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126. 揃いの指輪

「えっと―――すみません、カグヤ」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 ひとしきりの驚嘆声を上げた後。急に思考停止してしまったかのようにピタリと硬直して動かなくなったカグヤの様子を見て、シグレがそっと声を掛けると。過剰なぐらいに大きく、そして上ずった声色でカグヤはそう言葉を発した。

 カグヤにどのような誤解をさせてしまったのかは、シグレにも判る。彼女を混乱をさせてしまう可能性があるから―――もっと上手く説明した上で渡そうと、頭の中ではどう言葉を尽くそうか事前に思案を重ねても居たのだが。


(……どうやら、自分でも。カグヤに対して〝指輪を贈る〟という行為に、思いのほかテンパってしまっていたみたいだ)


 自己を省み、頭の中でシグレは物言わず反省する。シミュレートしていた言葉などまるで役に経たず、結局は拙い言葉と共に指輪を差し出したことで、無用に彼女を混乱させてしまった。

 もっとも―――驚き乱した、彼女の様子を見て。

 自分が差し出す指輪に対し、そういった反応を示してくれた彼女に。少なからず〝嬉しい〟という気持ちが、シグレの中に生まれたのもまた、違いない事実ではあったが。


「……申し訳ありません、自分の説明が不足していました。指輪をお渡しする理由についてちゃんと説明致しますので、先ずはこの指輪の〝詳細〟を視て頂いて構いませんか?」

「ふぇ……?」


 シグレが促した言葉の意味を咀嚼し理解するまでに、カグヤは暫し時間を要したようだったけれど。

 やがて少し躊躇いがちに、まだシグレの手の中にある指輪を覗き込むようにしながら、その指輪の詳細情報を確認してくれたようだった。



--------------------------------------------------

 連繋の指輪/品質340


   物理防御値:0 / 魔法防御値:0


   【連繋】

   対となる連繋の指輪の装備者同士が同一ゾーン内に存在する場合、

   〔HP合算値〕〔MP合算値〕〔状態変化〕〔恩恵〕を総て共有する。


   装着者同士の身体と精神を結びつける魔力を宿した指輪。

   効果を発揮している最中は、指輪自体が淡く緑に輝く。

--------------------------------------------------



「な、何ですかこの異常な品質値……!? さんびゃくよんじゅう!?」

「―――ああ、やっぱりカグヤもそう思いますよね」


 今朝、ライズさんから報奨品としてこの指輪を受け取った時、自分もそれと全く同じ感想を持ったのを覚えている。

 この世界に存在するアイテムは、食材から武具に至るまであらゆる品に〝品質値〟というパラメータが備わっているが。一般に流通している物の品質は40から80程度であり、100付近の品質値を有しているアイテムがあるなら充分に上等品と言える。130近い数値を持っているなら、それはもう最上級品と言っていい。

 シグレやユーリは霊薬を作成する際に、採取地で直接摘み取り持ち帰ることで品質が100以上に保たれた高品質な素材を用いたり、聖泉水を用いて溶媒の品質を大きく底上げすることで、完成品の品質値を概ね110~140程度と、他では類を見ないほどに極めて高いレベルで保ってはいるが。

 けれど―――この指輪が有している品質値は。そうした努力の末に生み出されたものよりも、桁外れに高い値を示している。とはいえ防御値を持たない装飾品という扱いであるらしく、高い品質によって引き上げられている性能があるというわけでもないようだ。


「驚きはとても良く判りますが、大事なのは指輪の能力のほうでして」

「能力、ですか……」


 シグレが指輪をカグヤのほうへ改めて差し出すと。

 彼女は、少しだけ躊躇って見せたあと。やがて、それを受け取ってくれた。


「なるほど―――HPやMPを装着した者同士で共有化することができる、というのは凄いですね。〈侍〉の私は前衛の割にあまりHPが多くありませんが……この指輪があれば、それを誰かに補って頂くことができる、と?」

「いえ、そういった使い方もできると思いますが。……カグヤにこの指輪をお渡ししようと思った理由は、それではなく。共有対象の最後に記述されている〔恩恵〕のほうです」


 〈侍〉は前衛職の天恵の中で最高ランクに高い攻撃能力を有しているが、一方で防御能力のほうは前衛職の中でもかなり最低ランクのほうになってしまう。ステータス的にも[筋力]は高くとも[強靱]は術士よりはマシといった程度でしか無く、HPもそれほど高いとは言えない。

 もしこの指輪をカグヤに渡す主目的が、彼女のHPを上乗せして死ににくくすることにあるならば。カグヤにこの指輪の片方を渡す一方で、もう一方はカエデやユウジといったHPの高い仲間が持たなければ意味が無い。

 パーティの中で最後方から戦闘を支援する立場にあるから、シグレは魔物から最もダメージを受けにくい立場ではあるが。かといってシグレが有しているような無けなしのHPを彼女に上乗せした所で、それが彼女の為に役立つことは殆ど期待できないだろう。


「この〔恩恵〕という言葉が示す意味には、この世界で〝羽持ち〟の人が得られる特典の事が含まれるそうです」

「なるほど、羽持ちの方の……ですか。―――って、え? それは」

「ええ。片方の指輪をカグヤに装備して頂き、もう片方を自分などが装備することで、カグヤを〝死〟から確実に守ることができるそうなのです。―――より正確に申し上げるなら〝死〟んでも数分で復活できるようになる、ということですね。勿論、互いに同じゾーン内に居なければならない、という制限が常に付き纏うことになりますが」


 指輪を装備していると、互いのHPは合算される。そして指輪装着者のどちらがダメージを受けても減少することになり、合算されたHPが0以下になれば装着者の両方が同時に〝死〟に至ることになる。そして〈陽都ホミス〉の門前や地下宮殿の入口など、然るべきゾーンで二人同時に復活することになる。

 逆に言えば個別に死に至る機会そのものが皆無になるので、どちらか一方が先に死んでゾーン外に飛ばされるなど、不足の事態で指輪の効果範囲から除外されてしまう危険性が無いとも言える。


「そ、それって……。実は、かなり凄いアイテムなのでは?」

「はい、自分も凄いと思います。ですから、どうしても手に入れたかった」


 こちらの世界に来て、初めて心から欲しいと思ったアイテムがそれだった。

 この指輪があれば、もう地下探索に行く際などにカグヤを蚊帳の外に置くようなことはしないで済む。同行さえするならば、どんな場所に行っても自分たちと同じだけの安全を彼女に保障することができるようになるのだから。


「宜しければ、受け取って頂きたいのですが」

「―――で、でも。こんな、尋常でなく高そうなもの、受け取るわけには」

「カグヤの為に手に入れた物ですから。受け取って頂けないと、手に入れた意味が無くなってしまいます」


 それに、とシグレは続ける。


「この指輪は確かに、本来の金銭価値こそ相応に有るものかもしれませんが。とある方から報酬として頂戴したものですので、手に入れる為にお金などは一切費やしていません。ですからカグヤにプレゼントしても、全く惜しくないのです」


 彼女が受け取るのに抵抗を覚えないよう、シグレは言葉を並べる。

 ―――嘘は言ってない。

 貢献度の褒賞品としてライズさんから頂いた物であり、金銭負担はゼロだ。


「……えっと、シグレさん」

「はい」

「もしかして、足繁く毎日のようにシグレさんが〝地下宮殿〟という場所に通っておられたことと。この指輪の入手には、何か関係があるのではないですか……?」


 じとっと湿った疑惑の視線を向けられ、シグレは少しばつが悪くて目を逸らす。

 ……うん、一瞬で看破されてしまった。そんなに判りやすかっただろうか。


「色々と、お訊きしない方が良いのでしたら、訊きませんが―――」

「いえ、別にやましいことが有るわけではないので……。ちゃんと話した方が良いのでしたら、お話しすることは出来ます。……少しだけ長い話になってしまうかもしれませんので、今すぐここでという訳にはいきませんが」


 何しろ、地下宮殿に初めて潜った時の事から離すとなれば、およそ初夏の頃まで戻って話をしなければならなくなる。

 当時はまだ、こちらの世界でナナキやシノとは出会っていなかったし、モルクさんとも面識を得ては居なかった。カグヤに黒鉄用の武器を作って貰ったのだって、地下宮殿に潜るようになった後の話だ。


「では、後ほどで構いませんので是非お伺いしたいです。シグレさんが嘘を吐くと思えませんから、きっと金銭の類は本当に掛かっていないのだと思いますが。……この指輪を手に入れるために、シグレさんが何か大変な苦労をなさったのだとしたら。それを私は、ちゃんと知っておきたいですから」

「苦労という程のことではありませんが……。判りました」


 地下宮殿の探索、その行為自体を楽しんでいたのだから。それはシグレにとって、別に苦労と呼ぶような類のものではない。

 指輪の褒賞に要求される貢献度は高く、結構な日数と時間を裂いて地下宮殿に籠り、かなりの数の魔物を倒す必要があったのは事実だが。時には仲間と、時には自分ひとりで費やしていた時間は、日課のひとつとして率先して楽しみこなしていただけに過ぎないのだから。


「……本当に、頂いてしまって良いのですね?」

「はい。受け取って頂けると嬉しいです」


 どこか神妙な面持ちで。カグヤが真っ直ぐにシグレの目を見据えてそう訊ねてくる。

 だからシグレも、彼女の視線に応えながら言葉を返した。


「後から返せって言われたって、返しませんよ?」

「言いませんよ。この先ずっとでも、身に付けていて欲しいと思っていますから」

「判りました。―――じゃあ、シグレさんが私に付けて下さい」


 はい、とカグヤは指輪を一度シグレのほうへと突き返す。

 シグレが指輪を受け取ってから、改めて彼女は。手の甲を上に向けながら、シグレのほうへと左手をおずおずと差し出してきた。


「……えっ?」


 そこまでされて、ようやくカグヤの言葉の意味が理解できた。

 彼女の左手に、その指先のひとつに。自分が指輪を嵌めるよう、彼女が促してきたということが。


(まさか左手の薬指に、付けるわけにもいかないよな―――)


 魔法の指輪は装着者の指に合わせてサイズが変化するから、どの指にでも問題無く付けることができる。そのように司教のライズさんからは説明を受けているけれど。


「ど、どの指に嵌めましょう……?」


 自分の意志で選ぶことはできそうになくて、率直にシグレはそう訊ねる。

 カグヤは静かに目を閉じて、その質問に答えた。


「それはシグレさんのほうで決めて欲しいです。ただ―――ひとつだけ先に、私の方から言わせて頂きたいことがあります」


 すうっ、と一呼吸を置いてから。

 カグヤは真っ直ぐにシグレの瞳を見据えた上で、続きの言葉を紡いだ。


「―――私。シグレさんのことが、好きです」

お読み下さり、ありがとうございます。


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文字数(空白・改行含む):4626字

文字数(空白・改行含まない):4432字

行数:131

400字詰め原稿用紙:約12枚

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