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128. 衛士の長

 事前に話を通していたこともあり、雨の中を訪ねて門前に立っている二人の守衛の方にアニストールが自らの身を証すと、すんなりと敷地の中へと通して貰うことができた。

 守衛の方に先導されながら屋敷の中に足を踏み入れれば、廊下の途中に置かれた調度品や、壁に掛けられた絵画の数々が視界に飛び込んでくる。建物外観の立派さに相応しい芸術品の数々は、この屋敷の主人であるモルク・スコーネ卿が自ら買い集めたものだと聞いている。


(きっと、どれも大変に高価な物なのだろうな……)


 先導する守衛の方に遅れないよう気をつけながらも、各々の作品群を見確かめてアニストールはそう思う。芸術品を見て最初に想像を馳せる内容が金銭的価値である―――というのは、我ながら情けない所ではあるのだが。

 廊下を歩く傍らに作品ひとつひとつを眺めて行くと。素人の目ではあるものの、どれも見かけの華々しさ以上に職人としての技巧の高さを伺わせる作品ばかりであるようにアニストールには思えた。

 おそらくはスコーネ卿の審美の目線が、そこに執心するものであるからなのだろうか。生憎と芸術というものへの理解は自分の中に殆ど存在しないものの、高い技術で作られた品が尊いものであることはアニストールにも判る。

 スコーネ卿と直接会った機会こそまだ無いものの。卿が集めている作品の数々を見ただけで、既に少なからずアニストールは好意や共感というものを抱いているようだった。




    ◇




「―――アニストール! よく来てくれたわね」

「メノア。今回は急に無理をお願いして済まない」


 慣れ親しんだ友人が笑顔で迎えてくれて、アニストールは心底ほっとする。

 守衛の方が案内してくれた一室。その部屋の中でアニストールを歓迎したのは、スコーネ卿の妻であるメノアだった。

 今回、アニストールがスコーネ邸を訪問する約束を取り付けたのは、スコーネ卿の妻である彼女、メノア・スコーネを通じてのものだ。

 モルク・スコーネ卿と直接お会いして話せる場を設けて欲しい―――その旨の書をアニストールが彼女宛に認めて送ったのは、昨日の昼のことである。だというのに『明日の昼に来て』という返書がアニストールの元へと届けられたのは、その日の夜のことであった。


「いいのよ。あなたの役に立てたのなら、私も嬉しいわ」


 彼女はそう言って、柔らかく微笑むばかりである。

 かなりのご多忙であるスコーネ卿のことを思えば、妻という立場の彼女からしても、ただ友人というだけで一個人に面会する時間を作って貰うのは、容易なことでは無かっただろうに。

 自らの目的の為にアニストールが友人であるメノアを利用したのは明白であるにも拘わらず、彼女は嫌な顔ひとつ見せずに優しい笑顔を向けてくれた。


「別にわざわざ書に認めなくても、念話で言ってくれて良かったのに」

「さすがにそれは、侯爵夫人に対して失礼が過ぎるよ……」


 気安くするにも、限度というものはある。

 メノアの好意から、嘗て同じ立場の同輩として親しくしていた頃と同様に、今でも気が置けない友人として対等な立場であるかのようにアニストールは接することが許されているが。本来であれば、自分のような一介の騎士に過ぎない人間が公爵夫人相手に気安く言葉を交わすなど、有り得ないことだ。


「別に気にしなくて良いのに……。どうせ今は暇をしている事も少なくない身なのだから、些細な用件や相談事などでも、気軽に念話で連絡をくれたほうが私は嬉しいのだけれど?」

「……そうなの? それなら僕も、遠慮しないことにするけれど」

「ええ、今後は是非そうして頂戴な」


 柔らかく微笑むメノアに釣られるように、自然とアニストールも笑顔になる。

 スコーネ卿のことは良く知らないけれど、メノアの話に拠れば熱烈なアプローチを掛けられ、会う度に口説かれ続けたことが結婚にまで至った道程の発端であると聞いている。

 実際、メノアは良く出来過ぎた友人であり、努力を惜しまず口説くだけの価値が有る相手であるとアニストールも思う。芸術品のことにしてもメノアのことにしてもそうだが、どうやらスコーネ卿という方はつくづく確かな目をお持ちであるらしい。


「済まない、待たせてしまったようだね」


 ちょうどアニストールがそんなことを考えていると。不意に部屋のドアが開かれて、一人の男性が入ってくるなりそう言葉を掛けてきた。

 背が高めの老紳士、といった風貌の男性。実際にはそれほど歳は召されておられないと聞くが、詳しくはアニストールも知らない。


「―――ああ、掛けたままで構わない」


 まさに椅子から立ち上がり、臣下の礼を取ろうとしていたアニストールの挙動を老紳士のよく通る声が押し止める。


「私はメノアとその友人である君との場に、夫として同席させて貰うだけだ。他に目がある場でも無いのだから、妻同様に私相手にも堅苦しいのは無しにして欲しいものだね」

「そ、そういうわけには……」

「決して咎め立てはせぬから、古い知己のように遠慮は要らない。―――挨拶が遅くなったが、メノアの夫のモルク・スコーネと言う。妻の話に幾度となく登場するアニストールとは、予てより一度会ってみたいと思っていた」

「……き、恐縮です」


 一介の衛士隊の長、それも守備隊に比べると些か影の薄い鎮圧隊の長に過ぎない自分のことが、メノアから伝わっていることを気恥ずかしく思い、同時に恐れ多くも思う。

 自分と同格の者達で、果たして侯爵に名を覚えて貰えている者が、果たしてどの程度居るだろうか。


「妻からアニストールが嘗ての同輩であったことは聞いているが。つまり君も昔のメノアと同様、この国の〈騎士〉であると理解して構わないかね? 私は生憎と、君のことを妻の話に出てくる程度のことしか知らない。良ければひとつ自己紹介をして貰えると有難いが」


 この国では、衛士隊それぞれの長は騎士が務めることになっている。

 だからスコーネ卿の推察も、概ね合ってはいるのだが。


「はッ。自分はこの都市で衛士の鎮圧隊を預かっております、アニストール・レイスターと申します。騎士の身には違い有りませんが、自身の忠誠は主神〝フィアナ〟様の為に」

「ほう、騎士は騎士でも〈聖騎士〉か。それならば確かに、メノアを伝手に私への面会を求めてきたことも理解出来るな」


 スコーネ卿の漏らした言葉に、アニストールも静かに頷く。

 騎士とは権威に傅き、忠誠を誓う者である。通常であれば騎士の忠誠は王を対象に注がれるものであり、王を抱かない国であるここ〈ホミス〉に於いては、貴族院に於いて中枢を担ういずれかの貴族に対して誓約するのが一般的である。

 故に、スコーネ卿のように高位の貴族に対して何か用がある場合には、まず自らが忠誠を捧げている主を介して面会を要請するのが常道というものだろう。仕えている主を介さずに他の貴族と連絡を取ろうとするのは、ともすれば忠誠に背く行為とさえ取られかねない。

 けれどもアニストールのような〈聖騎士〉の場合には、通常の〈騎士〉と異なり第一に忠誠を誓う対象は自らが信仰に基づく主神に対してである。二番目の忠誠を王や貴族といった諸侯に捧げる例も少なくは無いが、信仰のみを拠り所にする聖騎士もまた多く、アニストールも〈陽都ホミス〉の貴族に直接仕えたことは無かった。

 直接の主君が居ないのだから、スコーネ卿のような高位貴族に面会を願う際にも頼れる筋などありはしない。故にアニストールも今回、メノアという友人を伝手に頼る必要があったわけだ。


「ん? 今、レイスターと言ったな。ゲオルグと同じ家の者か?」

「はい、ゲオルグ・レイスターは私の兄であります」

「そうか……。ゲオルグのことは残念だった。彼の才が王城にて発揮される機会に恵まれなかったこと、ロウム卿のみならず私も深く残念に思う」

「―――ありがとうございます。スコーネ卿にそう言って頂けますなら兄にとって何よりの名誉であり、餞となることでしょう」


 ゲオルグはアニストールの実兄であり、騎士である。スコーネ卿と同等の高位貴族であるロウム卿に忠誠を誓っており、騎士としての叙勲を受けては居るものの武勇よりも知恵と話術に長け、ロウム卿の推す官吏候補のひとりとして王城に勤めていた。

 兄は昔から身体が弱くしばしば病に伏せることがあり、時疫に冒され病床の人となったのは昨年末のことである。それから暫くは身体が良くもならず、悪くもならない日々を送っていたが、今年の春になった頃に唐突の急逝を迎えた。

 まだ半年は経っていない筈だが、もう時節は夏の終わりであるので相応に時間は流れている。だというのにスコーネ卿が今になっても兄の名を覚えて下さっていることが、アニストールには嬉しかった。


「嫡男を失ったレイスター家も大変であろう。今回私を訪ねてきたのは世襲に関することの相談かね? 君が継ぐというのなら、後ろ盾になるのも吝かではないが」

「……いえ、今回は全くの別件です。神に仕える者は多く私財を持つべきでなく、領を継ぐには僕では不適格であると考えております」


 スコーネ卿の前であるにも拘わらず、思わず普段同様に自分のことを〝僕〟と言ってしまったことにアニストールは発言する傍らで気付くが、言ってしまったものは仕方が無い。

 幸い、スコーネ卿も気にされてはおられない様子だった。遠慮は要らない、と事前に言われていることだし、気にすることでも無かっただろうか。


「レイスター家に、君の他に嫡子は?」

「居りません。一時的に父が復職してルアダ領を治めてはおりますが、父からは相手は問わぬので早々に婿を迎えるように責付(せつ)かれております……」

「ははっ。それはまた、難儀なことだ」


 父はまだまだ健勝ではあるが、もう老齢に近くもある。

 〈聖騎士〉であるアニストールに理解を示してくれていることもあり、継ぐよう求められることこそ無いものの。一方では父に会う度に、家を継がせる婿を一日も早く捕まえて来いなどと言われたりもするのだ。


「相応の相手を探しているのであれば、見繕って紹介するが? ―――尤も、君の婿を探すとなれば、私よりも妻の方が張り切ってしまいそうだがね」

「ええ、それはもう。アニストールの結婚相手となれば、充分な家柄と才気ある殿方を探さねばなりませんからね」

「あはは……、ありがとうございます。遠からずお願いする機会があるかもしれませんので、その時には宜しくお願い致します」


 自力で相手を見つけられる自信は、アニストールには全く無い。

 なので、恐れ多くはあるがスコーネ卿とメノアが協力してくれるのであれば、それはアニストールに取ってとても有難かった。スコーネ夫妻が紹介下さる相手なら間違いは無いだろうし、僕などでも良いと言ってくれる相手であれば、どんな相手でも構わない。


「婿殿は探したいと思っております。その為に、遠からず衛士の隊長職は辞することになるでしょう。……ですが、その前に。先ずは今の鎮圧隊の役目を全うしなければなりません」

「そうね……。確かに、今は鎮圧隊も忙しい時でしょうし……」


 溜息混じりにそう零すメノアの言葉に、アニストールも頷く。


 この都市で働く衛士隊には〝守備隊〟と〝鎮圧隊〟の二種類がある。

 守備隊はその名の通り守備に専念する隊であり、都市の東西南北にある門を護ったり都市外にある中小の街などを護る警固任務、及び都市内や主要交易路を巡回する警邏任務の二つを担う。

 一方で鎮圧隊は守備隊と異なり、平常時は特定の任に従事せず専ら待機任務傍らの訓練ばかりである。代わりに、貴族が都市外を移動する際の護衛を勤めたり、街道に賊や魔物が発生した際には討伐に従事するなど、有事の際には守備隊よりも優先的にその対処に当たる役目を担うのだ。


「〈フェロン〉との交易路も、今は酷い惨状だからな……。鎮圧隊に生じている被害のほうも、ほぼ深刻なレベルに達していると言っていい」


 スコーネ卿も、苦々しくそう言葉を漏らす。

 アニストール率いる鎮圧隊はここのところ毎日のように〈フェロン〉へと繋がる交易路に出向いては、急速にその数を増やした魔物達との戦闘に明け暮れている。戦闘により鎮圧隊に生じた被害の報告書は貴族院へと毎日提出されている為、その内約をスコーネ卿も認識している筈だった。


「……そこまで酷い状況になっているのですか?」

「うむ」


 メノアの言葉に、スコーネ卿は頷く。


「アニストール。妻に口頭で状況を説明してくれるか」

「はい。鎮圧隊には僕の率いる第一隊ともうひとつ、第二隊があることは知っているよね? メノアが居た頃と何も変わっていない筈だから」

「それは知っているわ。第二隊の隊長はノックスのまま?」

「うん、ノックスが今も隊長のままだよ。……ノックスの隊は〈フェロン〉と繋がる交易路のエリア、〈アリム森林地帯〉に於ける四日前までの戦闘で、三十余名の戦死者を出した」

「三十―――!?」


 鎮圧隊は二部隊有るが、各々の隊は百名にも満たない。アニストール率いる第一隊はちょうど六十名しか居らず、それより多いノックス率いる第二隊でも七十名ちょっとしか居ないのだ。

 即ち、ノックスの隊は実に四割近い戦死者が出ていることになる。当然ながら、最早そのまま隊を機能させ続けられる状態にはない。


「幸い……と言えるのかどうか判らないけれど、知っての通り昨日から夏終わりの雨期に入った。雨の中では、ただでさえ悪い森の中の視界がさらに悪化するから、元々雨期の間は僕の部隊も含め鎮圧隊は全員休ませることになっていたんだ。だからノックスの隊はこの間に守備隊から選抜した衛士と合流し、再編する予定になってる」

「そう……。アニストールの部隊は大丈夫なの?」

「僕の部隊にも戦死者が十名出ている。他に片足を失った重傷者が二名出ていて、大聖堂の入院棟で休養中。損耗率はちょうど二割に達しているから、こっちも後がない状況ではあるんだよね……」


 雨期が終わるまでには重傷者の身体も治療の魔法で充分に癒えているだろうが、一度大怪我を経験した者は似たような状況下でパニックを起こしやすく、今回の対魔物戦闘に復帰させるのは難しい。


「―――付きましては、その事に関連してスコーネ卿にお願いが」

「うむ、聞こう。遠慮無く何でも言ってみなさい。私の兵を預けてもいいし、資金が必要であれば工面しても構わない」

「ありがとうございます。……鎮圧隊の面々は一般の衛士よりも魔物との戦闘に慣れており、多勢の魔物相手でも充分に戦える強さがあるのですが。部隊内に三人居る〈聖職者〉と〈聖騎士〉である私の治療スペルでは全く追い付かず、各人に持たせているポーションを併用してもなお苦しい、という状態が続いております」

「魔物の数が数だからな、無理もなかろう……」


 ポーションは飲用しなければ効果を得られない関係上、戦闘の中で多用するのが難しい。

 他人に行使出来る治療スペルによる治療を重視したい所ではあるが、スペルには一度行使する度に再使用時間(クールタイム)が生じてしまうために、連続して用いることができないという難がある。


「貴族院による資金援助を受けていることもあり、今回の作成内に於いて鎮圧隊では中級のポーションを活用させて頂いております。……が、これでも回復量に不足を感じる時がある、というのが正直な所なのです」


 HPをおよそ120~140程度回復させることができる中級のポーションとて、決して安いものではない。今回はポーションの費用だけでも一人の衛士毎に15,000gita近くの資金を掛けることができているが、その額でも中級のポーションに換算すれば20本程度にしかならないのだ。

 緊急時の回復用に、各人に更に上級のポーションを数本ずつだけでも良いので支給することができれば―――おそらく戦死をかなりの割合で食い止めることができる、とアニストールは見ている。

 しかしHPの回復量が300をも超える上級のポーションは、劇的な治療効果を望めるだけあってとにかく高い。普通に買っても8,000gitaは下らないだろうし、衛士に配備させるべく纏まった個数を調達するとなれば市場に流通するものを一時的に枯渇させることになる為、瞬く間に5桁以上の金額へと跳ね上がることだろう。


「ちょうど最近になって、部下が小耳に挟んだ良い噂がありまして。なんでも近頃この街には、上級相当のポーションを量産して比較的求めやすい値段で流通させる―――そのような、腕の良い〈錬金術師〉殿が滞在しておられるとか」

「………………ほう?」

「ふふっ」


 アニストールの言葉に、スコーネ卿は少し間の抜けたタイミングで相槌を打ち、その様子を見てメノアが可笑しそうに微かに微笑む。

 何か変なことを口にしただろうか、とアニストールはたった今自分の口から綴った言葉を反芻してみるものの、特に思い当たる所は見当たらない気がするのだが。


「……それで。その腕の良い〈錬金術師〉殿がどうしたのかね?」

「は、はい。何とか御仁と直接交渉し、纏まった数の上級相当のポーションを安く譲って貰えないか相談してみたいと考えております」

「なるほど。では私は、その為の資金を出せば良いかね?」

「いえ、既にスコーネ卿を初めとした貴族院の皆様には、今回の件で鎮圧隊を初めとした方々に充分な資金を拠出頂いていると聞いております。……ですので宜しければ単に資金を出すのではなく、代わりにスコーネ卿に買い取って頂きたいものがあるのです」

「買い取る? 私がか?」


 アニストールの提案はやや意外なものであったらしく、スコーネ卿は少し意外そうな声色で応えた。


「……取り敢えず、先ずは一旦話を最後まで聞くとしよう。アニストールは私に、一体何を買い取って欲しいと言うのかね?」

「はい。レイスター家の家宝である、こちらを買い取って頂けましたらと」


 そう言ってアニストールは〈インベントリ〉からひとつのアイテムを取り出し、スコーネ卿の前に置く。

 ゆっくりと明滅する緑色の光を放つ、台座に備え付けられたひとつ水晶球。その光を放つ様子こそが、このアイテムが充分に力を蓄えていることの証左であるのだとアニストールは知っている。



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 満月の宝珠/品質140


   【転移復活】

   宝珠に手を当てて自信や他人のことを思い浮かべることで、

   その相手の姿を宝珠の中に映し出すことができる。

   映っている相手が死亡した場合、宝珠の設置場所で復活させる。

   明滅する光を纏っている時にのみ効果がある。

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   月光を受けて力を蓄える生命の宝珠。効果を発揮すると

   光が失われるが、月がひと巡りする間窓辺に置くと光が蘇る。

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「―――なるほど、繰り返し利用可能な〝身代わり人形〟というわけか」

「はい。それに〝身代わり人形〟と異なり、使用の際に面倒な制限もありません」


 死を回避するアイテムとして、最も流通しているのは〝身代わり人形〟と呼ばれる手のひら大サイズの人形である。自宅などの安全な場所に保管しておくことで、人形の所有者が負傷などで死に至った時、人形の設置地点でその所有者を復活させることができるアイテムだ。

 但し〝身代わり人形〟は大変に高価である上、一度でも効力を発揮すると所有者を復活させることの代償として人形自身が著しく破損してしまう。また、人形に所有者として登録して復活の恩恵を受けられるようにするためには、人形の中に対象者自身の血液を少量だけ注ぎ込む必要があるのだが、一度でもこの登録作業を行ってしまえば効力をまだ発揮していなくとも登録者の変更は二度とできなくなってしまう。

 強力な力を持つアイテムだけに何かと面倒が多いアイテムでもあるのは仕方の無い所なのだろうが、しかしこの〝満月の宝珠〟にはそういった制約が存在しない。登録者の変更は後から何度でも可能であるし、対象として登録したい相手のことを知っていれば、相手に知られることなく復活の対象者に指定することすらできてしまう。


「だが、良いのかね? 正しく家宝に相応しい逸品であるとは思うが、それだけにこれは容易に手放して良い物では無いだろう?」

「問題有りません。その家宝は兄ではなく私に相続されたものであり、遠からず衛士隊を辞することを考えている私には不要になるものです。手放して得る資金を隊の為に役立てることができるのなら、躊躇う気持ちはありません」


 レイスター家に幾つかある家宝は、家督が兄に継がれた際にその殆どが兄の物となったが、唯一この家宝だけはアニストールに譲られた。官吏候補となっていた兄が危険な場所に赴くことはなく、この家宝が活かされることも無いだろうと父に判断されたからだ。

 〝命月の宝珠〟は死因を問わず対象者の命を救うことができ、復活時にHPを最大値まで回復させてはくれるが、だからといって対象者が患っている疾病を除いてくれるわけではない。この家宝を兄のために用いても、徒に今際の苦しみを増やすことにしかならないのだ。


「我々がポーションを購入する際に利用した店の主から、スコーネ卿がこういった〝死を回避する〟類のアイテムを探しておられるという話を聞きました。ですのでスコーネ卿にでしたら相応の金額にて買い取って頂けるのではないかと思い、こうして持参しました次第です」

「それは〝フラットリー霊薬店〟の店主、アヤメのことか?」

「……は、はい。確かに、店の名前はそれで相違ありません」


 店主の名前は覚えていなかったが、何度も利用したのでアニストールも店の名前なら覚えている。

 とはいえ、まさかスコーネ卿がご存じだとは思わなかった。


「確かに、こうした復活効果を持つ手合のアイテムを探していたのは間違い無い。これほどの逸品であれば、私が買い取るのも吝かではないが……」

「ありがとうございます。是非、お願い出来ましたら」

「―――だが、実を言えば私は既に〝身代わり人形〟を所有していてね。この手のアイテムを探していたのは、とある友人が求めていたからなのだ」

「そう、なのですか」


 スコーネ卿が高位の貴族でありながら趣味として冒険者としても活躍しておられる、というのは衛士の中でも有名な話であり、しかもその腕前も極めて高い水準にあると噂されている。何でも〈陽都ホミス〉の中で最も高い腕を持つ戦士と名高い、冒険者ギルドの長を務めておられる御仁と肩を並べて戦えるほどでさえあるのだとか。

 充分な財を有し、かつ高い実力を持ち、危険を厭わない高位貴族の方であるのだから。死を免れるアイテムの類を既に有しておられることも、然程驚くべきことではない。ご友人の為に探しておられたというのも納得できる話だ。


「では宜しければ、そのご友人の方を紹介頂けませんでしょうか。私としましても相場を超過する値を求めるつもりはありませんので、きっとその方にも納得して購入頂けるものと思います」


 値を吹っ掛けるつもりは無くとも、アイテムの性能的に〝身代わり人形〟の三倍程度は代金として求めることになるだろうから、かなりの高額に達してしまうのは間違い無いだろうが。

 それでもスコーネ卿に友人とまで言わせるほど付き合いのある御仁であれば、決して払えない額ではないだろう。


「そうだな。紹介する故、交渉は本人とするのが宜しかろう。―――金額のことについても、霊薬のことに関してもな」

「……え?」


 スコーネ卿が仰った言葉の意味が判らず、思わずアニストールは首を傾げる。

 そんなアニストールを見てスコーネ卿は愉快そうに小さく笑みを浮かべてみせると、卿に釣られるように「ふふっ」とメノアまでもが忍び笑いを漏らしてみせた。


「話は通しておこう。―――あとのことは〝腕の良い〈錬金術師〉殿〟と直接な」

「……ふふっ。あはははっ!」


 スコーネ卿が続けた言葉に、とうとうメノアは我慢出来ずにそのまま腹を抱えて笑い声を上げ始めてしまった。

 その様子を脇目に眺めながら、メノアがどうして笑っているのか、その理由さえ判らないままに。アニストールはより一層困惑を深めることしかできなかった。

お読み下さり、ありがとうございました。


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文字数(空白・改行含まない):9735字

行数:232

400字詰め原稿用紙:約25枚

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