136. 付与生産・弐
「糸の始点と終点を無事に接合することができれば、最後の工程である『定着』を行うことができます。この工程は〝意識〟さえすれば一瞬で済ませることができますから、難しいことは何もありません」
「ふむふむ……。この『定着』で、完成するのですよね?」
「そうなります。つまり先程の工程で、エーテルを用いて対象物をどれだけ上手く巻き包むことができたのか。その結果が最終的な付与効果として、はっきりと完成品という形で顕わされる瞬間でもあります」
カグヤが朝に拵えた長剣。淡く光を放つ糸でぐるぐる巻きにされたそれに、シグレさんの指先が触れると。
唐突に、カグヤの視界いっぱいに紫色を湛えた光の礫が弾けて。しかして数秒ほどの時を於いてから、やがてそれら光の礫の総てがが、長剣の中へと吸い込まれていく光景が見て取れた。
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ショートソード/品質72
物理攻撃値:24
《最大HP+65》
扱いが容易な片手用の長剣。
鍛冶職人〝カグヤ〟の製作品。
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「わ、凄い……」
長剣の品質には些かの瑕疵も付いてはいない。当然、武器に備わっている攻撃力にも一切の影響はなく、そこにはカグヤが朝に造った時と変わらない儘の性能が記されている。
けれど、そこに施されている付与はエーテルが保有していた値そのままであり、僅かな劣化さえ見られない。 それこそが、あの決して簡単とは思えない作業を僅かなミスさえなくやり遂げた証なのだと思うと。改めてカグヤは内心で、シグレさんのことを本当に凄いのだと感嘆せずに居られなかった。
「自分自身ではあまり実感が無かったりするのですが―――。妹のナナキが言うには、どうも自分は空間や立体を正確に認識する、というのが得意なのだそうでして」
「……立体、ですか」
思い当たる節は、カグヤにもある。
カグヤは以前、シグレさんの使い魔である黒鉄さんから銀で造られた懐剣を見せて貰ったことがある。打ち音の悪さが目立つ、いかにも粗悪な銀で造られたことがありありと判るその懐剣には。けれど素材の質の悪さとは裏腹に、カグヤが思わず呻らせるだけのものがあった。
カグヤ自身が以前に量産し、そのまま『鉄華』の店先に暫しの期間陳列していた合口拵の懐剣。それらの品と寸分違わぬ造形を、その銀の懐剣は模していたのである。
聞けばその懐剣は、とある〈迷宮地〉の中で1gita銀貨を材料としてシグレさんが即興で拵えたものであるのだと言う。
立体を扱うというのは難しいことなのだ。―――それをカグヤは〈鍛冶職人〉を生業としてきた長年の経験から正しく理解していた。
……だというのに。実物を実際に確認しながら造ったわけでもなく、ただ店先に暫し並んでいて見る機会があっただけの品を、記憶を頼りに即興で仕立てただけの銀の懐剣。その品が、見本とされたであろう懐剣を拵えたカグヤ本人の目から見ても、違いを見定められないほどに完成されているというのは。……なるほど、相当な才能が無ければ出来ようもない筈のことだと思えた。
「ですので、こうした立体物にエーテルの糸を巻き付けるだけの作業というようなものは。人よりも少し、器用にこなせたりするみたいですね」
シグレさんは何でも無いことのようにそう言い切ってみせるけれど。それが可能である、ということの意味の大きさを、カグヤには容易に推測することができた。
(多分、買ったら3万gitaは下らない……)
然程でもない時間のうちに、シグレさんが〝実演〟してくれた技術の金銭価値を考えて、カグヤは思わず慄然する。
カグヤが造った長剣も、やや失敗した作であるとはいえ、市場に出せばそれなりの価値は付いただろう。3,000gitaで『鉄華』に並べれば当日中に間違い無く売れるだろうし、5,000gitaであっても買う人は居たかもしれない。
けれど、あくまでもその程度の価値しか筈の無かった一振りでもあるのだ。
だというのにシグレさんはその武器に、3,000gitaばかりの価値を持つ宝石をたった1つ用いるだけで。瞬く間に金銭価値を何倍にも飛躍させてしまったのだ。
(も、もう少し、ちゃんとした刀剣をお渡しすれば良かった)
今更ながら、カグヤが小さくそんな後悔をしてしまうのは。職人であり、同時に店を経営する人間でもあるが故の、身に染みた商人としての性根なのかもしれない。
「これで完成ですが、同じ手順を繰り返すことでこの武器に更に付与を施すことも出来なくはありません」
「さ、更に、付与を加える……」
これ以上の付与が、更に加えられてしまえば―――。
一体、この失敗作の金銭価値はどこまで跳ね上がってしまうのだろう。
「但し、同じ武器に対する二回目以降の付与に対しては、無条件で失敗する確率が生じます。……以前カグヤに鍛えて頂いたことがある、今はベルに渡した大鎌のこと。覚えていますよね?」
「あ、覚えています。確か、武器名は『精強なバトルサイズ』だったと」
「ええ、合っています。あの武器は元々使う予定が無い物でしたので……。ひとつの武器に、最大で幾つまで付与を付けることができるのか。それを確かめてみるための実験材料にしてしまったんですよね。……そのせいで品質値が酷いことになってしまっていたのは、カグヤも知っての通りです」
「な、なるほど……」
損なわれた品質値を補うために、一度は預かって鍛錬した覚えのあるその武器のことを、カグヤは思い返してみる。
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精強なバトルサイズ/品質51
物理攻撃値:26
〔最大HP+18〕
《最大HP+10%》《最大HP+25》《最大MP+11%》《最大MP+30》
《筋力+6》《強靱+3》《敏捷+6》《HP回復率+1》
魔物の肉体ごと刈る巨大な鎌。
取扱いが難しいが、威力自体は高い。
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元々はユウジさんと共に〈迷宮地〉を探索した際に手に入れた武器とのことで、〔最大HP+18〕のオプションは武器を手に入れた時点が付着していたものだと聞いている。
おそらくはそれ以外の八種類の追加効果が、総て付与によって後付けされたものだろうか。だとするなら、ひとつの武具に施すことができる付与の限界は、最大で八つまでと考えて良さそうだ。
「もしかして、ひとつの武器に同じ種類の効果を付与することは不可能ですか?」
思い出した武器の内容。そこについている付与の中に、重複するものが無いことに気付き、カグヤがそう質問してみると。
シグレさんはどこか嬉しそうに、こくりと頷いて答えてくれた。
「一度は預かったことのある武器とはいえ、よく付与の内容まで覚えてらっしゃるものですね……。同一武器の中に同種の付与を施した場合、どうやら後から施したもので上書きされてしまうようです」
「なるほど……」
とはいえ、最大HPを割合で増やす付与効果と固定値で増やす効果とは、それぞれが重複しない別種のものとして扱われていることが判る。
「―――あれ? 待って下さい、もうひとつ質問したいのですが」
「ええ、何でも訊いて下さい。答えられることでしたら何でも答えますので」
「シグレさんから頂いた、この指輪なのですが……。確か最初にシグレさんから頂いた時点では、何も付与は付いていなかった筈ですよね?」
自分の薬指に嵌っている指輪を、改めてカグヤは再確認する。
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連繋の指輪/品質340
物理防御値:0 / 魔法防御値:0
【連繋】
対となる連繋の指輪の装備者同士が同一ゾーン内に存在する場合、
〔HP合算値〕〔MP合算値〕〔状態変化〕〔恩恵〕を総て共有する。
《損耗保護》《最大HP+25%》《最大HP+65》《強靱+14》
装着者同士の身体と精神を結びつける魔力を宿した指輪。
効果を発揮している最中は、指輪自体が淡く緑に輝く。
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そこには後からシグレさんが加えて下さった、四種類の付与が刻まれている。これらの付与は最初にカグヤが指輪を受け取った時点では、まだ施されていなかったものだ。
《損耗保護》の付与があると何かと便利だから、と。そう告げるシグレさんの言葉に促され、付与の為に一度は指輪を返却したわけで。実際には《損耗保護》以外にも三つの付与を施していて下さったわけだけれど……。
「私が初めにシグレさんからこの指輪を頂いた時にも、確か品質は340であったように覚えているのですが。あのあと四つも付与を施して下さったのに、品質値は全く下がらなかったのですか?」
先程、シグレさんは『同じ武器に対する二回目以降の付与に対しては、無条件で失敗する確率が生じる』と仰った。
その言葉の通りであるのなら、指輪に四つも付与を行えば―――少なからず品質を毀損させても良さそうに思えるのだが。
しかし、指輪の品質値は今も340のままであり、最初に受け取った時点から僅かにさえ目減りしていない。……たまたま上手く行った、ということなのだろうか?
「ああ、なるほど―――。カグヤの言いたいことは理解出来ます。施されている付与の個数から考えて、四度も付与を行っている筈なのに、どうして品質が劣化していないのか不思議なのですね?」
シグレさんの言葉に、カグヤは頷く。
ひとつ頷いてみせてから、シグレさんはすぐに答えを返してくれた。
「四つの付与を施すために、四度の付与作業を必ずしも行う必要は無いのです」
「……それは、どういうことでしょう?」
「それは、実際にお見せした方が早いでしょうね」
そう言ってシグレさんは〈インベントリ〉から、先程カグヤが渡した長剣の残りの一本を取り出す。
再び、実際に付与作業を行い、カグヤに示すためだろう。けれど―――その剣は出来損ないなのだ。少なくともカグヤにとって満足出来る一品ではなく、そんなものの為に宝石素材などを無駄にして頂きたくは無かった。
「ま、待って下さい」
「はい?」
「付与を行うのでしたら、こ、こちらの刀を使って下さい」
そう告げてから、カグヤは〈インベントリ〉の中から一振りの刀を取り出す。
僅かに躊躇する心も一瞬だけ生まれたが。けれどもカグヤはすぐに決意を固め、その一振りをシグレさんへと手渡す。
朱塗りの鞘に収められた、見事な拵えの刀。
カグヤ自身が鏨で切った銘は〝飛燕一刀〟と言った。
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