137. 付与生産・参
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飛燕一刀/品質120
物理攻撃値:144 / 魔法攻撃値:72
〔敏捷+10〕
鋭い刃面と厚い重ねを兼ね備えた、一つの洗練形をみる刀。
相応に重いが扱いやすく、使い手の技巧を一段上に導くという。
鍛冶職人〝カグヤ〟の製作した逸品。
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「な、何だか凄まじい性能の刀のようですが……。カグヤ、これは?」
「去年のちょうど今頃に、私が打った刀です」
僅かな狼狽をみせるシグレさんに問われて、カグヤは答える。
その刀は普段遣いの差料とは別に、いつも〈インベントリ〉の中へ入れている、思い入れの強い一振りだった。
「何度かパーティを組んでギルドで顔なじみになっていた冒険者から、珍しい鉱石を安く分けて貰う機会がありまして。なにぶん初めて扱う素材だったものですから、色々と手探りのまま打ってみたのですが……何の因果か、たまたま逸品が出来上がってしまいまして……」
どの生産職にも言えるけれど、何かを生産する際に時折、際だって良い物が出来上がることがある。
完成品の説明文章に〝逸品〟と記されるそれは、例えばシグレさんやユーリさんが造られるような霊薬といった品であれば、回復量などが倍から数倍近い強力な霊薬が出来上がることがあるのだという。
〈鍛冶職人〉の場合でもそれは同じで、生産により〝逸品〟の武具が出来上がると、その品は通常の品よりも随分と高い性能値を示したりする。また、時には装備品にシグレさんの施される付与と同様にステータスなどを底上げする効果が付くことさえ有り、現にこの刀にもそれが顕れていた。
「この刀に、付与を……?」
「はい。宜しければ是非とも」
「……申し訳ありませんが、お断りします。今からやろうとしているのは、失敗する可能性が決して低くはない付与なのです。自分程度の腕前では、おそらくこの業物に瑕を付けてしまうでしょう」
そう言って、シグレさんは受け取ったばかりの刀をカグヤに返そうとする。
けれどカグヤは、差し出されたその刀を受け取らなかった。
「失敗するリスクが高い付与ということは、それだけ成功した時の見返りも大きいということですか?」
「それは、そうですが……」
「では、是非使って下さい。どうなっても構いませんので」
両手を自分の腰の背に回し、受け取らない意志を改めてカグヤは示す。
困ったような表情を湛えたシグレさんの双眸が、カグヤのことを見つめてくる。どうして自分がこんなにも意固地になっているのかは、カグヤ自身にさえよく判らなかった。
ただ、何となく―――出来損ないであるのに、シグレさんから手ずからに付与を施された刀を見て。えも言われぬ感情の奔流のようなものが、静かに、けれど大きく、カグヤの裡で沸き起こったのだった。
そんなものに手を掛けて頂く価値はない。そのような鈍の為に、シグレさんの持つ技術と労力とを費やして欲しくは無い。―――憤るように胸の裡を巡り巡ったそれらの感情は、ともすれば嫉妬にさえ似たものであったのかもしれない。
「ですが、さすがに……」
猶も紡がれかけた躊躇いの言葉が、言いさしたままシグレさんの唇に留まる。
カグヤはただ、真っ直ぐに、シグレさんの瞳を見据えていた。
「……本当に、宜しいのですか? 価値を損なわせてしまう可能性の方が、ずっと高いと思うのですが」
「はい。お願いします」
居た堪れぬような表情で問うシグレさんの言葉に、カグヤはすぐに頷く。
―――〝飛燕一刀〟
この刀を、カグヤは正直持て余していた。
カグヤが普段から腰に帯びている大小は、白刃の燦めき深い大刀を〝光芒〟と、切れ味よりも扱いやすさと耐久性を優先した小刀を〝呵責〟と言い、どちらも相応に優れた箇所のある、自信を持っての出来映えではある。
しかし、この〝光芒〟の持つ攻撃力も〝飛燕一刀〟のそれに比べれば、二段も三段も劣る代物と言って良いぐらいの歴然とした差があった。
カグヤは〈鍛冶職人〉であるが、同時に冒険者としてギルドへ正式に登録を済ませている〈侍〉でもある。故に、折角出来上がった良い刀であるのだから(普段遣いの刀にしてしまおうか)とは、当然幾度となく考えた。
……けれど、出来なかった。冒険者であるということも〈侍〉であるということも、決して生半に考えて疎かにしたことはないが。けれど〈鍛冶職人〉として修練を積み、生業として費やした時間に比べれば、やはりそれは殆ど副業のようなものであるのも違いない事実である。
そもそも〈侍〉の天恵を有しているのをいいことに、何年も前に冒険者ギルドに自分を登録したのも、元々は自分の手で自作の刀を振るい確かめてみたい、というのが一番の理由である。実戦の中で正しく刀を扱ってみることこそが、出来映えを通じて職人としての自分の腕をより客観的に検めることに繋がり、引いては自らの職人としての腕をより高める為のヒントに繋がると思ったのだ。
刀を造ることが本分であり、作品を商い、金を得ることまで含めて生業である。それを思うと、逸品として出来上がった業物を他人に商うのではなく、自分の手に残して一銭にもならない形で処理するというのは、どうしても抵抗があり憚られることだった。
けれども同時に、今度は〈侍〉としての自分の心が、その刀を手放すことを良しとしない。
使うことも出来ず、かといって売り払うことも出来ず。その為に〝飛燕一刀〟は出来上がった一年前から、ずっとカグヤの〈インベントリ〉の一枠を占拠し続けている。本当に、本当に良い刀ではあるのだけれど―――持て余している、と言ってまず間違いの無い扱いしか出来ないで居るのが事実だった。
けれど、扱いにずっと困っていたその刀も、シグレさんに扱って頂けるのなら。
それであれば、カグヤは容認できる気がした。その顛末が良い方向に傾いても悪い方向に傾いても、構わないとさえ思えたのだ。
失敗して業物としての価値を失うなら、いっそ処分する踏ん切りが付いて良いかもしれない。何しろこれだけの一振りだから、品質にかなりの瑕が残っても買い手は付くだろうし、それなりの値にもなるだろう。元々偶さかに出来上がったものなのだから、別にそれで損をするというわけでもない。
もしも上手く行ったなら―――。やはり、結局扱いに困ってしまうのかも知れないけれど。どうせ今だって扱いにはほとほと困っているのだから、現状が悪化するわけでもないだろう。
「―――どうなっても知りませんからね?」
そう言って、シグレさんは幾つもの宝石素材をテーブルの上に取り出した。
見れば宝石は全部で八つ。どれもが異なった種類の宝石であることは、この手の宝石にあまり詳しくないカグヤにもすぐに判った。
「先程も申し上げましたが、同じ武器に対して二回目以降の付与を施そうとする時には、無条件で失敗する確率というのは必ずが生じます。これはもう生産のレベルやエーテルを巻く技量などではどうにもならないことでして、完全に運の範疇になってくるそうです」
「ふむふむ……。やっぱり、二回目より三回目のほうが厳しかったりしますか?」
「付与の回数よりも、既にその物体に施されている付与の個数が影響するようですね。既に付与が一個だけ施されている物品に、新たに付与を施す場合には……そうですね、成功率は七割から八割といった所だと思います。これが既に付与が六個も七個も施されている物品ですと、成功率は良くても五割といった所でしょうか」
「ああ、それでも五割近く成功するのですね……」
カグヤが漏らした言葉に、シグレさんは頷く。
どうやら付与が既に幾つも施されていても、そこまで分の悪い賭けというわけではないらしい。
「ひとつの物品に施すことのできる付与の限界は八種類まで。物品に宝石素材をひとつずつ、合計八回の付与を施していく場合には……仮に付与の成功率を七割固定のままで考えた場合でも、一回も失敗せずに済む確率というのは8%強といった所。つまり、十二回のうち十一回は無条件に失敗が生じ、品質に瑕が残ることになります」
「8%強……」
けれど、何しろそれは、ひとつの物品に付与を八個施す場合のことである。
そこまでして、それでも十二回に一回は成功を期待出来るのであれば、寧ろそこまで分が悪い賭けでも無いのでは―――。
ふと、カグヤはそうも思ってしまって。
「いえ、まあ……確かに、成功を全く期待出来ないわけでもないのですが」
カグヤの表情を見て取ったシグレさんは、苦笑気味にそうも漏らしてみせる。
……もしかしたら、考えがカグヤの表情に出てしまっていたのかも知れない。
「ですが、作業に過失があるわけでもなく、無条件に『失敗』と見なされて生産品に瑕が付いてしまうと言うのは、どこか得心がいかないことでもあるのです。何か自分の遣り方に悪い所が有って結果が伴わないのであれば、それは納得もできるのですが……」
「ああ―――。それは、判る気がします」
シグレさんの言葉に、カグヤも頷く。
逸品のように、運次第で稀に際だって良い結果が得られるというだけであればまだしも。毎回、運次第で生産の良し悪しが決められてしまうと言うのは、なるほど心地の良いことでは無いだろう。
「ですので、この『無条件失敗』の確率はゼロにしたい。そう考えた結果、自分はひとつの遣り方に辿り着くことができました。今から実際にやってみせますが―――そういえば、この武器に施したい付与の種類について、何か希望などは有りますか? 成功するかどうかはともかく、手持ちの宝石の範囲内でなるべくカグヤの希望に沿いたいと思うのですが」
「あ、そうですね……。いえ、シグレさんにお任せします」
〈迷宮地〉などの危険な場所へ行った経験こそ、たった一度しか。……それも、随分と苦い思いをした、あの時の一回しか無いけれど。
採取行に同行する形で、シグレさんと一緒に森林の魔物と戦った経験であれば、それこそ数え切れないぐらいにあるのだ。カグヤの戦闘スタイルについてもシグレさんは既に充分承知しておられる筈なので、シグレさんが良いと思う強化を施して下さるのであれば、それが一番のことだと思えた。
「判りました。では……そうですね、割と無難に仕上げる方向で」
テーブルの上にある宝石素材を、少し思案しながらシグレさんは〈インベントリ〉の中にあるものと何度か入れ替えてみせる。
宝石素材の詳細を〝視よう〟と思えば、その効果の仔細を説明文から知ることができるだろうけれど。一度「お任せします」と言ったのだから、敢えてカグヤは確認するようなことをしなかった。
「それでは実際にやってみます。申し訳ありませんが、暫くは作業に集中しようと思いますので……途中で何か訊かれても、反応できなくなるかもしれません」
「わ、判りました」
カグヤのほうへと、シグレさんはひとつ頷いてみせる。
そうしてから。シグレさんはテーブルの上にある宝石素材をひとつずつ、順番に小突いていくようにしながら様々に光を弾けさせて。
置かれている八種類の宝石素材の総てから。淡く光るエーテルを、八種類同時に引き出してみせたのだった。
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