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(改稿前版)リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
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13. 食材は剥ぎ取るもの

 シグレとカエデの組み合わせは相性が噛み合いすぎていた。

 初戦のあともシグレは次々と《気配探知》で次に戦うべき周囲の魔物を探り当てていく。カエデがその敵に突撃を敢行し、数が多ければシグレの《眠りの霧》や《捕縛》といったスペルで無力化し、対峙する敵の個体数を一時的に削る。

 カエデは敵の攻撃対象を自分自身に引きつける《威嚇》のスキルが使えるし、仮に引きつけから漏れたウリッゴがシグレの元まで突撃してきても、彼女の《庇護》によるダメージの肩代わりでシグレの安全は確実に守られる。これにより、HPが極めて低い値しかないシグレも恐れずに戦うことができた。

 シグレの攻撃スペルでは一度にウリッゴのHPバーを20%程度しか削ることができない。《魔物鑑定》によればウリッゴのレベルは『4』前後であり、シグレより格上の敵なのだから当然といえば当然なのかも知れないが。しかしダメージ自体は然程高く無くとも、シグレのスペルは連射が効く上に魔物を大きく弾き飛ばすことができる。ノックバックにより距離が離れれば、すぐさまカエデから《突撃》による高威力の追撃が入り、魔物のHPを大きく削ることができた。

 《眠りの霧》や《捕縛》の効果で動けなくなっている無防備なウリッゴに対しては、カエデから溜め攻撃である《重牙》、もしくは敵の背後からしか使えないが確実に攻撃がクリティカルする《窮点衝》といった、〈槍士〉のスキルが炸裂する。どちらも通常時の使用が難しいだけに極めて高い威力を持っており、もはやシグレ自身が火力を発揮する必要は殆ど無いといって良かった。

 シグレは連戦が可能なだけのMP回復力を有しており、カエデが軽傷でも負えばすぐに治療スペルを掛けることもできる。更には〈槍士〉であると共に〈騎士〉でもあるカエデは、〈聖職者〉の治療スペルを受けたときにHPだけでなくMPも小量回復することができる《騎士の恩寵》というパッシブスキルを持っている。本来であれば魔法職以外のクラスはMPの自然回復能力を持たないから、街に帰って休息しない限り回復しないMPは〝使い捨て〟感覚のものであるらしいが。シグレが使い切れないほどのMP回復率を活用してカエデのMPを回復できる以上、彼女のMPもまた、ほぼ無尽蔵のものであると言って良かった。


『……こんなに快適すぎる狩りをするのは初めてで、ちょっと怖いよ』


 苦笑気味にパーティ念話でそう漏らすカエデのレベルは、今は5に上がっている。

 一方、シグレのレベルは1から微動だにしていない辺り〝獲得経験値1%〟というペナルティの重さはさすがと言うべきだろうか。


『私は最初にこれを体験してしまうと、後が怖いですね……』

『あはっ、ホントは狩りって、こんなに楽じゃないしねえ』


 一度狩りのパターンが出来上がってしまうと、街に程近くウリッゴ以外の敵を見ることがないこの辺りでは、事故も起きようがない。インベントリに凄い勢いで溜まっていくウリッゴの肉や生皮といったドロップアイテムの数値を時折見つめながら、もしこの量を実際に担いで持って帰らなければならないとしたら絶対に無理だろうな……と、シグレはそんなことさえ考えてしまう。

 シグレにしてもカエデにしても、決してどちらかが強すぎるというわけではない。ただ、互いのクラスが持つ特性が噛み合いすぎていて、ペアで一緒に狩りをすることで倍どころではない強さを発揮していたのだ。


『今、何匹ぐらい倒してるんでしょうね?』

『ギルドカードを使えば判るよ。手に持って、今日の討伐数を知りたいって意識して見ればいい』

『なるほど、やってみます』


 インベントリからギルドカードを取り出してカエデの指示通りにやってみると、今日のウリッゴの討伐数が〝45匹〟にも達していることが判った。


『左側40メートルほど先に居る5匹の集団を倒せばちょうど50みたいですから、それで戻りましょうか』

『オッケー、了解!』


 敵の存在を探知することができ、戦闘でも自分でリズムを作れる立場にあるせいか、いつしか戦闘を指揮するのは初心者である筈のシグレのほうになっていた。今では《気配探知》のスキルにも慣れ、探知に成功した魔物の位置までの、大体の距離さえ直感的に理解出来る程になっていた。もちろんすぐに《千里眼》を利用して、その魔物の気配が本当にウリッゴなのか確認することも怠らない。

 シグレの言葉に応じて、カエデは共有されているであろうマップを頼りにウリッゴが5匹居る方向へと直ちに走り込んでいく。ウリッゴは大体2~4体程度の集団で居ることが多く、5匹を一度に相手取るのは今日初めてのことだったけれど、それに対する不安のようなものは全くなかった。


「彼の魔物達を抗えぬ深淵へと導け―――《眠りの霧》!」


 先手必勝とばかりに、シグレはまず範囲無力化のスペルを唱える。敵が5体居るからと言って、カエデに五体を一度に相手させる不安を背負わせるわけにはいかない。《突撃》によりカエデが敵集団と接敵してしまう前に、可能な限り個体数を削る役割がシグレには求められている。

 短い詠唱と共にウリッゴの集団が白い霧に囲まれ、晴れると同時に2体のウリッゴがその場に崩れ落ちた。

 何度か使ってみて判ったが、《眠りの霧》は範囲を相手取れる便利性を有しているせいか、成功率はあまり高いとは言えない。それでも一度に複数体の無力化を狙えるというのは大変に便利だし、詠唱時間も短いから優秀なスペルなのは間違いないのだが。


「魔力を支配する〝銀〟よ、彼の魔物を捕えよ―――《捕縛》!」


 足りない安定性は、そのぶん他のスペルで補えば良い。シグレが続けて行使した銀術師のスペルである《捕縛》に応じ、突如として周囲から現れた銀のロープに絡め取られ、ウリッゴの1体が更に行動を封じられる。

 安定しない《眠りの霧》とは逆に、《捕縛》は単体を封じる魔法としてはかなり成功率が高いらしく、体感で8割を超えているように思う。何よりシグレ自身、銀術師のスペルは使っていて他のクラスのスペルよりも(扱いやすいな)という判りやすい感覚が伴った。おそらくはシグレの種族が〈銀術師〉であることによる補正か何かが働いているのだろうか。

 残る自由なウリッゴは2体。2つのスペルで忽ち3体を封じ込めたシグレを脅威と見たのか、2体のウリッゴは共に、前衛に立つカエデを回り込むようにしてシグレのほうへと走り寄ろうとする。


「こっちに来なさい、あんた達の相手は私よ!」

「―――《狐火》!」


 しかしカエデの《威嚇》が2体の敵愾心を大きく引きつけ、しかもシグレの《狐火》による炎上効果で1体の足が瞬間的に停止する。

 斥候スキルの《魔物鑑定》によりウリッゴの弱点属性が『火』であることは判っている。急に自身の身体が炎上したことに、1体のウリッゴは足を止めて激しく身悶えた。動物が本能的に『火』を恐れるのと同じように、動物的な外観を持つ魔物であってもそれは変わらないのかもしれない。


「やあァッ!」


 2体が眠らされ、1体が捕縛され。更にもう1体が足止めを受けたため、最終的にカエデとぶつかり合ったウリッゴの個体数は僅かに1体だけである。

 その1体をカエデの《突撃》が派手に貫き、激しい鮮血が舞った。レベルが5に上がったことで[筋力]が成長し、更にシグレの付与術師スペル《理力付与》で攻撃力の強化までされている槍の一撃により、一撃で8割近いHPゲージが吹き飛ばされている。

 甚大なダメージを伴う突撃により大きく仰け反ったウリッゴに対して、槍を引き抜く動作から連なるように薙いだカエデの一撃に打ち据えられ、残りの2割のHPもすぐに奪われてウリッゴの身体が光の粒子へと掻き消えた。


「―――《衝撃波》!」

「追撃するわ!」


 炎上による足止め効果から立ち直ったばかりの、もう片方のウリッゴの身体をシグレのスペルが弾き飛ばし、その敵を追うようにしながらカエデの《突撃》が貫く。カエデの追撃とシグレの更なる攻撃スペルにより、その1体もすぐに光の粒子へと変わり消滅した。

 自由なウリッゴ2体の駆逐が完了すれば、残りの3体など最早脅威ではない。

 無防備な敵に繰り出されるカエデの高威力な《重牙》や《窮点衝》による一撃は、レベルアップと付与魔術で強化された今となっては一撃でウリッゴの命を刈り取れるほどであり、もうシグレには彼女の〝屠殺作業〟をのんびりと眺めている他にすることが無かった。




    ◇




「カエデの服が、だいぶ汚れてしまいましたね」


 隣を歩くカエデの格好を見ながら、シグレはそう漏らす。

 遠くから魔法を撃っていただけのシグレは問題無いが、そのぶん一人で前衛役を担ったカエデの姿は血糊の痕が酷く、見るに堪えないことになっていた。


「殆ど返り血だけどね。一応〝ゲーム〟の筈なのに、今時こういう表現が規制されていないってのも珍しいよねー」

「そうですね。……というか、気が弱い人は普通に引くレベルだと思います」


 槍が深々と突き刺さり、魔物のうめき声が上がり、血飛沫が上がる。

 ―――ぶっちゃけ結構なグロ表現であり、軽くホラーである。シグレは何とも思わないが、気が弱い人が初めてこのゲームで戦闘を経験し、魔物に剣などを突き立てて返り血を浴びれば……。悲鳴を上げるだけで済めばよいが、下手したら気を失ったり、夢に見たりする程度のショックを受けるかもしれない。

 カエデが身につけている革鎧には、乾いてから時間が経ち、所々に赤黒く染まった魔物の血が生々しく目立つ。悪臭などはしないようだが、このままの格好で街に入るのはあまり良くないのではないだろうか。


「大丈夫、ちゃんと門の前辺りで着替えるよ。この辺は敵が出るかも知れないから、まだ着替えられないけどね」

「汚れた鎧や服はどうされるんです?」

「洗っても落ちないようなものは、大聖堂で《浄化》のスペルを掛けて貰えば綺麗になるよ。代わりに小銭の寄付を要求されちゃうけどね」

「―――ああ」


 そういえば、シグレが修得している〈聖職者〉の初期スペル4つ中に、そんなスペルもあった気がする。



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《浄化》

 聖職者Lv.1/消費MP:10

 詠唱時間:4秒 再使用時間:0秒


 対象の人や物に付着した、好ましくない毒性や汚染を取り除く。

 人を対象とした場合には、対象者が装備する総てのアイテムにも効果がある。

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 なるほど、こういう時に使う物なのか。『毒性』という単語にばかり注目していたものだから、てっきり解毒か何かの用途で用いるスペルなのかと思っていたけれど。

 シグレは杖をインベントリから取り出し、カエデのほうに向ける。


の穢れを払い、在るが儘の姿に戻し給え―――《浄化》」

「わっ」


 カエデの身体がキラキラと舞う燐光に一瞬だけ包まれ、それが消えたときには革鎧や服に付着していた乾いた血糊などの汚濁はすっかり綺麗になっていた。役に経たないスペルだとばかり思っていたが、これは地味に便利なスペルかもしれない。

 とはいえ《浄化》のスペルにはあくまでも汚れを落とす効果しか無いようで、幾度かウリッゴの牙に抉られたことでカエデの革鎧に刻まれた損耗自体はそのまま残されていた。


「……シグレはお買い得だねえ。戦闘でも強いのに、色々と便利だし」

「ありがとうございます。どんどん頼って下さって構いませんが?」


 カエデに何度となく言われて嬉しかった台詞。

 それを今度はシグレの側から口にしてみると、カエデは嬉しそうに口角を上げてにんまりと笑みながら。「だったら存分に甘えちゃうわよー?」と応えてくれた。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含む):4883字

文字数(空白・改行含まない):4725字

行数:111

400字詰め原稿用紙:約12枚

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