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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
8章 - 《聖騎士の忠節》

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130. 内風呂

「ふあぁ……」


 暑い鍛冶場の中に籠り、更にそのあと冷たい雨の中を帰ってきたせいだろうか。鍛冶作業自体は然程続けない内に打ち切ったにも拘わらず、カグヤの身体はそれなりに疲労を蓄積させていたらしく、内風呂の熱い湯の中に身を浸せば疲労が身体の中から溶け出していくのが判った。

 夏の時期でもお風呂というのは甚く気持ちの良いものではあったが、こうして身体が冷える実感が伴うようになれば、その有難みはより顕著に感じられるものになるのだろう。


「お風呂ってサイコーですよねぇ……」


 誰にともなく、カグヤは独りごちる。

 自宅にお風呂がある、ということ。それが随分と過ぎた贅沢であるのだと正しく理解していながらも、一度いつでも好きな時に風呂を利用出来る生活を堪能してしまえば、最早それは手放すことができないものになってしまう。

 せめて贅沢な環境で生活させて貰えるお礼として、充分な額の家賃のひとつでも支払いたい所ではあるのだが。カグヤがどんなにそう求めても、シグレさんは頑として受け取ってはくれない。

 シグレさんは誰よりも優しい人であるけれど、一方では自らの意志で定めたことについては頑なに譲らない側面を持つ。そのことが今ではカグヤにも判るだけに、彼に報いる術が無いことを少し悲しく思わないでは無かった。

 お金で報いられないのなら、代わりに自分の技術を以て報いることができれば良いのだが。カグヤが拵えることのできる刀剣や板金鎧の類というのは、何を作っても術士であるシグレさんの装備として役立てることが出来ない。

 せめてもの方法として、嘗て黒鉄さんと交わした賭けの報酬として拵えた打刀については、かなり上等な一品を仕上げはしたけれど。それが些少なりにもシグレさんに報いることに繋がるとは、他ならぬカグヤ自身にさえ全く思えなかった。


 それに、彼に報いたいのはこの家のことばかりではない。過去に命を助けて頂いたこともあるし、しかも―――指輪まで、頂いてしまった。

 カエデやユウジさんの話から察するに、この指輪を手に入れるためにシグレさんは一夏の間ずっと、不死系の魔物が大量に跋扈する地下迷宮に入り浸っていたらしい。

 シグレさんやカエデがどこか危険な場所に行くたび、〝羽持ち〟では無いが為にそれに同行出来ない自分のことを悲しく思ってきたことは過去に何度だってあった。

 けれど、カグヤはそれを心のどこかで(仕方の無いこと)だと割り切ってもいたというのに。カグヤの悲しみを察して、カグヤの代わりにそれを何とかするための努力をシグレさんはして下さったのだ。

 ―――この指輪はその証であり、シグレさんがカグヤの為に大きな代償を払って下さった恩義の証そのものでもあった。


 お風呂の中にあっても、指輪は淡い光を放つ。

 この光は、この指輪とシグレさんの指輪が違いなく繋がっている証。


(そういえば……)


 ふと、カグヤはつい先程のことを振り返る。

 シグレさんが操作しておられた〝エーテル〟という糸のこと。

 あの時シグレさんがエーテルの糸を絡ませていた懐剣は、確か〝エトランゼ〟の売り物として並べるためにカグヤが十数本纏めて製作した匕首(あいくち)のうちの一本だった。

 匕首はリーチこそ短くとも魔物の戦闘にも充分に耐えうる品で有るし、鋳造品のナイフなどに比べればずっと高い攻撃力を有している。特別な技術などなくとも誰にでも扱えるし、戦闘以外の部分でも何かと役立つことが多く、冒険者の補助武器としては非常に人気がある品だ。

 確か、カグヤが作った匕首にシグレさんが簡単な付与を施して、店に商品として並べよう―――そういった話だった筈で。だから、シグレさんがあの時に〝エーテル〟の糸を操作してやっておられた行為が、その『武器に付与を施す』作業であったのだろう。


(……シグレさんは、あの糸が〈錬金術師〉にしか見えないって言った)


 シグレさんが言うのだから、それは間違いの無い真実なのだろう。

 けれど、カグヤは無論〈錬金術師〉の天恵など持ち合わせてはいない。カグヤが持っている天恵は〈鍛冶職人〉ひとつだけである。

 だというのに、見える筈の無いものが見えたのだとするなら―――。


(やっぱり、これのせいだよね……?)


 左手の薬指に嵌った指輪を見つめながら、カグヤは静かにそう思う。

 先日、この指輪を頂いたその日の内に、シグレさんが手ずからに『損耗保護』の付与を施して下さった指輪。付与による保護を得た指輪は鍛冶の最中に身に付けていても傷ひとつ付くことはないし、こうして温泉の湯に浸していても錆ひとつ浮かぶことは無いのだという。

 シグレさんと繋がっている証として淡い光を湛え続けるその指輪の形をなぞるかのように、カグヤは静かに自らの唇を触れさせる。仮にカグヤを護ってくれる効果など一切無くとも、彼から頂いたこの指輪が何よりも大切で愛おしい品であるのは間違い無かった。


 カグヤは〈錬金術師〉の天恵を持ってはいない。

 けれど、シグレさんは〈錬金術師〉の天恵を持っている。



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 連繋の指輪/品質340


   物理防御値:0 / 魔法防御値:0


   【連繋】

   対となる連繋の指輪の装備者同士が同一ゾーン内に存在する場合、

   〔HP合算値〕〔MP合算値〕〔状態変化〕〔恩恵〕を総て共有する。


   《損耗保護》《最大HP+25%》《最大HP+65》《強靱+14》


   装着者同士の身体と精神を結びつける魔力を宿した指輪。

   効果を発揮している最中は、指輪自体が淡く緑に輝く。

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 〝意識〟することで、カグヤはその指輪の性能を改めて確認する。

 ……何気に《損耗保護》以外の付与もシグレさんが施して下さっていることは、カグヤもいま初めて知った真実であった。しかもその付与の効力も、上等な素材を惜しみなく使われたのか強力なものばかりであるように思える。


(私に〈錬金術師〉にしか見えないものが見えたのだから―――)


 もしかすると指輪を嵌め合っている相手の〝天恵〟までもが、この指輪によって共有される〔恩恵〕のひとつに含まれているというのだろうか。

 シグレさんはこの〔恩恵〕の項目に『この世界で〝羽持ち〟の人が得られる特典の事が含まれる』と言っていたけれど。天恵までもが共有されるなどという話は、全く聞かされていなかった。

 いや―――カグヤが〝エーテル〟を視認出来ていることに、シグレさんも驚いていた。シグレさん自身さえ知らなかったし、予想もしていなかったことなのだろう。




「……あれ?」


 そんなことを考えていた最中、不意にカグヤは違和感を覚えて我に返る。

 カグヤが居る内風呂の前の部屋。つまり、脱衣所のほうに何人もの人が詰め寄せている気配のようなものを感じ取ったからだ。


(誰か入ってくるのかな……?)


 先に誰かが風呂を利用していて、後から誰かが入ってくる。そういうのは別に普段から珍しくないことだった。シグレさんやユウジさんは狭い内風呂の方で女性と一緒に入るのを忌避されるようだけれど、他の女同士の面子であれば先客が居てもさして気にすることでも無いからだ。

 けれど、それにしては少々―――脱衣所のほうから感じられる気配の数が多すぎるような気がして、カグヤは首を傾げる。濡れた服を籠ごと脱衣所に置いたままにしてあるのだから、既に一人は入浴中であることがあちらにも判る筈なのだけれど……。

 内風呂も決して小さくはないのだけれど、外の露天風呂のように皆で一緒に入れるほどの広さは無い。同時に三人か四人程度までなら無理なく一緒に利用することも可能だろうけれど、それ以上の人数で一度に利用するのはさすがに手狭ではないだろうか。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):3254字

文字数(空白・改行含まない):3109字

行数:84

400字詰め原稿用紙:約8枚

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