14. バロック商会
狩りを終えたシグレ達は、地図を頼りに街への帰路を辿る。
ウリッゴとの戦闘に際して縦横無尽にフィールドを駆け回ったために、二人の方向感覚はすっかり失われていたが。シグレの戦闘職のひとつである〈斥候〉には、他のゲームで言ういわゆる『オートマッピング』に相当する機能が備わっているため、帰路を辿るのは難しいことではなかった。
街を出てからの道程と、ウリッゴの狩り場周辺の部分だけであれば、既に地図は充分に完成している。今後は、この地図を埋めていくのもこちらの世界での楽しみのひとつになりそうだ。
ちなみに現在地のフィールドは〈ウィトール平原〉と言うらしく、視界内に表示させているマップには地域名としてそのように表示されている。帰ろうとしている街の名前は〈陽都ホミス〉と言うようだ。
……そういえば今更ながら、街の名前も知らなかったんだな、自分は。
「この辺までくれば、たぶんもう敵は出ないと思う」
既に街の西門は、そこに立つ衛兵の姿がはっきり視界内に見える距離まで来ている。魔物も門の近くまで寄りすぎると衛兵に討伐されることを理解しているのか、街の外壁の傍には殆ど寄ってくることが無いそうだ。
実際、シグレの《気配探知》でも魔物の存在は一切見当たらない。レベルが1だからなのか、狩りを行った経験から有効範囲がそれほど広いわけではないことを学んでいるため、探知に掛からないからといって魔物が居ない保障は無いわけだけれど。カエデがそう言うのであれば、もう敵に対する警戒心を緩めても良いようだ。
「では、やっと一息つけますね」
「そうだねー。思ったより短時間で済んじゃったので、あんまり疲れてもいないけどさ」
前衛で、しかも《突撃》を多用しながらあれだけ駆け回っていて『あまり疲れてない』と言うのだから凄い。ゲームなのだから、その辺を現実基準で考えてはいけないのかもしれないが。
現在の時刻は『15時02分』となっていた。昼食を終えた後、門を越えたのが確か12時半頃だったように覚えているから、街から出ていた時間は2時間半程度のものだろう。実際に狩りをしていた時間だけで言えば、2時間あるかないかといった所か。
病室でノートPCなどを用いてプレイする普通のオンラインゲームであれば、2時間も狩りを行えばシグレは割と疲労感を感じてしまう方なのだけれど。大変なリアリティの伴うこのゲームのほうが余程、疲れを感じないというのは少し奇妙な印象も受ける。それだけ戦闘自体に集中していたというのもあるのかもしれない。
「この後はどうしましょう。とりあえずギルドに報告を?」
「んーん、まずは獲得した素材を売却しに行こうよ。食材は生ものだから、鮮度が落ちないうちに売り払っちゃったほうがいいしね。あと、魔物の素材はギルドでも買い取ってくれるけれど、ギルドは『何でも買い取ってくれる』代わりに買取価格が安いから。少しでも高く売るためには、商会に直接持ち込んだほうがいいんだ」
「商会に、ですか? 個人でも相手にして貰えるものなのです?」
「うん。というか、どこの商会でも普通は冒険者用の素材買取は受け付けてるからね。買い取ってくれる素材の種類は商会によってまちまちだけど、普段から私が利用してる所は食材系の買い取りに強い商会だから。折角だし、シグレも覚えておいて損はないかも」
「なるほど、それは有難い」
ソロでの狩りや、あるいは他の誰かと狩りをすることもあるだろうから、素材を売ったり出来る伝手は自分で持っておくに越したことはない。
ウリッゴは攻撃力が高く突進も早いため、シグレがソロで狩るにはやや難易度が高いようにも思えるけれど。もしもウリッゴから得た素材が今回それなりの値段で売れるようであれば……デスペナはどうせ軽微なのだし、手っ取り早く日銭を稼ぎたいときにはリスクを承知の上でここでソロ狩りをするのも悪くないか。
◇
出るとき同様に、街の西門はあっさりと通過することが出来た。街を出るときと同じ人が歩哨に立っていたから、あちらもシグレ達の姿を覚えていたのだろう。衛兵の方の「おかえりなさい」と掛けてくれた何気ない言葉が、何故だか無性にシグレには嬉しかった。
西門前に広がる市の喧騒を潜り抜け、冒険者ギルドがある街の中心部まで戻る。カエデが案内してくれた先、ギルドよりもシグレが泊まっている宿に程近い場所に『バロック商会』の建物はあった。
商会の建物は三階建ての煉瓦造りで、建物の規模は冒険者ギルドより少し大きいようだが、シグレが泊まっている宿よりは小さい。なんとなく『商会』という言葉から、とても大きな建物を想像していたものだから(予想してたより小さいな)ともシグレは思ってしまう。
ただ、建物の脇に荷馬車が2台は留まれる程の広い停留場を備えている辺りは、確かに沢山の物品をやり取りする『商会』らしい光景だなと思った。
「ウリッゴの肉と皮を、一旦全部こっちに渡して貰ってもいい? 纏めて売った方が喜ばれると思うから」
「あ、はい。というか手に入れた素材は全部お渡ししますよ?」
「ううん、肉と皮だけでいいよ。それ以外って『ウリッゴの隠し牙』や『崩石』とかでしょう?」
言われて、シグレも自分のインベントリをちゃんと見確かめてみる。
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ウリッゴの生肉(37個)/品質69-94
【時間経過で品質劣化(大)】
魔物【ウリッゴ】から剥ぎ取った生肉。
脂身が少ない割に柔らかく、焼くと美味しい。
生ものなので、時間経過により品質が高速で低下する。
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ウリッゴの生皮(39個)/品質65-92
【時間経過で品質劣化(小)】
魔物【ウリッゴ】から剥ぎ取った生皮。
鞣すことで皮革素材として製品に加工できる。
適切な処理を行うまで、品質がゆっくりと低下する。
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ウリッゴの隠し牙(8個)/品質71-88
魔物【ウリッゴ】から剥ぎ取った隠し牙。希少素材。
粉末化して薬品・霊薬の材料などに用いる。
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ウリッゴの崩石(3個)/品質65-75
魔物【ウリッゴ】から剥ぎ取った体内の崩石。希少素材。
導具製作や付与の材料などに用いる。
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確かに、肉と皮の他にはその2つだけだ。
というか『隠し牙』という素材があるけれど、通常の『牙』はドロップに含まれないのだろうか。ウリッゴは突進と共に突き立てようとする大きな牙を有する魔物なので、攻撃に使われる通常の牙がドロップに含まれないのは少し納得がいかない気がする。
「隠し牙と崩石の2つは、あまりドロップしないからね。今回はシグレの方に生産職の天恵があるから意外と出てるかもしれないけれど、少なくとも私がソロで狩るときには滅多に出ないんだ。―――で、そういうなかなか出ないような素材を『希少素材』って言うんだけれど、これが売っても意外と安くって」
「そうなのですか?」
「もちろん肉や皮よりは少し高い値段で売れるけどね。肉の売値が40gitaぐらいなのに対して……隠し牙や崩石が90~100gitaぐらいかな。売値は3倍にもならないけど、ドロップ率はお肉の3分の1どころじゃないからね」
「……なるほど。それは確かに、売るのは少し勿体ない気がしますね」
「でしょ? ま、私ひとりだと使い途も無いから結局は売っちゃうんだけどさ。でも、どっちの素材も生産職を全部取っちゃってるシグレならいつか有効活用できると思うから、取って置いたほうがいいと思うよ?」
―――それは。
幾ら何でも、不公平というものではないか。
「お金に余裕ができない限り、当面は生産に手を出すつもりもありません。やはりここは安くても売却して、収入の足しにするべきかと」
「だーめ、勿体ない。シグレが使ってくれたほうが私は嬉しいな」
「カエデの利益にもなったほうが、自分は嬉しいです」
シグレは食い下がるが、カエデは飄々として受け付けてくれない。
「そもそも私のインベントリには『崩石』が1個しか入ってないもん。シグレの天恵のお陰で手に入ってるものは、シグレのものにすべきだよ。ゲームシステム的にもそうなってるんだし」
「む……」
「私の天恵でドロップが増えるのはお肉だけ。シグレのお陰で皮も獲得数が増えてるんだから、そっちもコミで折半にする分、私は充分得してるんだよ?」
カエデは終始笑顔である。けれど笑顔であるのに一歩も譲らない。譲らせない、という明確な意志さえ見える。
これではさすがに、シグレの側が折れるしかなかった。
「……判りました。有難く頂戴することにします」
「ん、よろしい」
「但し、今回手に入った希少素材を使って、自分で何か良い物を作れたりした場合には。その時には、カエデにも生産品を受け取って貰いますからね?」
「あははっ、作れるものならやってみろー」
はあっ、と溜息をひとつ吐いてから。シグレもカエデに釣られる笑顔で了承する。
もしカエデと逆の立場であれば、おそらくはシグレも全く同じことをしたと思うから。譲ろうとしてくれるカエデの気持ちも判らないではないのだ。
それにしても、生産については当分の間は後回しにするつもりだったのに、妙な所で目標ができてしまった。この素材で何が作れるのか、まずはそれを近いうちに調べないと。
「それで、素材を渡すにはどうすれば? インベントリから出せばいいですか?」
「フレンドに登録していたりパーティを組んでいる相手になら、相手がすぐ近くにいればインベントリやストレージから直接アイテムを送れるよ。やってみて?」
インベントリのウィンドウに映る肉と皮のアイコンを〝意識〟して、カエデに渡す。
カエデの方からも崩石が1個が送られてきて、シグレのインベントリに収まった。
「ん、ありがとね。それじゃ行きますか」
「了解」
商会の中で交渉なども行うのだろうか。だとするなら、今回カエデに同行させて貰う形で学べることはきっと少なくない。この先、一人で利用することもあるだろうし、色々ちゃんと覚えておかなければ。
カエデの背中を追いかけて、商会の建物へと足を踏み入れた。
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