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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
8章 - 《聖騎士の忠節》
138/148

138. 付与生産・肆

 宝石から溢れるように、中空へと顕れた色取り取りのエーテルの靄。

 それらが揺蕩(たゆた)うようにしながら、僅かな時間の内に細く短い糸状のエーテルへと変化していく。

 先程長剣に付与を施した際のものよりも、ずっと細いエーテルの糸。しかもそれが、同時に八色。彩り豊かに八条も並列した光の糸が、カグヤの打った傑作である〝飛燕一刀〟の刀身を、鋒の方から順に螺旋を描くようにしながら包み込んでいく。

 部屋の中に照明はあるけれど、数日前から世界がすっかり雨雲に閉ざされている為に、窓の外から入り込んでくる陽光というものはない。まだ昼前だというのに少し薄暗い部屋の中、まるで意志を持って動くものであるかのように滑らかに、光の尾を曳きながら八畳の光の螺旋がシグレさんの目先で踊っている。


(まるで、鮮やかな虹桟(こうざん)を、操っているみたいな……)


 目の離せない光景の最中で、ふとカグヤはそのようにも思う。

 七色の虹よりもずっと鮮明な光の色を帯びて、部屋の中を舞う螺旋の八条。配色こそ虹のそれとは異なっていても、並列する光彩が魅せる美しさは決して劣るものではない。

 ある種の幻想性さえも帯びて見える光景は、どこか魔術的な美しさを思わせる。なるほど―――いかにも数多の天恵を力に無数のスペルを巧みに扱う魔術師である、シグレならではの光景であるようにも思えた。

 多様なエーテルの光を受けたシグレさんの頬と首筋に、幾つもの汗がじんわりと滲んでいる。無論それは、いかに作業に集中しておられるかの証左でもあるのだろう。

 汗を拭って差し上げたい気持ちも少なからず生まれたが、下手にカグヤが脇から触れれば、集中を乱して却って障りになるかも知れない。シグレさんの集中の邪魔とならないよう、ただひっそりと息を殺しながら、カグヤは作業の進行を見守った。

 時折、殆ど瞬きもしないシグレさんの双眸の、その眉が僅かに顰められる。おそらくはその都度ごとに、何か些細なミスなどを生じさせているのかもしれない。


(無理もない……)


 傍目から作業に見入りながらカグヤは、我ながら感心とも失望とも判らない溜息を小さく零す。

 同時に八条ものエーテルを扱い、それら総ての糸が決して重ならないように気をつけながら、一振りの大刀の全面を旋回させる糸で覆う。

 言葉にすればそれだけの事ながら、けれどそれは尋常のことではない。手先の器用さには自信があるけれど、おそらくカグヤがこれを行おうとしても、惨憺たる結果を招くことにしかならないだろう。

 けれどシグレさんは僅かなミスこそ幾度となく犯している様子ながらも、その手練を無為に長く留まらせるようなことが無いのだ。

 まじまじと見入っているために、傍観者であるカグヤもまた時間の流れを遅く感じているせいで、はっきりとは判らないけれど。エーテルの光彩が〝飛燕一刀〟の(きっさき)に始まり、柄頭で折り返して再び鋒へと戻る。その往復で描かれる螺旋が刀の総てを包み込むまでに、おそらく十分と掛からなかった。

 先端部でそれぞれの糸を繋ぎ合わせることを終えると、ようやく落ち着いたかのように、シグレさんの喉から深い溜息がひとつ吐き出された。


「お疲れ様でした」


 そう声を掛けてから、カグヤは〈インベントリ〉から手拭いをひとつ取り出し、シグレさんの首筋に浮いている汗を拭い取る。


「ありがとうございます。生憎と結果が伴うか判りませんが……躊躇っても仕方ありません。まずは完成させて確かめてみることにしましょう」

「はい。私も楽しみです」


 残された『定着』の作業に移ると、先程の長剣のときよりも何倍にも夥しい光が部屋中に溢れて、瞬く間にカグヤの視界を埋め尽した。

 やがて、それらの光の総てが、ゆっくりと刀の中へと吸い込まれていく。その光景を、カグヤはただ一言の声も漏らさずに、静かに見守っていた。



--------------------------------------------------

 飛燕一刀/品質166


   物理攻撃値:199 / 魔法攻撃値:99

   〔敏捷+10〕

   《損耗保護》《最大HP+23%》《最大HP+138》《筋力+16》

   《強靱+16》《敏捷+16》《加護+16》《品質値+46》


   鋭い刃面と厚い重ねを兼ね備えた、一つの洗練形をみる刀。

   相応に重いが扱いやすく、使い手の技巧を一段上に導くという。

   鍛冶職人〝カグヤ〟の製作した逸品。

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 しかして、付与の顛末を見守ったあと。

 最初にその結果である、飛燕一刀の有様を〝視た〟カグヤの感想はと言えば、


(………………何だろう、これ……)


 であった。

 何しろ異常な箇所が多すぎて、思考が追い付かない。一体どこから驚き、どの点からシグレさんにそのことを問えば良いのかさえ、カグヤには何とも見当が付かなかった。

 飛燕一刀の品質に瑕が付く程度のことは、当然カグヤも覚悟していた。10や20程度の劣化は当たり前のように起こると考えていたし、それ以上の被害も充分に有り得るだろうと思っていた。

 だというのに―――いざ蓋を開けてみれば、飛燕一刀の品質値が劣化するどころか、何故か増えている。それも、10や20の底上げではない。

 この結果は、さすがにカグヤも予想だにしないことだった。


(なるほど。品質を上げる付与、というのがあるんだ……)


 付与の最後に刻まれた《品質値+46》という文字を見て、カグヤもようやく合点がいった。

 にしても、一気に46も値を底上げできてしまうというのは、かなり強力な付与効果なのではないだろうか。

 それに、46を加えて166ということは―――。刀の品質の素地は120のままであり、たった1点さえ目減りしていないということである。あれだけの作業で品質に僅かな瑕も付けていないというのだから、なんとも凄まじい。

 ……そもそも、改めて付与効果を見確かめてみれば。施されている付与は、どれもこれも異常な程に強力なものばかりではないか。

 《最大HP+138》というのは、まさしく先程話して下さった『アトラドール』という宝石素材を用いた結果なのだろう。希少な宝石素材だと言っていたけれど、一体幾らぐらいするものなのだろう……。

 それ以外の付与も、どれひとつ取っても、もはや強力というより凶悪な効果ばかりのようにしか見えないのだけれど……。果たして、全部で幾らぐらいに相当する価値の宝石素材が使われたのだろうか。


「あ、あの……。シグレさん、これ、は……?」

「はい。ちょっぴり奮発してしまいました」


 躊躇いがちにカグヤが問うと、シグレさんはにっこりと笑みを浮かべて答える。

 ……一体、この結果のどこを見れば〝ちょっぴり〟で済むというのか。

 〝エトランゼ〟に並べる商品とする為に、今までにシグレさんが武具などに施してきた付与を、幾つも見てきているだけに。今回、飛燕一刀に施して下さった付与が、他の商品へ施されているものに比べて桁違いに強力であるということは、カグヤにもすぐに判ることだった。


「あ、あの……。あまりシグレさんに有用なものを私は持っていませんが、これはさすがに相当なお礼をしなければいけないと思うのですが……」

「迷宮地で拾った宝石素材しか使っていませんし、元手はタダみたいなものです。それに、刀ごとダメにしてしまう危険は充分にありましたし、たまたま上手く行っただけのもの。気になさらなくて大丈夫ですよ」

「で、ですが……」


 もしも、この刀を売りに出したら、幾らの値が付くのだろう。

 考えてみて―――ぞっとする。このレベルの武具ともなると、値などあってないようなものだろうから、金額の推定など出来ようはずもないけれど。下手をすると……7桁の金額では収まらないかもしれない」


「自分はスペルを使った攻撃しか出来ませんし……。カグヤの武器が良くなれば、それを頼みにする自分のほうこそ助かりますから」

「それは、そうかもしれないですが……」


 何かお礼をしなければ気が済まない、とも思う。だけれど、金銭や物品などで些かばかりのお礼を支払おうにも、おそらくシグレさんは受け取って下さらないだろう。

 そう思うだけに、不承不承ながらも容れざるを得ない。


「わ、判りました。……このお礼は少しでも、身体でお返しできればと思います」


 金品を受け取って下さらない以上、行動で然るべく報謝するしかない。

 単にそう思っただけで、他意はなくカグヤはそう言葉にしたのだけれど。そこに少なからず驚いたような表情でこちらを見つめ返してきたシグレさんの反応を見て、思わずカグヤは首を傾げた。


「―――ああ、少しびっくりしてしまいました。それは、採取行や〈迷宮地〉への同道などで返す、という意味ですよね?」

「あ、はい。もちろん、そういう意味ですが……」

「取りようによっては〝違う意味〟に聞こえそうですから、気をつけて下さいね。ここも一応、男の部屋ですから……。あまり無防備な発言は、なさらない方が良いと思いますので」


 無防備、と言われてカグヤはますます首を傾げてしまう。

 違う意味と言われても、変なことを言ったつもりは全く無かったのだけれど。


 先程、自分が吐き出したばかりの台詞を、何度か頭の中で反芻して。

 そうしてから―――自分の顔が、思わず熱くなってきたのを意識してしまう。



  『このお礼は少しでも、身体でお返しできれば―――』



 自分が確かに、とんでもないことを口走っていたことに。今更ながら、カグヤも気付かされたのだった。


「―――ち、ちちちち、違うんですよ!? そういう意味じゃなくて!?」

「はい、判ります。ちゃんと判っていますので、どうぞ落ち着いて下さい」


 冷静な声でシグレさんに諭されても、沸き立った頭がすぐに冷めてくれるわけではない。ぐるぐると渦巻く思考の儘に、カグヤは恥ずかしさから顔一杯に熱くなったそれを、必至に両手で押さえるばかりだった。

 顔を覆う手のひらの、指先の隙間から、視界の中にちらりとシグレさんのベッドが映る。それはつい先程まで、湯あたりしたカグヤが身体を横たえさせて頂いていたベッドでもある。

 その温もりに包まれている最中に感じた、匂いの愛しさも脳裏から醒め遣らぬ内だというのに。私は何て、恥ずかしいことを―――。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4340字

文字数(空白・改行含まない):4150字

行数:115

400字詰め原稿用紙:約11枚

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