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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
8章 - 《聖騎士の忠節》
144/148

144. 援助

 とはいえ、問われた以上は答えるべきなのだろう。

 シグレ殿の邸宅は面積で言えばそれほど広くはなく、貴族や富豪の邸宅としてはやや小ぶりな部類に入ると言えるだろうか。但し作り自体は悪くないし、それに敷地の中に別棟の屋根がある簡素な建物か何かを、門前から邸宅の玄関までを歩く雨中の道すがら、ぼんやりと見ることができた。

 あれはおそらく、屋根付きで露天の温泉か何かだろう。それが付いていることを考えれば、広さの割に賃料が高くてもおかしくはない。


「そうですね……。相場から考えますに、月に6万gitaといった所でしょうか?」


 実際には5万弱と考えたが、アニストールは敢えて6万と口にする。こういう時は思った金額よりも高めを口にするのが常套というものだ。

 自分の住まう建物の価値を安く見られるよりも、高く見られる方が嬉しく感じるのは、誰にとっても当然のことであるからだ。

 だが、シグレ殿の回答はやや意外なものだった。


「答えは〝種類は問わないので何かしらの霊薬を20本納品〟です。モルクさんがそれで良いと言うので、お金ではなく霊薬で賃料を支払うことになっています」

「な、なるほど、物納ですか。さすがにそれは考えつきませんでした」


 適正賃料が5万と考えると、霊薬1本当たり2500gita相当に充当させていることになる。霊薬の種類にもよるだろうが、シグレ殿の作る霊薬であれば大抵のものは2500gita以上の価値を示すことだろう。

 それを思うと、上手い遣り方だなとアニストールは思った。作り手のシグレ殿からすれば、種類を問わずに霊薬を引き受けてくれるというのは有難い話だろう。またスコーネ卿は貴族である一方で現役の冒険者として魔物と直接対峙されることを好むから、霊薬の類は幾らあっても困る物ではない。


「実際にはモルクさんに今月の賃料として霊薬20本の他にも、鍛造品の片手剣と両手剣、木製の杖と弓をぞれぞれ1本ずつ。更に革鎧と、鎧の内側に着用するクロース。銀製の腕輪と指輪を1つずつと、皮革製の靴。それから保存の利く膏薬と携帯糧食なども納品しています」

「え……?」


 シグレ殿の口から列挙された内容が、あまり雑多な品目に及ぶために。アニストールは言われた意味を理解することができなかった。


「は、はあ……。しかし、いかに賃料の代替とは言え、さすがに品が多すぎるのではないですか?」

「霊薬だけで賃料を支払うとなりますと、作れる人間が限られてしまうのです。この家には現在、僕を含めて冒険者が八人居住しておりますが。このうち〈錬金術師〉の天恵を有し、霊薬を作れるのは四人しかいませんので」

「………」


 四人もいるのか。


「アニストールさんもご存じの通り、カグヤは熟練の〈鍛冶職人〉です。他にも、そこに居るメイド服の……今は二人居ますが、アニストールさんを門前から案内したほうですね。彼女はシノと言いますが、〈縫製〉の技術を有しています」

「なるほど、縫製を……」


 〈縫製職人〉は布や皮革を扱った生産物を作ることができる天恵である。

 つまり先程シグレ殿が上げた品目のうち、革鎧とクロース、皮革製の靴などはメイドのシノが作ったことになるのだろう。

 アニストールがちらと見遣ると、それに気付いた彼女が推測を裏付けるかのように小さく会釈して応じた。


「同じくメイド服を着ているもうひとり、カエデも〈調理師〉の技術を有しています」

「あはは……。私はあんまり、生産の方のレベルは高く無いけれどね?」

「最近は少しずつレベルを上げているじゃないですか。あと、この場には居ませんが〈木工〉を相応に高いレベルで扱うことができるユウジという仲間も居ます」

「〈調理師〉に〈木工職人〉まで……」


 冒険者の邸宅とばかり聞いていたが。そこまで技術を揃えている者が居住しているとなれば、ここは職人の栖とでも考えた方が良さそうにも思える。


「そもそも〈錬金〉にしたって、自分よりもユーリという仲間の方がレベルも技術もずっと上なのです。自分は色々な生産の天恵を有していますが、代わりに突出して出来る事というのは多くありません。……強いて申し上げるなら、人よりも〈付与〉が少し得意なことぐらいでしょうか」

「付与ですか……! それはまた、素晴らしい技術をお持ちなのですね」


 付与が施された武具というのは、武具に命を預ける者にとってひとつの憧れでもある。

 自らの長所を伸ばしたり、短所を補ったり。付与が与えてくれる恩恵は、武具を頼みにする者にとってとても有難いものだ。

 アニストールが衛士隊の仕事中に使っているロングソードにも最大HPを増やしてくれる付与が施されているが、今までに経てきた幾多の戦闘の中、この付与がアニストールの身を護ってくれた機会が一体どれほどあっただろう。

 しかし、役立つ面が多い一方で、付与が施された武具というのはとにかく高価なのである。何しろ付与は材料として宝石素材を必要とするし、その技術の担い手も大変に少ないのだ。

 その技術を少しでも『得意』と呼べるレベルで有しているとなれば、シグレ殿の価値というものは計り知れないと言って良い。


「モルクさんから聞いたのですが、アニストールさんの部隊……確か〝掃討班〟と仰るのでしたか。そちらには現在、ちょうど五十名の方が所属しておられるそうですね?」

「はい。うち二名は負傷により現在、大聖堂に入院中ですが」


 少し前までは六十名であったのだが、森林の一件に関わっている間に十名も亡くしてしまった。

 自分の指揮下で死なせてしまったのだから、悔やまれる限りだ。


「質問させて頂きたいのですが。その五十名のうち、〈付与〉が施された装備品を身に付けておられる方というのは、どの程度いらっしゃるものなのでしょう?」

「………は?」


 シグレ殿の口から出た、そのあまりの質問の間抜けさに。思わずアニストールの口からもまた、間の抜けた声が漏れ出てしまった。

 表情から察して、シグレ殿が真面目に訊いていることが判るだけに。アニストールも背筋を正して、その問いに対し真面目に答えた。


「そのような者はおりません。付与が施された装備を買い揃えられるほど、衛士隊には余裕が無いからです。唯一の例外として、僕が職務中に携行しているロングソードにだけ少しばかりの付与が施されておりますが……。他は副長以下全員、多少は質が良いだけの普通の武具を用いております」

「なるほど……。もうひとつ、追加で質問をさせて頂きたいのですが」

「何でしょう?」

「こちらで霊薬の他に、五十人分の武具などを用意させて頂いた場合。それをアニストールの部隊で使って頂くことは可能でしょうか?」

「………………は?」


 今度こそ、アニストールの思考が僅かな間だけ完全に停止した。

 シグレ殿が仰る言葉の意味は……その、判るのだが。

 あまりに突拍子の無い提案なので、頭の理解が追い付かない。


「……正気ですか? 五十人分ですよ?」

「はい。五十人分であれば、雨期が開けるまでには準備できると思います。掃討班の方々も、雨期が続いている間はお休みなのですよね?」

「は、はあ……。練度を落とさないために多少の訓練は行いますが、殆ど休みのようなものではあります。少なくとも街の外で魔物の対処に当たることは有りませんね」

「では問題ありませんね。―――どうでしょう、使って頂けますか?」


 問いかけるシグレ殿の表情は、至って真面目なものだ。

 それだけに、何ともアニストールは返答に困るのだった。


「……有難い申し出ですが。とてもではありませんが、我々には霊薬の代金のみならず、武具の代金までお支払いする余裕はありません」

「代金はアニストールから頂く〝満月の宝珠〟で充分です。仮にそれで足りなくとも、不足分はモルクさんが出して下さることで既に話は付いています」

「ああ―――」


 スコーネ卿が〝総合的に〟と仰ったのは、そういう意味なのか。

 怪我を癒す霊薬を補充するのみならず、そもそも部隊内に怪我人がなるべく出ないように。部隊そのものを強化させて下さると言うのか。


「……話を少し戻しますが。この家の今月の賃料として霊薬の他にも様々な武具などを納品した時、その武具の出来映えと付与の効力をモルクさんが高く評価して下さいまして。その際に、今後こちらに纏まった数の武具を発注することがあるかもしれないと、予め言われていたのです」

「スコーネ卿が評価を……。それは素晴らしい」

「事前に心積もりが出来ていましたから、武具を作るための素材の蓄えも少しはできています。店を開く予定もありましたから、陳列する予定だった商品から回せば、十日のうちに準備することも充分に可能でしょう。……開店できるのが、また少し遅くなってしまいそうではありますが」

「………」


 有難い申し出だとは思う。有難すぎて、涙が出そうな程だ。

 部隊を強化する必要性については、常々アニストールも思ってきたことだった。技術の方は訓練や実戦で培えるが、装備の方はひとつランクを上げるためにもかなりの金額が必要になる。部隊として運用する以上、隊の中で何人かだけの装備が良くなっても意味が無いのだ。装備を改善するのであれば、部隊の全員を一気に引き上げるぐらいでなければ。

 無論、それ程の予算は到底捻り出すことができず、結局はアニストール自身も諦めきっていたことであるのだが。

 ―――それをシグレ殿が、代わりにやって下さると言う。


 厚意に甘えるべきなのだろう。部隊内で死傷者がこれ以上増えてしまうのは堪え難いことだ。

 シグレ殿の厚意に甘えることで、それを少しでも避けられるのであれば。掃討班の長として、断ることなどアニストールには出来ない。

 だけど、どうして。霊薬に加えて五十人分の装備も準備するとなれば、その労力も金銭的な損失も、甚大なものとなるのだろうに。


「どうして、シグレ殿はそこまでして下さるのですか」


 殆ど無意識のうちに、アニストールはそう訊ねていた。

 シグレ殿の思惑が判らない。今日初めて会った相手に、それ程までに誠意を尽くして。それで何か得る物があるとは思えないのに。

 彼のことを職人として見れば良いのか、あるいは商人として、冒険者として見れば良いのか。アニストール自身、何とも判断に付かず困ってしまう所ではあるのだが。利に聡い商人はこんな浪費は好まないだろうし、職人は己の技術の結晶を安売りしないものである。自身の利にのみ正直である冒険者であれば、尚更こんな所業は好まざる所であろう。


「……人が怪我をしたり、亡くなったりするのは悲しいことです。無い方がいい」


 アニストールの問いに答えた、シグレ殿の言葉は。

 人として当たり前の言葉であり、けれど特別な言葉であるかのように。アニストールの胸の裡にまで、すっと届いてきたのである。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4492字

文字数(空白・改行含まない):4338字

行数:111

400字詰め原稿用紙:約11枚

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