予定がありましたから、作り貯めていた分が相当量ありますので」

「なるほど。……旦那様は、霊薬作りに参加せぬのか?」

「すみませんが、今回はユーリと二人だけでお願いします。自分は付与のほうを担当しなければなりませんので」

「む、残念だが仕方ないのう。では霊薬に関しては、きっちり任されよう」

「……ん。アヤメと一緒なら、たぶん余裕」


 アヤメは自らが経営する店舗に低級のポーションばかりを扱っているが、それは単に彼女が初心者から初級者の冒険者を手広く支えたいという、一種の信念を持って経営しているからに過ぎない。

 本気の腕前を出せば、アヤメが霊薬を作る技術は間違い無くこの街でも屈指のものである。レベルがリセットされる以前は非常に高い霊薬の作成技術を持っていたユーリさんとアヤメの二人が組むというのだから、頼もしい限りだ。


「旦那様よ。〝杖益会〟にて購入した錬金台は二台ともこの邸宅内にあるのか?」

「自分の部屋とユーリの部屋にあります。自分は今回使うことはないと思いますので、この家で生産されるのでしたら自由に使って下さい。部屋から勝手に持ち出して下さって結構ですので」

「ならばこの仕事が終わるまでの間、この家にわらわも厄介になって構わぬか? ユーリと共に生産に没頭した方が効率が良さそうじゃしの」

「ああ―――そうですね、宜しければ是非。部屋もまだ幾つか余っている筈ですので、好きに使って頂いて大丈夫です。ただ寝具などは予備がないので提供出来かねますが……」

「構わぬ。暫く店を弟子に預けねばならぬし、どうせ一度は店に戻らねばならぬ。その時に寝具と着替えぐらいは〈インベントリ〉に突っ込んでくるとしよう」

「判りました。では、空き部屋についてはシノと相談して下さい。自分よりも詳しいはずですから」


 シグレさんに話を振られて、シノさんがこくりと小さく頷く。

 友人であるアヤメが暫く泊まり込むというのは、彼女の友人であるカグヤとしても少し楽しみに思えた。

お読み下さり、ありがとうございます。


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文字数(空白・改行含む):4091字

文字数(空白・改行含まない):3951字

行数:95

400字詰め原稿用紙:約10枚

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