135. 付与生産・壱
「以前にカグヤから教わったことではありますが。刀を造るというのは大きく分けでも十、細かく分類すれば二十以上にも及ぶ工程が必要になるのだそうですね」
「あ、はい。そうですね……省こうと思えば省ける工程も沢山ありますから、簡単に造ろうとするのでしたら、もっと楽に造ることも可能ではありますが」
刀というのは、兎角造るのに手間が掛かる。その為〈鍛冶職人〉の天恵を有している職人であっても、鋳造方面にばかり手を広げて、刀を初めとした鍛造や造り込みといった手間が掛かる物品を一切造らない、というのは決して珍しいことではない。
また、刀を造るにしても掛かる手間の抜き方というのは幾らでもあり、やろうと思えば幾らでも楽をすることはできる。しかし刀を打つ上での工程というものは、当然ながらどれも必要だから存在するのである。工程を省けば生み出された刀剣はそれだけ粗製さを露わにし、つまるところ完成品の品質に、引いては武具としての性能値の差となって如実に顕れてしまう。
「それに比べれば〈付与術〉の生産は大変簡潔です。何しろ、どんな物品に付与を施す場合であっても、およそ工程と呼べるものはたった三つしかありません」
「三つ、ですか」
「はい。宝石素材から、付与に用いるための特別な力である〝エーテル〟を引き出す『喚起』。次にそのエーテルを糸状にして付与対象の物品に絡める『纏包』。最後に絡ませたエーテルを物品の中へと封じ込める『定着』の三つです。最初と最後の工程は一瞬で終わらせることが出来ますから、実質的に手間が掛かるのは二番目の工程だけになります」
「ふむふむ……」
お風呂に入る前に、カグヤが見たシグレさんの様子。
淡く光る〝エーテル〟と呼ばれる糸を、懐剣ほどの小さな刃物に巻き付けていたあの作業こそが、その二番目の工程である『纏包』に相当するのだろう。
「実際にやってみましょう。まずは付与対象の物品に『最大HP増加』の追加効果を付与することができるこの宝石素材、〝精強の宝石〟からエーテルを引き出してみます」
シグレさんが右手の人差し指と親指とで摘み上げた宝石。
透明感を湛えたその宝石が、瞬きをするかのような僅かな時間のうちに黒く淀み、彼の指から崩れ落ちながら炭化してしまうと。代わりにシグレさんの右手の辺りに淡く光を放つ紫色の何かが、浮いたまま漂っているのが見て取れた。
「見えていますか?」
「あっ……。は、はい。見えています」
シグレさんの問いの言葉に、慌ててカグヤは正直に返答する。
まだ糸の形状をしてはいないが、これ自体が〝エーテル〟なのだろう。そしてシグレさんは―――本来なら〈錬金術師〉の天恵が無ければ決して見えないものである、と。そのように言っていた。
なればこそカグヤに見えるかどうかを改めて訊ねたのだろう。本来であれば見える筈のないそれが、けれど間違い無くカグヤには〝視えて〟いる。
「先程言った『喚起』の工程はこれだけです。次はこれを糸状にするわけですが、別にそれも難しいことではないですね。宝石素材からエーテルを引き出した本人が糸状にしようと〝意識〟すれば、それだけで簡単に形を変質させることができます」
そう説明するや否や、実際にシグレさんは宙に浮き漂っているエーテルを、触れるでもなく端からするすると糸の形状へと変質させてみせた。
「意識するだけで思い通りになるのですか……。糸の長さや太さも?」
「そちらも自由自在ですが、糸の太さの方はある程度決まった上限のようなものがあるようでして、この程度までは細くしなければならないという目安があります。長さのほうは特に制限などはありませんね」
「なるほど……」
「ひとつ注意頂きたい点として、糸の全量というものは考慮せずとも構いません。エーテルという物体は、意志ひとつでその量自体を増やしたり減らしたりすることさえ自在にできてしまいます。糸を長く伸ばしたからといって細くなるものでも、あるいは逆に糸を太くすれば短くなるというものでもありません」
「……つまり、伸ばそうと思えば無限に伸ばせる?」
「おそらくは可能だと思います。まだ、やってみたことはないですけれどね」
少し可笑しそうに笑いながら、シグレさんがそう告げる。
「但し途中で切り離して、糸を複数に増やすようなことはできません。切り離した時点で全体が消滅してしまいますね。ですから、一つエーテルで付与できる対象物は必ずひとつだけになります。糸の長さ自体は無限に伸ばせますから、付与対象が一つという制約内であれば、かなり巨大なものに付与を施すことも可能でしょう」
「逆に小さなものにも、問題無く付与を行えるわけですね?」
「ええ。カグヤにお渡しした指輪などにも、問題無く付与を行うことができます」
つまり、シグレさんから頂いたこの指輪に《損耗保護》を初めとした幾つかの強力な付与が備わっているのは。この小さな指輪へと、シグレさんが手ずからエーテルの糸を絡めることで付与を施して下さったからなのだ。
「というわけで、糸を絡める『纏包』の工程も実際にやってみましょう。最初の糸の長さは、少し短すぎるぐらいにしているのが良いと思います。足りなければ後から伸ばせば良いだけですからね」
「あはっ、なるほど。長いと巻く上で邪魔になっちゃいそうですもんね」
「その通りです。また、エーテルの糸は手で触れたり同じ糸同士で接触する分には問題ありませんが、それ以外の物体などに接触すると一瞬で貼り付いてしまいます。また、一度物品などに貼り付いたエーテルを剥がすこと自体は可能なのですが、そうする度にエーテルの質が下がってしまいます」
「質が、ですか……?」
「はい。武具などに備わっている品質値というのは性能に直結していますよね? それと同じで、エーテルの質は対象物に与えることができる付与効果の量にそのまま影響します。詳しくは物品の詳細を〝視る〟時と同じように、エーテルのことを視認して頂ければ判ると思います」
言われた通りに。シグレさんの右手に摘まれた、既に糸状になっているエーテルの糸を〝意識〟しながら見つめてみると。
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エーテル/品質65
最大HP増加:+65
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確かに、そこに品質値と効果を見ることができた。
品質値と効果量が全く同じだから、おそらく品質が下がってしまえば同量だけ効果も減少してしまうことになるのだろうか。
「あれ? 宝石素材の品質値は確か『50』でしたよね?」
ふと、炭化する前に見た宝石の詳細を思い出して、カグヤは疑問を口にする。
宝石素材の品質は『50』だった筈なのに、エーテルの品質は『65』なのか。
「……良く見てらっしゃいますね。引き出されるエーテルの品質や効果量は、宝石自体の品質にはあまり関係がありません。どちらかといえば宝石素材の種類に大きく影響しますね」
少し感心したような様子で、シグレさんがそう答える。
「種類……。それは同じ付与内容でも、用いる宝石素材によって効果に差が出るということでしょうか?」
「そう考えて頂いて間違い有りません。例えば『アトラドール』という希少な宝石素材からも、これと同じく『最大HP増加』の付与効果を引き出すことができますが。そちらの宝石から引き出したエーテルの品質値は、およそ『150』程度になります」
「ひ、150ですか……。それは、かなり凄まじいですね……」
つまり、武具などに最大HP+150の付与効果が得られることになる。
それはシグレさんの素のHP量から考えるなら、実に七から八倍近い値にも相当するとんでもない効果量だ。
「とはいえ、150の力を持つエーテルが引き出せるからといって、それをそのまま対象物に付与出来るとは判らないのが難しい所なのですが」
「う、そうなのですか」
「ええ。その辺の説明も含めて、作業を続けることにしましょうか」
糸状にしたエーテルの片方の端を、先程カグヤが渡した長剣の尖った先端部へと貼り付けて固定すると。そこから刃面自体を巻き取るようにしながら、シグレさんは丁寧にエーテルの糸を貼り付けていく。
均一な方向へと、およそ1.5cmほどの均一な間隔を開けて巻かれていく糸。器用に手早く、リズムよく巻かれていく糸が長剣の刃面全部へ絡め終わるまでには十数秒程度しか掛からなかっただろうか。
しかし、そこからが難しい。糸が刃面と柄部の間に挟まれた鍔の出っ張りに差し掛かると、さすがにシグレさんの手も幾度か止まるようになる。それでも僅かに思案の時間を置きながら、やがて出っ張った部分も含めて器用に隈無く巻き取っていく。
「これで半分です。ここから、更に元の位置まで戻ります」
「……え?」
長剣の根本部に当たる柄頭までエーテルの糸が辿り着くと。シグレさんはそう言って、ちょうどいま巻き取ってきた糸同士の間隙を縫うようにしながら、今度は根本から先端のほうへと巻き取っていく。
巻き取る向きを同じくして器用に糸の間を埋めていく器用さは、傍から見ていても思わず感心して仕舞うほどであるけれど。敢えて往路と同じ巻き方向に揃えて復路を辿り、糸同士が一切重なり合わないように配慮しているのは、やはり何か意味があってのことなのだろうか。
「糸同士が重なっていると、この後の『定着』の際に問題が生じるんです」
そのことをカグヤが訊ねると、シグレさんはそう答えてくれた。
「糸を巻く上で気をつけることが四つあります。ひとつは糸を上手く巻けずに隙間の部分が生じてしまうことで、これは『定着』させた後の付与効果が下がってしまいます。この長剣サイズの物品に付与を施す場合には、そうですね……許される隙間の許容範囲は1cmちょっとぐらいまでといった所でしょうか。それより広い隙間ができてしまうと、その広さに応じて付与効果が下がってしまいます」
「1cm……。かなり厳しいのですね」
「お陰でこの作業に慣れない内は、いつも結果は惨憺たるものでした」
自嘲気味に苦笑しながらも、シグレさんは器用に糸を巻くことを止めない。
往路で1.5cmほどの隙間を空けて巻かれていた糸の間隙を、折り返す復路の糸が器用に埋めていく。やがて先端部にまでシグレさんの巻く糸が達し、糸の始点と終点とが接合されると。カグヤが拵えた長剣は淡い紫に光る糸で綺麗に巻き取られた状態となった。
「また、糸が対象物に接していない場所。つまり、糸が浮いてしまっているような場所が少しでも出来てしまうのは、特にいけません。この場合は『定着』の際に糸が浮いている場所からエーテルが大きく失われ、最終的に付与される効果量がかなり損失してしまいます」
「うあ……。糸が浮いてもダメ、重なってもダメなのですか……」
「はい。糸が重なった場合ですが、これは付与効果自体には影響無いのですが、付与対象へ『定着』を行った際に対象物の品質値にダメージを与えてしまいます。今回の場合だと武器の品質が下がり、攻撃力が下がってしまいますね」
性能などが初めから存在しない、装飾品などに付与する場合には気にしなくても良いのかもしれないが。武器や防具の場合には、やはり性能の値というのもまた重要な要素である。
折角、付与によって対象品の価値を高めることができても、その結果として本質である武具としての性能を劣化させすぎてしまっては意味が無いのだ。
「最後になりますが、糸は必ず螺旋状に巻く必要があります。糸は対象物に貼り付けることができますから……例えば盾のような板状のもとへ付与を施す場合には、どうしても最初に表面から糸で埋めていきたくなりますが。これも付与効果が大きく落ちる原因の一端になります。ですので必ず、回転させるようにしながら対象物に糸を巻いて下さい」
「え……。服とか、鎧とかに付与する場合もですか?」
「もちろん、そうです。何度かやってみましたが、なかなか大変ですよ」
「さ、最初は簡単そうに見えていましたが。……実は付与生産って、凄く難しいのでは?」
苦笑混じりにカグヤがそう問うと、シグレさんはただにっこりと微笑むばかりで何も答えてはくれなくて。
……けれどそれは、下手な言葉よりも雄弁な肯定であるとしか思えなかった。
お読み下さり、ありがとうございました。
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